~  レイクウッドの幽霊騒ぎ  ~

 

初出 2006年4月12日

 

キャンディ仲間のあっこさんにお願いして、わざわざ書いていただいた作品集です。
アンソニー編が二つとアルバート編が一つあります。
どれも素敵なお話ばかり。
是非覗いて、夢の世界に浸ってくださいね♪

 

 

 

 

ウィリアム=A=アードレー氏がシカゴに戻ると、キャンディから手紙が届いていた。
多忙な為、なかなか会いに行くことが出来ないでいたが、マメに送られてくる彼女からの手紙を読むのは、ただのアルバートに戻れる貴重な時間だった。

封を切り便箋を広げると、四葉のクローバーを貼り付けた小さな栞が同封されていた。
(もう、そんな季節なんだな。)
自室の窓から広い敷地を眺める。ここにも春は来ていた。

キャンディからの手紙はいつもと変わりなく、勤めている診療所やポニーの家で起こった出来事が面白おかしく書かれており、最後はこう結ばれていた。

”いくらお仕事が忙しくても、ちゃんと食事と睡眠は取らなきゃダメですよ。
疲れは健康の大敵なんだから。
疲れた時は、優秀な看護婦がポニーの家に居りますので、ぜひお訪ねください。

                               白衣の天使より ”

(たまには、看病されてみたいものだね。)
若い頃の放浪生活のおかげで、どんな物でも食べられ、何処でも眠れる自分を恨めしく思う。
「君が訪ねてくればいいのに。この、横着者!」
淡いグリーンの便箋に悪態をついたその時、もう1枚の便箋があるのに気が付いた。

”追伸
この前フッと思い出したんだけど、レイクウッドの幽霊の話を知っていますか?
初めてお屋敷に行ったときに、3階の奥で見たように思うのだけど。
アンソニーたちの作り話が怖くて、幻をみただけなのかしら?”

早速、キャンディに返事を書いた。

”来月になったら少し休みを取れそうなので、
久しぶりにレイクウッドに行こうと思っている。
君も、幽霊探しに来ないかい?            
日付がはっきりしたら、また連絡するよ。

           幽霊探しも好きなアルバートより ”



約束の日。
「ジョルジュは一緒じゃないの?」
シカゴからの長い道程を、喜び勇んで迎えにやって来たアルバートにキャンディが無邪気に聞いた。
(何でいきなり、彼の話題なんだ?僕は、彼のおまけか?)
「彼もいろいろ忙しいんだよ。」
口元を引き攣らせながら、アルバートが答える。
ジョルジュが忙しいのは、ウィリアム=A=アードレー氏の仕事を押し付けられたからに他ならない。休みは取れたのではなく、無理やり取ったのだ。
「ジョルジュもそんなに若くないんだから、あんまり、扱き使っちゃダメよ。」
何気なく言ったキャンディの言葉に、アルバートの良心が痛む。

「忘れ物は大丈夫?」
「もちろん♪」
「では、キャンディス様。出発致しますので、キチンとお座りください。」
アルバートが、ジョルジュの口調を真似て言った。
「あはは・・・そっくり~。よろしくね、ジョルジュ。」
(そんな、褒められても・・・・・)
キャンディは、まだクスクス笑っている。
何ともいえない複雑そうな顔をしたまま、アルバートがギアを入れアクセルを踏む。車は、目的地に向けて走り出した。

レイクウッドへの道中、キャンディのおしゃべりで、アルバートは退屈する事も無かった。
湖が見えてきた頃、キャンディが話題を変えた。
「ラガン家に引き取られる時にね、車の中で運転手のスチュアートがイライザのことを『可愛い方』なんていうのよ。だから私、てっきり病弱でアニーのように可愛くて優しい女の子だと、思い込んでしまったのよ。」
「ぷっ!」アルバートが吹き出し、車が大きく揺れた。

「あははは・・、さぞかしショックだったろう。」
「そうなのよ。お屋敷に着くなり2階から水を掛けられたのよ。信じられる?なんかスゴイとこに来ちゃったなぁって、我が身の不幸を呪ったものよ。いろいろ嫌な事もされたし・・・・。だけど、もしイライザが思い描いたとおりの女の子だったら、今の私はここにはいなかったんだって思うと、不思議よね。あんなイライザでも、私にとっては『大きな存在意義』があるのよ。あの日だって、意地悪されなかったらアルバートさんとは会えなかったわけだし・・・・」
キャンディがアルバートにチラリと視線を向けた。

「じゃぁ、僕も感謝しないと。そのおかげで再会できたんだからね、泣き虫なおチビちゃんと。でも、それを表に出すと彼女のことだ、図に乗るからやめておこう・・・」
アルバートが笑顔で返した。
「それ、言えてる~。」
笑顔で相槌を打ったキャンディが、自分に言い聞かせるように呟く。
「どんな出来事も、今の幸せにつながってたんだわ。」
(キャンディ・・・今の君の幸せって?)



