5月3日。五月晴れ。

青い空を仰げばいささか強すぎる太陽に当てられ思わず「あっつ・・・」と口からこぼれた。山梨県甲府駅前を歩く半袖の人たちは、初夏の空気を身に纏い、なんかよくわからないけれどもみな楽しそうだ。

 

三月末に東京から長野に引っ越してきてから、久々の一人時間。ここのところずっと忙しかったため、取りあえず駅前のカラオケに入った。もちろん観劇しにきたよ。でも、そこにカラオケまねきねこがあり、一人時間を手にしているとあらば、入らないわけにはいかない。

一人旅のスタートがカラオケだなんて最高だ。

親切にしてくれたまねきねこのお姉さん、ありがとう。

 

小一時間ほど歌って満足し、ようやく暇を得た私は駅前をうろうろし始めた。

本屋に行ったり、駅近の城跡をひやかしたりと、適当に時間を潰し、なんやかんや楽しい時間があってから劇場へ。

 

今回の劇場はYCC県民文化ホール。大きくて立派で、ちょっと懐かしい佇まい。中は美しく手入れされた廊下にホールが続く。脇に並んだ自販機のラインナップを横目に(アイスある)、はやる気持ちを抑えつつ会場へと向かった。

ドキドキ。この昂ぶりは何度体験してもいい。

アイス食べたい。

 

アイスへの未練を引きずりながら会場へ入ると、なんと三列目のはずが最前列だった。

またこれである。最前列は嬉しいが、緊張するのだ。肩幅を心なし縮めていると、「ここって最前列なのね」とお隣の美しいマダムが話しかけてくれた。そのお陰で少し緊張がほぐれる。楽しくお喋りしている間に開演ブザーが鳴り響き、「え、あ、え?」と思っているうちに、幕が上がった。

 

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ここからネタバレを含みます。

 

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簡単なあらすじ。

 

街は雨。

古い教会をシンボルにする街はいつもの喧噪ではなく、雨音に包まれている。それはうらぶれた路地裏であっても同じことだ。路地裏をひとり歩く白衣の男が何気なく視線を上げると、ぼろぼろのドレスを身に纏う少女がいた。そこにいるはずのない少女。

彼女には、記憶が無かった。

 

白衣の男、歌劇団のドクターは彼女を保護し、リンという名前を付けた。

ドクターは歌劇団の団長である歌姫セレンに引き合わせると、彼女は大きな慈愛に満ちた笑顔でリンを迎え入れる。それは他の劇団員たちも同じだった。

可愛くておてんばな奇術師のテルル。イケメンで女ったらしの軽業師ラタ。鋭い剣さばきが光るダンサーのジンと、優れた戦闘技能を持つ寡黙なダンサー、ブラス。暖かく迎え入れてくれた劇団員は皆、自分の意思で動く機械人形、オートマタだった。

リンは人間でありながら、オートマタ歌劇団の一員として受け入れられたのだった。

 

リンが新しい歌姫としてレッスンを始めた頃。

古く美しい街ではきな臭い事件が連続して起こっていた。

連続通り魔事件。被害に遭うのはオートマタばかり。

その魔の手がついにオートマタ歌劇団にも忍び寄る。

劇団の護衛も兼ねるジンとブラスの活躍で劇団に被害はなかったものの、迅速にやってきた聖騎士団によって犯人達は連行されてしまう。騎士団長であり大司教のレニウム、副団長のロックウェル、大司教補佐のブリネル。彼らの口にする「生きとし生けるものすべてに愛を」という言葉を、オートマタたちはどこか遠いものに感じていた。

 

不穏な空気を感じながらも、いつも通りの日常は過ぎていく。そんなある日。

リンの初舞台の最中、劇場に銃声が響き渡った。

本来あり得るはずがなかった。なぜならばその舞台に来ていたのはほとんどが教会関係者だったからだ。

驚愕するオートマタたちに、騎士団長レニウムがもとめたのは「歌姫セレンがカーニバルで歌うこと」だった。劇団員たちの命を盾にして。

 

明かされる裏切り者。

リンの過去。

切ない三角関係。

 

オートマタ歌劇団の辿る道は、ハッピーエンドかバッドエンドか。

それともまったく別の結末か。

 

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一回しか見てないので、間違っていたらごめんなさい。

とにかくまぁ、こういう感じのお話でした。

 

 *

 

ここからは感想です。

 

色とりどりの衣装に身を包んだ、個性豊かな機械人形達が歌い踊るエンタメ舞台。

そんな感じかなと思って観に行かせて頂きました。

たしかにそんな感じだった。けれども絶対的に、それ以上でした。

 

まずオートマタも人間も、舞台上の全てのキャストが生き生きと輝いている。

主役脇役色々な役割はあれど、どうでもいいモブはどこにもいなかった。役名のないダンサーさんたちだって凄くって、めちゃくちゃに目立って、輝いて、目を奪われた。

中々ここまで一人一人のキャストが輝き倒す作品はあんまり無いと思うのです。

 

