Vol.1 雪の日、ポニーの丘で(テリィ編)

 

 

初出 2006年8月30日

 

聖ポール学院を退学してアメリカへ渡ったテリィ。追いかけるキャンディ。でもポニーの丘ではニアミス。
もしも二人があのとき会えていたら・・・(コミック5巻)

 



懐かしいポニーの丘。
一面に雪が降り積もっている。

今年もあと何日かしたら終わり。
この一年、なんて沢山のことがあったんだろう。
一番素晴らしかったのは・・・そう、「あの人」に出会えたこと!

その時、頭の上から大きな声が聞こえた。
「親分!キャンディ親分!」
見るとジミィだった。大切な「子分の」ジミィ。
背も伸びて、随分逞しくなっている。やっぱり男の子だわ。

「親分、夢じゃないんだね」
「そうよ、私、帰ってきたの!」
「みんな驚くよ。てっきりロンドンにいると思ってたもの。さっき来た人だってそう言ってたし」
「さっき来た人?」
「男の人が訪ねて来たんだ」
「どんな人?」
「かっこいいけどキザな奴だよ」

キザ・・・?かっこいい──もしかして、もしかして!
キャンディの胸が躍る。

「ねえ、その人の名前は?」
「テリュースって・・・言ってたよ」

キャンディは持っていたカバンを落とした。
やっぱりテリィだ!テリィがここに来ている。ポニーの家に。
私が育った思い出の場所に。

脇目も振らずに走り出し、真っ直ぐポニーの家に向かった。
ドアを開け放ち、挨拶もそこそこに「あの人」の名を叫ぶ。

「テリィは?テリュースはどこ?」

急に現れたキャンディを見て、ポニー先生もレイン先生もびっくり仰天。
後を必死で追ってきたジミィも呆然としていた。

「ねえ先生、テリィは?テリュース・G・グランチェスターは?」
「あの方は30分ほど前にお帰りになりましたよ」
「え・・・!?」

キャンディの顔が青ざめる。
だが落ち込むより前に足が動き出していた。
さっき来た道を大急ぎで引き返す。
ポニーの丘へ──



夢中で走っていくと、丘に「あの人」が立っていた。

良かった・・・間に合った!

キャンディは心の底から神様に感謝した。
満ち足りた安堵感が胸いっぱいに広がり、次に嬉し涙が溢れてきた。
弾む息に肩が上下したが、ちっとも苦しくはなかった。


人の気配に気づき、テリィはゆっくり振り返る。
そこには涙で目が潤んだ少女がいた。

「キャンディ・・・」

胸がいっぱいなのだろう、彼女はなかなか口を開くことが出来ない。
自分を一生懸命見つめて、何か言おうとしている。

「キャンディ、どうしてここに?君はまだロンドンじゃなかったのか」

やっと気を取り直した彼女は、急に怒ったような顔をした。

「テリィのバカ!どうして一人だけで行っちゃったの?私を置いて行っちゃったの?聖ポール学院になんて残りたくないわ。あなたのいないロンドンになんて!」

意外な台詞を耳にしてテリィは驚いた。
そして一言だけ小さく呟く。

「ごめん・・・」

その声にはじかれたように、キャンディは駆け寄ってテリィの胸に飛び込んだ。

「テリィ!テリィ!会いたかったの!」
「俺だって」
「じゃあ、どうして一人で出て行ったの?私がいちゃ邪魔だったの?」
「違う。そんなんじゃない。君を連れて行っても俺には幸せにしてやる自信がなかったから。今の俺じゃあ・・・。仕事が決まって落ち着いてから迎えに行こうと思ってた」
「バカね。私が欲しいのは幸せな暮らしじゃないのよ。勿論お金でもないわ。あなたと一緒に歩いていくことなの。離れていることの方がずっとずっと辛い。どうして分かってくれないの?」