レイクウッドには、夕方近くに到着した。
夕日に変わる前の優しい太陽の光が、アンソニーの薔薇を照らしている。
「僕は荷物を運んでおくから、君はアンソニーと会って来るといい。」
そう言い残し、アルバートは2人分の荷物を手に屋敷の中へと姿を消した。

アルバートは、2階にあるキャンディの部屋に彼女の荷物を置き、3階にある自室へと向かった。
風を入れるために窓を開ける。薔薇園の真ん中でたたずむキャンディの姿が、目に入った。

ブラウン母子に、墓標は無い。
それは、大好きだった薔薇園で永遠の時を過ごしたいという、ローズマリーの遺言だった。
そして、突然逝ってしまったアンソニーも、父のビンセント氏の意向で母と同じように薔薇園に撒灰された。2人の痕跡を残すものは、花壇に埋め込まれた2枚の小さなメモリアルプレートだけだった。

荷物の整理を終え、アルバートも庭に出た。西の空には、夕映えが広がっている。
キャンディは、まだ同じところにたたずんでいた。そのまま消えてしまいそうな気がしてアルバートは声をかけた。
「キャンディ、冷えてきたよ。」
振り返ったキャンディは笑顔だった。
「彼と何を話していたの?」
「アルバートさんにはナイショよ。」
(・・・・・・)
屋敷に向かって歩き出した二人の後ろで、名残を惜しむかように、風に揺れた薔薇がざわめいた。



通いのコックの用意してくれた夕食を2人で食べる。
「ねぇ、アルバートさん。それいらないの?」
キャンディがニヤニヤしながら、アルバートの皿に残っているデザートを指差して言った。
「欲しかったら、あげるよ。太っても知らないけど・・・」
「ひどいな~。もう。」
キャンディが頬を膨らませた。その様子が小さな女の子のようで、アルバートはついついからかってみたくなる。
「そんなに膨れてると、そのうち破裂するよ。」
キャンディの頬が、さらに膨れる。あまりの表情にアルバートは耐え切れなくなり、吹き出した。
「あはは・・・、にらめっこは君の勝ちだ。たとえ太っても君は十分に魅力的だから、安心して食べるといいよ。」
「それって、フォローになってな~い。」
そう言いつつキャンディは、しっかりもう1人分を食べきった。

夕食の片付けも済ませ、2人で他愛のないおしゃべりをしていた時だった。アルバートが頭痛を訴えて眉根をよせた。
「働きすぎよ。」
呆れながらもキャンディは、横になるように促す。
「マーチン先生からもらった薬が僕の部屋にある。・・・持ってきてもらえないかい?」
辛そうな声で、アルバートが言った。
「わかったわ。」
答えてから、キャンディは気付いた。
「アルバートさんの部屋って・・・?」
「3階の1番奥だ。机の引き出しの中に・・・」
キャンディが、勢いよく駆けだしていった。それを見届けたアルバートが、立ち上がった。



キャンディは階段を一気に駆け上がり、1番奥の部屋へと走りこんだ。
(机、机と・・・あった!)
その時だった。灯りが消え、ドアが閉まった。
キャンディの脳裏に、初めてこの屋敷に来た夜の恐怖が甦った。

時を告げる南塔の時計が鐘を打ち始め、靴音が闇に響きわたる。
キャンディは恐怖のあまり動けずにいた。
「誰か助けて、誰か・・・」
一歩一歩、靴音が近づいてくる。
やがてその音は止み、今度はドアノブを回す音が耳に届いた。
「・・・助けて・・・アンソニー・・・」
あの夜と同調しているからなのか、ここがあの幸せなひと時を共に過ごした場所だからなのか、今はもう自分の心の中にしか存在しないはずの少年の名を、キャンディは口にした。

