キャンディキャンディ長編二次小説(バラの薫る季節に)

キャンディキャンディ長編二次小説(バラの薫る季節に)

アンソニーメインの二次創作・ファンフィクション「バラの薫る季節に」を掲載しております。

初めてお越しくださったお客様へ



以下は、「キャンディキャンディのファンフィクション(アンソニーメインのスピンオフ)」になっております。
申し訳ありませんが次のような方にはおススメできませんので、何卒ご容赦を・・・m(__)m


・原作を脚色するのは×
・アンソニーには興味ない
・アンソニー&キャンディのカップリングはダメ
・オリジナルキャラは×


自己責任で読み進んだ結果、ご気分を害されても責任は負えません。
納得された場合のみ、お読みいただければ幸いです。


尚、拙作の前半は名木田先生による「FINAL STORY」以前に執筆したものなので、
先生の書かれた設定と異なっている部分が多々あります。
ご理解いただいた上で読んで頂けると幸いです。


このブログは、かばくん個人がファンの立場から書いているものであり、
先生方ならびに公的なものと一切の関係はございません。

ブログ内の文章等の無断転載は、お断り申し上げます。
尚、ファンフィクションにおける著作権は放棄しておりません。
何卒ご了承くださいませ。


短編中編の二次小説を扱っている姉妹ブログがありますので

よろしければ こちら  からどうぞ。



第一部第一章の初めから順番にお読みになりたい方は、 こちら  をご覧ください。

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詳しくは こちら  をどうぞ。

若い二人が連れ立って出掛けてしまうとレオノーラがエントランスでアンソニーを出迎え、中へ入るよう促した。

「お話ししたいことが山ほどありますのよ。もう本当にびっくりしすぎて一生分の衝撃を経験した気分ですわ」

微笑みながらも少しだけいたずらっぽくウィンクするレオノーラが何を言いたいのかよく分かるだけに、アンソニーは所在なく頭をポリポリ掻いた。

「アードレー家のこと、黙っていてすみませんでした。いろいろ心配していただいたのに僕の出自をお話しできず、何と言ってお詫びしていいか・・・」

今度はレオノーラが慌ててしまう。

「あなたがどんなに苦しい立場に立たされていたか私には分かります。だからそんなふうに謝らないでください」

思いやりに溢れた言葉に包まれ、アンソニーはホッとして深い息を吐いた。

「フェリシアさんっておっしゃったかしら。急に婚約することになって戸惑ってらっしゃるでしょ?私が気がかりなのはキャンディスさんのことなんですよ。深い想いを寄せているようにお見受けしましたが、諦める覚悟は出来たんでしょうか」

瞬間、アンソニーの眉がピクッと動いたのをレオノーラは見逃さなかった。

「その様子では、まだ未練を残しておいでなのでしょうね」
「いや、そんなことは・・・」

否定はしてみたものの先が続かない。
どんなに頑張って取り繕う言葉を並べようが、この貴婦人を煙に巻くことなど不可能だろう。
無駄な抵抗だと観念した途端、なぜか無性に可笑しくなってアンソニーは笑い声を上げた。

「あなたに嘘など通じないことを今はっきり思い知らされましたよ。だから正直に言います。僕の心は今でもキャンディでいっぱいだ。情けない話ですが」

見栄も外聞もかなぐり捨てて思うままを告白した若者に、レオノーラは母のような優しい眼差しを向けた。

「なら答えは簡単です。他の女性と婚約するのはおやめなさい。何よりあなた自身のために。それが延いてはフェリシアさんのためにもなるんですよ。偽りの気持ちで婚約などしたら、あなた方は二人とも不幸な人間になってしまいます」
「でも僕と婚約しなければフェリシアは望まない相手と一緒にさせられるんです。それを黙って見てるなんて男として最低だ!」
「だから心を騙したまま婚約するのですか?確かにフェリシアさんは幸せになれるかもしれません。でもあなたの想いは一体誰が救ってくれるんですの?残念ながらフェリシアさんではないのでしょ」

ズバリ核心をついた指摘にアンソニーの心臓はドクンドクンと騒がしい音を奏で始めた。
まるで悲鳴を上げているようだ。
今までは強い義務感と道義心で心を奮い立たせてきたが、この土壇場に来て本音を炙り出された気がする。
これから自分がやろうとしていることを直視したら恐怖すら覚えた。

gonna burn my bridges behind myself――

フェリシアと婚約してしまったら、もう後戻りは出来ない。
たとえ後悔する瞬間が来たとしても逃げ道はないんだ!
 

