アンソニーVSテリィ in 聖ポール学院 
~最終話・その2~

 

 

 

辻馬車を拾って港へ急ぐ。
無断外出だが、そんなことはどうでも良かった。
もうここへ戻る気はない。たとえアンソニーに会えなくても、彼に拒絶されても。

(ああ神様、どうか私に最後のチャンスを下さい。もう一度あの人に会いたいんです。会ってお礼を言いたいの)

キャンディは両手を胸の前で組み合わせると、目を閉じて必死に祈った。
昇る朝陽が眩しいほどに顔を照らす。
全速力で走っているはずなのに、馬車の動きが途方もなく遅く感じる。
どうにかなりそうなほど、じれったい。
風になびく自分の髪が、目に鼻に口に絡みついて、はやる心を尚更狂おしくした。


サザンプトン港──午前8時

やっと港へ降り立った彼女が目にしたのは、今出航したばかりのモーリタニア号。
汽笛を鳴らし、大勢の人たちに見送られながら、みるみるうちに陸を離れていく。
走っていけば飛び乗れそうな距離なのに、地上と海には非情な境界線が存在していた。
どんなに手を伸ばしても、水面(みなも)を滑っていく船体には決して届かない。
次第に小さくなり、視界から遠のいていく船が、アンソニーそのものに感じられてキャンディはその場にくずおれた。

(間に合わなかった・・・。会うことも出来なかった。最後に一目でいいから顔が見たかったのに。これは神様が与えた罰ね。あなたを忘れてテリィを好きになってしまった私への罰なんだわ)

キャンディは突っ伏したまま泣いた。人目もはばからず、声を上げて泣いた。
それでも・・・閉じた目の奥に、はっきりと彼の顔が浮かんでいる。
青い瞳。金色の髪。優しい笑顔。
どんなに涙に濡れても、心の中にあるその姿が霞むことはなかった。

「アンソニー!!!」

もう聞こえるはずはないのに、海へ向かって絶叫する。
失った時間を全て取り戻そうとするかのように、キャンディは叫んだ。

(好き!好きだったわ。もっと早くこの気持ちに気づいていればよかった)



「泣かないで、ベイビー」

聞きなれた甘い声に、耳が過剰に反応する。

(まさか・・・)

驚いて顔を上げると、夢にまで見た青い瞳が微笑んでいた。

「君は泣いてる顔より笑った顔の方がかわいいよ」

アンソニーはキャンディの手を取って抱えると、スカートのほこりを落とし、ハンカチで頬の涙を拭った。

「どうしてここに?さっきの船に乗ったんじゃなかったの?」
「港までは来た。でも船には乗れなかったんだ。やっぱり僕には出来なかったよ、一人でアメリカへ帰るなんてね。たとえ君がテリィを好きでも、そばにいようと思った」

アンソニーは照れくさそうに笑う。

「ある人に言われたんだ。留まって見守るのも愛だって。もう少しで僕は卑怯者になるところだったかもしれない。だからここに残る。君にとっては迷惑でも」

キャンディはものすごい勢いで頭を左右に振った。

「迷惑なんかじゃないわ!だって私を守ってくれたのはアンソニーだもの。レイクウッドでもスコットランドでも」
「・・・・!?」
「やっと気づいたの。あの森で私を一番に見つけてくれたのはテリィじゃない。あなただったって」

アンソニーは驚いて緑の瞳を見つめた。

「一目会ってお礼を言いたかった。今まで本当にありがとう。いつも支えて助けてくれて、心からありがとう。あなたに嫌われてもいいから、ついて行こうと思ってここに来たの。私の方こそ迷惑じゃない?」

ありったけの勇気を振り絞ってそこまで言うと、キャンディは顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。

アンソニーの答えを聞くのが怖かった。
顔をまともに見るのさえはばかられる。
自分にはそんな資格があるのだろうか。
彼の愛を求め、一緒に生きていく資格が・・・
他の男性に心を奪われ、初めての恋をすっかり忘れてしまったのに。

緊張で身を硬くしていると、アンソニーの腕が細い肩をすっぽり包みこんだ。

「好きだよ、世界中で一番。今ならはっきり言える。だから迷惑なんかじゃない。一緒にアメリカへ帰ろう」
「ホントに?」
「嘘なんかつかないよ」
「ああ、アンソニー。私のアンソニー!」

背伸びして彼の首元に両腕を絡ませると、力強い腕がキャンディを抱き上げてクルクルと回す。
キャッとはしゃぐ声がやっと落ち着いた頃、アンソニーは彼女を再び地面に下ろした。


