「雨上がりの夜に」

 

初出 2005年9月28日

 


あっこさんの文才が冴え渡る逸品です♪

 これは「BAD WEATHER NICE WEATHER」の続編。
ラストダンスでキャンディのパートナー役を射止めるのは、一体誰?
またまた素敵なアンソニーとキャンディに会えます!今回は、意外な「あの人」も登場しますので、どうぞお楽しみに♥

 

 

 


朝から降り続いていた雨は、昼過ぎには上がった。

バラ園のバラたちは水滴の王冠を載せ、やっと顔を出した太陽の陽射を受けて誇らしげに輝いていた。
(予定通りに狐狩りが行われていれば、今頃キャディは僕の腕の中で踊っていたはずだったのに・・・・)
今夜のパーティーで彼女の髪に挿すスイートキャンディを選びながら、アンソニーは溜息をついた。

「アンソニー、まだかぁ?」
キャンディの部屋の窓からアーチーが身を乗り出して叫んでいる。もう、着付けが終わったようだ。
「今、行くよ!」
アーチーに聞こえるように大きな声で答えると、アンソニーは花の開ききっていない見た目の良いものと、少し綻んだ蕾を数本づつ選び切り取ると、キャンディの部屋へ急いだ。

キャンディ付きのドリスが、手際よく癖の強い髪を纏めていき、仕上げにスイートキャンディをバランスよく挿し入れた。
支度の整ったキャンディの姿に、アンソニーもステアも声が出なかった。
「どうだい?僕の見立ては。」
アーチーが得意満面で言った。
「素敵だよ、キャンディ。とっても良く似合ってる。馬子にも衣装ってヤツだな。」
ステアが、首を振りながら感慨深げに言った。
「もうステアったら。それってちっとも褒めてないわよ。」
キャンディが、頬を膨らませて抗議した。
「えっ!そっなの?最大級の賛辞のつもりだったんだけど。」
ステアが悪戯っぽく笑った。
「失礼しちゃうわ、全く。・・・・・ねぇ、アンソニーは、どう思う?」
キャンディが、何も言わないアンソニーの顔を覗きこんだ。
「え!?あ・・・うん・・・・・・」
キャンディに見惚れていたアンソニーは、真っ赤になって言葉を捜した。
「キャンディ。アンソニーはね、より素敵になった君を見て、言葉もないくらいに感激しているんだよ。」
しどろもどろのアンソニーを横目に、アーチーがキャンディに耳打ちした。
「ア、アーチー!!」
アンソニーは、さらに真っ赤になって抗議した。
だがキャンディが心配そうな顔で、見つめていることに気がつくと「とっても素敵だよ。」と微笑んだ。
今度はキャンディが、耳まで真っ赤になってしまった。

「キャンディス、支度は整いましたか?」
正装姿の大叔母様が現われた。
「は、はい。整っておりますです。」
緊張したキャンディが慌てて声の方へ向き直ると、大叔母様は頭の先から足の先までその姿を確認し、
「いいでしょう。くれぐれも粗相のないの様に。」
と言い残し、満足気に部屋を出て行った。

しばらくして、車の支度が出来たとメイドが知らせに来たので、4人は階下へ降りていった。
馬車で行く大叔母様とは別に、4人は車に乗り込むとバラの門からホテルへと向かった。

ホテルでは着々と準備が整いつつあった。
4人に用意された控え室まで、楽団のリハーサルの音や厨房からのいい匂いが漂ってきていた。
そのうちに、ホテルのベルボーイがやってきてラガン家一行の訪れを告げると、アンソニーは名残惜しそうにキャンディを見詰め、イライザのエスコートのために控え室を出て行った。


大ホールにアードレー家の人々が勢揃いしていた。
大叔母様の挨拶の最後に紹介されると、高らかなファンファーレの音と共に、アーチーとステアにエスコートされたキャンディが入場してきた。
隣でイライザがブツブツ言い始めたが、アンソニーが笑顔を向けると真っ赤になって黙ってしまった。
キャンディの挨拶も無事終わり、パーティーの幕が上がった。

楽団がダンスの為の音楽を、静かに奏で始めた。
キャンディの最初の相手は、歳の順なのだろうか華やかなアーチーではなくステアだった。
特訓の成果か、いつかのパーティーの時のように相手の足を踏むこともなく軽やかに楽しそうに踊っていた。
アンソニーもイライザに急かされてフロアに出た。
時折、イライザの目を盗んで、キャンディに視線を流すと、キャンディもアンソニーを目で追っていた。
絡み合う視線。お互い、自然に笑みがこぼれた。

曲が変わり、今度はアーチーがキャンディの前に現われた。優雅に、華麗にリードするアーチーにキャンディは自然についていった。
その様子にまわりから、溜息が漏れた。
アンソニーは心中穏やかではなかったが、そんなキャンディを見ても何も言わないイライザに安堵していた。

パーティーは何事もなく進んでいった。イライザもずっと上機嫌だった。
イライザと、その友人たちに囲まれずっと落ち着かない気分のアンソニーではあったが、キャンディもそれなりに上手くやっているようで遠くからでも安心して見ていることが出来た。

