葬儀について・・・我想う
あんしんサポート設立時から更なる前進への基とし、
進むべき道への指針とすべき葬儀実践日誌
良くも悪くもあるがままの出来事、費用、内容を書き記すものなり


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  • 20 Oct
    • 1609.  うるさい親戚の叔母さんを巻き込む

      今回は家族目線の際たる部分であり、かなり高度な話術を必要とするお話しです。10月葬儀をした家族の話しでもあります。入会されたのは今から2年半前、対象者は母親で脳梗塞で倒れ、生死の境を彷徨った時、兄妹で入会にきました。その後2年半は何の連絡もなく、突然、母親逝去の一報をくれたのです。当初入院していた病院でなく、何年も入院できる病院名を電話で聞かされた千明の報告を受けた時、ある想定をした。倒れた当初から、或いは途中から意識もなく意思の疎通もなく生きてたと言うより、生かされてきたのでは?・・・というものです。葬儀については、まだ何も決めてないと聞き、とりあえず指定された病院へのお迎え、あんしん館に移動して家族を待って打ち合わせに入ります。 葬儀内容が決まっておらず、まだ安置ができません。予想通り倒れた当初から意識はなく、意識の無いまま2年半を生かされてきたようでした。当初に入院した病院、転院した病院どちらも入院費は高いと言われている病院ですし、父親、母親の年齢からしてもそれほどの年金が出ているとは思えません。としたら自分達家族の生活とは別に、多少なりとも入院や医療費を負担してきたであろう予測もできます。何となくお金が無いのは分ってきた頃、親戚の叔母さん達夫婦の4名が入ってきた。『こりゃまずいな・・・横やりが入る可能性大だな』そこで来られた叔母さん達には、待合所で待って頂き別室へと移動して葬儀の打合せを続ける。まずは親戚の叔母さん達が何か言う人達か、言わない人か確認すると、ちょっと厄介だと言うので、どう対応するか考えならが打ち合わせを進めました。最終的にはお金がなく、69.000円の直葬もすぐに支払いできない状態だと分ると直葬で納棺安置の準備をする。無いものは考えても仕方ありません。今できる事をする以外方法はないはずです。式場の祭壇前に棺を置いての安置ですから、見た目は豪華っぽい印象になります。うちの祭壇には、A2サイズ電照の十三仏、キラキラ回転灯篭一対、バブル灯篭一対、四華花一対、釈迦の小仏像、回転灯篭二対、白球灯篭一対、造花盛籠三対、砂糖盛一対この全てが揃った三段の祭壇が舞台の上にあり、祭壇幕も六枚、更に数個のスポットが当たっています。小さな式場としては中々豪華です。祭壇前に納棺安置が済むと、末後の水をとり、線香を供え終わると、入会した当時から今までの流れを説明する。今回の直葬は僕から勧めた事と、理由も説明するが、その中で老人4人の笑いをとりながら話しを進め、皆さん方も同じで、死んで騒ぐより今の人生を楽しむべきと伝えると「そりゃ そうだよね」と笑顔で納得し、賛同してくれた。一連の流れ、話しのもって行きようを文字では説明できないですが、いくつかのポイントはあります。・まず入院中に散々費用の負担をしてきたこと・残る家族の生活を守ることが、故人を心配させいない事・皆さんも葬儀費用を残すなら、夫婦で動けるうちに使い 温泉に行ったり、好きな物を食べたりして、今の人生を 楽しむ事に使うべきだと提案する人は親戚の家の事なら、お金が掛っても仕方ないよねって感覚ですが、自分の家の事になればシビアになります。その辺の感覚と笑いを混ぜて、和やかな雰囲気の中で話せれば納得してくれる親戚もいるわけです。今回はその典型のような状況でした。我々の言う家族目線とは、こんな事も含まれるのです。相談に来てくれた家族の生活を守る事、その範囲で可能な葬儀を提案し、親戚にも納得して貰うことこそが、家族を唯一守れることに繋がります。棺の中に故人の洋服や好きな甘物をいれますが、その他に先に逝った叔母さん達の弟でもある父親へのお土産として『タバコ』と『180mlの酒』をお土産として入れました。この辺りが最後の念押しです。火葬は朝一を利用、火葬中は無料の休憩所で待ち、拾骨後みんなで和食のファミレスを予約して行きました。11時頃に斎場を出られたので、そのまま食事です。これなら一人1.000円で済みます。本来我々の関知する部分ではありませんが、乗りかかった船と言いますか・・・最後まで面倒みる事が多いです。ランチメニューをコピーして前日の昼間に渡しました。余裕の無い家族目線を貫くとは、こんな流れになります。我々が得るのは、お迎えから始まり、骨壺に納まるまでの全てを行った報酬が、原材料費全て込みの69.000円+税ですから、利益はいくらでもありません。利益だけを考えたら、馬鹿らしいかもしれません。でも、これで又一軒の葬儀支援ができました。この家族も含め、他人から親切にされた、助けられた事を忘れることなく自分達に余裕ができた時、手を差し延べる側になってくれたら、お互い様の日本になってくれるかもしれないと思うのです。そう、僕もいつ助けて貰う側になるか分らないのです。その意味では、明日は我が身・・・って思ってます。これが坊ちゃんで育ち、思春期に稼業が倒産したことから得た教訓なのかもしれません。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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    • 1608.  たまには弱気な面も書いてみます

      基本強気な性格で、常に前向きなのが取り柄のようです。とはいえ人間ですから、弱気になる事があったり、気力低下する時もあるのが現実です。気力の低下では分かり難いですね。単刀直入に言うと、仕事が嫌になることもあります。最も多いのが葬儀の前日や直前でしょうか・・・面倒臭ぇなぁ・・・ 人に気を遣うの疲れるなぁ・・・という感覚になることはよくあります。納棺師の1時間を迎えるのが憂鬱に感じることもあります。一方、搬送は多少遠方でも苦痛を感じた事はありません。ようは人との接触が嫌なんでしょうね。僕を知る人達が見れば『うそー』って感じるはずです。いつでも元気で良くしゃべる人ってイメージじゃないかな。ところが、実際は一日中一人でも全く平気な人です。というより一人のほうが気楽に過ごせる人です。以前の社長時代20年以上、一人で事務所にいる事のほうが多く、黙っている事のほうが多かったですからね。他人がいると気を使って話すのが実際のところです。但し、元々がそうではありませんから、何処で話しを止めて良いかが分りません。 結果として話しが長くなるわけです。根が明るいのは間違いありませんが、人と話しをする時には、ある種のアクター(役者)のような部分もあります。これが身に付いたのは、経営指導をしていた頃だと思う。週に何度も人前で2時間ほど話しをしていましたが、人前に立つと自然とスイッチが入るようになりました。100人程度ならマイクは使いません。その理由は手振り、身振りが使えなくなるからです。2時間集中して貰うには、声の強弱、身振り手振り、そして最低でも10分に一度は笑いを入れる事も必要です。僕の講演会を横や後ろで何度も聞いている千明や息子からは、綾小路きみまろさんのようだと言います。会場にいる人達をこき下ろす事もあるからでしょう。スイッチが入るのは、納棺師の時も一緒です。納棺前は吐き気がする事さえあります。それでも一旦皆さんの前に故人を挟んで座ると、スイッチが入るのか、いつものように1時間以上湯灌、納棺をしながら話しをします。だからでしょうか・・・葬儀、片付まで全て終わった途端、ドッと疲れが出ます。いつも元気ハツラツに見える僕でも、これが現実なのです。また、金が無いとか自分の弱点を平気でくちにできるタイプになれたから、こんな事を書きますが、相談に来られた多くの人は中々自分の弱さをさらけだす事ができないようです。外に出せず、自分の中だけで消化するのですから、きっと僕より辛く大変でしょう。僕も昔は弱さを表に出すことはできませんでしたから、その気持ちはよく分かります。でも僕から僕自身の弱点をさらけ出したり、余り構えず普段通りの口調と言うか、前から知っていた人のように振る舞うことで、垣根を取り払える事も多いのです。相談者が自分で余裕がない、お金がないと言い出せれば後は楽になれます。 その雰囲気を創り出すのが秘訣です。ぶっちゃけ簡単ではありません。相当な役者にならないと相手は乗ってくれません。そしてもうひとつ、弱気になった自分を鼓舞させるべくしているのが進むべき道、目標などを先に言ったり、書いたりと知らせることで後ろに下がれなくする。 背水の陣です。個人差はあるでしょうが、いつも強気で堅い鎧を着ていると跳ね返せるレベルの圧力なら問題ありませんが、それ以上の時は鎧が壊れてしまいます。 頑丈な鎧を着ているほど、壊れた時は丸裸ですから悲惨です。出来れば多少強度は落ちても、弾力性のある装備をする事が結果的には自分を守れることになります。弾力性とは、自ら弱点をさらけ出したり、欠点や問題点など公開してしまうことです。 僕のブログには、時々『良い人ではない』とか『人助けではない』最後は『自己満足でしている』と書いています。これも自分を守る手法のひとつなのです。良い人、人助けをしている人と言われ、それを受入れてたらそんな自分を演じ続ける事になります。葬儀支援の内容は素の自分ですから、さほど問題はありませんが、人の話しには尾ひれがつきます。大抵の場合、良い事でも悪い事でも実際より大きくなる。いわゆる虚像が出来上がってしまったら大変です。んと・・・役者さんが演じる役柄によって、善人にもなれば悪人にもなるのと一緒です。 善人役をした人は一般社会でも、善人だと思われるのに対し、悪人を演じた人は嫌な奴だと思われる・・・すんげー良い人だと思われ、それを演じ始めたら自分で自分自身を苦しめるようなものです。僕の場合で言えば『いつも元気で良くしゃべる人』このイメージだけで充分というか沢山です。 ときに素の自分が出た時は、余り話しをしないと機嫌が悪いか、体調が悪いと思われる。するとスイッチを入れて演じる・・・なんて事もあります。知って欲しいのは、どんなに元気で前向きな人でも、弱点もあれば欠点もあるし、ネガティブな部分だってあるという事、そしてもうひとつ、前向きな人ほど自分の弱さをさらけ出している人も多いってことであり、それが自分を守る方法だと知っているからです。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 18 Oct
    • 1607. 消費者目線の勘違い、それ自分目線だよ