「誰かを救うためにあなたが犠牲になるなんて間違ってます。フェリシアさんが心優しく知性に溢れた女性であるなら絶対分かってくれるはず。だからとことん彼女と話し合うべきです。どうすれば互いにとってベストなのか、もう一度二人で考え直してください。そして何よりあなたご自身の気持ちを整理することです。一番愛しているのは誰なのか、その人のためならこの世のすべてを敵に回す覚悟があるほど。彼女こそが一生を共にする運命の女性なんですよ。それがフェリシアさんなのか確かめるためにキャンディスさんに会うべきです」

そこまで言われて安心したのか、ニューヨークで研修する機会があり、キャンディと同じ病院で働くことになるだろうとアンソニーは切り出した。
するとレオノーラは目を輝かせ「なんて幸運なんでしょう!それなら是非とも行くべきです」と即答してくれた。

「こうしてあなたの背中を押すのは今回が二度目になりますわね。覚えていらっしゃるかしら?何年か前、キャンディスさんの婚約パーティーが開かれるというとき、私はニューヨークへ行くことを強く勧めましたでしょ?」
「忘れるわけありません。おかげで僕は自分の気持ちを伝えないまま引き下がってしまう臆病者にならずに済んだんですから」

二人は顔を見合わせ、どちらからともなく微笑んだ。

「お節介なおばさんに二回も送り出されたんだと諦めてニューヨークへ行ってくださいな。そしてあなた自身の本当の気持ちを自分でよく確かめて。結果、キャンディスさんを愛しいと思うならそれが答えなんですわ」とレオノーラは念を押す。

「それにあなたがボストンで学ぶことはもうないでしょう?ずっと案じてくださったメイベルには、今や頼もしいボーイフレンドがついていますから何の心配もありませんし」

そう言われてホッとすると同時に、大切な妹が見知らぬ誰かとどこか遠くへ行ってしまう気がして一抹の寂しさを覚えた。
彼女と初めて会ったとき、なんて可愛らしい少女だろうと心が震えたのを懐かしく思い出す。
左足の障害をひどく気にして外の世界へ飛び出すのをためらっていたが、周りの説得が功を奏し、少しずつ心を開いて今やティモシーという彼氏が出来るほど社交的になったメイベル。
バラのつぼみが大輪の花を咲かせる過程を間近で見れた喜びをひしひしと感じる。

(何だか年頃の娘を持つ父親になった気分だな)

そんなふうに思え、アンソニーは我知らず目を細めた。





「フォー・シーズンズ・ホテル」でディナーを済ませたあと、心地良い満腹感にまどろみながらアルバートとテリィはショットバーのVIP ルームでグラスを傾けている。
仄暗い照明に照らし出された二つの顔はどちらも整った輪郭に縁取られ、甲乙つけがたい美貌を競っていた。
まさに彫刻のような美しさだ。
どちらか一方の男を選べと言われても、恐らく永遠に答えを出せないだろう。
強いて言えば、決め手になるのは個人の好み・・・そうとしか言えまい。

「忙しいところこんなに時間を取らせて悪かったな。ほんのちょっと付き合ってもらうつもりだったのに」
「とんでもない!一流シェフのディナーに高価なワイン、アルバートさんと一緒じゃなきゃ味わえないものばかりご馳走になったんですよ。頭が上がらないです。まさに至福の時間でしたよ。心から礼を言わせてください」