しばらくイライザたちのおしゃべりに気を取られていたアンソニーは、キャンディの姿が見えないことに気がついた。
会場内をすばやく見回すと、テラスからイルミネーションで飾られた中庭へ1人で出て行くキャンディの姿が目に留まった。
慌てて、ステアとアーチーを探すと、1人は着飾ったご婦人方に囲まれていたし、もう1人は発明談義に花を咲かせていた。

(何が今夜のエスコートは任せろだ・・・・・)
アンソニーは、このまま追って行きたい衝動に駆られたが、下手に動けばイライザに大騒ぎをされてしまう。
苦虫を噛み潰したような顔をしていたアンソニーに、イライザが気がついた。
「どうしたのアンソニー?具合悪いの?」
「いや、大丈夫。悪いけど、ちょっと席を外すね。」
「どちらへ?」
「その・・・、トイレにちょっと・・・・・一緒に行く?」
「/////。え、遠慮しておくわ・・・」
アンソニーは何とかイライザから離れると、ホールを出た。そして、中庭に続く別の通路から外に出た。

ホールの中からは死角になる場所を選びながら、アンソニーはキャンディを探した。
ほとんど光の当たらない茂みの方から、話し声が聞こえてきた。
少しづつ近づいていくと、キャンディが誰かと話しているのだと確認できた。
(一体、相手は誰なんだ?)
親しげな様子がアンソニーを不安にさせた。

「キャンディ?誰と話しているんだい。」
思い切って声をかけた。キャンディは見知らぬ長身の男性と一緒だった。
その身なりはどう見ても、このホテルに似つかわしい物ではなかった。
「あら、アンソニー。」
「じゃあ、キャンディ。僕はこれで。」
キャンディがアンソニーに気がつくと、男性はその場を去ろうとした。
「待って、アルバートさん。どうしても貴方を紹介したい人なの。」
キャンディの言葉に、アルバートと呼ばれた男性は立ち止まってゆっくりと振り返った。

「アルバートさん、彼がアンソニーよ。
アンソニー、アルバートさんよ。ラガン家を家出した時に、助けてもらった人なの。あの時アルバートさんに助けてもらわなかったら、アードレー家の養女どころか、今頃は滝つぼの底で魚のエサだったわ。アルバートさんは、命の恩人なの。」
キャンディがそれぞれに紹介した。
「キャンディを助けていただいて本当にありがとうございました。」
アンソニーがそう言って、笑顔で握手を求めた。アルバートが、しっかりとその手を握った。
「君の話は、キャンディからたくさん聞かされたよ。彼女は君をとても好きらしい。是非とも、力になってやって欲しい。」
アルバートも笑顔で答えた。
アンソニーは、その笑顔に不思議な懐かしさをおぼえた。
「どこかでお会いした様な気がするのですが?」
「気のせいだよ。多分・・・・・・」
アンソニーの問いかけに、アルバートが遠い目をして微笑んだ。

キッキッと、アルバートの肩の上でスカンクが鳴いた。
「誰か来たみたいだな。僕は消えるよ。キャンディ幸せにね。アンソニー、キャンディのことよろしく頼むよ。」
アルバートは、そう言い残すと闇に消えた。アンソニーは、彼からとても大切なものを託されたように思えた。
「また会えますか?」
アンソニーが闇に向かって訊ねた。
「いずれ、必ずね。」
アルバートの声だけが耳に届いた。それ以外、何の気配もなくなっていた。

「あ、いたいた。探したよキャンディ。」
「もうすぐラストダンスだよ。主役がいなけりゃ始まらないじゃないか。」
ガサゴソと茂みの影からステアとアーチーが顔を出した。
「なんで、アンソニーがここに?」
アーチーが素っ頓狂な声を上げた。
「キャンディが1人で中庭に出るのが見えたんだよ。エスコート役の誰かさんたちは、キャンディをそっちのけでご友人たちと盛り上がってたみたいだしね。」
アンソニーが嫌味たっぷりに言うと、アーチーとステアは苦笑いを浮かべていた。

「キャンディ、頼りない2人は放っておいて、ラストダンスは僕と踊っていただけますね。」
アンソニーは手を差し伸べ、キャンディが遠慮がちにその手をとった。
一瞬、視線を絡ませて、二人はそのままホールに向かった。
「アンソニー、イライザはどうするんだよぉ~」
「心配要らないよ。イライザが文句も言えないくらいに、素晴らしいダンスを披露するよ。」
後ろから聞こえてきたアーチーの情けない声に、アンソニーは笑って答えた。

ホールでは、アンソニーとキャンディが戻ってくるのを見計らったように、曲が流れ始めた。
2人はホール中央まで進むと、滑るように踊りだした。

アンソニーは目の端で、何か言いたそうにしているイライザを捉えたが、意に介さなかった。
(誰が何を仕掛けてきても、僕が守ればいいだけのこと。どうしてそんな簡単なことに気がつかなかったのだろう・・・・)

優雅に軽やかに舞う二人に、いつしかイライザさえも魅入っていた。



漆黒の夜空には2人を祝福するかの様に、満天の星が煌めいている。
日中の雨のことなど、忘れたかのように・・・・・



~fin ~