ガチッ、キーッ
月明かりにシルクハットの人影が浮かぶ。その瞬間、キャンディが叫んだ。
「アンソニー、助けてっ!アンソニー!!」



灯りが点る。
きつく目を閉じて身体を硬くしていたキャンディを、アルバートが優しく抱きよせた。
ゆっくりと目を開けたキャンディが呟く。
「・・・・アルバートさん・・・・」
安心したキャンディが、そのまま気を失った。
(やりすぎたかなぁ・・・・後が怖い・・・・)
アルバートはそのままキャンディを抱き上げると、ベッドへと運んだ。

誰かが優しく前髪に触れた気がした。
気が付くと、キャンディはベッドの中だった。
「気が付いた?」
ベッドの端に腰掛けたアルバートが、心配そうに覗き込む。
「アルバートさん、私・・・・」
上半身を起こし、改めてアルバートを見たキャンディが絶句する。
視線の先では、シルクハットに黒いマント姿のアルバートが、クスクスと笑っていた。

キャンディの中にフツフツと怒りがこみ上げてきたのが、アルバートには手に取るように分かった。
(来るぞ、来るぞカミナリが・・・・)
「アルバートさん!!」
(ほら、来た。)
同時に緊張が解けたのか、アルバートを責める言葉と共にキャンディの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「怖かったんだから、ホントに怖かったんだから・・・面白半分に人を騙すなんて・・・・・」
(え?どうしよう。泣き出すなんて、そんな・・・困ったな・・・)
「ごめん、びっくりさせて。」
アルバートの長い指が、キャンディの頬を伝う涙を優しく拭い、頤でその動きを止める。

(!?)
キャンディは、何がおきたのか理解するまでに時間がかかった。
それは、ただ感情だけを押し付けてきたテリィのキスとは違う、包み込まれるような優しい口づけ。
その心地よい感覚にのみ込まれそうになった時、アルバートの唇が静かに離れていった。
キャンディは困惑したグリーンの瞳で、アルバートを見つめるしかなかった。

「嫌なことを忘れるおまじないさ。」
アルバートは必死に平静を装い、以前ニールに呼び出されたキャンディを探しに行った時のように、悪戯っぽく笑った。
「・・・・・・」
キャンディは何も言わなかった。

「別に、騙したわけじゃない。」
シルクハットとマントを脱ぎながら、アルバートが呟いた。
「幽霊の正体は、本当に僕だったんだ。・・・・聞いてくれるかい?」
キャンディが、黙って頷いた。

アルバートが伏し目がちに、静かに話し始めた。
「僕がここで囚人のような生活を送っている間にも、年に何度かはパーティーの開かれることもあった。下からは楽しそうな声や音楽が聞こえてくるのに、僕はジョルジュと2人、ここで息を潜めていなくてはならなかった。幽霊の噂は、この部屋へ人を近づけないために流されたものだったんだよ。だから僕はそれを逆手にとって、好奇心で近づいてくる人たちを驚かせて楽しんでいたんだ。
君を驚かせてしまったあの日は、知っての通り、例の山荘でお気楽にやってた頃で、近くにいる以上挨拶くらいはと思って、大叔母様を訪ねてきたんだけど、結局口論になってしまってね。そのうちパーティーの始まる時間になって、帰るに帰れなくて、この隣の部屋に隠れていた。そしたら人の気配がして、つい悪戯してみたって訳さ。
それが、君だったなんてね。・・・・この間の手紙を読むまで、知らなかった。
それにしても、まさか君がここまで怖がるとは思わなかったよ。
すまなかったね。悪ふざけがすぎた。」

話し終えたアルバートが、キャンディに視線を戻す。
目が合うと、キャンディが真っ赤になった。
その様子がとても可愛くて、アルバートは笑顔のまま見つめていた。

「もしかして、大叔母様を驚かしたこともあるの?」
不意に、好奇心に輝く瞳でキャンディが訪ねた。
「そりゃぁ、もちろん盛大にね。後でこっぴどく叱られたけど。」
アルバートが笑いながら答え、つられたキャンディも笑った。
「私、大叔母様に同情するわ。」
「どうして?」
アルバートが、少し拗ねたように訊ねる。
「だって、まだドキドキしてるもの。年配の人にはかなりキツイわよ。」
キャンディが、胸をおさえて言った。

