全ての人は、
本来、観察者と繋がっています。
しかし、それを忘れてしまっているので、観察者のパワーを使えずにいます。
観察者と繋がるということは、
世界の中心にあれることを意味します。
一休禅師は、こう言われています。
一つ目は、仏陀に助けを求めるのは愚かだ、ということ。
二つ目は、彼は助けない。
三つ目は、我々はすでに仏陀だから、助けられる必要がない。
(一休道歌(下)著OSHO P250で、三つの事柄を重要視しています。)
仏陀とは、観察者と繋がりを持つ人のことを言います。
そして、誰もが本来、仏陀なのですが、
観察者の繋がりかたまたは、繋がっていることを
忘れてしまっているのです。
おそらく、
猪木さんは、過酷な子供時代を過ごし、地獄のようなプロレスの修行時代を過ごすなかで、偶然観察者と繋がるコツのようなものに気付き、人生を開拓していったのだと推測します。
猪木さんは、
「最後に勝つ負けかたを知っておけ」の本、
P172に「仏教の道を歩ませてもらっている」と書いておられます。
この「もらっている」という表現には、
大きな宇宙の存在か何かに
繋がらせてもらっていることへの感謝が感じられます。
猪木さんのお体が、さらに元気に回復されますよう願っています。
追記
この絵は、まさに座禅の状態を現しています‼️
猪木さんが、
脳というスクリーンに映っている出来事を
ただただ観ているのです‼️
素晴らしく
ユーモアを含んだ禅的な絵です。
グルシェフの言う客観芸術とは、こういう絵のことを言うのでしょう‼️
