クリスマスまであと二日という日、ニューヨークに寄港しているアンソニーの父・ヴィンセントが山のようなフランス土産を携えてレイクウッドを訪れた。
久しぶりに会えたアンソニーは大喜びだ。

「やっと会えた!父さんのこと、何度も夢に見たよ。最後に会ったのはいつだろう。なんだか随分前の気がする」
「いつも寂しい思いをさせてすまない。なかなか時間が取れなくてな」

アーチーとステアも、待ちきれないとばかりに早速会話に加わった。

「仕方ないですよ。おじ様は世界中を旅してるんですから」
「そのとおりです。その分僕らがアンソニーのそばにいますから心配しないでください」

二人の笑顔に救われたのだろう、ヴィンセントは「ありがとう、ステアとアーチー。君たちのおかげで私は安心して海に出られるんだ。いつも感謝しているよ」と丁重に頭を下げた。

「そうそう、いつも手紙に書いてるけど、今日こそはキャンディを紹介するよ」

アンソニーは嬉々として、みんなの後ろで遠慮がちにしているキャンディの手を取り、父親の前に導いた。

「僕の父だよ。前にちょっと話したことがあっただろう?」

緊張した面持ちでアンソニーを見上げると、人懐こいウィンクが降りてきた。
それで少しホッとしたのか、はにかみながらペコリと頭を下げる。

「あの・・・初めまして。キャンディス・ホワイトです」
「おお、君がキャンディかい?ここにいる三人からの手紙には、一様に君の褒め言葉が書いてあったよ。今まで見たこともないような生き生きしたかわいい子だってね」

ヴィンセントが微笑むと、キャンディは「まあ!」と言って頬を染めた。

「そうだ、君にもお土産があるんだよ。パリで買ったものだ。気に入ってもらえると嬉しいんだが」
「わあ!なんて素敵なんでしょう。可愛いリボン付きの帽子。私なんかが頂いていいんでしょうか」
「勿論だよ。君のおかげでアンソニーがどれほど幸せになれたことか。いや、アンソニーだけじゃない。コーンウェル兄弟もね」

ヴィンセントはそう言って三人の少年にウィンクした。

「ステア、アーチー、そしてキャンディ、いつもアンソニーのそばにいてくれてありがとう。特に君たち兄弟は子供の頃から片時も離れず息子と一緒に過ごしてくれた。親の私が出来なかったことを代わりにやってくれた。どれだけありがたいと思っているか。これからもどうかよろしく頼む。こう見えてアンソニーは寂しがり屋なんだ。話し相手・・・いや、時には喧嘩相手になってやってほしい。そして一緒に立派な男に成長してほしいんだ」

ヴィンセントはステアとアーチーの手を交互に取り、深く頭を下げる。
少年たちはえらく恐縮してしまい、「おじ様、そんなお気遣いは無用です。アンソニーに助けてもらってるのは僕らのほうなんですから」とステア。

アーチーは心に強く訴えてくるものがあり、しばらくは口がきけないまま立ち尽くした。

(おじ様、僕は今の今まで忘れてましたよ。アンソニーに助けられ励まされていたのは僕だったってことを。同い年の僕らはつまらないことでよくケンカもしました。でも末っ子の僕はアンソニーに比べたら随分子供で、彼にわがままばかり言ってた気がします。キャンディのことだってそうです。彼女が好きなのはアンソニーなんだってよく分かってるのにどうしても認めたくなかった。この前は殴り合いまでしてしまいました。本当に大人げないと思います。でも今のおじ様の言葉でやっと目が覚めましたよ)

ヴィンセントを見つめるアーチーの瞳からは奇麗さっぱり靄(もや)が消え去り、元通りの澄んだマリンブルーに戻っていた。





そしてクリスマスイブ。
太陽が西の空をオレンジ色に染める頃、キャンディとアーチーは石の門にいた。
思いがけずここで鉢合わせしたことに驚き、二人とも目をパチクリさせている。

「今頃どうしたの?もう少しでディナーが始まるのに」
「君こそどうしたんだい?イブニングドレスに着替えなくてもいいの?」
「アンソニーに言われたのよ。石の門で待っててって。どうしてバラの門じゃないのか不思議だったんだけど」

キャンディはまだ腑に落ちない顔つきで考え込んでいる。

「僕は兄貴に言われたんだ。石の門へ行けって」
「一体どういうこと?」

眉をひそめるキャンディの横でアーチーは腕組みをして考えたが、間もなくニヤリと笑って「ハハーン」と言った。

(そうか・・・アンソニーの奴、気を利かせたんだな。僕とキャンディが二人きりになれるように。もしかしてクリスマスプレゼントのつもりか?)

