ダウン症 ♪ののたん♪のんびり日記 -13ページ目

ダウン症 ♪ののたん♪のんびり日記

2015年11月28日
第三子となる『ののちゃん』を授かりました。
先生から『ダウン症の恐れがあります』と衝撃の事実を告げられてからの
ママの気持ちの変化や
力強く生きようとしている『ののちゃん』の成長の記録を残していけたらと思います。





大学のときの恩師と文通をすることになり

初回はいまのわたしの気持ちを

思いのままに語ることにしました。




書いてみると

ののたんが産まれてから今日までの

わたしの気持ちを総括したような内容になったので

自分の記録としてブログにも残しておきたいと思いますほっこり




わたしのあとに続く

ダウンちゃんのママにとっても

このお手紙が前向きになるきっかけになってくれたら

いいなと思っています照れハート





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ここのところ
暑かったり涼しかったりで
うちの三番目(望乃:ののちゃん)はしょっちゅう体調を崩しています。

いまもRSウイルスで入院をしていまして、ベットの横でお手紙を書いているところです。
RSウイルスというのは健康な子どもであれば風邪と同じような症状で終わるのですが
ののちゃんのようにダウン症ですと
気管が弱いので重症化しやすく
風邪(やRSウイルス)=入院というのがいつものルートになっています。
11月から保育園に行く予定ではありますが
2歳ぐらいまでは、こうして風邪やRSウイルスでしょっちゅう休んだり入院になったりが続きそうです。

ののちゃんが生まれた去年の11月末
わたしはどん底にいました。
なんでわたしなの、どうしてわたしなの、みんなは幸せなのに、他人の幸せなんて見たくない
この子は結婚もできないだろうし、自分で仕事をして生活をしていくこともできないかもしれない
という気持ちで産後1週間の入院期間は現実を受け入れることができませんでした。

知的障害があれば
周りからも『かわいそう』という白い目で見られて
家族みんなで遊園地にさえ行くこともできなくなるかもしれない
保育園でも預かってもらえないかもしれない
わたしが仕事に行くこともできなくなるかもしれない
とまで考えていました。

そのときは
障害児、知的障害ということに
一歩先さえ見えなくて、将来が見えないことに
ただただ不安だったのです。

その後、ののちゃんの
心臓に穴があること、耳が補聴器が無いと聴こえづらいことがわかり
いまは大学病院へ定期的に通う必要がある他、
市の発達支援センターへ通ったり
9月からはろう学校での早期教育が始まります。

ただ不思議なことに
わたしの気持ちは産後に退院してから今日まで
どんどんどんどん前向きに上昇していくばかりなんです。

自分の子どもは、たとえ知的障害があっても変わらずに愛おしいもので
ののちゃんを見ていると
すごく心が和むんです。
いままでに感じたことのないような感覚で
まるでマイナスイオンを出しているようです。

21番目の染色体がたった1本多いだけで
ヒトは染色体異常を起こし『ダウン症』と名づけられます。
でも、わたしはその1本にはシアワセがつまっているんじゃないかと思うんです。
なぜなら、家族みんながののちゃんを愛しているからです。
ののちゃんが家族の絆を強くしてくれるようにさえ感じています。

ののちゃんのおかげで
わたしはいままで知らなかったことをたくさん学ぶ機会を与えてもらいました。
身体のこと、療育についてなどなど
ダウン症についてはまだ解明されていないことも多く
たくさんの本を読んでもインターネットを見ても
わからないことはたくさんあります。

これまで『障害』は自分には関係の無いことだと思っていました。
どこか他人事で、偏見の目さえあったかもしれません。

障害児をもつママは勝手に『つらそう』『かわいそう』と思っていましたが
実際にはそんなことはありませんでした。
どのママも我が子が大好きで
子どもの成長に感動をして
みんな愛で溢れていました。

そしていま
『障害』に全く興味のなかったわたしが
『障害者雇用』にまで関心を抱くようになっています。

出産直後は悲観的に捉えていたわたしが
こんなにも興味の領域が広がるきっかけになるなんて自分でも驚いています。

人は環境で行動が変わるんですね
そして、その変化を楽しんでいるわたしがいます。

ダウンちゃんのママとしては
まだ入り口に立ったばかりです。
これからも予期せぬことの連続かもしれませんが
もし辛いことが起きても受け止め方を変えて
変化をたのしんでいけるママでいたいと思います。





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『うちゅうひこうしみたいねチューラブラブ