品のいいクラシックの音色が店内に流れ、アルバートとテリィの声が楽し気に、それでいて穏やかに流れていく。

「たびたびニューヨークに出張する割には一緒に飲み食いしたことがないからずっと気になってたんだ。こういうふうに君と二人でじっくり話をしたのは、もしかして聖ポール学院以来じゃないかな」

遙か昔に想いを馳せるような青い瞳を見て、テリィも感慨深げに目を細めた。

「だと思います。それにしても懐かしいなあ。あの頃は授業をさぼってはブルーリバー動物園のアルバートさんを訪ねたっけ。一匹狼を気取ってた僕には当時友達が一人も居なくて話し相手はアルバートさんだけでした。それでどんなに救われたことか。今でも感謝してます」
「お礼を言うのは僕のほうさ。ロンドンに知り合いなんていなかったから君がちょくちょく訪ねてくれるのが唯一の楽しみだったんだよ。可愛い弟が出来た気分で悪くなかったし」
「本当ですか?」

笑いながらも半信半疑で覗き込んでくるテリィに、「本当だとも」とアルバートはウィンクを返した。

「だけど一つ間違ってることがあるだろう。あのとき君は決して孤独じゃなかったはずだ。勿論初めのうちはそうだったかもしれない。でもある時を境に、生涯で最も大切なパートナーを手に入れた。それからは彼女が一番の理解者になった。違うかい?」

ドキッとして青い瞳をなぞると、そこにはもう人懐こい笑みは浮かんでいなかった。
周りを取り囲む空気の流れが急に変わったことを肌で感じ、何とも言えない居心地の悪さをテリィは感じた。

「否定はしません。でも敢えて言わせてもらえばそれはアルバートさんだって同じでしょう?あなたはロンドンで決して一人じゃなかった。あなたを頼りにして慕ってくれる一人の少女がいつだってそばにいたじゃないですか」

今度はアルバートがギクリとする番だった。
澄んだ美しい碧眼は高いステイタスを誇る年長者としての自信に満ち溢れていたはずだが、今の一言で窮地に追い込まれるような不安感に苛(さいな)まれた。

(君はどこまで僕の気持ちを知っているんだ?もしかして心の奥のひだまで、すべてお見通しってことか?)

テリィの本心を知りたくて、その台詞が喉まで出かかったがさすがにプライドが許さない。
いとも簡単な問いかけをどうしても彼に投げることが出来ない。
何しろ聖ポール学院の頃、テリィはまだまだ思慮浅い少年で、自分は大いなる包容力でその未熟さを包んでやった保護者も同然だったのだから。
だが今や心情的に大した差はなくなり、同じ土俵に上がる男同士としてテリィの存在は脅威にすらなった。
それはアンソニーとて同じこと。
僅かな時の流れの中で、少年だった彼らが頼りがいのある男に変貌を遂げてしまったことに、軽い恐怖すら覚えた。

「君が言った今の言葉、敢えて否定はしないよ」

アルバートは軽く微笑を浮かべ、刺すような視線を投げてくる greenish blueの瞳を交わすのが精いっぱいだった。




それから暫くは差し障りのない世間話をしたり、ロンドン時代の武勇伝を自慢し合いながら懐かしい時間を過ごしたが、そろそろお開きという頃、テリィが核心に迫る話を仕掛けた。

「今日は本当に楽しい夜になりました。昔話はいつまでも尽きないもんです。ところで一つびっくりすることを発見したんですが、アルバートさんと僕の思い出に共通して現れるのはいつもキャンディなんですね。アンソニーやアーチーと昔を語ると決まってキャンディの話題で盛り上がるんですが、まさかアルバートさんと話しても同じ結果になるなんて意外ですよ」

酒が回ったせいか、いつもより饒舌になったテリィは嫌味を言っているようには思えない。いや、思いたくはない。
だがなぜわざわざキャンディの話をし始めるのか、テリィの胸の内が読めなかった。

(君は本当に酔っているのか?それともストラスフォード仕込みの見事な演技か?いずれにせよ、今夜はキャンディの話抜きでお開きに出来そうもないな)