「変だなぁ。おまじない、効かなかった?」
言うが早いかアルバートは、キャンディを抱き寄せるとその薔薇色の唇に口づけを落した。
「な、何をするんですか!?」
真っ赤になったキャンディが、しどろもどろで抗議する。
「何って、おまじないさ。」
パシッ
しれっと言い放ったアルバートの頬に、軽い痛みがはしる。
目の前で、複雑な表情の緑の瞳が揺れていた。
(あ、まずい・・・つい調子に乗って・・・・)
キャンディが力の緩んだアルバートの腕をすり抜け、「おやすみなさい。」とだけ言い残し、ドアの向こうに消えていった。去り際にフッと薔薇が香った。
(・・・香水?、・・・つけてたっけ?)
思い出したのは、キャンディの唇のやわらかさだけだった。





窓を開けて、星空を仰ぐ。
(ガラにもなく舞い上がってしまった。・・・・15・6の子どもじゃあるまいし。・・・・まいったな。)
自嘲気味に笑ったアルバートは、出掛けのジョルジュの言葉を思い出した。
「ウィリアム様、『急いては事を仕損じる』と申します。焦ってはいけません。」
(フンッ、余計なお世話だ!)

ズ・ズ・ズズズ、ガタガタ・・・・
アルバートの耳に、階下から奇妙な物音が届いた。音の方に目を向けると、灯りのついた部屋が見える。キャンディの部屋だった。
(一体、何を始めたんだ?まさか、帰り支度?・・・それにしては、派手な音。)
普段から何をしでかすか見当もつかないキャンディに一抹の不安を覚え、多少の後ろめたさはあったが様子を見に行くことにする。

階段を下りている時だった。不意に、足下をすくわれたように体が浮いた。
ダダダダダダ・・・・
アルバートは尻餅をつき、そのまま階段を滑り落ちた。
(くぅ・・・・、いったぁ~)
あまりの痛みに、すぐには立ち上がれない。
薔薇の香りが鼻を擽る。見回すと、踊り場の花台に薔薇が活けてあった。
(この香りか・・・・)
気を取り直して立ち上がり、腰をさすりながらキャンディの部屋へと向かう。騒音はまだ続いていた。

軽くノックをするが、返事はなかった。
部屋の中で鳴り響く不協和音にかき消され、ノックの音はキャンディの耳には届かない。
「キャンディ、一体何をしてるんだい!?」
大声で呼びかけ、力一杯にドアを叩く。それに合わせて伝わる妙な振動。
(???)「キャンディ、返事をしないなら開けるよ。」
返事はなかった。ドアノブに手をかけた時だった。
「開けるのは勝手だけど、怪我をしても知りませんよ。」
やっと声がした。
(怪我?)「一体何をしてるんだい?」
もう一度訊いた。

「バリケードです。チカンよけの。」
「バリケード!?」(チカンって、もしかして・・・・僕のことか?オイオイ・・・)
「自分の身は、自分で守る。1人で生きていく女性の鉄則です。」
(また、そういう哀しいことを・・・)
「さっきは本当にすまなかった。舞い上がって、調子に乗りすぎた僕が悪かった。ねぇ、頼むから機嫌を直してくれないかい?」
(あぁ、我ながら情けない・・・・もっと気の利いたことが言えれば・・・)

バタン、ガラガラガラ・・・・
突然、勢いよくドアが開き、アルバートの顔面を直撃した。と、同時に上から物が降ってきた。
「大丈夫?アルバートさん。ちゃんと言ったのに、なんでドアを開けるの?」
「いたた・・・それは、こっちの・・・」
言いかけて、声の方に目をやる。キャンディは、椅子の載った机とソファーと花台の向こうにいた。ドアノブに手の届く距離ではない。
薔薇の香りが、鼻を掠める。足下に本やクッションとともに、花瓶に活けてあった白い薔薇が散らばっていた。
アルバートは溜息を一つ吐き、呆れたようにキャンディに声をかけた。
「・・・・それにしても、普通ここまでやるかい?」
「だって、やってるうちに楽しくなっちゃって。ヘヘヘ・・・」
キャンディがニヤニヤしながら言う。その表情に、戸惑いや怒りはなかった。