そしてそれぞれのキャラクターがまた魅力的。

 

可憐で泣き虫で、でも芯が強くて頑張り屋のリン。彼女の歌声はどこまでも伸びていく若木のようであり、柔らかく降りてくる天使の梯子のようでもありました。ストーリーの中心で物語を動かしていくリンが可愛くて愛おしくて。まさに応援したくなるキャラクターだなぁと思いました。

 

歌姫セレンの存在感はとにかく圧倒的。パワフルでしなやかで、それでいて脆いガラス細工のような繊細さもある。静と動を併せ持つ無双の歌姫が目の前にいました。とにかくすごい、格好良い・・・。最後のシーンでお召しになっていた衣装が本当に綺麗で、死に装束のようでありながらやっぱりあれは花嫁衣装だったんだよね、と思わずにはいられませんでした。胸に詰まる美しさ。

 

わたしが大好きなテルル!!歌も歌える奇術師テルルは、元気一杯の姉御肌。劇団のムードメーカであります。この舞台の明るくて楽しい空気はテルルが作っていたと言っても過言じゃ無い。わたしはそんなお転婆なテルルが、一番オートマタらしいと思いました。なんというか、破天荒なくせに合理的で機械っぽい思考というか。それでいて姉御肌っていうのも魅力的でした。

 

こちらも物語の中心人物。ミステリアスなドクター。ミステリアスで渋いドクターが格好いいのは言わずもがななのですが、過去の溌剌とした若いドクターも格好良くてびっくりしました。人間の弱さと強さを凝縮したようなキャラクターで、寂しそうな背中がとてもセクシーでした。

 

寡黙なブラス。一番機械っぽいキャラクターで、そこが好きでした。優しくて強い、そしてすぐ敵を殺めようとするところもよかったです。短絡さが機械っぽい。ジンとのコンビネーションをずっと観ていたい!と思いました。キャラクターのグッズがもしあったら、絶対ブラスのグッズを買う。

 

報われないジン。いやいや、一番格好いいキャラクターです。強くて、暗い過去があって、報われない恋をして、ぶっきらぼうな優しさで周りをフォローする。そんなん惚れるなっていう方が無理でしょ。彼の剣は始めから終わりまで仲間を守る為の剣なのですが、徐々にその鋭さが研ぎ澄まされていくようでした。刀身から青い炎が見えるような、情熱的でありながら機械の冷たさも感じる剣がとても格好良かったです。

 

そして軽薄なラタ。女ったらしでいい加減なキャラクターのようでいて、冷静に物事を判断する明晰さも持ち合わせているように感じました。周りの空気を和ませ、ふわりと明るくするところはテルルと似た立ち位置。このコンビが活躍するシーンはシリアスでありながらも明るくて楽しさもあって、互いを想う強さも感じられて、とても印象に残っています。

 

教会の騎士団のみなさんも素敵でした!

 

大司教であり聖騎士団長のレニウム様。お歌も上手なレニウム様。威厳があり強さもあるのに、どこかチャーミングというか。親しみやすさが滲み出ているところが素敵でした。

お歌、あと何曲かあったらよかったのになぁ。今回色んな曲を聴きましたが、わたしの好みで言えばレニウム様のお歌が一番好きだった。

 

レニウムを補佐するブリネル。機械工学に明るい彼女は、オートマタに対して人並み以上の憎しみを抱いているように見えました。研究対象を憎悪する研究者って、あんまりいない気がする。ということは、何かネガティブな原因があってその研究を始めたのだろうか、だとしたら彼女は一体どのような道を辿ってああいうキャラクターになったのだろうか。などなど妄想が広がります。個人的に友達になるならブリネルが良いな。

 

レニウム様大好きといえば、ロックウェル。レニウム様の前でブリネルと張り合う姿はとっても可愛らしいのに、戦うと格好いい。そのギャップにくらくらしました。私はああいう陰湿な男が大好きなので、ロックウェルが出てくるとちょっとにやにやしちゃいました。

ジンとの立ち合いは良かった。戦うことが好きだというのが滲み出ていて、そこに特化出来ない自分に対するもどかしさも出ているようで。

 

カフェの女給のケイパは、明るくて美人で優しくて、彼女が登場するシーンはとても華やかでたのしかったです。カフェのシーンだけでなく、とても重要な場面で出てくるのですが、その時のケイパも格好良くて素敵でした。

 

最後にランタン。

この物語のストーリーテラー。怪しげな帽子の紳士。彼がいることでストーリーがぐっと引き締まり、重みを増した気がします。他の場面でもチラホラ、ランタンに似たキャラクターが登場するのですが、あれは他人の空似なのでしょうか。わかりません。

とにかくもう一度彼のいる劇場に是非行って観たい!と、そう想わずにはいられませんでした。

 

 

今回の感想では、わたしにしては珍しくそれぞれのキャラクターについての感想を書いてしまいました。それほど、この舞台はそれぞれのキャラクターが生きてた。だから書きたくなっちゃいました。