      先日友人から電話があり、仕事の話しをしていた時、改めて『やっぱこの感覚かぁ』と感じたことがある。この感覚で失敗している人はとにかく多いです。僕の経営理念の基本は『我が店はお客様の為にあり』ですとブログにも書いた事もあります。その話しをすると自分も同じだと言う人は結構多いのですが、例え話しを聞くと『・・・・』となる人が多い。先日の電話では弁当屋を経営していた当時の話・うちはいい米を使ってきた・おかずも一品多くしていただからお客様の事を考えてきたという主張のようです。この話しと全く同じ感覚の葬儀社もあります。返礼品業者のお茶はまずいから、うちはお茶屋さんの高い物だけ使っているからね。 と自慢する葬儀社は結構あります。これが消費者目線、家族目線だと思いますか?そうだと思った人達は失敗組だと思って良いでしょう。これ消費者目線でもなく、家族目線でもなく、自分目線です。分かり易いところでお茶について話します。本当にお茶の好きな人は100g1万円のお茶を飲んでいる人ならいくらでもいます。 100g5千円になれば相当数いる。我々が返礼品として揃えるのは1万円以上の一般返礼品でも半額の5千円です。 お茶缶1個ってのは余り見ませんから箱に2つ入って5千円だとしても、1個2.500円なのです。僕にはお茶の味など分りませんが、高級茶を飲んでいる人が旨いと言うでしょうか。 もっと言うとお茶貰って嬉しい?「うちはいい米を使ってきた」も全く同じです。いい米の基準が分りません。 多分弁当としてはが基準です。でも米は毎日食ってる物です。 新潟県魚沼郡コシコカリが、関東では超有名な米どころの品種ですから、その米を食べている人から言わせれば、旨いとは言わないでしょう。おかずを一品も一緒です。そのおかずはアンケートでもとったのか?ってことです。例えばですが・・・弁当を買う人達は自宅で食べる人ばかりでは無いでしょう。車内で昼食にする人とか、室外で食べる人や、仕事の現場で食べる人達も多いはずです。なら使い捨てのお茶容器か、フタ付の紙コップでも良いから熱いお茶、冷たいお茶の選択サービスのほうが気が利いてるように感じます。 手を拭くおしぼりも良いですね。なんなら、食後に饅頭1個のほうが話題性はある。自分のしている事が的外れだと分ってないのが大問題です。香典返しも同じ感覚で、お茶が良いとは限らない。と言うより、お茶は避けたほうが無難です。そこで、うちの場合で言えば、あえて難しい物は選びません。誰でも食べられる物、お茶漬け類、梅干し、などのセットを主流にして、会員さんは全て25%割引です。貰った人が放り投げておく事なく、何処の家でも使え尚且つ5.000円の香典でも一般扱いで気楽に返せる物を用意する。我々の業界品は、一般ギフトのようなY-5000とか、N3000みたい記号は無いですから3000円上代の物で充分です。もっと良い物を・・・と思う家族には違う物と2つ入れます。違う物が2個入っても4500円で揃います。本音を言うと1万円包んで貰い、5千円返すなら、初めから5千円包んで貰い、お返し無しで良いんじゃねぇ・・・いつか、そんな時代が来るでしょう。過去の悪習慣は、すぐに変えられませんが、業者の為の葬儀悪習慣を減らして行くのも、我々の目指すところです。自分目線を押し付けて、利用者目線だと思い込んでいる経営者や担当者が何故か圧倒的多数です。そんな人達が沢山いてくれるから、ほんの少し家族目線とか利用者目線にするだけで評価して貰えるんですけどね。またこの手の人達の共通点として、僕の言う家族目線と違うって言ってるのに、その違いには気づきません。気付かせようと色々言うのですが、同じだと思い込んでいる。最後は経営が成り立たない、経営者の資質は無いのですから理解出来ないなら好きにすれば・・・ってことになります。それにしても、何で分らねぇのか・・・が、分りません。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 17 Oct
    • 1606.  慣れの怖さを知るからの頑固さ

