病院の朝は早い・・・
午前6時になると体温計を持って看護師さんが来る。
暫くすると血圧を測って体温確認と昨夜の事を聞く。
午前6時起床は当然の人も多いでしょうが、我々は時間
問わずの仕事だし、うちは午前10時開館ですから起床
午前9時、シャワーを浴びて支度して出発、あんしん館
到着は9時50分頃がいつものパターンなだけに6時に
起こされるのは搬送の時だけです。
25日夜に入院し、26日は手術したり、27日夜まで
鼻から胃までゴム管が通って、ちと辛い感じもしました
けど、あんしんサポート設立から10年間の休日よりも
長い一週間の休日をとった事になります。
26日から1日まで6日間に4件の葬儀と、お手伝いは
してくれても肝心な部分は全て自分一人ですから、千明
には精神的に大変な一週間だったことでしょう。
それに引き換え入院してる僕は申し訳ないほど暇です。
痛かったり、手術したり、後処置の時点なら、さほどは
感じませんが、術後の経過を見たり、回復を図るための
休養期に入ると、まぁ暇で暇で・・・
パソコンを持ち込んで出来る仕事はしていますが、無理
するなと、術後2日は看護師さんにも言われました。
過去に1度だけ34才の時かなぁ、腹痛で緊急入院した
事があり、検査、検査で結果1ヶ月の入院でしたが良く
考えると5日目から仕事に行ったのを思い出します。
入院から3日間は点滴、点滴の連続でしたが、4日目に
入ると午前中に1本だけの点滴で、あとは寝てるだけ、、
そこで主治医に話し、消灯の午後9時までに戻る約束で
1ヶ月過ごした為、殆ど入院してた感覚がありません。
今回も入院前、術後は仕事に行って良いか聞きましたが
即答で「ダメ」と言われ、指示通り良い子にしてました。
まぁ自宅での隠居とは違いますが、リタイヤした人達の
生活と大差ねぇなぁって思う。
好きな時間に起きて、用意してくれた飯を食って、その
後は時間を潰し夜に成ったら寝る・・・俺には無理
病室にテレビもありますが、入院してから一度も画面の
スイッチさえ入れてません。 1日中テレビを見ながら
過ごすなんてのは到底無理です。
ゆったり、ゆっくり、日がな一日を過ごすのを好む方も
いるでしょうが、僕には到底無理なことです。
暇な時もあれば、死にそうなほど忙しかったり、寝不足
だったり、バテバテになったりする日々だったとしても、
現場で動き回ってるほうが僕には合ってます。
病院で待ってた会員さんから「あれ代表は?」と言われ
搬送で行った病院からも「武井さんは?」と言われ
斎場職員にも「あれ武井さんは?」と言われたそうです。
一度行かないだけでも、そう言って貰えるのって嬉しい
じゃないですか・・・4日以降は現場に戻ります。
そうそう、僕の言葉の中にこんなのがあります。
『旅行はなんで楽しいか分りますか?』
・観光名所に行ったり、景色を眺められるから?
・名物や料理を食べたり、地元の人と交流できるから?
・気の合う仲間と過ごせるから・・・等々あるでしょう
これらの答えが間違ってる訳ではありませんが、もっと
突き詰めれば、違う回答が出てくるはずです。
旅行が楽しい決定的な理由は・・・
『帰る家があるから』だと僕は思っています
毎日が同じように日々の繰返しで、つまらないかもしれ
ないけど、平穏な日常があるから、非日常的な旅行等が
楽しく感じられるのだと思います。
帰る家がなく放浪の旅だったら楽しいでしょうか・・・
戦時下だったら旅行など考えるでしょうか・・・
自分が生死を彷徨う状態や不安ばかりならどうでしょう。
同じような発想で人生を捉えると、いつか終幕が来ると
分っているから精一杯生きられるのだと思う。
もし不老不死なら人は誰も頑張ることはないだろう。
今回の入院で、まだ最終的な検査結果は分っていません
けど、完全な引継ぎができるまで、あと10年は今まで
通り現場で頑張ると決めてました。
って事は最低でも10年間は元気で生きるって事です。
10年後も、見た目が会員さんから見て不安にさせない
若さを無くさず現役を続けたいものです。
その為には、6年続けた肝機能、血糖値の検査に、今回
癌検診が加わりましたから、あとは脳検査ですかね。
生涯現役を貫き、会員さんの要望に応え続けるためにも
肝機能と血糖値は毎月、癌検診と脳ドックは半年に1度
くらいのペースで続けようと思っています。
ご心配頂いた会員さんもおられるでしょうが、ことわざ
にもあるように『憎まれっ子、世にはばかる』が如くに
まだまだ元気で過ごしますからご安心ください。
もっと長い入院だろうと想定してましたから、その時は
3冊目の執筆でもするつもりでしたが、幸いにも執筆を
するほどの時間は無くラッキーでした。
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創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えてたか嘘のつけない自分日誌でもあります