誘ったのは自分なのでアルバートは腹をくくった。

「君もすっかり大人の男になったんだな。聖ポール学院時代の斜に構えた不良少年とは到底思えないよ。確かに僕らの会話は行きつくところ、いつもキャンディの話題になってしまう。否定はしないよ。で、お返しと言っちゃあ何だが、君の鋭い洞察力を見込んで僕も本音で尋ねよう。大人の男同士、お互い嘘や策略は無しってことでね」

いきなり開き直られたので今度はテリィが面食らった。

(一体何を仕掛けてくるつもりなんですか、アルバートさん)

「ずばり聞こう。君はシェリルをどう思ってるんだい?これはあくまで個人的な意見だが、キャンディより彼女のほうが大切に思える瞬間が、ほんの一瞬でもあるんじゃないのか。それとも単なる僕の思い違いなんだろうか」

テリィの顔色が変わった!
Greenish blueの瞳から瞬く間に光が消えていく。
代わりに周りを縁取るのは不安に揺れ動く虹彩。
テリィの澄んだ眼(まなこ)からは想像もつかないほどの、檻(おり)がたまったような醜いモノクロ。
その変化をアルバートが見逃すはずがない。
見え透いた嘘で逃げたつもりでもすぐ見破られるだろうと観念したテリィは、正々堂々本音をぶちまけようと覚悟した。

「あなたを騙すことなんか出来そうにありませんね。俺ごときの役者が、たとえ渾身の演技で欺こうとしたって所詮は無理な話です。たとえ何十年研鑽を積んだって駄目でしょう。だから正直にお話します。お察しの通り、シェリルに惚れ込んだ時期がありました。魔が差したのか、一時の迷いからだったのか、理由は今でも分かりません。でもある刹那、俺にとってシェリル・ドレイファスという女性がキャンディより大切な存在だったことは紛れもない事実です。少し前、キャンディとアルバートさんとアーチーと俺の四人で会食したことがあったでしょう?あの頃が丁度その時期に当たります。だから食事をしてる最中、あなたに『キャンディをよろしく頼む』と念押しされたときは正直ヒヤッとしましたよ。俺の心の奥の奥まですべて見通してるんだな、恐ろしい人だなって」

そこまで聞いてアルバートは、「おいおい、そんな言い草はないだろう」と苦笑いした。

「でも今は違いますよ」

茶化そうとするアルバートを制するように、テリィは大真面目な顔で言い切った。

「今はキャンディが一番です。誰がなんて言おうが、どんな脅しを仕掛けてこようが、俺の気持ちは変わらない。やっと昔に戻れたんです。あいつと初めて出会った頃の初々しい想いにね。勿論今でもシェリルは大切な存在ですが、それはあくまでビジネスパートナーとしてであって、それ以上のものじゃない。ましてや女として彼女を意識するなんてことは、今じゃあり得ませんよ。だから俺は何も変わっちゃいない。キャンディを好きだという想いに一点の曇りもありません」

いきなり剛速球を投げられ、今度はアルバートが圧倒される番だった。
真正面から自分に挑んでくる若者の、怖いくらい真剣な眼差しがまるで矢のように突き刺さり、キャンディに関しては一歩も譲らないと語っているのを痛いほど感じる。

「君の覚悟、しかと受け取ったよ。どうやら僕の取り越し苦労だったようだね。だから改めてお願いする。キャンディのこと、どうかよろしく頼む。この先彼女の笑顔が永遠に続くように。悲しい思いをしないように」

自分にわざわざ頭を下げた年長者に恐縮し、テリィは深く頷いた。

「絶対幸せにすると誓います。キャンディが俺の元を離れて行かない限り」

その一言に弾かれたようにアルバートは頭を上げ、青い目を大きく見開いた。

「君の元を離れて行くだって?それはまたどういう意味だ」
「キャンディが俺以外の男を選ぶってことです。たとえばアンソニー。それか・・・」

そこまで言ってテリィは口ごもった。
頭に浮かんだ「ある男の名前」をなぜか言うことが出来ないのだ。
口に出したら現実になってしまいそうで怖いのか、言葉に詰まってしまった。
気まずい沈黙を何とか埋めようとあがいているのだろう、初めは視線を宙に泳がせていたテリィだが、やがて諦めたかのように俯いた。