      昨日のブログで霊安室にも平気でいられると、慣れとは凄いものだと書きましたが、一昨日の『家族が希望する葬儀』の懇談会で、我々が食える事、我々の健康が優先と心配をしてくれる家族の言葉を少し書きました。実にありがたい事だし、その通りで何一つ間違っていません。お誘いして「あいよぉ」って快諾してくださる方々ですから、尚のこと我々の身体や生活も心配してくれるのです。人は自分がある程度満たされていなければ、他人のことなど考えることはできません。 満足とは人それぞれ違いますから、基準はありませんが最低限として普通に食える・・・というのはあると思う。ただ、自分の健康や食えるという条件、間違えていませんが、この感覚が自分で自分の首を締める結果になることもある。むしろ、そんな現実のほうが多いんじゃないかな。皆さんの周囲で商売している店は沢山あるでしょう。その中に今は暇だけど、昔は繁盛していた店はありませんか?店構えも同じ、経営者も同じ、なのに今では閑古鳥・・・でも、この逆、同じ経営者、同じ店構えで昔は暇だったけど今は繁盛店ってのは殆どないと思う。これは単純明快、経営者能力に欠けている人だからです。今までの自分を全て捨てられない限り繁盛などしません。さて、前段の繁盛してた店が、閑古鳥が鳴くようになるって何故だと思います? これが慣れの怖さです。僕が経験してきた慣れの一部をご紹介します。『お客様を待たせて当然になる』美容室の経営指導をしていたサラリーマンから、35才の時起業して美容業の経営者になり、僕自身初めて作った自分の美容室は、平均待ち時間が2時間という繁盛店になりました。こんな風に書くととんでもない客数と思われますが、実際は思っているほど多くはありません。 少なくはないけど・・・ヘアー相談から、最後のアドバイスまで全てを丁寧に行う。これが基本姿勢だったからです。ところが、毎日2時間待たせるのが当たり前になってくると、スタッフが待たせ慣れの感覚になります。いつも来ておられる常連さん達は、ある程度慣れていますが、評判を聞いて初来店された方は少し驚くはずです。ある日の事、予約も無しに初めて来られた方に、受付の子が「少し待ちますが」と言ったようです。お客様は「あ、いいですよ」と待合所で待ってたのです。ときたま店に行った僕の目に入ったのは、1時間待ったこのお客様の姿でした。 明らかにイライラ感が出ていますが、スタッフ達は気にすることもなく、動き回っています。店長に聞きます。「あの人イライラしているけど、常連さんなの? いつから待ってるの?」「新規の方で、少し待ちますって、1時間くらいですかね」「すぐに通して出来る事からせい!」と叱りつけ対応させました。理由は閉店後の終礼で全員に言い渡しました。・スタッフは2時間待ちが普通で待たせる事に慣れている・新規の方の「少し待つ」は最大でも30分程度なはずだ・これが続くと客数は間違いなく減り続ける・自分が新規の店に行って普通の感覚で待てる時間を考えろこのケースで僕が受付をしたら・・・・2時間ほど待つ事になる旨を伝え、予約の有無を再確認・店内で待っても構わないが、用事があるなら済ませて貰う・予約は入れておき、作業に入れる30分位前に電話連絡する慣れている人達は自分から予約をして来られますが、新規の方には、せめてこの程度の配慮は欲しいものです。これを先日の懇談会の、我々が食える事、我々の健康を優先させる事に置き換えるということです。『我々が食える』ぶっちゃけ、葬儀の依頼数など全く計算できません。その結果が、1件葬儀すると2ヶ月食えるに繋がるのです。ようするに、いつ来るか分らない依頼なら、依頼が入った時に、ふんだくれるだけふんだくるって事です。仮に今15件の依頼と散骨、その他で食えるとします。しかし健康面で考えると10件の施行が最適だとした場合。15件分の料金を10件に振り分けないと食えません。仮に10万円の葬儀とすれば、1件15万円に値上げすれば総額150万円だから同じです。しかし10万円の葬儀と、15万円の葬儀で依頼数が同じに入るでしょうか・・・普通に考えて減るはずです。結局は食えない道に自ら進む結果となるわけです。極端な書き方をしましたが、金であれ、健康であれ、自分を優先させる思考は、慣れるとより強く大きなものになる。すると利用者との感覚の溝が深くなり、利用者から見放されついには何をしても食えなくなる・・・これが商売としての慣れの怖い部分です。僕の場合、この他にもうひとつあります。元々が葬儀屋がしたい訳でなく、支援が優先ということです。支援と商売は根本的に相反するものです。支援の中に商売感覚を強く入れると、普通の商売になります。支援という文字は、ただのお飾りでしかなくなる。そこまでして葬儀屋をしたいと思いませんし、いまだもって特別葬儀屋が好きなわけではないのです。僕が葬儀をする限り、支援の枠を出る意味がないのです。この分部を読むと、分かり難いかもしれませんが、この感覚だからこそ、葬儀支援ができるし、葬儀を家族目線で見続けられるのです。 一般の葬儀屋は葬儀屋という商売ですから、家族目線になれるはずがないのです。あくまで商法としての家族目線という言葉に過ぎません。この言葉、分かる人には分かるし、分らない人には分らないだろうと思いますが、それで構いません。慣れとは必ずしも良いものばかりでなく、時に自分の首さえ真綿のように締める感覚でもあるものです。今回の最後として・・・富裕層は、どこの葬儀屋でも喜んで引き受けてくれますし、ある程度余裕のある家族も、少し探せば葬儀屋はあります。しかし余裕の無い家族の葬儀を、引き受けてくれる葬儀社はありません。 そんな家族の選択肢として唯一あるのが・・・NPOあんしんサポート葬儀支援センターなのです。第一に・・・家族の為に可能な限り料金を抑えるすると・・・利益が少ないから薄利多売するしかないけっか・・・沢山の施行をすると体力的に無理があるまぁ、どう考えても簡単に答えはでません。ただ僕の経験上で言うと、答えの出ない事も、とことん突き詰めると時に『妙案』が生れる事があります。妙案がでるか、でないか分かりませんが、今は答えを出す時ではないと・・・僕の心が言っています。今は保守に走らず、今まで通り突き進む姿勢を貫きます。それが、家族にとっても、僕らにとっても最善の選択であると信じています。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 16 Oct
    • 1605.  夜7時出発、お迎えドライブ400km

      昨日15日の葬儀は一件だけでしたから、のんびり片付や整理をして、そろそろ飯を食いに行こうと思っていた午後5時(昼食ですが・・・)会員さんから電話が入った。依頼者は前橋ですが、対象者が神奈川県横須賀市の病院という珍しいというか、、遠過ぎるというか、、単純計算をしても370から380km走る事になりそうです。ドライアイスの準備をし、棺を積んで、病室へのお迎えも想定すると、スクープストレッチャーと簡易棺台も準備をしました。 スクープストレッチャーとは、2つに縦割りできる物で、ご遺体の下に滑り込ませられるものです。今回使用するストレッチャーが棺専用の為、ご遺体を乗せられるようなシートが張ってありません。 もし病室へのお迎えだった時はスクープを乗せればご遺体は安定します。病室へのお迎えなら棺は階下に置いて、ストレッチャーで病室に向かいますから、棺は棺台に乗せて搬送口に置いておけば、病室から運んで棺に納棺しても、手の入る隙間があるから持ち上げられます。棺を積むのは距離がある為、前橋まで戻る時間が読めないからです。前橋出発 → 高崎インターから関越道 → 終点練馬→環状八号線 → 第三京浜 → 横浜新道 → 横浜横須賀道路 → 本町山中有料道路 → 横須賀の病院横須賀に到着すると自衛艦が停泊してあり、基地の有る町という印象が強くします。病院に到着すると、冷蔵庫のある霊安室に案内されます。車の中でも、部屋の中でもお好きなほうで待機してくださいと言われ、霊安室のソファーに座って待ちました。ご遺体の入った冷蔵庫のある部屋で我々だけになった時、「慣れって凄いよね。 遺体のある部屋にいてもどうって事ないもんね」と笑いましたが、慣れとは凄いものです。20分ほど待つと医師と家族が部屋にきます。冷蔵庫から遺体を出し家族4名、医師、看護師2名が線香を供えると納棺してドライアイスを当て、寝台車に乗せて前橋まで戻ってきました。途中事故があったと聞き、都内の環八だったら大変と思い、帰りは八王子、圏央道、関越と乗り継いで前橋あんしん館に到着すると走行距離400kmの全行程雨でした。前橋に戻ると日付は変わっており、あんしん館祭壇の前に安置を済ませるとひと段落です。初めての道、雨の中、高速道路中心でさすがに疲れました。途中で搬送依頼の電話が入らずホッ・・・です。過去に最も遠くまでご遺体のお迎えは熱海でしたが、今回その次に遠いお迎えでした。 基本的に遠方へのお迎えは受けていませんが、会員さんが遠方に入院した場合など、今回のようなケースがあります。そう言えば・・・入会されている方の中で、最も遠方へのお迎えとなるのは、宮城県気仙沼という会員さんが一人だけいます。片道500kmあると言ってました。時間は問いませんが、冬場は勘弁して欲しいものです。本日16日は月曜日だからでしょうか、やたら入会や相談が相次いで明日の火葬申請の方は、許可証をとりに行けずで明日の朝、千明が取りにいく事になっています。ここ暫く、前橋は雨の日が続いている為、散骨にいけない状況ですから次回は最低でも6人の散骨となります。そうそう散骨と言えば、今回1件は墓閉じをしての散骨となりますから『改葬』ではない為、行政の許可は不要です。ただ墓地が公営の為、墓閉じの申請をしたのですが、担当した人に改葬の知識がない為、電話でやりとりしました。墓閉じをされる方は覚えておいてください。墓から出した遺骨を違う墓に納骨するのを改葬と言います。当然、永代供養墓、樹木葬も改葬となります。しかし、散骨と手元供養は改葬にはあたらず、行政許可は全く不要です。 墓の撤去、遺骨を出す許可だけです。公営墓地は行政ですが、寺の墓なら寺、民間の墓なら墓地管理をしている会社の許可って事です。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 14 Oct
    • 1604.  これから必要な葬儀の在り方を話し合う

