どこから登るのか分からなかったのですが、たしか『天満宮』に“→高津子山”という案内板があったハズ…。

来てみた。“火を吐いたドーモ君”、『天満宮』です。
相変わらず写真左端の小坊主像が怖い。

にわとりみたいな鳥さんもいてます。

狩野派・土佐派による極彩色豊かな装飾が施されています。

ありました。
さあ、今更ながら高津子山へ登ってみますか!

どんどん登って…、

どんどん…アレ!?
平地へ戻ってきました。
アウチ!
おそらく途中の分岐を間違えたのでしょう。

『百姓家族』さんの前を通り過ぎ…、

もはや高津子山にリベンジする気にはなれず、『東照宮』へやってきました。

高津子山にリベンジしてもよかったんじゃないかと思うほど長い階段を登ります。

なぜか『東照宮』に不発弾が…。
思うに、本家東照宮は戌辰戦争で焼失せず、関東大震災でも倒れず、第二次世界大戦も不発弾を被っただけですから、その霊験を誇りとし、当時の不発弾をこちらへ据えたのではないでしょうか。
ちなみに、ちんちんを押さえた猿(?)の置き物が不発弾の周りを囲んでいます。
そ、そうか…、“不発弾”ということか!?

帰りは階段を使いませんでした。
『天満宮』もそうですが、あの急な階段は怖い、登れないという方のために、やや緩やかな別の道が設けられています。

こういう古い石垣は歴史ロマンを感じます。
ここに何があったのか…。
もし4年間くらいの時間を頂けるなら、考古学を勉強してみたい私…。