「アンソニーのところに行くって?この期に及んでキャンディがまだ揺れてると思うのかい?すぐそばに君がいて彼女を深く愛してるのに」
「勿論そうは思いたくないですよ。でも男と女の間には何が起こるか最後の最後まで分からない。だからキャンディが俺の手を離す可能性がゼロとは言い切れません。もしもそうなったら、そのときあなたはどうします?大切な養女の父親として」

テリィはそこで言葉を切ったが、本当はこう言いたかったのだ。

――大切な女性を想う一人の男として、そのときあなたはキャンディに何を告げるつもりですか?――

アルバートは一瞬、言葉を繋ぐことが出来なかった。
自分よりかなり年下の男に直球を投げられ、冷静な判断が感情の波に押し流されてしまったのだ。
痛いくらいに激しいテリィの詰問が心臓にぐさりと突き刺さり、何と返答すべきか、しばしの間逡巡した。

ややあって重たく暗いトーンの声がアルバートの喉から絞り出される。

「もしそんなことになったら真っ先に考えるだろうな。キャンディに一番相応しい男はどこの誰なのかって」

その答えを予想していたのか、テリィは別段意外な表情を見せはしなかったが、少しだけ挑戦的な光が瞳から漏れ出てきた。

「今更『一番相応しい男』って・・・。もしも俺と縁がないのなら、キャンディの運命の相手はアンソニーに決まってるじゃないですか。彼以外、一体誰がいるんです?他の男の名前を思いつくなら教えてほしい」

痛いところを突かれたと見えてアルバートは再び言葉に窮した。
一体何と答えたらテリィを納得させられるのか確たる自信を持てないまま、何とか次の台詞を探るしかなかった。

「アンソニーは僕にとってたった一人の可愛い甥っ子だ。目を閉じると今でも幼い日のあどけない笑顔をはっきり思い出せるよ。ましてやあれほどの辛い経験を重ねてきたんだ。幸せを願わずにいられる叔父がどこの世界にいるだろう。彼の思い描くとおりの道を歩んでほしいのは山々さ。でも同時にキャンディも同じくらい、僕にとっては大切な存在なんだ。あの子は小さい頃から苦労のしどおしだった。君は当時の彼女の苦労を知らないだろうが、辛い目に遭ってる姿を僕はいつもすぐそばで見てきた。だからこそ、この先は幸福な人生を歩いてほしいんだ。残念ながら今のアンソニーではキャンディを幸せにしてやることは出来ない。彼はキャンディの手を取って人生を共にする立場にないんだよ。厳しいがこれは現実だ。君も知ってるだろう。その運命を選んだのは他でもないアンソニー自身だ。だったらどうすることがあの二人にとって最良の選択なのかを考えるべきじゃないのかな」

アルバートが一挙に胸の内を晒したあとテリィは深く頷き、納得したような顔つきに変化した。
だがそれはほんの一瞬だけで、フーっと息を吐き出すと、さっきとは全く別の表情を浮かべる。

「アルバートさんが言ってること、よく分かります。あなたにとってはアンソニーもキャンディもかけがえのない身内なんですから、案ずるのは当然です。それぞれに幸せを掴んでほしい――もし僕があなたの立場だったら同じように思うでしょう。でも一つだけ言っても構いませんか?」

予期せぬ前置きをされたのでアルバートは気がまえたが、内心を気取られないよう、すぐに「勿論さ」と快諾した。

「たった一つ、あなたは思い違いをしてると思います。それは『誰かが守ってやらなきゃ幸せになれない』という考えは、キャンディの生き方らしくないってことです。あいつはそんなに弱い女じゃない。たとえ誰の助けがなくても、手を差し伸べてくれる男がそばにいなくても、自力で幸せを掴みにいくタイプでしょう。それはあなただってよくご存じのはずです。キャンディに惚れた男の殆どは、彼女のそういう雑草みたいな強さや逞しさに惹かれたんだと思いますよ。俺もアンソニーもアーチーも、それに・・・」