      14日土曜日、午前11時から理事さんや最近葬儀をした家族11名と我々2人の13名で、既存葬儀の疑問点やら今後必要な葬儀の流れについて話し合いをしました。最近葬儀をされ、家族条件の違う方々ばかりに、声を掛けさせて頂きましたが、皆さん快く引き受けてくれました。葬儀をされた家族の皆さんが、我々の進む指標を決める為だけに無償で集まってくれる。 ありがたいことです。2時間の予定でしたが、2時間30分の話し合いになって全員の方が発言してくれました。僕から葬儀の疑問、疑問に対する考え方など書いた書面と直葬パックの単価合計と実際の料金を提示しました。直葬パックの単価を全て加算すると税別148.500円ですが実際には69.500円で提供していると分ったようです。皆さん異なる条件の方だけあって、家族毎に葬儀に対する考え方、地域性、親戚条件などで全て違うようです。ただ、これでは討議どころか話にもなりません。そこで、こんな提案をしました。『既存にある葬儀の在り方を否定するものではない』『財布事情に余裕の無い家族にも選択肢が必要』『無信仰の家族が無理に宗教儀式をする必要はない』『普段の自分達で送れる葬儀があっても良いのでは、、』以上の前提を基に葬儀内容の一部は、サンプルを提示した上で話し合いをすると、最も鮮明になったのは・・・あんしんサポートの葬儀支援の姿勢だったようです。簡単に言うと、余裕のある家族なら何処の葬儀社でも葬儀できるけど、余裕の無い家族が普通に依頼できる葬儀社は少ないか、存在しないが、あんしんサポートがパイオニアとして新たな葬儀を創り出し続けている理由こそが、今は余裕が無い状況になった家族目線であるという事でした。この部分の話しになると、誰も口を挟む人はいません。皆さん自分達より、大変な家族が存在している現実を理解されておられるようでした。また我々の身体や生活を心配してくれたり、あんしんサポートの存在が無くなる事が一番の問題だとも言われました。今回の2時間30分で、葬儀支援として我々がすべき事が何となく見えてきました。うちを利用する会員家族の個々が、それぞれ納得のできる葬儀パックを創り出せという事のようです。前橋だけでなく、あちこちから来て頂いた甲斐があります。またサンプルとして食事の用意もしておきましたが、その部分でも分かった事もあり、我々にとっては有意義な時間という結果になりました。実際は会議中に何をするか伝えはしませんでした。頭の中では、ほぼ出来上がってきましたから、それを具体的な形にして会員の皆さんに提示する予定です。葬儀屋を利用した人達が集まって、話し合いをしてくれる。そんな葬儀社ってうち以外にあるかな?まぁ、普通に考えて無いでしょう。その意味でも我々は非常に恵まれていると感じます。参加してくださった皆さん、ありがとうございました。僕の頭の中では、すでに活かされています。  感謝・・・追伸・・午後3時から13名での湯かんがあったのですが、会議が押して、湯かんの家族が早くきたから焦りました。 (^-^;始まる前から僕は汗をかいた状態で、湯かん納棺、花入れお別れまでの2時間、汗をかいたままでした。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 12 Oct
    • 1603.  我が道を開拓しながら進むだけ

      先日葬儀をした家族に言われた。「あんしんサポートの葬儀って、料金もだけど、考え方も他と一味違うし、あんなに明るくて笑いのある湯かんって初めて経験したけど、確かに温かく送れた感じはしたよね。それって誰かに教わったものですか?」「ん? それって納棺師の事? 湯かんの事?」「あれとか、これって言うより葬儀の全てだよね」ご夫婦が言うに何度となく葬儀に出ているし、親の葬儀もしてきたけど、自分達の知ってる葬儀とは全てが違う。ということのようです。「その通りです」って言いたい所ですが、残念ながら僕は葬儀社の葬儀を最初から最後まで見たことが無いのです。・喪主の経験もなく、打ち合わせ経験がありません。・当初施行だけは依頼しても、打ち合わせは自分でした。仏式だけですが、基本の流れは見ましたが、疑問に思うと全て自己流に変更してきたから、多分葬儀の全てと言えるほど、殆どがオリジナルなんだと思う。そんな僕だからでしょうが、10年前の設立当初から現在まで変化することなく、ずっと疑問に思うことがいくつもあるのが本音です。僕は余り人に感化されない性格なのだろうか・・・みんながしてるから良いとは思わない性格のようです。まぁ、見方を変えればへそ曲がりとも言えるでしょう。でも本当に家族目線で見れば、その通りと思う人のほうが圧倒的多数なのは間違いない。10年経っても変わらない疑問をいくつか書き出してみる》義理での会葬が必要だろうか義理で会葬する人も大変なら、その接待をする家族も大変本来葬儀は家族中心ですべきと考える僕には理解困難》黒服を着る必要はあるだろうか家族中心なら、いつもの家族で送ればいい、普段着でいい》生前は質素で死後高額な費用を掛ける意味はあるか金は生きてる時に使うもの、死んで騒いで、見栄を張って何の意味がある。 人生を謳歌する為に使うべきが金、、》日本人に厚い信仰心があるとは思えない生れた子は神社に行き、結婚式は教会でし、葬式は仏式で行うのが日本人、セレモニーでなく、イベント感覚なのは間違いない、なら葬儀もイベントで良い》火葬中の食事は合理的だが高いし注文数の確定が難しい葬儀は飯を食いに来てる訳じゃない。 とはいえ何も出さないのも失礼なら、ブアッフェスタイルもありだよなぁ》香典の半返し、なら半額包んでお返し無しで良いのでは香典は付き合いによって、包む金額を考えるのも大変だし中には家族4人で行って飯食って、返礼品貰って1万円の香典と常識の無い親戚もいる。 なら1名なんぼの会費制もありだろ》庶民の葬儀が100万円を超える・・・あり得ないいつも言うが人は生まれりゃ死ぬもの、なのに高額費用が掛るほうがおかしい、そろそろ目を覚まさないか・・・この疑問を基に明後日14日(土)、友引、午前11時から、あんしん館に於いて、理事さんや、最近葬儀をした家族が10数名集まってくれる事になっています。そこで『新たな葬儀』の提案と個々の本音を語って貰った上で進む道を決めようと考えています。あ、このブログを見た会員さんで、出席されたい方は当日飛び込みで来館して頂いても問題ありません。本日、明日と葬儀の為、ちと準備に手間取ってはいますが素人さんの、一般消費者の本音が聞ければ良いと思ってる。僕自身が素人のままでいれば、問題ないのですが、10年業界で生きてるだけに、感化されてる可能性大です。我々が相手にするのは、素人さんであり、一般消費者です。業界人の感覚など、どうでもいいのです。僕が歩んできたのは道ではありません。僕が通ったあとには道が出来ています。葬儀という狭い業界の中で、細い道を切り拓て進んでます。いままでも、きっとこれからも・・・にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 08 Oct
    • 1602.  健康であり続けるために

      今日の前橋は秋晴れのいい天気です。街中では前橋まつりが行われていますから、相談者の来館も無いであろうと、これから散骨と納骨に行く予定です。今回は赤城山南面道路を通って、墓閉じ依頼を受けている墓の確認も兼ねていきます。帰りは永代供養墓への納骨、赤城山を一周して戻ってくるようなルートですから150kmくらい走るでしょう。今朝千明がコンタクトを入れたら、ビリッっと痛みが走ったらしく、目が真っ赤になってて、医者に行ってくる間の時間を利用して書いています。病気でも、怪我でも、分かった時点ですぐに対処するのが最善だと思いますが、僕は肝機能、血糖値の数値改善の為、体重を減らしている最中です。食べたいだけ食べてると80kgは超える人です。昨日入会相談に来られた方は、僕より3つ年上の男性でしたが、60才を超えた頃から食が細くなったそうです。当然のように体重も減っているらしい・・・幸か不幸か・・・僕は食が細くなっていません。食べる気になれば結構な量を食べます。 しかし当然・・・ 太るわけで、肝機能、血糖値の数値は悪くなるから、減量というか、僕自身が感じるベスト体重まで落とすつもりです。 但し一気に落とすとリバンウトするから一カ月に1kgほどが目標です。現在67.6kgほどですから、あと1kgですかね。66kg前後がベストな気がしています。以前、身長171cmですから63kg位がベスト体重と言われ64kgまで落としたら、風邪をひいて熱を出した事があり、体重が落ちると抵抗力や体力も落ちるのかも、、と思ってから66kgを基準にしています。月々で見ると、忙しい月、暇な月などありますが、入会で来館される方は減ってないのですから、可能な限り元気でいつでも対応できる状態を維持させ続ける為、我々自身の健康管理が最優先だろうと思っています。前にも書きましたが、ありがたいことです。昨日入会相談の方を連れてきてくれた会員さんが、茄子のからし漬け?だったかな、自分で漬けた旨い漬物を持ってきてくれたのですが、普通に考えて葬儀屋と、会員さんの関係ではないよなぁ・・・って感じます。親戚でも無いのに、我々の健康を心配してくれる会員さんがいてくれるから、我々も健康を意識するような行動をし、健康で居る事が、会員さん家族に万が一が起こっても支援し続けられる事に繋がる。我々が支えているようで、その実、我々も支えられているお互い様であり『正の循環』ですね。本来あるべき姿の持ちつ持たれつなんだと思う。利益ばかりを追求する者同士だけが良くても、その陰では利益を貪られる利用者が泣いているのでは意味がない。普通の葬儀屋じゃなくて、葬儀支援目的を最優先している団体だって分かるよう組織化すれば、一般の人達が葬儀の相談をするにも区別し易いかなぁ・・・余裕のある家族の事は考える必要はないけど、余裕の無い家族が迷ったり、嫌な思いをしたり、困ったりしないよう最初から相談に行ける場所と分っていれば楽ですよね。そんな葬儀屋は間違いなく、零細起業ですから、ノウハウや勉強会、情報交換、広告宣伝、葬儀パック設定などなど、お互い様的プラス要因が生まれると思えます。多分、僕らのしている事のほうが普通ではないでしょうが、年々求める人達は全国で増え続けるはずです。ただ我々と同じような土俵に立つ葬儀屋って、全国全県にどれくらいあるのだろう・・・ うちはそうだって人いたら連絡してみてください。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 05 Oct
    • 1601.  散骨の帰りに寄る100円ショップ!?