「それでテリィは?彼には何て?」
「あなたを追うように背中を押してくれたのは、彼なの」
「・・・・・・」

アンソニーの脳裏にはテリィの言葉がはっきりと蘇ってくる。

もしあんたが選ばれたら、キャンディを全身全霊で愛すって誓え。
それは俺のためでもあるんだからな


恋敵であり、今は親友にもなった彼の顔を思い浮かべながら、アンソニーは静かにキャンディを抱き寄せた。

改めて誓うよ、テリィ。
僕は必ず彼女を幸せにする。どんなことがあってもこの手を離しはしない。
これは君が僕らにくれた愛だから。
約束通り、キャンディを精一杯愛していく。
命ある限り。永遠に──


口づけを交わす恋人たちの頬に、紅(くれない)の太陽が眩しい光の筋を投げた。





それから私たちは一緒にアメリカへ帰りました。

帰国してからアンソニーは大おば様を説き伏せてボストンの進学校に編入し、2年後には医学部に進学しました。
その影響もあって、私は看護婦になったんです。

医者になるまでの数年間、アンソニーにとってはボストンが拠点になりましたが、私はポニーの家に残って仕事を続けました。
彼と離れていた間は辛いことも寂しいことも沢山ありました。
そんな時、陰になり日向になり支えてくれたのがアルバートさんだったんです。
あの人がアンソニーの叔父様でウィリアム大おじ様でもあり、しかも丘の上の王子様だと分かった時の驚きといったら・・・。
何も教えてくれなかったアンソニーを、あれほど恨んだことはなかったです。

そしてアンソニーが大学を卒業し、医師免許を取得した年、私たちは結婚しました。
今ではもう、二人の子持ちです。
上の子は娘で名前はローズマリー。
下は男の子で名前はテリュース。
ポニーの家のそばに構えた診療所を切り盛りしながら、育児に追われる毎日です。
アンソニーは私のために自分の夢を諦めてくれました。
本当はボストンの大学病院から誘われていたのに・・・
小さな診療所は私たち夫婦だけでやっています。
都会の先進医療とは無縁の世界ですが、村の人たちの役に立てるのが、一番の幸せです。

ステアはこの前の戦争で志願兵になり、皆を驚かせました。
でも終戦と同時に無事帰還して、めでたくパティと結婚。
今では四人の子持ち。ちょっとした眺めです。
機械いじりは相変わらずで、趣味が高じて遂に自分の会社を設立してしまったんですよ。
おかげで家業はアーチー任せ。弟には頭が上がらないようです。

そういうアーチーはシカゴの大学で法律を学び、卒業後はアルバートさんの片腕として頑張っています。
合間にはコーンウェル家の屋台骨として八面六臂の活躍。
少年時代の気ままな彼からは想像もつかないでしょ?ステアが戦地に赴いたことが、彼を成長させたみたいです。
アニーとはちょっともめた時期もありましたが、私たちが結婚した翌年にゴールイン。可愛い女の子も生まれました。

アルバートさんは・・・早く身を固めろと大おば様から矢の催促でした。
でもなかなか折れず、つい最近まで独身貴族を謳歌していたんですよ。
で、やっと出会った運命のお相手は、彼と同い年の素敵な女性。
名前はクリスティーン。
男性なら、好きにならないわけないと思えるほど、それはそれは美しい人です。
家柄もいいし、教養も高くて上品でしっかり者で、ウィリアム・アードレー夫人として、これ以上の人はいないんじゃないかしら。どうして今まで独りでいたのか不思議なくらい。まあ、それはアルバートさんも同じことですけど!
勿論、大おば様は狂喜乱舞です。
愛妻を大事にエスコートする甥を見て、顔をほころばせています。

クリスティーンは透けるようなプラチナブロンドに、私と同じエメラルドの瞳をしてます。
アルバートさんとは美男美女のカップルですから、二人が揃ってパーティーに顔を出すと、会場からはため息が漏れてますよ。

でも一番好きなのは、何より「心の広い温かい人」っていうところ。
私のことを妹のように可愛がってくれます。
きっとアルバートさんも、そんな温かさに惹かれたんだと思うわ。
二人が結婚して、まるで本当の兄と姉が出来たようです♪
この春には赤ちゃんも生まれるし、アードレー夫妻には、うーんと幸せになって欲しいと願ってます。