「廊下に散らばった物は、僕が除けておくから。家具の移動は・・・・明日一緒に片付けるとしようか。今夜は、もう遅いからおやすみ。」
アルバートが、殊更紳士的に言った。
「アルバートさん、本当に入ってこないで下さいよ。」
キャンディが念を押す。
「僕も、まだ死にたくないんでね。言われなくても、今夜は入らないよ。」
「今夜は~?」
キャンディが訝しげに、アルバートを見る。
「言葉の綾だ、言葉のア・ヤ!からかってないで早く寝なさい!!」
「では、おやすみなさいませ。お父様。」
「キャンディ!!」(それを言うなって!)
「あはは・・・、おやすみなさ~い。アルバートさん」
(からかわれてる・・・・・)

まだクスクスと笑っているキャンディがベッドにもぐりこむのを見届け、アルバートは静かにドアを閉めた。
(暫く手を入れていなかったから、ガタついているんだろうか?)
アルバートは散らばった物を手際よくまとめると、邪魔にならないように廊下の隅に置いた。
(逃げ帰るつもりは無いようだし、一安心。)
自然と口元が緩んだ。


少し頭を冷やそうと月明かりの下、アルバートは薔薇園へ出た。薔薇の香りが纏わりついて、むせ返るようだ。時折吹きつける強い風にざわめく、無数の薔薇に圧倒される。正直、怖いくらいだった。
(『お父様』・・・・か。)
薔薇の門の支柱に腰を掛け、星空を仰ぎ、アルバートは深い溜息を吐く。
(キャンディ・・・・。結局、僕は君にとって今でも兄とか、父親・・・これは嫌味だと思いたい・・・でしかないんだろうか。幾度となく伝えたプロポーズのつもりの言葉も、額面通りにしか受け取ってもらえないし・・・・。)
その瞬間、一際強い風が吹き抜けた。

ボカッ
アルバートの後頭部に、いきなり殴りつけられたような衝撃がはしった。
(あたた・・。なに、今の・・・?)
柵から外れた薔薇のつるが肩のあたりで揺れている。
(これ・・・?どうも今夜は、薔薇には歓迎されてないらしい・・・・)
アルバートは屋敷へ引き返そうと石畳を歩き始め、何かにつまずいた。

(えっ?)
時すでに遅し、ポケットに手を入れて歩いていたアルバートが、顔面から花壇に突っ込む。
「何で今夜は、こんなにツイてないんだーっ!!」
擦り傷だらけの顔でアルバートが、夜空に向かって叫んだ。
”ねぇ、ちっちゃなバート。ポケットに手を入れて歩いてはダメよ。転んだら、危ないわ・・・・”
幼い頃、幾度と無く姉に注意されたのを思い出した。
(ローズマリー・・・・・・)

アルバートのモヤモヤした気持ちは一向におさまらず、気が付けばメモリアルルームにいた。その視線の先では、ローズマリーが優しく笑っている。アルバートの中で懐かしい姉の声が甦る。
”ちっちゃなバート、あなたに自由に外を駆けめぐる羽をあげたいわ・・・”
(それは、もう見つけた。でも、手の届くところにあるのに、届かない・・・)
”お金や名誉なんてつまらないと思わない?ねぇ、ちっちゃなバート・・・”
(そんな事、嫌になる程わかってる。彼女にとってそんなもの、何の価値もない・・・・。ローズマリー、僕は、どうすればいい?)

ガタン
背後で物音がした。気付いた時には、既に何かの下敷きになっていた。
(今度は、何だぁ?)
何とか這い出したアルバートが、自分を押しつぶしていた物を眺める。何かの弾みで外れ落ちた、誰かの肖像画・・・
一際大きなその画を起こしながら、アルバートは考える。
(ここに飾られてたのは、誰だったっけ?ローズマリーの真正面は・・・・・!!)
その人物と対面した時、全てに納得がいった。
大叔母様が、特注の大キャンバスに描かせた人物・・・・薔薇を手に静かに微笑む少年・・・・。
「アンソニー・・・・・君だったのか・・・・」
ふわりと薔薇が香る。
背筋の冷たくなったアルバートは、一目散に逃げ出した。


1階のメモリアルルームから3階の自分の部屋へと、息も吐かずに走り込み、アルバートは鍵をかけた。本物の幽霊を相手に、鍵をかけたところでどうしようもないと分かってはいたが、そうせずにはいられなかった。
震える手で水差しからグラスに水を注ぎ、一気に飲み干す。少し落ち着いたのが、自分でも分かった。

