ここ何か月間かずっと残業続きのため、ブログを書く時間がまるでないアンチエです
皆さん、こんばんは。
仕事が終わって時計を見ると22時過ぎ。
家に帰って晩御飯を急いで風呂に入ってビールを飲む…。
すると、もう日付が変わっているんですね。
怒涛のように忙しくて、一日が終わってみると、あれ、今日は何した!?という感じです。
さらには、仕事を終えて2,3時間は経たないと、脳が活性化しているためすぐに寝つけない…。
こういうウィークデーが続くと、休日はほぼ家にこもってブログを書いているという、それってどうなんだ的な悪循環に陥ることになります。
これではいけない。いけないことは分かっているけど、どうすることもできない。
さらには、家にこもっているので映画のレビューがメインを占めてしまっている。
それって本当にどうなんだ。
このブログのタイトルって何だっけ、と思い返してタイピングの手が止まることが、ままあります。
だって、しょうがないじゃない、そんなこと言ったって。
そう、割り切るしかないのよ、アニー。
外へ出かける体力なんて残ってないんだし、老体にムチ打って(?)風邪でもひいたら一大事です(自分が行かないことで仕事が回ってたらどうしよう…)。
ポタリングをして写真を撮る…? ましてやブログ記事になりそうな冒険をして帰ってくる…??
ハハハ…。
いまこうしてタイピングする手が震えているような過労状態で、そんなことをすればどうなるか…?
でもいいんです。私には宝物があるのですYO。
そう、フォルダには大判小判がザックザク…。
コチコチ…。さあ、開けてみようか。
半年前の写真を…。
というわけで掲載しますよ! そう、夏の写真を!(今は冬)
コイツ、ブログもチャリもやる気ないなと思われるだろうというか、思われているとは思いますが、まぁいいじゃない。っていうか、たとえ半年前でも実際に行ったことは確かなんですから、何か文句あるんですか!?
どうもすいません!!
さあ、海南市の藤白神社から南下して有田市へ行ってきたときの写真を公開しまSHOW。
うれしかったこーとー、楽しかったこーとー、い~つの~ことだかー、分~からーないー♪

まずは藤白神社近くにある有間皇子(ありまのみこ)の史跡から。
藤白神社の写真はまた今度、ちゃんと掲載します。
有間皇子は孝徳天皇の皇子で、謀反の疑いをかけられてこの藤白坂で絞殺されたといいます。中大兄皇子が自らの地位を脅かす者として策にはめて殺したとも言われて、そのとき若干19歳だったそうです。
史跡はキレイに掃除され、花も新しいです。
地元の人たちだと思いますが、こういう活動に感謝しなければいけませんね。

さあ、そこからさらに南下します。
だいたいなぜ私がこんなところを走ろうと思ったのか。
それは、藤白~下津間の国道42号線を迂回したかったからです。
海南市から自転車で南へ行こうとすれば、海沿いの国道42号線を通るか、少し東へ行って山を越えるかの二通りしかありません。紀州の急峻な山を越えるという選択肢などありえない私は、42号線を通るしかないのですが、その42号線の海南市あたりが非常に危険なのです。けっこう狭い二車線で歩道もなく、交通量が多いうえにトンネルがいくつもあって、自動車がスレスレをビュンビュン飛ばしていくというデンジャラス・エリアなのです。
で、どうにかしてここを通らずに蜘蛛の巣を伝うように回避できないものかと試みたのです。

はたして行けるのか…? 出かける前にGoogle Mapで調べてみるも、道が細すぎて行けるのかどうか分かりませんでした。となれば実地検査しかないですからね。
しばらく坂を登ると、さらに山へ登っていく熊野古道と、そのまま直進するコンクリの道に分かれました。もちろんコンクリへ。

覆面レスラーがいっぱい…。

右側が登ってきた道、向こうへ続くのがこれから行く道…。
これはもしかして国道42号線を通るよりアブない道なんじゃないか??
で、結局そのまま真っ直ぐ行っても有田市へ抜けることはできず、42号線へ下りてきてしまいました。
途中、ブレーキも効かない激坂を下らねばならず、背を向けて昼休憩中の農家のおっちゃんに「どいて、どいて~!」て叫んで飛び退いてもらって、その飼い犬に追いかけられたりしました。
生きた心地がしなかったです。

有田市で『日本一たい焼き』のタイ焼きを食べて帰りました。
全国チェーンの有名店だそうです。外側がものすごくパリサクで、あんこもしっぽまで詰まってました。チョイ甘めです。この“ビッ”ってのけ反ってるのが活きがよさそうでいいですね。タイの表情にまでこだわりがありそうです。
結論1:国道42号を回避して南へ行くには、やはり県道18号線(海南金屋線)などを通らなければならない。
結論2:藤白坂は国道42号線より危ない!!