泣きじゃくるキャンディを強く抱きしめ、その額にキスを落とす。

「悪かった。もう一人にしないから」
「ほんとに?」

顔を上げ、涙目で見つめるキャンディに、テリィははっきり「ああ」と答えた。
そして彼女の頬を両手で包み込むと、そのまま吸い寄せられるように唇を合わせる。
二度目のキス──甘くて切ない、二人だけの秘密。


「これからニューヨークへ行こうと思うんだ。あそこにはブロードウェーがある。俺は役者になりたい。どこまで出来るか、自分の可能性を試してみたい。一緒に来てくれるかい?」
「勿論よ」
「苦労をかけるかもしれないぜ。なんせ貴族の身分を捨てた一文無しの俺だ。それでも良ければ・・・」
「当たり前じゃない!あなたがどんな立場になろうと、どこへ行こうと、そんなことで私の気持ちは変わらないわ。好きなの、テリィ。あなただけが」

「俺も好きだ」・・・そう言いたかったが、言う代わりに、彼女をきつく抱きしめた。
骨が折れそうなほど、強く、強く。
それがテリィの気持ちだった。

「もう迷わないよ。君がいるからこそ俺は翔べる。だから一緒にいて欲しい。もしそうすることで苦しめることがあるとするなら、守るから。俺が精一杯守るから!」
「テリィ・・・」

愛する人の広い胸に顔を埋め、キャンディは幸福の涙を流した。


固い絆を確かめ合ったキャンディとテリィは、やがてニューヨークへ向かうことになる。
思わぬ試練が待ち受けているかもしれないが、二人なら乗り越えられるはず。
互いを思いやる、深い愛で結ばれている二人なら・・・!!



この時二人でしっかり手を取り合ってニューヨークへ向かったなら、あるいはスザナが入り込む余地はなかったかもしれません。絶対そうであって欲しいです!
そんな思いを込めて、「もしも」を妄想してみました。
イメージ違い、テリィの描写が下手、短すぎる・・・等々、ご不満は多々おありでしょうが、気軽に読み流していただければ幸いでございますm(__)m
 



 Vol.2 ラストシーン、ポニーの丘で(アルバート編

 

 

初出 2007年3月13日

 

 

ラスト、ポニーの丘でキャンディを待っていたアルバートさん。
丘の上の王子様の正体もはっきりしたが、二人が恋仲になるには今ひとつ押しが足りない。
もしあのとき、愛を告白していれば・・・(コミック9巻)

 


その日、ポニーの家はとても賑やかだった。
久しぶりに故郷(ふるさと)へ帰ってきたキャンディを出迎えたのは、懐かしいポニー先生とレイン先生に子供たち。
それに、内緒で先回りしていたアーチー、アニー、パティ。

「君をビックリさせようと思って一足先に来たんだ」
すまし顔で言うアーチー。
すぐそばでアニーもパティも笑っている。

「ひどいわ。アードレー家にお別れの挨拶に行っても誰もいないんだもの。どうしたのかと思ったわ。アルバートさんまでいなかったわ」
そう言ってパティに飛びつくキャンディ。

「アルバートさんも一緒に来てるよ」
ウィンクするアーチーに、隣で微笑むアニー。

「もう~、みんなの意地悪!」
キャンディはしょげてみせた。

そんな彼女に、「さあさあ、これからささやかだけど、キャンディの歓迎会をやりましょ!」と、ポニー先生は温かく言ってくれた。

感極まり、もう少しで頬を涙が伝いそうになる。
こんなに幸せなのに、どうして泣けてくるんだろう・・・
キャンディは何となく恥ずかしくなって、咄嗟(とっさ)にこう言った。

「私、アルバートさんを探してきます」


そしてたった一人で丘を駆け上っていくキャンディ。


一緒に来たいと言っていたアンソニーは、この丘に上らないまま逝ってしまった。
そして・・・冬の日、一人でこの丘にたたずんでいたテリィ。

この丘にはいろいろな思い出がしみ込んでいる。
私の子供の頃からの涙も笑いも。


するとそのとき、真後ろから男の人の声が聞こえた。

「おチビちゃん、笑った顔のほうがかわいいよ」

聞きなれた、いつもの優しくて温かい声。
心の奥にすーっとしみとおっていく、穏やかで柔らかい声。
ずっと前から知っていた声なのに、キャンディには、なぜかそのとき、その声が「運命」みたいに思えた。
そんなふうに聞こえた。

そおっと振り返ってみる。

やっぱりだわ!

