昨夜午後8時頃、安置室の家族も帰ったところで、飯でも食うか
と出発、5分ほど走ったところで未登録の電話が入る。
会員らしいが未登録電話で確認できず、すぐに戻って確認する。

3年前に入会された夫婦だと分かり、折り返し電話を入れ会員の
確認が取れたと葬儀依頼を受ける旨と、お迎え時間を伝えた。

当時の顔写真と話した内容をみると、現在の『ぱっく60』に近い
内容だと分かり、棺の準備とドライアイスを用意して指定された
病院へと向かった。

緩和ケア病棟だから、多分癌であろう予測はつく。
病室に到着するとお婆ちゃんが、杖をついてやっと歩いてきた。
しかし会員証で確認した姿にはほど遠く違和感がある。

お婆ちゃんは寝台車に同乗、お婆ちゃんの妹さん夫婦はあとから
付いてくるかっこうで、あんしん館までの車中は色々話した。

「あれ、3年前に来た時、杖ついてた?」

「ううん、普通に歩いてたけど、2年前に膠原病を発症してから
歩くのも大変な状態になって、今も日赤に通っているのよ」

「そうなんだぁ、ところでお父さん元気だったよね。 あの時に
癌を患ってたの?」

「ううん全然、元気そのものだったけど、ある時主人が暫く胸が
痛いって言いだして、近くの診療所から国立を紹介して貰いCT、
MRIも撮ったけど、肋間神経痛だって言われたら、私達は当然
信じるでしょ。 でも痛みが止まらないから変だって言い出して、
行きつけの医者で呼吸器内科の専門医を紹介してくれって言って、
改めて調べて貰ったら肺癌で、もう手遅れだって言われたのよ。
何で分からなかったのかねぇ・・・」

「・・・そうだったんだぁ。 お父さん何か言ってた」

「私が先に病気になったから、私一人置いて逝くのが心配だって、
最後に俺は先に逝くけど、お前は一人でも強く生きろって言われ
た・・・最後まで私のことを心配してくれてました」

「そっか・・・それがお父さんの遺言なら、葬儀は無理をせずに
少しでも費用は抑えて、これからも元気で生きなくちゃ。 とこ
ろでお父さんは厚生年金なの?」

「うん そうです」

「なら、減額されるけど、それなりに遺族年金は出るから生活は
できると思うし、それがお父さんを安心させる唯一の方法だよね」

「うん そうだよね。 私もそう思ってます」

あんしん館に到着すると、少しでも費用を抑えるため、自分では
会いに来られないのは確実だから、祭壇前で納棺安置をする。

三人が末後の水をとり、線香を供えると最終打ち合わせです。

希望内容は、ぱっく60ですから内容説明をすると、寝台車で話し
て来たからか、病院内よりずっと元気なお婆ちゃんがいます。

そこで内容が決まると、そこからは年金の話、保険、国保からの
葬祭費などの流れと手続きを説明しながら、場の雰囲気を明るく
する話法に切り替えてみた。

11時過ぎまで、あーだ、こーだと笑いながら話しをしていると、
「なんだか、気分がすーっと楽になってきた」と笑顔を見せた。

話法、話術に関して以前、そんな話法を使うこともあると書いた
記憶はありますが、文字では表現できません。
また一歩間違うとヒンシュクをかう事にもなるので難しいです。

リスクを抱えてまで実行する目的は『温かくおくる為』です。
よく温かく送ると言いますが、なら温かく送るってどういう事よ?
って葬儀屋さんに聞いてみれば分かります。 

明確に答えられる葬儀屋さんはほとんど無いはずです。 
また答えたとしても、その内容で本当に温かく送れると思える事
のほうが少ないでしょう。

温かく送る為には、そこにいる人達が明るくなれる事が必要だし、
葬儀の期間中、悲しみを強調することではありません。

今回最初に考えたのは、あんしん館にいる間は良いけど、たった
一人の自宅に戻ってからの、お婆ちゃんが心配でした。
だから、多少時間は掛かっても、自分が元気に生きる事が亡くな
ったお爺ちゃんの供養になるんだと思って貰うことでした。

時々笑いながら、少しづつお婆ちゃんの心が解れてくると、人は
本音で話しができるようになります。 
お婆ちゃん自身の心に湧いた思いや不安を、全てくちに出す事で
少し心が軽くなり、これから自分が元気で生きる事、それだけが
お爺ちゃんの遺言を守り、お爺ちゃんの足を引っ張らない事だと
思えることになる・・・そう考えての話法でした。

でも自宅に戻ったら、どんな心が湧き出るか分かりません。
そこで、こんな風に言いました。

「お婆ちゃん、仏壇ってあるの?」

「はぃ あります」

「仏壇の中にさぁ、お爺ちゃんの親とか、兄弟姉妹とか、親戚の
位牌って入ってない?」

「うん 入ってる」

「だよね、その位牌を守って行くのと、お父さんに持って行って
貰うの、どっちが良い? 後々を考えるとお父さんの棺に入れて
持って行って貰うほうが良くない?」

「あ、そんな事できるんだ、なら是非そうしてください」

「お婆ちゃんの両親とかは残して、お父さん側の人達の位牌とか
写真とか、簡単に捨てられない物は全部、これから帰ってからか
明日の午前中に準備しておいてくれたら、明日朝一で火葬がある
から12時前には、お婆ちゃんの家に取りに行けるし、その足で
市役所に行って死亡届出書出してくるよ。 前橋を出る前に一度
電話入れるから・・・それで良い?」

「はぃ、来てくれる前に準備しておきます」と笑顔でした。

これで今晩から明日の朝に掛けて、間違いを起こす確率は一気に
下がったはずだし、明日の午前中にはお婆ちゃんの状態を確認も
できるから・・・そんな風に考えての対応策でした。



今朝予定通り、火葬が済むと斎場前で挨拶をし、すぐに隣接市の
お婆ちゃん宅まで向かうと、お爺ちゃんの棺に入れ、持ってって
貰う物はちゃんと準備してあり、お婆ちゃんは昨夜と同じ感じで
一安心です。 

後は火葬が済んだ日の夜・・・
お爺ちゃんが本当に居なくなったのを実感する日です。
この部分は妹さんにフォローして貰い、火葬中にこれからすべき
全ての手続きをすぐに始めるよう勧めるつもりです。
今は考える時間もなく、忙しく動き回ったほうが良いからです。

こうして文字にしてみると、僕の中心にあるのは葬儀ではなくて、
頼って来られた人を守ることなんだろうなぁ・・・と思えます。
その人達を守る為の手段のひとつが、低料金、高品質の葬儀って
ことになっているだけのようです。 

だもん・・斎場で葬儀社の人と会った時、たまにですが話をする
事もありますが、その度に感じる違和感は、立ち位置、スタンス
の違いなんだとハッキリ分かります。

今日の朝火葬は雨が降る前に済んだし、明日の火葬は台風が過ぎ
さってからになるはずです。 天候は一安心ですから、もう一度
笑いのある会話で、お婆ちゃんを元気づけてくるつもりです。



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