      時間のある時に行くのが散骨と納骨ですが、4日水曜日今月最初の散骨に行ってきました。90分のドライブ & 車内会議 & 100円ショップとか季節の味覚堪能が散骨 + アルファの時間になっています。昨日の車中は先日葬儀をした社長のお姉さんから、お礼の電話を頂き、すぐに運転を代わって30分くらいは話してたでしょうか、会社の金庫番をされている方で、営業マンだけで100名以上の大所帯の大黒柱を失ってこれから大変です。昔一緒に会社を引っ張ってきた者同士だからできる話しもあれば、僕になら愚痴も言えるようでした。愚痴が言える相手とか、弱い自分をさらけ出せる存在を持つのも、経営者として必要な部分かもしれませんね。前橋はまだ感じませんが、北部に行くと『晩秋だなぁ』て感じの景色というか、気配というか、何となく違います。年明けから6月までは『イチゴ狩り』7月は『サクランボ狩り』夏場は『串に刺した鮎の塩焼き』これからの時期は『りんご狩り』なんでしょうが、りんご何て2個食べられたらいいほうでしょ?狩って食べるより、買って食べたほうが良いと思っちゃう。年が明ければイチゴ狩りが始まりますが、それまでの間は帰りの途中でその地域の名物でランチしたり、無人販売所では季節の野菜を買います。行き返りに3カ所ある野菜中心の無人販売所に行くと、トマト、大根、きゅうり、ナス、ピーマン、玉ねぎ、よく梅酢に漬けて食べられる物を買ってきますが、昨日初めて小さな柿が袋に入ってました。 あと大きめのミニトマト。柿3袋、トマト2袋を買ってきました。今朝トマトは1袋食べたから・・・写真にはありません。柿があまりに小さくて、渋柿だったらどうしようかと思いましたが、甘柿でした・・・思ってたより皮が厚いです。1袋100円です。小さいけど、トマトも柿も安いでしょ!?お金はカメラに向けて見せてから入れるようにしてます。千明曰く「この辺りの柿はこんな感じ、私が子供頃にとって食べたのもこんな柿でしたが、前橋とかで売ってる富有柿を見た時は驚きました」だそうです。柿は八百屋で買って食べるものと思ってましたが、言われてみれば子供の頃は裏庭に柿の木がありました。自分でとって食べた記憶はないけど・・・そういえば、昔はビワとイチヂクも他所の家の庭にあったような気がします。 (群馬県南部の場合ですが)仕事は仕事として、そこにちょっとした楽しみが出来れば仕事も苦では無くなります。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 04 Oct
    • 1600.  10年間の自分を写真で比較すると笑える

      凄いですねぇ・・・1600回書き続けたようです。毎日書いたとして4年と5ヶ月くらいかな・・・ でね、今日葬儀が済んでから、入会相談の方がくるまでと、作成中のパンフレットに使う顔写真を見ていたら、何枚も写真があって懐かしくて、ながめていると出世魚のように変化する流れが分かって、けっこう笑えます。(^◇^)法人設立1年目53才、まだ葬儀は全くできない頃です2年目54才各地区の葬儀社にお願いしていた頃です4年目56才、講演会など良くしていた頃です6年目58才、NHK動画の頃だと思います・・・8年目60才、新聞記事取材で撮ってくれたものです10年目62才、楽なように髪を短くした現在です。改めて年代別写真を見ると、老いの進行状況が分ります。なるほどなぁ・・・とも思うし、結構笑えるでしょ。でもって、写真を見て思ったんですが、人の変化ってのはかなり個体差があって、子供の頃は毎年顔は変わっていきますから、20才から10年間で見た場合、20代に変化する人、30代、40代、50代、60代って違うんじゃないか!? なんて思ったわけです。ちなみに僕の場合で言うと、16才・17才くらいずっと20代!?って言われ続け35才まで同じでした。35才で起業した時、若く見え過ぎると、メガネを掛けて髪型を変えたのをきっかけに一気に目が悪くなりました。伊達メガネを掛けるならレンズ無しにすべきです。40代も結構若く見られたから、50代~60代に掛けて一気に老け込んできたみたいです。 見た目がね・・・先日、理事さんと昼食をした時、ビルゲイツの会社の入社試験というのをネットで見つけ三人でしてみました。ビルゲイツの会社って、Windowsですよね!?結構簡単ですぐに分かりましたが、その流れでいくつかの問題を解いてみましたが、とりあえず、まだ頭の中は老け込んでないようです。とはいえ・・・先日書いたように、27年前に勤務していた会社の社長が66才で亡くなったり、同級生も何人か亡くなったようで子供の頃に育った地元の同級生から連絡も入ってきました。僕の場合、頭の中の感覚と、現実の身体のバランスがとれない時期のような気がします。きっと頭の中は、いくつになっても若い頃と大差ないままなんだろうと思う、しかし現実の身体能力は確実に老化をしているわけで、無理が命取りになることだってある。葬儀をしてても60代前半の人達の死は、癌を始めとした病気で亡くなる方、精神的な病で命を絶つ方の比率が高いように感じています。多分、僕だけでなく皆さんバランスが取れないまま、自分自身を追い込んでしまったり、まだ若いと無理をし続けた結果、、、倒れる。 なんてのもあるんだと思います。僕くらいの年代の方は、自分の写真を並べてみるといい。しっかり老いを自覚できるはずです。自分の現状を正確に把握した上で、これからの人生をどう楽しむか、謳歌するか、日々生き甲斐を持って生きるかって考えれば良いんじゃないかな。僕の場合なら・・・『人に必要とされ、いつまでも現場にいられる事』でしょ。あと『自分の周りにいる人達が幸せを感じてくれる事』一番は毎日が平凡に過ぎてくれる事・・・でしょうか。「おはよう」の挨拶から始まって「ありがとう」が言えて仕事場でも、家庭でも顔を合せたら笑顔でいられる・・・そんな日が続けられる事が、最高の日々なんだろうなぁ、、なんて思うわけです。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 03 Oct
    • 1599. 寺の墓は無料で入れるわけじゃない

      先月の相談で寺墓地の話しが何度も出ました。今日火葬された家族も寺墓地の話しをしましたが、皆さん勘違いしている部分があります。・嫁さんの実家の墓があるから、そこに入れれば・・・・誰も面倒看てない親戚の墓があるから、そこに・・・などなど、自分の家の墓で無かったり、誰も看てない墓があるから、それなら無料で埋葬できるでしょ?こんな感覚を持っている人が、とにかく多いのに驚きます。僕が素人時代でも、無料なんて思ったことはなかったです。墓を持った事が無いから、墓さえ建てればあとは無料だと思っているような感じの人は意外に多いです。そこで、いくつか基本的な寺墓の事を書いてみます。》基本は菩提寺の住職が葬儀をした遺骨を墓に入れる ・葬儀の布施は30万円(信士信女戒名)~が必要です ・普通は菩提寺以外の寺で葬儀をする事はできません》直葬をした遺骨の納骨は群馬の場合10万円~50万円 ・通常、戒名は授与されますが戒名によって異なります ・自分で葬儀をしてない遺骨は入れない住職もいます》寺の墓は基本、次の墓守が居なければ入れません ・無縁墓になる可能性大ですから、収益もない訳です ・寺から墓終いをするよう言われるでしょう》次の墓守が居なければ永代供養墓を勧める寺もあります ・一人分に付き33万円~100万円が群馬の相場です ・永代供養墓は数年から33回忌保管が多いですと基本的な事を書きましたが、実際は寺により・・・って言うより住職によって様々です。またこれだけで終わると思ったら大間違いです。 檀家として、寺の決めた費用を毎年支払うことになります。『正月』『盆』『管理料』などに数千円~1万数千円ってところが年間に必要な費用、あと大きいのが本堂の修繕や、屋根を葺くとか、門を建てるなどの寄付金が大きいです。数万円~数十万円が多く、戒名によって違う寺も多いです。寺の墓に入るとは、これらを全て行い続けるという事です。勿論その覚悟があるなら墓に入れるのも良いでしょう。但し、先に書いたように墓守が続くのが条件です。それと、話しをしていると良い住職だと言う家族もいます。但し、先代の住職は・・・ってのも多いです。問題は、この部分です。どんなに立派な宗教者でも終幕は訪れます。 亡くなれば多くの場合子供が後を継ぐか、本山が送った僧侶が住職になり、寺は住職が替われば別の寺になったも同然です。ついでに書きますが、墓守が居ない人は墓終いをします。※墓守不在が確定したら、次の順番で進めましょう》墓の撤去と処分、墓にある遺骨供養の総額を見積もる》費用的に無理なら、暫くはそのまま墓守をします》支払い可なら菩提寺に墓守不在で墓終いの旨を伝えます》魂抜きの読経日時を決め、石屋さんに伝えます》魂抜きは1万円~3万円の布施が普通です》予定通り、遺骨供養を終えれば墓終い完了です※我々は経験はありませんが、離檀料を要求する寺があるらしいですが、入檀時の契約書にその旨の記載がなければ支払う必要はありません。 墓は購入した訳でなく、使用料を支払っているものです。返却する際は更地にして返すのが道理です。今回はあくまで寺の墓についての事です。民間墓地は、色んな規則があって、やたら金の掛る墓地もあれば、水道もなし、草むしりは各自の責任と、全く干渉しない墓まで様々です。公営墓地は年間管理費(群馬なら3.000円~5.000円程度)だけは徴収されますが、他は基本一切掛りません。地域墓地についても年間管理費が数千円ほどでしょう。自分の土地にある墓は当然費用は掛りません。特に注意して欲しいのは、親戚の無縁墓に手を出すと全て自分が面倒を看ることになる事です。また親戚が簡単に墓に入れてくれたとしても、毎年の管理費用や、寺の修繕で数十万の寄付を請求されたら、普通に考えて「お宅も出して」って言われて当然です。後々を、よく見据えて答えを出さないと、とんでもない事にも成りかねないって事です。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 02 Oct
    • 1598.  事業経営と自己管理は似てる