思ったとおりの運命の人が、そこに微笑んで立っていてくれた。

アルバートさん!!

優しい声。
金色の髪。
青い瞳

そのときキャンディには、ごくごく自然にわかったのだ。
彼こそが丘の上の王子様であったことが。


心の中で、もう一度叫んでみる。

アルバートさん
ウィリアム大おじ様
そして、そして・・・丘の上の王子様!


その瞬間、キャンディの体を電流が走った。

そうだったのね。
アンソニーと出会ったのも、テリィに恋したのも、全てはこのためだったんだわ。
長い長い時間をかけて、私がアルバートさんの優しさに気づくため。
すぐそばにいて私を支えてくれる、温かい愛に気づくため。
そしてそれにこたえるため・・・!!

もう迷うことなんかない。
キャンディは思い切り走っていって、アルバートの胸の中に飛び込んだ。


「アルバートさんったら、いつも私をびっくりさせるんだから!」
「そうかい?」
「そうよ。アンソニーが死んだときも、ロンドンにも、シカゴにも突然現れて・・・。大おじ様だと思ったら、王子様でもあったのね。どうして今まで黙ってたの?」
「だって、君にとって丘の上の王子様は、アンソニーみたいな姿をしてるんだろう?夢を壊しちゃいけないと思ってね」
「そんなことないわ」
「王子様がこんなおじさんで、がっかりしたかい?」
アルバートは優しく笑った。

「ううん、全然」
キャンディも微笑み返す。

「良かった。じゃあこれから僕が言うこと、聞いてもらえるかな?」

なにかしら?という顔をして、キャンディはアルバートを見つめた。
湖のように奇麗なエメラルドの瞳で。

「君の心にはいつも誰かが住みついてた。初めはアンソニー。そして次はテリィ。僕の役目は、陰で君を支えていくことなんだと言い聞かせてきた。だからこんなことを言う機会は生涯訪れないと思ってた。でもテリィとの別れが本当になってしまった今、勇気を出して言うよ」

目の前の青年がこれから何を言おうとしているのか、キャンディにはもうわかっているのかもしれない。
彼女は穏やかな微笑さえ浮かべてアルバートを見上げた。

「僕の手を取ってくれないか。兄としてではなく、勿論養父としてでもなく、恋人として。君を愛してやまない一人の男として」

サファイアの瞳を見つめながら、初めキャンディは何も言わなかった。
アルバートは不安で一杯になる。

──時期尚早だったか。テリィを失った傷は、まだ癒えていないんだね──
心の中であきらめかけたとき、白い手がそっと伸びて抱きついてきた。

「答えはyesよ、アルバートさん。ううん、私の大事なアルバート♪もうとっくに気持ちは決まってたわ」
「キャンディ!」

幸せの絶頂に駆け上ったアルバートは、愛する人の肩を抱き寄せ、力強く抱擁した。

「今まで僕は君の兄さん代わりだった。だから決して出来なかったんだ。したらいけないと思ってた。でも君が受け入れてくれるなら、もう迷わない。僕からのプレゼントを受け取ってくれるね?」

