バレンタインの夜に・・・ 

05年バレンタインデーに期間限定で発表した作品です。
生きて帰って来たアンソニーとナース・キャンディが再会し・・・

 

 


外は雪。一面に広がる銀世界。
白い妖精たちが舞い踊る音しか聞こえない、シカゴの夜。

ここ聖ヨアンナ病院の一室で、一人の患者と看護婦が、囁くように何かを語り合っていた。
押し殺した切ない声。まるで雪の中に溶け込んでしまいそうな。
でも心の中はとろけるように熱かった。

「アンソニー、もうすぐ退院ね。そうしたら私たちがこうやって会うことも、おしゃべりすることもなくなるんだわ」
そう言ったきり、彼女はうつむいてしまった。
「寂しい?」
答えはない。
本当は叫びたくてたまらないのだ。
(寂しいわ。寂しくてたまらないわ。だから行かないで!いつまでもここにいて・・・)
でも言葉には出来なかった。
なぜって?彼女は看護婦だから。そしてアンソニーは患者だから。
答える代わりに彼女は頬を染めた。
あの頃よりずっと大人になった金髪の青年に、眩しそうな視線を投げて。

「僕は・・・寂しくなんかないよ」
意外な言葉に彼女は思わず頭を上げた。
「だってこれからもずっとアードレー家で会えるじゃないか」
「でも大おば様が・・・」
その先を続けようとしたが、苦しくて言葉にならない。
泣き出しそうな顔をしている白衣の天使の髪を、アンソニーの指が優しくなぞっていく。





アンソニーが目の前に現れた日から一年。
すっかり記憶をなくし、長いことずっと療養生活を送っていた彼に、初めは死ぬほど驚いた。そして次に懐かしい気持ちが溢れてきた。
でも不思議に恋心は抱かなかった。
だってその時キャンディの胸には、もうしっかりテリィへの想いが根付いていたから。
たとえあんな別れ方をしても、絶対消えるはずのない紅い炎が燃えていたから。
初恋という淡い想いは、永遠に封印されるはずだった。少女時代の素敵な思い出として。

でも彼はずっとずっと見守ってくれた。テリィとの別れを吹っ切れずに泣き暮らしているキャンディを。
13歳のあの日、自分のことを忘れて新しい恋に走ってしまった彼女なのに。

「死んだヤツは、生きてそばにいてくれる人には勝てないからね。仕方ないさ」
アンソニーはそう言って笑っていた。
胸が苦しい。

そしてキャンディは気づいたのだ。
(今私を守ってくれるのは、彼じゃないの?他の誰でもないアンソニーなんだわ!)

彼への想いが抑えられないほどに溢れ出した頃、大おば様に交際を禁じられた。

「聞くところによると、お前はブロードウェーの俳優に熱を上げていたそうじゃないですか。そんな娘に大事なアンソニーは渡せません。あの子を聖ヨアンナ病院へ入院させたのは間違いでした」

告げ口したのはどうせイライザだろう。どこまでも人の恋路を邪魔するヤツ!

大おば様が居座っている以上、彼とまともに会うことすら許されないだろう。
頼みの綱のアルバートさんは、今、仕事でカナダ。
唯一の理解者が不在で、どうすることも出来ない不運を二人は呪っていた。




「雪、まだ降ってるんだろうか」
外に目をやり、アンソニーは思い出したようにポツっと呟いた。
「止みそうにないわね」
「前途多難だな。僕たちみたいに」
二人は顔を見合わせて僅かに微笑む。