そしてテリィ・・・今をときめくブロードウェーの大スター。
最後に彼と話した時、「いつか俺の活躍を見てびっくりするだろう」と言っていたけれど、あの頃から役者を目指していたんでしょうね。

結局彼とは聖ポール学院で別れて以来、会ったことはありません。
でも私にとっては生涯忘れられない大切な思い出です。
折にふれ、懐かしく蘇ってくるのは学院時代のテリィですもの。
五月祭のファーストキスを思い出すと、今でも胸がドキドキします。

彼には恋の噂が一つもないのが不思議なくらい。
共演の女優は美しい人ばかりだし、星の数ほどいるファンに囲まれて選り取り見取りのはずなのに。

勿論今も彼は独りです。
それが嬉しくもあったり、早く幸せになってほしいと思ったり・・・複雑。

時々新聞や雑誌で彼の写真を見かけます。
ホッとするのは、どれを見ても自信に満ち溢れていること。
幸せそうに微笑んでいること。
役者として本当に充実していることが分かって、すごく嬉しい・・・

惚れ惚れするような容姿は相変わらず。いいえ、あの頃よりずっとずっと磨きがかかったように思います。
やっぱり「人に見られる職業」って違うんですね。
不思議なオーラを放っていて、眩しいくらいの存在。
彼に心ときめかす多くの女性たちの気持ちがよく分かります。

それに引き換え、私はすっかり日常に埋没し、歳も重ねました。
でも彼を想うと、心は14歳の乙女に還っていきます。
恋の魔力とは不思議なものですね。
アンソニーには悪いと思いながら、時々テリィとの思い出に酔っています。
(勿論、愛する夫と共に暮らし、子供たちに囲まれて、これ以上の幸せはありませんけれど)

忘れられない愛しい男性(ひと)──テリィの面影が胸から消えることはないでしょう。多分、一生・・・

心の奥の奥にある、一番奇麗な場所で、今も彼は輝き続けています。
青春の日のままに。

キャンディス・ブラウン


~ The End ~




後書き

最後は「キャンディの語り」という形でキャラたちのその後をまとめましたが、皆様はそれぞれご贔屓が違いますので、激しく不満の方もいらっしゃるでしょう。
「キャンディには絶対テリィしかありえない!or アルバートさんしかありえない!」というお客様も沢山いらっしゃると思います。本当にごめんなさいm(__)m 
それにキャンディがとんでもない「尻軽女」になってしまったことも深くお詫びします。自分でも嫌悪を感じました^_^; 原作の彼女は、勿論こんなキャラではありません!!
ラストに近づくにつれ、雰囲気も大人っぽくなってしまいました。どう見ても18歳以上の男女が繰り広げている恋愛劇としか思えません(^^ゞ まあ書いてる人がオバサンなので、その辺もお許しいただければ幸いです。
とどめの言い訳ですが、最後の最後にジョナサンとかクリスティーンというオリキャラを出してしまいました。直接本編に絡んでくるわけではないので、目をつぶって下さると嬉しいです!

テリィのその後ですが、「あの女性」の影は考えたくないので登場させませんでした。勿論「あの事件」も起きず、彼は縛られることなく幸せに生きていきます。いつか真の理解者が現れ、良きパートナーになってくれれば・・・とも思うのですが、それはそれでファンの皆様には切ない展開ですよね。やっぱりテリィにはキャンディしかいないのかもしれません。
二人の幸せを願うキャンディファンは沢山いらっしゃいます。原作はあのような終わり方でしたから、尚更ですよね。「キャンディとテリィの恋愛成就物語」が、ファンフィクの中で一番人気と断言して間違いないでしょう。
私も勿論二人の幸せを願う一人です!
幸いテリィとのハッピーエンド編は、いくつかのサイト様やブログ様が取り上げていらっしゃるので、今回はアンソニーファンとして、「こんな世界もたまにはあっていいかな」と、駄文を書き連ねました。御理解いただけたら、こんなに嬉しいことはありません♪

これはあくまで「かばくんの妄想劇場」であり、名木田先生の原作とは全く関係ないお遊びであります。どうぞ許して下さい!!
この話をお読みになったことは、一刻も早く忘れて下さいまし(爆)。
「許さないわよ!」ってことで脅迫コメントを頂いてもレスできませんので、どうかご了承下さいましね(^^ゞ

最後までお付き合いくださった優しいあなた様に心から御礼申し上げ、拙作の幕を閉じたいと思います。

長い間、本当にありがとうございましたm(__)m