キャンディは微笑んで、そっとうなずいた。

「目を閉じてごらん」

アルバートの優しい声が耳元を流れていく。
そっと瞼(まぶた)を閉じると、彼の髪が頬をくすぐり、そのあと熱い唇が自分のそれと重なった。

初めてのキス──
頬ではなく、唇に落とされた甘くて切ないキス。

長い時間をかけて、ようやく運命の人の存在に気づいたキャンディは、今、世界で一番幸せだった。

ポニーの丘に、爽やかな五月の風が吹き渡る。
死んでいったアンソニーも、去っていったテリィも、二人の幸せなラストシーンを心から祝福してくれるだろう。



なんか強引なラストになってしまいましたね~(^^ゞ アルバートさんなら、もっと時間をかけて、キャンディの気持ちが落ち着いて熟すのを待ってから、ゆっくり告白すると思うんです。そういう優しさがある人だから♪
ですが、それだともっと長くお話を書かなくてはならないので、ここでは短絡的な結末にしてしまいました。どうぞお許しくださいm(__)m
 


 Vol.3 旅立ちの朝、シカゴ駅で(ステア編

 

初出 2007年8月5日

 

 

テリィに会うためブロードウェーに旅立つキャンディ。
見送りに来たのはステア。
彼は「キャンディがしあわせなり器」をプレゼントするが、胸の奥に秘めた本当の想いは・・・(コミック7巻)

 

 

その朝、キャンディは朝もやの駅から旅立とうとしていた。
行き先はブロードウェー。
彼女が一番愛する人の待つ街。

愛する人──テリィ。
ブロードウェー期待の星。今をときめく新人スター俳優。

それは皆が知っていることだった──キャンディが心から愛しているのはテリィ。
気持ちは昔も今も変わらない。

だからあきらめた。
どんなに好きでも想いが届くことはない。
胸の奥にしまいこんだメッセージを彼女に伝えた途端、自分もキャンディも傷つく。
だから口にしちゃいけない。
ずっとずっと秘めたまま、友達のままつきあっていくんだ。多分一生・・・

その決意を一番強く持っていたのは恐らくステア。
だけど切ない。
「大事な行動」を起こす前に、ひとこと本音を伝えておきたい。
今までどんな想いで自分がキャンディの前に存在したのかを。
知っておいて欲しい・・・
「もしも」のことがあっても、決して後悔しないように。


そんなことを一人考え、ステアはホームの隅にたたずんでいた。
どれくらい時間がたったろう。
ついに「待ち人」が目の前に姿を現した。
すかさず近寄って声をかける。

「キャンディ」

驚いたキャンディが振り返り、いつもの明るい声で話しかけてくる。

「ステア、あなた見送りに来てくれたの?朝早いから、あれほどいいって言ったのに」
「ああ。だけど一人で旅立たせるのはかわいそうで」
「なに言ってるの。すぐ帰ってくるのに」
「テリュースによろしく」
「オーケー。言っておくわ。それにお見送りのお礼に、お土産ふんぱつするわね」

そこまで話して会話が途切れた。
少し間をおいたあと、ちょっぴり照れくさそうな顔でキャンディが続ける。

「ステア・・・私たち、今までこんな感じで二人きりで話したことなかったわね」
「ほんとだね」

そうだよ、キャンディ。
君の心にはいつも他の誰かがいた。
レイクウッドではアンソニー。聖ポール学院に来てからはテリィ。
僕はいつだって君のそばにいたけど、友達以上の存在にはなれなかった。
だからいつも切なかった。苦しかった。
アーチーだって同じ気持ちだったんだ。
でもあいつはその想いを行動に移した。
結果は惨敗だったけど、気持ちを伝えられただけマシさ。
僕はそれすら出来なかった・・・


ポォー
汽笛がホームに鳴り響く。

「出発だわ。それじゃあステア。いってきまーす」
「ああ・・・キャンディ。これ、プレゼント。特製の発明品!」
「なに?」
「キャンディが幸せになり器!」
「わあ、すごい名前。オルゴールね」
「それをあけて聞くたびに、キャンディは幸せになっていくんだ」
「すごいわ。ありがとうステア」