キャラクターが良かっただけで無く、華やかな衣装もよかったし、舞台装置も素敵でした。

竹を使った灯りも良かった。天然素材の温もりと、どこか無機質な質感が両立しているところ。場面ごとに色を変える様が舞台に彩りを添えていて、なんとも言えない幻想的な空間に仕上がっていました。竹の清冽な香りがしそうなくらい、舞台上に凜とそびえていました。

 

ストーリーも要素盛り盛りで分かりやすく面白い。

記憶喪失、三角関係、報われぬ片思い、裏切りと復讐、隠された過去、腐敗した宗教、因縁の相手との一騎打ち・・・

エンタメ小説の美味しいところをぎゅぎゅっと詰め込んだ幕の内弁当みたいじゃないですか。

これだけの要素をよく130分に詰め込んだもんだと感心します。

 

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しかし詰め込んだから歪みが出たのかなと思うところもあります。

そもそもその教団とはなんなのか。

パンフレットには様々な宗教を束ねて巨大化したとあるが、一般的に宗教は発生から時間が経つごとに各地に細分化しながら分かれ土地の文化と絡み合いながら独自の進化を遂げるものだと思う。確かに仏教はヒンドゥー教に取り込まれたが、それはヒンドゥー教が多神教だからだ。そして仏教自体は別の場所で生き残っている。宗教が他の宗教を滅ぼし、その場所に根付くことはある。しかし一神教的な宗教が、様々な宗教が統合することなど現実にありえるのだろうか。

宗教を悪として描くのならばそのあたりの設定もきちんとやって欲しい気はする。

それにオートマタを敵対視する理由も弱い気がする。観劇中ずっと、聖騎士団がどうしてそんなにオートマタを憎んでいるのかよく分からなかった。

 

そして第二に、オートマタという機械人形をモチーフに選んだ理由はなんだろうか。

観ていて疑問に感じたのは、主役がオートマタである必然性がどこにあるのか分からないという所だ。機械であることの不器用さや、無垢さを描くわけでもない。性能がとても良いわけでもない。そもそも作られた用途にギチギチに縛られているわけでもない。機械だから不死、というわけでもない。人形だから人感情の機微に疎いわけでもない。寿命の違いを描くわけでもない。

あまりにも人間的すぎて、これなら人間でもいいじゃないかと思ってしまった。

被差別種族の歌劇団、という設定でも同じストーリーを作ることが出来る気がする。

ドラマチックに、キャッチーにするためにオートマタというモチーフを使ったのかな?と思ってしまった。

 

機械を描くなら、機械にしかない悲しみとか葛藤を描くのかなと思っていたし、人形なら人形の不自由さを描くのかなと思っていた。

そこはちょっと拍子抜けだったなと思う。

 

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あと、温度は感じないのに痛みは感じるのか、とか。左方撃たれて右腕動かなくなるのか、とか。色々思うことはあった。

 

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疑問はあります。

それを見ないふりして「楽しかった!最高でした!」とは言いたくないのです。

疑問はあったけど、充分楽しかったです。

来年も同じキャスト、同じ内容の舞台があったら行きます。

 

山梨を好きになったかと言われれば、なってないです。

だって一回か二回かしか行ってない土地を好きになれるかって言われたら、難しいですよ。

しかしわたしは一人で特急に乗って甲府に行ったし。

甲府の空気の暑さを覚えているし。

カラオケまねきねこのお姉さんがしてくれた親切は忘れないし。

今度行ったら、素敵な歩道橋の写真撮りたいなって思ってる。

素敵な思い出は確かにある。

 

だから、これから先ずっとこの取り組みが続いていって、その取り組みが魅力的だったら、わたしみたいに山梨に行ったことない人が沢山行くことになるし、好きになる人も現れると思う。

そしてわたしも、二回三回と繰り返し行くうちにきっと、好きになる。

好きにならざるを得ないだろうなと思います。

 

だって、悔しいが良いところだもん!山梨!

 

ほんと、行って良かった。楽しかった。全部ひっくるめて、良い思い出になった。

いつか思い出して良い気分になれる。そんな類いの思い出。

 

素敵な思い出を下さって、ありがとうございました。

また会いたいです。

 

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そして最後に、今回もしょうまさまは素敵でした。

周りを和ませて、楽しませて、呆れられて。

目線の先にはいつも大好きな仲間達がいる。

そんなラタに慈愛を感じました。

 

軽やかな身のこなしは鮮やかに網膜に焼き付いているし。

鋭いハイキックにわたしの心はぶち抜かれました。

ラタが撃たれるシーンは、物語のワンシーンとは言え「ひぃ!」となりました。

ご無事でなにより。

 

舞台の上を縦横無尽に駆け回るラタの姿を見ることが出来て、

本当に幸せでした。

 

またいつか、しょうまさまが演じるラタが見られたら良いなぁ。

とか思います。

 

いやマジで、世界一格好いい軽業師でしたわ!!

 

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短いですがこの辺で。

ごきげんよう。