少し前だったら絶好のチャンスとばかりに告白しただろう。

君が好きだよ、キャンディ。だからアンソニーじゃなくて僕を選んでほしい。

でも今は・・・。

想いを告げたところで、それは自己満足でしかない。
キャンディは困ってしまうだろうし、アンソニーと自分の関係は最悪になる。
ステアだって要らぬ気を遣うに違いない。

(返事が分かってるなら何も言わないほうがいい。そうすれば僕とキャンディはいつまでも友達でいられる。大切な友達で)

アーチーは覚悟を決めたのか、深く大きく息を吸い込んだ。

「いきなりこんな話をしてごめん。でも時間がないから手短かに言うよ」

キャンディはきょとんとした顔で見上げてくる。
無邪気な緑の目が可愛くてたまらない。
だが想いを殺し、わざとそっけなく切り出す。

「実は好きな子がいるんだ。なかなか気持ちを伝えられずにいるんだけどね。その子に悪いから、こうやって他の女の子と二人きりでいたくないのさ。ごめん・・・。君はアンソニーのところへお行き。きっとバラの門にいるよ」

優しいマリンブルーの瞳が笑いかける。
思いもよらない告白を聞き、キャンディは頬を真っ赤に染めながら言う。

「アーチーったら謝らないで。でも驚いちゃった。まさかそんなすごい秘密があったなんて。私のほうこそごめんなさい。あなたの気持ちも知らずに図々しく押しかけちゃったわ。今のこと、誰にも言わないから安心してね」
「だと助かるよ。あ、そうそう、アンソニーに伝えてくれる?これからも三銃士は仲良くお姫様を護っていこうって」
「え?」

なんのことか分わからず首をかしげるキャンディに、「そう言えば分かるよ」とアーチー。

「もうすぐ日没だ。暗くなる前に行ったほうがいい」
「ありがとう。じゃあまたディナーのときにね」

アーチーは笑顔で手を振りキャンディを見送った。



(アーチーの好きな人って誰かしら?もしかして私が知ってる女の子だったりして)

そんなことを考えながら足早に歩く。
まさかその女の子が自分だとは考えもしないで。





バラの門にたどり着くと、アーチーが言ったとおり「彼」がバラいじりに精を出していた。

「アンソニー!」

大好きな人の名を叫びながらキャンディは息を切らして走っていく。

「君、どうしてここに?アーチーと一緒じゃなかったのかい」

アンソニーは驚き、持っていた剪定用のハサミを地面に置くと目の前のキャンディをじっと見つめた。

「アーチーは急用が出来たらしいの」
「急用だって?そんなこと聞いてないけどな」

腕組みして考え込む彼を見て心の中でひたすら謝った。

(嘘ついちゃってごめんなさい。でもアーチーに好きな人がいることは、たとえあなたにだって言えないわ。許してね)

「実は伝言を言付かってきたの。『これからも三銃士でお姫様を護ろう』って」
「アーチーがそう言ったの?」

キャンディはコクリと頷いた。

「それと『君はアンソニーのところへ行ったほうがいい』って言ってたわ」

その瞬間、アンソニーはハッとした。

(アーチーは認めてくれたんだ!キャンディと僕のこと。それでも僕ら三人は今までどおり仲良くやっていこうって言ってくれてる。全く・・・なんて奴だ)

彼の懐の深さに感動してアンソニーは何も言えなかった。
互いにキャンディを心底好きで、真剣に殴り合ったからこそ本物の友情が芽生えたことを確信した。
今この場にキャンディがいなくて一人きりだったら間違いなく涙がこぼれただろう。
それほどにアーチーの決意は心の奥底を強く激しく揺さぶった。

(アーチー、ありがとう。お前の大好きなキャンディは僕が必ず守るよ。約束する。そして僕にとってアーチーは、彼女に負けないくらい大切な存在なんだ。お前が苦しいとき、辛くてたまらないとき、たとえどこにいようと、いの一番に駆けつける。生涯の友としてずっとそばにいる。今心から誓うよ)