笑顔で受け取ろうとしたキャンディの手を、大きな手がそっと包んだ。

「?」

「本当はこれだけ渡して黙って行くつもりだったんだ。でもそうしたら、今までと同じことの繰り返し。だから思い切って言うよ」
「??」

「ずっと好きだった、君のこと。レイクウッドで出会ったあのときから。アンソニーにもテリィにも負けないくらい、君が好きだった。でもキャンディの心の中に僕は住んでいなかったよね?だから何も言わないでいようって心に決めてたんだ」
「ステア・・・」

突然の告白に、キャンディは動揺を隠せない。
嬉しいような困ったような、幸せなような不幸なような・・・


不幸?どうして?
ステアが私のことを好きって言ってくれたのよ。それなのにどうして不幸になるの?
だって私は彼のことが大好きじゃない!

心の中でもう一つの声。

そうよ、大好きよ。友達としてね。
今まで彼のことを「異性として好きな人」って考えたことがなかっただけなの・・・

ああもう!わからない!


混乱していると、すぐそばで優しい声が聞こえた。

「君が言いたいこと、よくわかるよ。それにさぁ、顔に『困った』って書いてある」

ステアが優しい笑顔で言うから、つられてキャンディも笑った。

「困ってなんかいないわ」
「そう?じゃあ良かった」

その瞬間、急に抱き寄せられ、気づくと大きな胸の中にいた。

「ス、ステア?」
「しばらくこのままでいていいかな。君を感じてると落ち着くんだ」

キャンディは何も言えなかった。
彼の体温を感じ、胸の鼓動を聞いているのがすごく不思議だったから。


ステアって、こんなにも男性だったのね。
いつも面白いことばかり言って笑わせてくれるから、そんな姿に気づかなかった・・・

そしてしばらくしたあと、彼はそっと身体を離した。

「キャンディ、元気で行ってこいよ。今のことは気にしなくていいからさ。僕にはパティっていう大事な恋人もいるし。だから君はテリィのことだけ考えて汽車に乗ればいいんだ。わかった?」

やっといつもの笑顔。ステアらしい温かい笑顔。
キャンディはホッとして汽車に乗り込んだ。

「いってきまーす」

本当に嬉しそうなキャンディ。
これから愛する人が待つ街へ向かうキャンディ。


世界で一番幸せになるんだよ。
たとえ君の隣に立つのが僕じゃなくたっていいんだ。
君が心から幸せなら、それが僕の幸せだから──

また会える日がくるかどうかすら、今はわからないけど
最後に気持ちを伝えられて本当に良かった。

さよならキャンディ、幸せに・・・


それから間もなく、彼女がシカゴに帰ってくるのを待たずに、ステアは旅立った──
大空を駆け巡る、フランス空軍の志願兵として。




ステアって、最後までキャンディに本心を打ち明けない気がするんですよ、私的には。それにパティを裏切ることも絶対しないだろうし。
そういう優しさが彼の最大の魅力なんじゃないかな~。ファンの皆様、いかがでしょう?
でも「陰の立役者」のままだと、このコーナーが成立しないので(^^ゞ、あえてキャンディを抱きしめてもらっちゃいました(笑)。
しかしなんだかしっくりこない・・・ステアがステアじゃなくなる気がする・・・

 

 Vol.4 聖ポール学院の裏庭で(アーチー編
 
初出 2007年12月17日
 

キャンディとテリィが急接近することに耐えられなくなったアーチー。
ついに本心を打ち明けようとするが、またもやアニーの邪魔が入って泣き寝入り。
もしもあのとき、思うまま告白していたなら・・・(コミック4巻)

 

 

五月祭でファーストキスを交わしてから、キャンディとテリィの心は一歩一歩近づいていく。
もう心の中にアンソニーは住んでいない。
いつの間にか、空の彼方へ飛翔していった。