「あのね、今日は何の日か知ってるでしょ?」
急に無邪気な顔をして、キャンディはアンソニーを試す。
「さあ、君の誕生日は5月だし、僕の誕生日も・・・」
「バカね、そんなんじゃないわ。今日は2月14日。それでも何の日か分からない?」
「ああ・・・」
そこまで言われて、アンソニーは少しだけ顔を赤くした。
「はい、これは私の気持ち」
キャンディは真っ赤になりながら、隠していた包みを取り出して、彼の前に差し出した。
アンソニーは嬉しそうな表情を浮かべながら、プレゼントの紐を解く。
中からチョコレートと一緒に、キャンディお手製の真っ白い綿シャツが出てきた。
「これから元気になったらバラの手入れをするんでしょ?うんと汚れてもいいように綿にしておいたわ。あ、だけど白だと汚れが目立つわね~。私ったらどこまでもドジなんだから」
後の祭り・・・というような顔をして、キャンディは自分の頭を軽くこづいた。
「僕のために。忙しいのに・・・」
「ううん、いいの。言ったでしょ、私の気持ちだから」
赤くなってモジモジしているキャンディに、今度はアンソニーが耳元で囁く。
「じゃ、僕の気持ちはこれ」
そう言って彼女の顎をそっと持ち上げると、柔らかい唇に自分の唇を静かに重ねた。
雪が反射しているのだろうか、外から眩しい光がひとすじ、すーっと部屋の中へ入ってきた。
「今夜はこれくらいにしておくよ。続きはこれからもっと出来るから」
アンソニーは照れながら笑った。
キャンディは夢見心地で青い瞳を見つめている。

「そうだ、僕からもプレゼントがあるんだ。ほら・・・」
彼がベッドの脇から取り出したのは、スイートキャンディの花束。
「あら、どこから調達したの?」
「まあ、嬉しい」と言う前に、キャンディはびっくりして目を見張る。
「実を言うとね、アーチーに頼んでバラ園から持って来てもらったんだ。14日はバレンタインデーだから、きっとキャンディは僕にプレゼントをくれる。だからお返しを用意しなくちゃ、ってね」
「なぁ~んだ、今日は何の日か、しっかり分かってたんじゃない!」
頬を膨らませて怒ってみせるキャンディに、アンソニーはそっとキスをした。
「中にね、君へのメッセージがあるんだ。後で読んで!返事は急がないけど、答えは勿論・・・」
そこまで言って急に黙った。
「返事って?」
「読めば分かるよ」
「じらさないで。アンソニーはいつから意地悪になったの?ねえ、教えて」
まだおねだりをするキャンディをなだめるように、アンソニーはウインクしながら人差し指を唇に当てて「しーっ」とやってみせた。
「その先は言わない方がいいよ」

諦めたように肩をすぼめると、キャンディは笑いながら「それもそうね。検温に来ただけなのに、随分長居をしちゃったわ。婦長さんに怒られちゃう!」と、おどける。
「じゃ、お休み、キャンディ。今日は本当にありがとう。素敵な夢を見られそうだよ」
「私もよ」
キャンディは軽く微笑んで、ドアのノブをつかんだ。




廊下に出てから彼女はスイートキャンディの花束を探ってみた。
中から一枚の白いメッセージカード。
開くと、たった一言が目に飛び込んできた。

“Will you marry me?” (結婚してくれる?)

嬉し涙が溢れた。
長い長い時を経て、今、心はあの日に戻っていく。
アンソニーと初めて会ったバラの門。
穏やかな風が吹いて、バラが薫るあの季節に。

スイートキャンディを抱きしめながら、キャンディはアンソニーに繰り返した。
心の中で、何度も何度も。

“Sure, I will.” (もちろんよ)
 
~ The End ~


 後書き
「聖ヨアンナ病院でキャンディがアンソニーを看護する」と予想して下さったメッセージにヒントを得て、速攻で作った駄作です(^^ゞ
原作は勿論のこと、連載中の「バラの薫る季節に」とは関係ありませんので、ご了承下さいまし。

この後大おば様の邪魔は入るのか、とか、アルバートさんがどうしてカナダにいるのか、とか、キャンディとの関係はどうなった、とか、テリィはスザナとどうなったか、とか、アーチーはアニーと結婚してるのか・・・等々、細かいことは考えずに気楽に読んで下さると嬉しいです。

それにしても久々に歯が浮くような展開を考え、ちょっと、いや、大分にやけたかばくんでした(爆)。
他キャラファンの皆様、どうぞ殺さないでくださいね(切実)!!
アンソニーファンの皆様、これでちょっとは満足していただけたでしょうか?
え!?生ぬるいって(^^ゞ?