(熱いシャワーでも浴びて、もう寝よう・・・・)
アルバートは重たい体を引き摺り、バスルームに入ると、熱い湯を勢いよく流した。顔の擦り傷に湯が当たりヒリヒリと痛んだが、おかげで頭の中ははっきりとした。
ここは、アンソニーの眠る場所でもあるのだ。今夜の出来事を思い返してみる。キャンディによからぬ事をしたばかりに、彼を怒らせたに違いない。子どもじみた発想だとは思うが、他に説明のつかない不可解さに思えた。
(残りの休日は、あの山荘で過ごそう・・・・、あそこならアンソニーにも邪魔できまい。)
そう決めて、シャワーを止める。バスローブを羽織り、一歩足を踏み出した時、何かを踏んで滑って転んだ。何を踏んだのか確かめてみる。それは、薔薇の花を模った石鹸だった。再び背筋が冷たくなる。
(勘弁してくれよ・・・・・・)
アルバートの顔が、恐怖で引き攣る。立ち上がろうとしたが、右足首に激痛がはしり動けない。転んだ拍子に、足首を捻ったようだ。
情けないとは思うが、大声で叫ぶしかない。
「キャンディ!!たすけてくれ~」
(叫んだところで、今頃は夢の中だ。まして、あの部屋まで届くわけがない・・・・)
孤立無援の状況に、泣きたいくらいに哀しくなった。
「キャンディ・・・・傍にいてくれよ・・・・」
アルバートは、膝を抱えて蹲った。


「怪我して泣いてる子は、誰かな?」
不意に声がして、アルバートは我に返った。顔をあげると、目の前にキャンディの顔があった。子どもの視線に合わせる時のようにしゃがみ込んでいる。優しい笑顔だった。

「キャンディ・・・・・・どうして・・・・」
アルバートの呟きに、キャンディは優しく微笑むと、視線を右足首に移した。
「痛むけど、ちょっと我慢してね。」
アルバートの右足を自分の膝の上にのせ、足首の間接を軽く回す。
「くぅ・・・」
アルバートが顔を歪め、キャンディを恨めしそうにチラリと見た。
「脱臼してるみたい。」
看護婦の顔で、キャンディが言う。
「心配しないで大丈夫。処置は出来るから。腰掛けていた方がやり易いから部屋に戻りましょう。肩を貸すから、立ってもらえるかしら?」
「あぁ、。」
アルバートはキャンディの合図で立ち上がると、そのまま支えられて部屋へと戻った。

アルバートをベッドに腰掛けさせると、キャンディはクローゼットからパジャマと下着を持ってきて、着替えるように促した。
着替えを持って来られるまで、自分がバスローブ1枚でいる事を、アルバートはすっかり忘れていた。
(・・・・・・・・・・)

「いつまでもそのままじゃ、風邪をひいてしまいますよ。お手伝いしましょうか?」
モタモタしているアルバートに、キャンディが声をかける。
「いや、大丈夫・・・・1人で出来るよ」
「薬を探してきます。ちゃんと着替えててくださいね。」
アルバートの返答に、キャンディが笑顔で部屋を後にした。

(いくらなんでも手伝ってもらうわけには・・・・いや、やっぱり手伝ってもらえば・・・・・
あ、あれ?・・・なんでボタンが・・・・え?)
赤面し、手元の覚束ないアルバートだった。


悪戦苦闘の末にアルバートが着替えを済ませた頃、キャンディが両手にいろいろ抱えて戻ってきた。アルバートの向かいに椅子を置き、腰を掛けると、膝にアルバートの右足をのせた。
「痛むから、お腹に力入れといてくださいね。」
(・・・・・・・・・・)

施術が始まった。
(うぎゃーっ、ぐぅぅぅぅぅ、『痛い』っていうのはもう少し『マシな状態』をいうんじゃないのかぁ~!)
声には出さなかったが、顔には出ていたらしい。
「はい、ちゃんとはまったわ。靭帯が伸びてるから暫くは安静が必要ね。よく頑張ったわねぇ、偉かったねぇ、僕♪」
キャンディはガウンのポケットから飴玉を数個取り出すと、アルバートの掌に載せた。
(オイオイ・・・なんで、お子様扱いなんだよ。)

