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人生においてどんな人間にも「浮き沈み」があるはず・・。
良い時期もあれば、逆に悪い時期も訪れる。
すなわち、
正があれば負がある・・
陽があれば陰がある・・
表があれば裏がある・・
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この宇宙の摂理ともいうべき法則の中で、我々生命は生かされている気もします。
そして究極の幸福論とは何か!?
それは未来を予知できる事なのかなと感じます。
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「この文面を書いているこいつは何を言っているのだろう・・・」
と思われている方もいるかもしれません。
しかし、深く考えてみるとやはりこの結論に到達しました。
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未来を予知するわけです。
数時間後、あるいは数日後、または数年後を予知できるとするなら・・。
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普通の日常の中で、突然不幸な出来事に遭遇したりします。
例えば事故に遭ったり、急な病に倒れたり、何の前触れもなく訪れる。
そしてこの悲しみという現実を受け止めなければなりません。
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しかし、
この突然降りかかる不幸という名の【落とし穴】を事前に理解する事ができていたならどうでしょう・・・。
事故に巻き込まれる前に、いくらでも回避策を見つけられる時間がある。
病にかかる前に検査や治療で病にかからずに済むかもしれません。
すなわち、【浮き沈み】の沈むという事が無いわけである。
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これは何を意味するのか・・・。
なるほど。おそらく人生においての絶頂だと思います。
生きていく中で不幸な事は体験せず、絶頂の良い出来事の瞬間のみを体験し生きることができるのではと感じます。
しかし、未来を予知し負の出来事を知るのは逆に【恐怖】なのでは!?・・・・と感じるかもしれません。
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自分が、いつどんな人と出会い、いつどんな事が起こり、いつ不幸な事に巻き込まれ、
どのような生涯で幕を閉じるのかを知るという事は、【恐怖】ではなく【覚悟】が生まれるはずです。
覚悟ができるからこそ幸福である・・。
まさに究極の幸福論なのかもしれません。
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しかしながら、自分の歩く人生を事前に理解し、良い出来事のみを体験し、生涯を終えるということは、
【感動】という物は味わえないような気がしますね。
何も分からずに、良い出来事や悪い出来事に遭遇するからこそ、
悩み苦しみながらもその中で必死に頑張りながら生きる。
楽しい事を感じれるからこそ、悲しい事を感じることができる。
やはり、これが究極の幸福論なのかもしれませんね。