さよなら、アンソニー。
これであなたも本当に天国のママのところへ行けるのね。
どうぞいつまでも幸せに暮らしてくれますように。

心の中でキャンディは祈った。


意固地だったテリィはどんどん心を開いてくれる。
さっきはエレノア・ベーカーの話をしてくれた。
彼が少しでも自分のことを話してくれるのが嬉しい。

キャンディは穏やかな笑みを浮かべながら、テリィの気取った声を思い出していた。
我知らず顔がほころんでいく。
テリィのことを想うと、いつの間にか頬が薄紅になってしまう。

「あらいやだ、私ったらはしたないわ」

はずかしそうに笑ったとき、ものすごい声が近くで聞こえた。

「キャンディ!!」

驚いて見回すと、木陰からこちらをうかがっているアーチーの姿が見えた。
うかがっているというより、にらんでいると言ったほうがいい。
キャンディは思わず、「アーチーどうしたの。どうしてそんな顔を」と言ってしまった。

「あいつともうどのくらいつきあってるんだ。あの貴族さ。キザ貴族!」
「つきあってるって・・・あの・・ちょっと」

アーチーは見てたんだ!
途端にキャンディは焦った。
楽しそうに話す自分たちの姿を、アーチーは木の影からずっと見ていたに違いない。

「つきあわないほうがいい」

アーチーは脅してきた。

「どうして?みんなテリィを誤解してるわ。彼はとてもいい人よ」
「だまされてるんだ。なんであんなやつをかばうんだ、キャンディ」
「かばうって・・・そんな。どうしたの、アーチー。いつものあなたらしくないわ」
「僕はあんな奴に君をとられるのはいやだ」

ドキッとするキャンディ。

「あんなキザなイヤな野郎に。僕はずっと前からキャンディ、君を・・・」

「やめて!」

なぜか急にアニーが登場。
彼女もまた、物陰から様子をうかがっていたに違いない。
聖ポール学院には、なんと「のぞき」が多いことか(^^ゞ
紳士・淑女を育成するのが教育理念だそうだが、建前と実態の間にはとんでもないギャップが存在するらしい(苦笑)。


「おねがい、やめて!」
「アニー、どうしてここに」
「アーチーにずっと渡しそびれてたプレゼントを・・・。でも、でも、もう」
「アニー!」
今度はキャンディが絶叫する。


──お誕生日おめでとう 愛を込めて編みました アニー ──


そう書かれた小さなメモと、手作りのプレゼントを拾い上げてアーチーに渡しながら、キャンディは小声で言う。

「これ、見たでしょ?アニーの気持ちわかってあげて。ずっとずっと、どんな想いであなたを見つめてきたか」

そこまで言った途端、アーチーは狂ったようにキャンディにつかみかかり、ものすごい力で木に押し付けた。

「そのセリフ、そっくりそのまま君に返すよ。少なくともキャンディから言われたくない!」

予期せぬ出来事におびえながら、キャンディはアーチーを見上げる。

「どういう意味?あなたの言ってること、わからないわ」
「わからない振りをしてるだけさ。とっくに僕の気持ちに気づいてるのに」
「本当にわからないのよ」
「そこまでしらをきるなら、今日こそはっきり言ってやる!僕は君が好きだ。もう我慢できない」

直球、しかも豪速球を投げられ、キャンディはうろたえた。

「アニーがどう思ってようが、僕には関係ないんだ。確かに気持ちは嬉しい。出来るだけ大切にしてやりたいよ、君の親友だし。だから今までは自分の気持ちをおさえてた。それに君はアンソニーを愛してたから。でも、彼はもういない。これ以上なんの遠慮もいらないさ。僕は自分の気持ちを解放したい。テリィみたいにね」

一挙にまくし立てたあと、キャンディの華奢(きゃしゃ)な手をおさえる力が強くなり、アーチーの顔がどんどん迫ってくる。
キャンディは恐怖のあまり、「あ・・・」としか言えなかった。

