【宗教者目線】
当然、故人を主に考えるはずです。宗旨宗派によって考え方は様々
ですが、故人が成仏できるように、極楽浄土へ送り届けるように、
神の元へ導かれるように、など様々であり、残った家族の悲しみを
和らげる等あるでしょうが、第一は故人に対してとなるでしょう。
でなかったら宗教者とは言わないでしょう。
【葬儀社目線】
あんしんサポートも葬儀社ですから、大きく二つに分かれるのかも
しれません。
ひとつは一般企業であり、葬儀を生業とした商売と考える人達、
利益追求が最大目的の何処にでもある企業と同じです。
もうひとつは極端に少ないので殆どの地域にありませんが、誰でも
絶対に迎える人の死で、苦しむ人達がいるのはおかしいと現状の
葬儀の有り方に疑問を持ち、少額費用の新たな葬儀を一般常識と、
認識する社会にして行こうとする葬儀社
【隣保目線】
都会や街では、隣の人も知らない葬儀も当たり前の時代となりましたが、
田舎には依然として昔からの慣習が色濃く残っている地域も沢山
あります。 頼まれもしないのにお寺に話しに行く、金も出さず葬儀を
仕切る隣保、隣保の人達が乗るマイクロバスを用意しろって
当たり前に言う人達。
行ってあげるという態度、言動を見ていると、なら来なきゃ良いって思う。
個人的には小さな親切大きな迷惑でしかないと思いますが、今でも
こんな地域はいくらでも実在するのです。
【親戚目線】
実はこれが一番理解できない事の多い部分でもあります。
普通に考えれば親戚なのですから家族の負担を減らしてあげよう。
費用を抑えてあげようって思うのが親戚だと思うのですが、残念ながら
現実は親戚が入ると家族にとって迷惑な事のほうが多いのです。
相談に乗ってあげると言いながら、飲食、返礼品、葬儀内容まで
全てにくちを出し、業者に言いくるめられて結果は高額葬儀。
なのに当の本人は俺が私が世話してやった!という態度に呆れて
ものが言えません。
正直、僕ら他人の業者が家族の財布事情を考慮した範囲で、可能な
限り寂しくない豪華な葬儀をと考えているのに、邪魔な存在でしかない
親戚は実に多いです。
親戚の人に言いたい『くちを出すなら金も出せ、金を出さぬなら黙って
いろ』ってね。
【家族目線】
そして最後に家族目線です。
故人に対し供養になるならどんな事でもしてあげたいと、最も強く思う
のも家族、また故人の遺志を一番良く知っているのも家族。
葬儀の費用限度を知っているのも家族なのです。
沢山の葬儀施行をしてきましたが、通夜の席で沢山の人が来て、
大勢で食事が出来て良かったと言った家族は一軒もありませんが、
家族と本当に親しい人だけが集まって過ごした通夜が一番良かった・・・
故人の好物を食べながら、故人の好きだった音楽を聞きながら、故人との
写真アルバムを開きながら、振り返る一枚、一枚の思い出を語り過ごした
事が最高の供養となり、家族全員の心がひとつになれて後悔の無い
お葬式になりました。 との感謝の言葉なら何度となく頂きました。
いかがですか? 色々な目線の中で行う葬儀があるでしょうが、
後悔しない為には『家族目線』を貫くことです。
火葬だけの葬儀でも、盛大な豪華葬儀でも、家族みんなが本心から
納得をして決めた葬儀なら、それで良いと思います。
もし葬儀の時はお金が無くて、思ったことがしてあげられなかったら、
あとでお金に余裕ができた時に何でもしてあげれば良いんです。
間違っても無理をしてまですべきではないのです。
無理をして故人は喜びますか? 家族は喜べますか?
無理をして喜ぶのは家族にとって、どっちでも良い人達だけなのです。
本章は葬儀を考える時、葬儀の根源を知り、葬儀内容を決める時は
家族目線を最優先させる事が、後悔の無い葬儀となっている現実を
知った上で我が家流葬儀の有り方、考え方を、家族みんなが元気な
時に、笑って葬儀の話しができる時にしておいて欲しいとの思いで
第一章にしました。 ・・・つづく
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『世間に通用する我流葬儀の勧め(仮題)』の下書き文章です。
これから葬儀の喪主や施主をされる方々にとって、後悔の少ない
葬儀にするお役に立てればとの思いを込めて書いています。
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