ここに、大いなる知恵が必要となる。聡明な者は、獣の数字を読み解くがよい。その数字とは、人間をさすものである。その数字は666である。(ヨハネ黙示録第13章18節)
----------------------------------------------
サンフランシスコ地震 1989・10・17
1+0+17=18=6+6+6
ロスアンジェルス地震 1994・ 1・17
1+17=18=6+6+6
阪神淡路大震災 1995・ 1・17
1+17=18=6+6+6
湾岸戦争 1991・ 1・17
1+17=18=6+6+6
スマトラ沖地震(大津波の)2004・12.26
2+0+0+4+・(1+2)2・6→6・6・6
中国 四川大地震
2008・5・12
2+0+0+8+5+1+2=18=6+6+6
今回の東北関東大地震 2011・03・11
2+0+1+1+3+11=18=6+6+6
----------------------------------------------
3/20に関東に大震災は来なかったようだが、まだ安心できない。
世の多くの私たち、クリストフ君("crist of" 映画「トルーマン・ショウ」の主人公)たちは、
「いろんなデマが流れたけど、結局何も無かったね!」
「チェーンメール、超ウゼェ!」
と言ってることだろう。
真実を隠すためにさまざまなデマを流す者達と、「デマが流れているので信用しないでください」と言ってる者達は同じ管轄下にある。
なぜ3/20が危なかったかは生涯知る由もない。
すでに死亡・行方不明合わせて、2万人を超えるが、「自然って怖いね」で終わりである。
ちなみに"馬鹿"とは、
馬は乗られるもの
鹿は生け贄
私達、民(眼を潰された奴隷)以外の何者でもない。
重要なのは3/11に東北関東大震災、3/20にリビアに侵攻したのは事実であり、それらの日がまたしても18になると言う事もまぎれもない事実。
どこまでも獣の数字"666"に執着したいようだ。
侵攻した仏英米は、三位一体の悪魔と獣と偽預言者ということだ。(反キリスト)
テレビは一日中、子宮頸がんと"ぽぽぽぽーん"の垂れ流し、そしてやたらと赤色を押している。
赤といえば、薔薇十字団、KKK、赤十字などのマーク。要するにロス茶イルド。
・666 は合成数であり、約数は 1 , 2 , 3 , 6 , 9 , 18 , 37 , 74 , 111 , 222 , 333 と 666 である。
・36番目の三角数である。一つ前は630、次は703。
・一桁の数を除くと66番目の回文数であり、6が3つ並ぶゾロ目である。ゾロ目でかつ三角数でもある数は他に55と66しかないと予想されている。
どこまでもキリストを憎んでいる。
多くの人は、警察は市民を守るために治安を守っていると思っているが、"警察は支配者の権力を市民から守るために治安を守ってる"
菊○紋が六○星(悪魔)で桜○紋が五○星と考えると分かりやすい。
六○星=悪魔、五○星=二本の角を持つ獣(ソラト)
●この獣には、また、大言を吐き汚しごとを語る口が与えられ、四十二か月のあいだ活動する権威が与えられた。
時計の文字盤に六○星を描くと、その和は42
これらのことの土台となることが起きる時期は、1999年8月のある木曜日?
↓しか分からない
8月12日 - 組織犯罪対策三法(通信傍受(盗聴)法、組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律、刑事訴訟法改正案)成立。 日本のしか分からない
●その獣の像を拝まない者をみな殺させた
すべての人々に、その右の手あるいは額に刻印を押させ
刻印のない者はみな、物を買うことも売ることもできないようにした
(刻印を拒否した人は、人としての生活基盤を強制的に奪われます。安心感と優越感は、多少の拒否する心を吹き飛ばすほど強烈に人の心を動かすでしょう。しかし拒否した人々は、神の力と知恵によって難を逃れる術を見つけます。この期間が終わる3年半を屈することなく耐え抜いた人々は、キリストと共に福千年を生きることが保証されています。また、拒否したことによって死を受けた人は再臨と共に蘇ります。)
●この刻印は、その獣の名、または、その名の数字のことである
その数字とは、人間をさすものである。そして、その数字は六百六十六である
確かに2000年以降、やたらと六○星、五○星やピラミッドのロゴが増えていた。
キーボードのバラバラの文字も昔からオカシイと思っていた。
カタカナとヘブライ語が同じなのは偶然ではない。
この世に"偶然"はない。馬と鹿には偶然に見えるだけである。
確かに全てヨハネ黙示録の通りに事を進めている。
ヨハネ黙示録はかなり後に書かれたものでかなり異端、最近、半ば無理矢理、本編と認定したらしいが。
どちらなのか?
人工アセンションと偽メシアでさらに支配したいのか?
それともヨハネ黙示録からの壮大な"釣り"なのか?
ユダヤ教にメシアはいない。本当は彼らはメシアを求めているのか?
支配者の究極のサディズムはまだ味わったことのないマゾヒズムへの期待でもあり、究極の支配欲は死を恐れるあまりの救いを求める心でもある。
その辺はすでに理論的な解析が行われているので、そちらを参照いただきたい。