読了です。
合コン帰りに酔っ払ってゲロまみれで歩けない由嘉里を家に連れたキャバ嬢ライ。
出会ってから由嘉里はライの為に何かしてあげたいと奮起する。
「モテたいなら300万円あげるから私の顔になれば、私そろそろ消えるから」とライは由香里に話します。ライの消えるは、つまり死。
ライは今生きている事に絶望しているとかではなく、「私が消えることは使命。神様に与えられたギフト。私が生まれた時から決まっている事なの」という事らしい。
この日から由嘉里がライの家に住むようになりルームシェアを始めます。
一緒にいるにつれて「ライとこのまま一緒に暮らしていたい」という気持ちが由嘉里の中に湧きます。しかしライは近々消えると言っている。
それはどうしてなのか。それを止めることは出来ないのか、とライを通じて出会った人々に聞いて回ります。
奥様が風俗で稼いだお金でナンバーワンホストのアサヒ
オジサンオネエのオシン
普通の幸せで幸せになれないユキ
ライのことを聞いて回りながら、彼らの生き様に触れていく由嘉里。
その中でライが生きてくれるかも、という手がかりを見つけた由嘉里。
ライが過去に恋愛をした彼が大阪に住んでいると。
由香里が好きなアニメの舞台が大阪公演というきっかけを元に、今私がライに生きてもらう為に出来る事は、ライの元彼に会ってライに会ってもらうことだ!このチャンスは逃したくない!とライには内緒で会いに行きます。
ライの元彼とは会えたのか。
ライは人生を生きていくと決めてくれるのか。
というようなあらすじ。
上手くネタバレせず、
かつ伝わる説明になってるかな?
以下感想。
アンダーグラウンドな歌舞伎町の人々を、怖くて理解し難いと、そんな人が身近にいないからよりそう思う。
でもライやアサヒやユキやオシン、私は皆を好きになった。由嘉里を通して見る歌舞伎町の人々には彼らなりの苦労、悲しみ、そして幸せや優しさがある。
由嘉里のセリフは疑問形が多い。由嘉里は自分で理解できないことを問い、相手の答えを導き出してくれる。その先はどれも「この人はそうでしかない。そうでしか生きられない。」としかならない。人を変える事は難しいし、自分を変えることも難しい。大切な人同士の人生観の乖離は、こんなにも苦しい。
励ましという行為も難しい。励ましが苦しませてしまう事もあるかもしれない。
じゃあ大切な人が悲しんでいたら?どうしたらいい?
それは結局なんなのか分からないけど、うっすい言葉になっても奮起や労りの言葉をかけたり、言葉無しに触れ合ってみたり、美味しいご飯に誘ってみたり与えたり、何もしなかったり、誰かの為に自分ができる事を、その人が望む望まないではなくて、自分主体でしか人を励ます事は出来ないんだなって思う。
それが伝わらなかったとき、やはり悲しいとは思う。心が通じ合えると信じた先に通じ合えない未来があったら、、そう思うと人を信じるってなんだろうね。でも通じ合えると信じてるときも、そうでなくなっても、通じ会えた瞬間という事実だって消えてなくなる訳じゃない。
金原ひとみさんの著書を初めて読んだんだけど、比喩表現がすっごく自分に合ってて、好きな文を何度もなぞって読んだ。
こんなに丁寧に読んだけど、まだまだ登場人物の気持ちを考察する余白があって、凄く楽しい読書体験だった。
多様性を理解するのは難しい。
多様性とはLGBTQの事だけを指す事でもなくて、十人十色、一人一人みんな違うのだ。
でも私たちは割合の多くの、多数派を、少数の中の多数派を本当として、そして共感が多いほど自分が正しいと信じてしまう。
自分にとって好きな人や大切な人には同じ感性を、同じ気持ちを分かって欲しいと強く思ってしまう。
それが相手救う事もあれば、縛り付けて苦しめてしまう事もある。
相手を理解したいと思うと自分が苦しくなるし、相手に理解して欲しいと思うと理解されない事に辛くなる。
じゃあ理解できなかったら嫌いになる?
好きとか大切ってそんな事じゃ簡単にねじ曲げられる感情じゃない。だから苦しくて、でも好きが止まらなくて愛おしい。
私の生き甲斐を、誰かの生き甲斐を、笑わず見下さず、卑下せず、大事にしたい。
感想むずかしい。涙
ゆっきゅんが文庫本で解説を書いたと聞いて、図書館で見つけて読んだんだけど、ゆっきゅんが好きなら好きになるわ、って感じの話だった。
死生観というところはベボベだな〜って思っちゃう。笑
自分が好きだからっていう贔屓込だけど。
オネエのスナック行ってみたいな。お酒飲めないけど。悲しい。