      もう10月、今年もあと3ヶ月、月日の流れが早いです。この数日、前橋の昼間は秋晴れで気持ちの良い陽気でしたが、今日は曇りですが穏やかな日です。先月は久しぶりに時間がとれたし身体も休められました。身体にはいいですが、何か月も暇だと資金繰りが大変になりますから、色んな意味で微妙な感覚です。人生一寸先は闇と申しますが、人生の最後を仕事とするからでしょうか・・・我々も一寸先は闇の仕事ですね。ただ入会は21件だったそうですから、いつもと一緒です。年間通して施行数より、入会数が多く、会員数が増え続けている事で、多少の暇があっても安心感に繋がるのでしょう。これって事業経営は勿論、生き方と似てるかもなぁって思う。何が似てるわけ??って思っちゃいますね。結論から言うと『自己管理』です。葬儀の仕事が安定せず、計算できず、一寸先は闇って感覚は葬儀屋さんなら誰でも納得する部分でしょう。何処でも、誰でも同じ感覚なのに、その先は千差万別です。僕は『会員制』をとり利用者の確保を図りました。いつ、どこから依頼が入るか全く分らないより、4.000名の会員がいる精神的な違いは計り知れません。当初会員制の主目的は『事前相談』をする事でしたが、会員制にした事で紹介の促進に繋がっているようです。入会には事前相談、入会案内はつきものです。 事前相談をすることで『我々の考え方を明確に伝えられる』家族は当方の理念に疑問、不満があれば入会せずに済みます。『家族の事情、性格、考え方が分る』当方理念、考え方にそぐわない家族の入会を避けられます。暇なときは暇な業界、それが葬儀屋だと決めつけず、どうしたら改革できるかを考え実行、修整、実行を結果が出るまで続けることが経営者の仕事です。これってさ、自分の自己管理と一緒でしょ?僕の場合、血糖値と肝機能の数値が悪いわけですから、食べ物は野菜中心で、炭水化物や高コレステロールは抑える。まず野菜を食べ、次にタンパク質、最後に炭水化物の順番を守ったり、食べる量もコントロールしたりです。でも単に食べ物を抑えれば良いと思ってなく、自分のベスト体重を知ることで、必要以上に体力を落とさずに済む・・・そこで毎月、血液と尿検査で病院に行ってるわけです。勿論、タバコは止める。中2から吸ってきたタバコを「止めた」と言ってから、もう6年や7年経ったんじゃないかな・・・それでも適度な運動はしてないとか、規則正しい生活からは遥か遠い生活を続けているとか、睡眠時間も依頼次第などのマイナス面のほうが多いくらいです。健康管理も、利用者確保の広告宣伝も、すぐに結果はでません。いい結果が出るまで続けなければ意味がありません。少し続けて結果が出ないと諦めたら終わりです。 僕の場合身体だけが資本ですから、良くなれば結構な事ですが、最低でも進行させない、悪化させないのは自己管理なんだと思う。より結果の出る方法に切り替える事はあっても、諦めるわけにはいかないと暗中模索するのは一向に構わないと思う。とにかく前向きに、走り続けること、歩み続けることだけが未来へ続く道なんだと思う。未来が明るいとは限らない、曇りかもしれないし、雨や暴風かもしれませんが、暗闇に立ち止まるより望みはある。曇りならライトを点ければいい、雨なら傘を差す、暴風なら休憩するか、完全防備をするか決めれば良い。勿論、どんな事をしたって絶対いい結果とは限らない。最悪のシナリオだってあるでしょう。でも、少なくともその部分についての後悔はでない。最後にひとつ、暇とは時間があることです。時間があるならすべき事をしておく事だと思ってます。9月は珍しいと言うか、懐かしいと言うか、とにかく時間があったから、新しいパンフレット作成を始めました。会員さんに配布するのは来年の4月ですが、印刷できる状態まで作っておければ、葬儀でバタバタしても心配ありません。もし内容変更が出れば、その部分を変更すれば済みます。A4両面カラーが6枚とB3両面カラー1枚です。それと、以前ブログにも書いた新しい葬儀について、設立前からお世話になっている理事さんに感想を聞いたり、原価の確認に出掛けたりもしました。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 28 Sep
    • 1597.  改めて思った・・人生死んだら終わり、

      前回、自分の人生について考えて欲しいと、下書きをしたのは26日の午前中の空いた時間でした。それから仕事をし、ようやく昼食を食べようとしていた午後5時過ぎ、携帯着信が入っているのを発見、それは27年前に退職したサラリーマン時代に、部下だった人からでした。電話をしてみると、以前勤務していた社長が亡くなったと聞かされた。「えっ! どういうこと?」と聞き直す。胃癌らしいが、本当のようです。僕が入社した当時は7名でしたが、退社した時は30名からの会社になり、今は全国区の規模になったと言う。電話をくれた彼にお礼を言い電話を切る。すぐに当時一緒に役員をし、今も現役の方に電話すると本当だと言われ、安置されてる施設に来てくれると言う。駐車場で待ち合せて安置してある部屋に行くと、奥さん、娘さん、お孫さんがいた。小学生だった娘さんに孫がいる・・・長い月日が経った。仕事に関わってない奥さんですが僕の事を覚えていた。顔当て布を外すと、そこには僕の知ってる社長とは別人かと思うほど痩せた顔があった。奥さんの話しではスキルス性胃癌だそうで、PET検査はしていたけど発見できなかったそうです。暫し家族と話して失礼すると、建物前の椅子に移動して久しぶりに会った先輩であり、同僚でもあり、上司でもあった人と話しをした。思えば、退社から四半世紀が過ぎ、お互い60代の老人と呼ばれても不思議でない年代になった。僕より4つ年上ですが、相変わらず年令より若く見える。暫し25年間のお互いの事を話していると、社長の家族お姉さんと妹さんが来て話しに加わりました。この中に故人となった社長が加われば、当時のトップが集まっているようなものです。お互い懐かしさもあり、暫く話すと2人は今晩泊まりできたから交代しなきゃと部屋に行きました。こんな事になるなら、生きているうちに会いたかったし、できれば昔みたいに酒でも飲みたかったと言うと、入院してからは、誰にも会いたがらなかったと聞かされる。強気一辺倒で来た人だけに、弱った自分を見せたくなかっんだろうとお姉さんは言ってました。病室にいつもお姉さんを呼んだそうで、最後には仕事はしなくても良いから、側にいてくれと言ったそうです。奥さんでなく、お姉さんを呼んだ理由が分ります。彼は仕事一筋に生きた人です。年令を重ねてから、休みは奥さんとゴルフはしてたようですが、仕事の話しができる人ではありません。お姉さんなら、ずっと一緒に仕事もしてきた人ですから、仕事の話しもできるし、愚痴も言えるし、弱音を吐く事だってできる・・・何を話しても安心できる人なのです。この社長、仕事人として見ると凄い人です。昔は良く3人で飲みに行きました。 お姉ちゃんのいるクラブに行くのですが、3人が集まると結局仕事の話になり、お姉ちゃんは酒を作る係でいるだけでした。いつもではありませんが、酔った社長が言います。「武ちゃんさぁ、俺は一番になりてぇんだよ」「なりゃ良いがなぁ、日本で一番になりたいんでしょ。俺らはいつも聞いてるんだから、社員全員の前で言えばいいじゃん。 ねぇ〇〇さん」と振ると、笑顔で頷いてくれたのが、今話しをしている当時の上司です。社内の人は色々あるしょうが、言った事を実現させようとして、頑張り続けた凄さは尊敬に値します。間違いなく能力の高い人、僕の器では測り知れません。組織の幹部は奇数、できれば3人で構成するのが良いと知ったのもこの時で、関係は『三すくみ』ジャンケンのような関係が良いのも分りました。いずれにしも凄い人なのは間違いありません。が、死んだら終わりだろ!? とも思います。勿論、好きで亡くなったわけじゃないけど、今回の死は僕も考えさせられる事になりました。亡くなった本人に聞いてみたい・・・『今、終幕を迎えて良い人生だったと思えるかい・・・』社長が何て答えるか分かりませんが、こんな所で終わる予定じゃ無かったよ・・・って言いそうだな。共に成長を目指した人の死から、ひとつ学びました。我々は生きている前提でものを考えます。が、しかし現実は我々の希望など全く関係ありません。100才を超えて尚、生き続ける人もいます。志半ばで病や事故で終幕を迎える人もいます。人生とは今終わるかもしれないし、明日かもしれないし、数十年後の終幕かもしれない・・・改めて教えられた。いつ終幕を迎えても、後悔しない人生が存在するかなど全く分りませんが、仕事人としての人生は、それなりに満足できる事もあるし、予想と違う流れになってる部分だってあるだろうし、会社の成長と、孤独感が比例しているようにも・・・傍目ですが感じます。一人の男として、夫として、或いは一人の人間としての人生はどうだったの?・・・と酒でも飲みながら聞いてみたかったです。生きている事が大前提で考える。当然だとは思うのですが、今回のような現実もある。どんな答えが出るか分かりませんが、皆さんも今の現実、今の人生を見直してみるべきかもしれません。日々のバタバタに追われ、振り返る事さえないでしょう。自分が本当にしたい事、生きたい人生があるなら、その実現に向けて動く、、それっていつ、 今!!!にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 27 Sep
    • 1596.  僕の思う『背水の陣』