「本気だよ。いつもの僕だと思わないほうがいい」

そのとおりだ、とキャンディは直観した。
冗談を言ってはぐらかしたりできる雰囲気ではない。

アーチーがこんなに「男」だったなんて!
圧倒的な男性の力を知り、キャンディは不思議な気持ちになった。
怖いはずなのに、なんだかドキドキする。

彼の言うとおり、確かに今までのアーチーじゃない。
もうずっと長いこと一緒にいるのに、出会ったのはアンソニーと同じ時期なのに。
レイクウッドのあの頃には全然気づかなかったアーチーの色気。男らしさ。
おしゃれな人だといつも思ってたけど、こんな近くで彼の香りを感じたことは今までなかった。
胸がキュンとする。

(なに?今の・・・。ついこの間、五月祭でテリィにキスされたときに感じたのと同じだわ。ううん、それよりもっと強いかも)

自分の心で起きている大きな変化がなんなのか自覚できず、戸惑う。


「目を閉じて・・・キャンディ」

誘うような甘い声。
それがやんだ途端、アーチーの唇がそっと触れた。
小鳥がついばむような優しいキス。
強引に求めてくるわけでもなく、女の子の気持ちを知り尽くした、ロマンチックで素敵なキス。
いつもモテモテだっただけあって、なんて上手なんだろう!
キャンディはうっとりして、思わずアーチーの手を握り返した。

だが同時に、理性は感情を跳ね返し、反射的に手が反応していた。
気づいたときには、強烈な平手打ちがアーチーをお見舞いしていて・・・
ああ、これじゃあ、テリィのときと同じだ!

でも今度のはちょっと違う。
二度目のキスだからだろうか、ちっとも悲しくないし、怖くもない。
ましてや、「初めてだったのよ。アンソニーなら、こんな、こんな・・・!」なんて思わない。
心底嬉しかった。舞い上がるような気持ちだった。

でもなぜ彼の頬を叩いたりしたの?
それは──頭の真中に、アニーの顔が大きくくっきり浮かんできたから・・・
その顔が、なんだかとても恨めしそうに見えた。
このままアーチーにリードされて「よろしく」やっちゃったら、呪われそうな気がする。
それで怖くなって、アニーを裏切っちゃいけない気がして・・・


「痛っ!」

思わずのけぞるアーチー。

「あ、ごめんなさい。私ったら、なんてこと・・・」

初めは目を白黒させていた彼だったが、しばらくすると平静を取り戻し、フッと笑った。

「さすがはキャンディ。そう来ると思ったよ。でも僕は満足してる。だって君に本心をぶつけられたから。このあと僕らの関係が変わろうが変わるまいが、後悔はないよ。大切なのは本当の気持ち。僕が好きなのはアニーじゃなくて君だってことさ。そしてもっと大切なのはキャンディの気持ち。僕に義理立てして、無理に好きになってくれなくていいから。それだけ言っとくよ。じゃあ・・・」

ウィンクしたあと片手を挙げ、アーチーは微笑んで去っていった。
その後ろ姿が妙にまぶしい。
それは明らかに今までと違う気持ち。

(誰か教えて!これって一体なんなの?急にアーチーが輝いて見えちゃって・・・。今までずっと一緒にいたのに、こんなふうに思ったことなかったわ。なんだか胸が苦しい・・・)

ホーッと、切ないため息が漏れた。

キャンディは複雑な思いで、いつまでもいつまでもアーチーの背を見送っていた。
 

原作では浮かばれなかったアーチー(T_T) 
告白をさえぎられた上、好きでもないアニーを押し付けられてじっと耐えたアーチー。
あまりに忍びないので、いつかこんな機会を持たせてやりたいと思ってました。
本当のところ、アーチーはものすごくナイーブで紳士で、何よりキャンディを大切にする人なので、こんなシーンはありえないでしょう。でも、ときには「狼になったアーチー」もいいかな?と思いまして。
そのへんのところをご理解頂けると幸いです♪

それにキャンディのほうも、ついこの間テリィと「そういうこと」になったばかりなので、こんなに早く心変わりすることはないでしょうね、きっと(^^ゞ