次に、ビネガー臭のするべチャべチャしたものが患部に塗られた。その感触は、アルバートにとってあまり気持ちのいいものではなかった。
「なんだい、これは?」
思い切って訊いてみる。
「湿布よ。探したんだけど何処にあるのかわからなくて、小麦粉をビネガーと水で練ってきたの。これから腫れ上がって熱を持ってくるわ。あんまり気持ちのいいものじゃないけど、冷やした方が楽だから・・・・・。朝になったら、お医者様を呼びに行ってくるわ。その時、ちゃんとした湿布も買ってくるから。それまで、我慢しててね。」
キャンディは、それを塗り終えるとネルの端布で軽く巻き、添え木をあて包帯を巻きつけ固定した。そしてポケットから小さなビンを取り出すと、中に入っていた軟膏をアルバートの顔の擦り傷に塗りこんだ。
「はい、これでおしまい。」
キャンディがいつもの笑顔で言った。

「もう横になった方がいいわね。足を下げていると、血液が集中して余計に痛むから。」
「うん・・・」
アルバートが素直に横になると、キャンディは右足の下にクッションを入れた。そして優しくブランケットをかけると、テキパキと使ったものを片付け始めた。
「ありがとう。優秀な看護婦さんが一緒で助かったよ。脱臼の処置までやれるなんて、たいしたものだね。」
「戦地でも役に立てるだけの外科の技術を学ぶために、シカゴに派遣されたんだもの。バッチリよ。」
キャンディが手を止め、威張るような仕草をしてみせた。

「あ、そうだキャンディ。明日から例の山荘で過ごそうかと思うんだけど、どうだろう?」
アルバートが、今後の計画を切り出した。
「さっきも言ったでしょう?腫れがひけるまでは安静です。ア・ン・セ・イ!」
キャンディが呆れ顔で答える。
「え?それじゃ山荘は?」
「無理に決まってるでしょう。キチンと治しておかないと、脱臼や捻挫は癖になるんです。帰りだって、誰かに迎えに来てもらうようだわ。後で、シカゴには連絡しておくけど・・・」
アルバートの耳に、キャンディの声は届かない。
(なんで・・・・?アンソニーに邪魔されない、僕の幸せな休暇は?そんなぁ~~~~~)


ブツブツと言っていたアルバートは、ある事に気が付いて我に返った。
「ねぇ、キャンディ。どうして僕が怪我をしてるってわかったの?」
ベッド脇の椅子に腰掛け、また頭でも打ったのだろうかと心配顔でアルバートの様子をうかがっていたキャンディが答える。
「夢でね、女の人に頼まれたの。
『息子が意地悪した男の子が怪我をして泣いているから、ずっと傍にいてやって欲しい』って。それで、案内されるままついてきたんだけど、気が付いたらこの部屋にいたわ。声の聞こえてきたバスルームを覗いたら、アルバートさんが蹲ってた。」
「・・・・・・・・」
「あ、そうそう。その人と一緒にいた小さな男の子からの伝言ね。『いろいろ意地悪してごめんなさい』だって。」
(やっぱり・・・・・・)

「・・・・・・・・キャンディ?僕、この部屋の鍵かけておいたんだけど・・・。それに、君の部屋のあの人騒がせなバリケードはどうやって抜けてきたの?」
アルバートが恐る恐る訊ねる。
「えっ?あれ?そういえば片付いていたような・・・・えっ?それって・・・・・本物の・・・・・」
蒼白になったキャンディが、アルバートにしがみ付いた。




「まだ、拗ねているの?」
「・・・・・・。」
月の光に照らされ、薔薇が揺れる。

「人は一人では、生きていけないわ。」
「それは・・・分かってる。ただ・・・」
「ただ・・・?」
「僕が、幸せにしてあげたかったなって・・・」

薔薇の囁きは、2人の窓辺には届かない。



レイクウッドには、優しい幽霊が住んでいる。




~Fin~




「後書き」という名の言い訳(笑)

最後までお読みくださって、本当にありがとうございます。
アンソニーファンの皆様、アルバートファンの皆様、調子に乗りすぎてしまいました。ごめんなさい。
少しでも楽しんでいただけたなら、嬉しいです。

原作では、アンソニーの墓標は存在しています。
不快に思われた方もいらっしゃると思いますが、ファンフィクの展開上、幽霊の存在にリアリティーを持たせられそうだったので、この話に限り『薔薇園に撒灰された』という設定を用いることにさせていただきました。

拙作に発表の場を与えてくださったかばくんに、本当にありがとうございました。


( かばくんよりあっこさんへ♪
快く作品を提供してくださって、こちらこそ感謝してます(*^_^*) )