      逃げ帰れる船を焼き払う事で、勝ち残るか、全滅するか、背水の陣を敷くのが武井流と何度か書いています。これは間違いありません。但し死ぬ気は全くありません。 全滅とは死を意味しているものでなく『その事業、商売、その戦い』の事です。もう少し言うと、敗戦時に引ける道は確保してあります。本物の戦争なら死と隣り合わせですから、極限の状況でなければ、背水の陣は敷かないでしょう。僕の文章には『渡った船は燃やす』とか『背水の陣』等出てきますが、同時に『いつでも引けるよう無借金経営』という表現も出てきます。これ矛盾してねぇか・・・って思う方もいるでしょうが矛盾はしていません。人生は何度でも、何十回でも起き上がれると思ってます。失敗の回数が増えれば成功に近づけるはずです。これは後を受け継ぐ人に、強く言いたい事のひとつです。背水の陣とは、覚悟であって特攻隊とは違います。僕の場合なら葬儀屋に全力投球しなければ、事業として成立できる事はないと思う部分と、今まで頑張ってきてくれたスタッフへのお礼が一石二鳥で可能になると判断した事が背水の陣です。法人を閉鎖して、スタッフにあげちゃえば、僕の権利は無く戻れません。 必然的にあんしんサポートを事業として成立させねば食えません。 これが背水の陣です。しかし事業が絶対に成功する保証はありません。ましてや葬儀の仕事など、全くのど素人で葬儀社に勤務した経験もないし、やろうとしている事が薄利、葬儀の仕事をしている人達から『ありえねぇ』『馬鹿じゃねぇ』と言われるような事なのです。・業界の事は全く知らないど素人でした・千明のやる気も、人間性も全く分かりませんでした・どう考えても先の読める仕事でないのは分りました●ただ対象者家族からは期待の声ばかりでした。そこで投資はせず、いつでも撤退できる体制は崩さずに目的に向かって走ることにしました。もし、我々のしようとしている事が本当に消費者に受け入れられるなら、必ず食えるようになるはず・・・食えるようにならないとしたら、我々の思い違いなのか、間違いなのだから、引き下がるべきと考えたのです。借金をすると引きたくても引けません。経営者でない人達は、倒産した会社に対し「もっと早く手を引いてれば良かったのに」と言います。これって経営した経験が無いから言える言葉なのです。そんな事がで出来るならそうしてるよ、が本音でしょう。例えば5千万円借り入れたとします。10年だと単純に月額50万円の返済となります。手を引いて借金が残ってサラリーマンで生活費とは別に50万円が返せますか? これが答えです。また施設レンタル50万円なら、建てられるんじゃねぇ、という考え方もあります。 総額5千万円では、現在のあんしん館レベルの施設は建てられません。少なくとも1億円は超えるはずです。すると月額100万円以上の返済ですが、利息だけ経費扱いで建設費用は経費ではありませんから、個人保証をするしかありませんが、僕にそんな資産はありません。無理矢理何とか借金できても、利益を追い求める結果になる傾向は強くなります。 葬儀支援ではなく、普通の葬儀屋になりそうです。そうなったら『俺は葬儀屋がしたかったのか?』『否』となるのは明白、さらに千明にも負担を強いる事になる。以上をまとめると・・・》葬儀支援に集中できるよう、一本に絞って全力投球》背水の陣とは我武者羅でなく、綿密な計画をすること》勝ち戦になるよう対象者を絞って局地戦をする》されど、いつでも撤退の道は確保しておくのが指揮官》その手法が『無借金経営』と『施設レンタル』根拠の無い見栄と願望で投資をし、利用者の真意を知る事もなく、突き進むのを背水の陣とは言わない・・・単純に無謀とか、暴走というのだと思う。今回の中で『俺は葬儀屋がしたかったのか?』『否』と書きました。 僕にとって大事なのは葬儀屋をする事でなく、相手が喜んでくれる事をして、尚且つ自己満足が出来る仕事なのです。僕の考え方のひとつで何度も書いている言葉がある。『人生最大の目的は、己が人生を精一杯楽しむ事』仕事、家庭、趣味、その全てを含めたものが人生ですが、皆さんも是非『自分の人生』については考えて欲しい。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 26 Sep
    • 1595.  苦境は自分の本質を知るチャンス