そこまで言うと、テリィは次に言おうとした名前を呑み込み、ふっと微笑んで下を向いた。

「失礼しました。ここらでやめておきましょう。酒のせいでしゃべりが過ぎたようです」

アルバートは半ば呆然として、テリィの伏せた目を縁取る形のいい眉と長い睫毛を見つめるしかなかった。
完全に一本取られたようだ。
いつまでも「年下の未熟者」と、心のどこかで安堵・・・いや、少々見くびっていただろう自分を責めるしかない。
恐らくはアンソニーもアーチーも、今のテリィと同じように大人の男としての分別と自信を身に着けているに違いない。
ましてやアーチーは妻子持ちだ。ある意味、自分より人生経験を積んでいる。
キャンディを囲み、レイクウッドや聖ポール学院でじゃれ合っていた少年たちは今や完全に大人になったのだ。だからもう手加減など不要。
同じ土俵で正々堂々勝負しなければ負けてしまう。男としても一人の人間としても。

成長し、社会の荒波に揉まれ始めた彼らの存在を脅威だと感じたのは事実だが、この瞬間、アルバートは妙な心持ちを体感した。
不思議なことに、少年から大人へと脱皮した彼らを誇らしく思ったのだ。
大人になってしまったことが寂しく、疎ましい感情。と同時に誇らしいと思う感情。
相容れない二つの思いが心の中に同時に湧き上がってくるのをアルバートは実感した。

誰にも心を開かないのに自分だけを慕ってくれた繊細な少年テリィ。
言葉など必要ない、理屈抜きの温かさで繋がっている大切な肉親アンソニー、そしてアーチー。
親心とでも言えばいいのか、結局は本気でライバル視など出来ない、人のいい自分がそこにいた。

――もうやめだ、キャンディを巡って彼らと対峙するのは。第一、肝心かなめの彼女はとっくに答えを出してるじゃないか。僕に出来るのは、ずれた歯車を軌道修正することだけ。間違ってもキャンディの手を引っ張っちゃいけない。彼女がそれを求めない限り――

「君の言うとおりだよ、テリィ。キャンディが誰も頼らずに自力で進もうとするなら干渉するべきじゃない。君もアンソニーもアーチーも、そして僕もね」

柔らかな声色を聞いて、テリィは下に向けていた顔を思わず上げた。
するとそこには今まで通りの穏やかなアルバートの笑顔があった。
ほんの僅かの時間にすっかり表情を変えたアルバートの心境の変化を感じ取り、テリィは何とも言えない安堵に浸る。
今まで心をいっぱいに占めていた猜疑心が奇麗さっぱり流されていく爽やかな感覚を味わった。

(これこそ本物のアルバートさんだ!僕は今の今まで何か勘違いをしてたのかもしれない。本当は彼の中には一点のやましい感情なんかなかったかもしれないのに。自分の中にある漠たる不安が、ありもしない妄想を作り出していたんだろうか)

アンソニーやアーチーに余計なことを吹き込んでしまった自分を恥じながらも、久しぶりに素直な気持ちでアルバートに接することが出来たのがテリィは心から嬉しかった。

「今夜は有意義な時間を過ごせましたよ。出来たらまたこういう機会を持ちたいです。今度はアンソニーもアーチーも交えて」

アルバートの顔色を窺うように、テリィは少々戸惑い気味に青い瞳を覗き込んだ。
どう返答されるか怖かったのだ。

「そんな遠慮がちに言うなよ。長い付き合いじゃないか。アンソニーにもアーチーにも是非声をかけてくれ。僕はいつでも大歓迎だから」
「ホントですか?」

嬉しそうに目を輝かせるテリィは、もうとっくに聖ポール学院時代の少年に戻っていた。アルバートに全幅の信頼を寄せていたあの頃の彼に。
心が通じたことを確信したアルバートもまた嬉しかった。

「当たり前さ。君は今でも僕の大切な弟分だよ」

そう言うなり、親指を立てながらウィンクした。