      9月は数年前に戻ったようで、昨年の9月は18件でしたが、今年は数件の施行しかなく久しぶりに、暇だなぁって思う月になっています。 いつ電話が入っても不思議でない人だけで100数十名以上の会員さんがいても、暇なときは暇なんですね。うちはまだ会員さんがいるし、今月の入会は16名だと聞かされていますから心配はしていませんが、会員制でない経営者なら胃が痛くなるかもね。この部分はサラリーマンには絶対に分らない事です。例え役員であっても、経営者と同じリスクを抱えてない限り絶対に分りません。 僕の経験則から言ってます。でね、僕は自分を神経質な奴だと思っていました。24才で一度に胃潰瘍4つできた時、激やせしましたが担当医に根が神経質な人だから・・・って言われたのがずっと頭に残っていたようです。医師からは「100%再発するよ」って断言されましたが、いまだに再発はしていません。でも今年の検査で、僕も千明も慢性的な胃炎ですねって言われてるから、不規則な生活もあるだろうし、葬儀の神経は使っているようです。当時は、細胞検査の結果を医師が言い忘れ一カ月近くも経ってから聞くと「あれ、言わなかった?」って良性であると初めて知らされました。言わないのは胃癌だからかなぁ・・とも思ったったけど、慌てる事も、うろたえる事も無い自分に少し驚きました。前職の経営者時代、お金の問題、人の問題はいつも抱えていたし、億の借金をした30代後半は資金繰りが大変だったはず・・・でも、なぜか良く覚えていません。結婚で辞めたスタッフが、手紙を置いていきました。その中には「返済が大変な時は何度もあったはずですが、いつも笑顔でいてくれ、私達は助けられました。 その教えを家庭の中で活かそうと思います」と書いてあった。改めて自覚はなく『へぇ、そうなんだぁ』と思いました。こうして過去を振り返ると、土壇場になると冷静になるタイプか、その緊迫感の無い奴かどちらかのようです。いずれにせよ、苦境の時にこそ、自分本来の本質みたいな部分が、浮彫りにされるようです。問題は、その自分に最適な対応策を講じることだと思う。これを商売、事業に置き換えると、最終的には『消費者が利用したくなる事』はどんな事業も同じですが、その対象者や提供方法は、自分の本質に適した手法が最善の結果を得られる近道のように感じます。仮に僕を例にするなら・・・・坊ちゃん育ちの為か、根が軟弱だから背水の陣感覚・流れには逆らわず乗って流れながら考える・ブルジョアの感覚は分りませんから庶民が対象・お金の無い経験が強烈だから、その人達の感覚は分る・車、家など物欲は余り無いから、その点は二の次・人が喜んでくれる事が好き・お金への執着は思っていたほど無い・僕自身は無信仰ですが、どんな信仰でも否定はしない・毎日を笑顔で過ごせる事が最高の幸せだと思っているこれらを形にしたのが、あんしんサポートです。自分の本質に近いスタイルだから楽なのだと思う。まずは自分の本質を知ることが先、時々話しをしてると理想の自分と、本当の自分が交錯している人もいますが、本音でなく、虚栄、虚勢、張りぼての鎧というか・・・例えば僕だとしたら、どんなに口先だけで、いい格好をしてみた所で、うちの家族とか、千明とかは普段の僕を知っているのですから、虚勢を張れば張るだけ僕自身の器が小さい事を証明するようなものです。それとね、よほどのお馬鹿さんで無い限り、ある程度の年令になれば、それほどの人間でない事くらい、自分が一番分かってるんじゃないかな。自分の力量が分ったら・・・多くの人は力量をあげようと本を読んだり、講演会とか勉強会とかスキルアップを図る人が多いのが分りません。そんな事が簡単にできるなら、すでに出来てるでしょ?スキルは簡単に上がるものでなく、積み重ねです。まず、大したこと無い自分で出来る事を考えることです。これ凄く大事な部分だと思う。あんしんサポートの場合、自分達だけで葬儀をする為に・初めは施行は全て依頼し見て学べる方法をとった。・しかし打合せは、最初から全て自分でしてきた・見ながら自分ならどうするかを考えてきた・結果、全て我々だけで行えるようになった・我々の意思が100%実現できるようになった『大したこと無い自分で出来る事を考える』これが最初の到達点であり、スタートラインだと思う。僕の知ってる失敗した人の多くは、ここまで辿り着けず理想と現実と実力が、妄想の中で一人歩きしてる。子供が思い描くヒーローになった自分に良く似ている。起業する人達に良くあるパターンはこんな感じです。1事業開始前は何の根拠もなく繁盛すると思っている。2開業すると繁盛どころか食う事が精一杯か食えない。3すると広告宣伝不足だと思い込む。3の部分を『自分の実力、能力、性格を正確に知る』に変換できたら、半分成功したようなもんじゃないかな。僕の経営者人生は、この感覚で何とかなってきた。多分、ブログの何処かに書いてあると思う。ラーメン店だとか飲食店に多い『どうだ旨いだろ』的な自信はないし、そんな実力もない。特殊な能力の無い凡人でも成功できる方法を考える。だから利用者に『どうすればいい?』って聞いちゃう。これが僕の経営理念、だから家族目線なのです。誰でもできる・・・やる、やらない、で結果が違うだけ、僕同様の凡人なら、僕と同じ方法が最善策は間違いない。できない理由を述べる人は、何をしても一生できないと、断言できるほど明確で致命的な欠陥のある人です。苦境では駄目な自分を素直に受け入れることです。少なくも前職の社長時代からは、そうしてきました。経営者ってさ、格好つける事や、自慢話する事が仕事でなくて事業を存続させる事が第一の目的でしょ。だから出る時はでるけど、引くときは引ける心の強さは持ってないとじゃないかなぁって思う。ん? 読み直しいると『背水の陣』が目に留まりました。背水の陣て書くと、特攻隊のようなイメージを持つ人もいますが、僕の言う背水の陣は全く違います。時々使う言葉『これが僕の背水の陣』は次回です。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 24 Sep
    • 1594.  今の僕は26才が分岐点

      今回書いてきた一連の流れを見ると分りますが、全てがやってきた事、考えてきた事を前提としています。その中でいくつか分岐点なる時を記しました。改めて過去を振り返ると、忌み嫌ってきた葬儀の仕事に入るきっかけが、裁判所からの、父親逝去の一報なのは間違いありませんが、もっとピンポイントで分岐点だと感じるのは『最後を看てくれた人に逢いに行った事』その行動が無ければ、間違っても葬儀の仕事はしてない。って事は、僕が美容業の経営者で無かったら、サラリーマンだったり、現場から離れられない仕事だったならば、今の流れは無かっただろうと思われる。そう考えて過去の記憶を辿っていくと、思い当たる時に突き当りました。 26才、美容室に材料を卸す営業をしているときまで遡ります。スーパー業界で生きていた僕からみると、美容業は一体何十年遅れているんだ? と思うほど遅れた業界でした。こんなに遅れた業界なら、繁盛店を作るのは決して難しくは無いだろうと高崎、桐生の美容室経営者に声掛けし勉強会、実践と進むと案の定、売上がついてきました。県内主要各市毎に各市1店舗の核店舗を作り上げ、そこを拠点にして、地域シェアを確保する作戦を立てました。先の2店舗とも男性経営者でしたから、まずは地元前橋にもと思い、ある男性美容師の店に行き声を掛けました。僕より10才年上で36才の経営者です。「先生ちょっと良いですか、実は高崎、桐生の美容室で経営指導をさせて頂き、売上も上がって結果も出てきたから、前橋にも同じような店を創り上げたいと思っているのですが、もし先生にその気があるなら、僕も全力で入らせて貰おうと思うんですが、いかがですか?」今にして思えば26才のあんちゃんが、いきなり経営の指導をするからと言われても『はぁ?』で当然だなぁ。正確に言葉は覚えていませんが、何を馬鹿な事を言っているんだ、そんな事は俺のほうがずっと長けているよ。って感じだったと思う。若い僕は、小馬鹿にされたような感じに腹が立ったのか数百メートル離れた美容室に行き、同じ事を言いました。その美容室が10年後、僕が経営する会社になるのです。『経営指導を断られた26才が今の僕の分岐点です』断られて無ければ、近くの美容室に経営指導に入る事もないし、その美容室と取引さえしてないでしょう。美容室を経営するきっかけは、経営指導してきた美容室経営者が、僕に無断で有限会社を作り、僕を代表にして登録したと言われたことでした。その話しを聞いた直後、夜中の腹痛で生まれて初めての入院、検査、検査で1ヶ月も病院暮らしでした。今まで寝る時間さえ無かったのが、有り余るほど時間があった事で、色々考えることが出来ました。結局1年掛けて会社を退職、その間に有限から株式へと変更させ、更に事業所の増設など進められました。そうです・・・あの男性経営者に断れた事が、今の仕事への出発点だと思えるのです。 自分でなく相手の『YES』『NO』の判断で、自分の人生が大きく変貌する結果となる・・・実に不思議・・・、でも面白いなぁとも思う。こうしてみると、今でも日々様々な判断をしています。『進む』『止まる』、時には何気ない判断も沢山ある。今から数年後、10年後、あの時の何の事はない些細な判断が、今を生み出してるって事もあり得るでしょう。皆さんも、自分の過去をあるがまま思い出してみては?何処かに、分岐点、ターニングポイントがあるでしょう。その結果がどう出たか分かりませんが、いい結果だけでなく、悪い結果も含め整理してみれば、もしかしたら、、いい共通点、悪い共通点なんて事があるかもしれない。未来は予測だけですが、過去は事実を振り返れます。その結果を糧にし、肥やしにして少しでも明るい未来の布石とする事が、できるかもしれません。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 23 Sep
    • 1593.  家族目線を貫く為に

      僕のブログに良く出てくる言葉に『家族目線』がある。正確に書くと『余裕の無い家族目線』となるのでしょう。これを消費者に明示するには結構な腹を括る必要がある。「安いですよ」って言って高額請求できるような嘘つきというか詐欺師のような葬儀社は別ですが、まっとうな神経を持つ経営者なら・・・の話しです。この9月が、正にその時でいい機会だから少し書きます。設立から前期まで年間施行数のグラフは、右上がりですけど、売上は下がっていると書きました。単価が下がっているのは、直葬が増えているからです。一番低料金の直葬だけなら10件では絶対に食えません。毎月の施行数は10件から20件という流れです。但し、うちの場合、散骨、法事、墓関連等々があるから全て合わせると、それなりに食えることになります。しかし今月は、数年ぶりの少なさで、最低料金の直葬はありませんが、絶対数が足りません。ただ入会数は相変わらずで、今月も増え続けています。年間ではどうなるか分かりませんが、今月分のマイナスだけが、現時点ではマイナスになっているはずです。来年4月の決算までにどうなるか、神のみぞ知るです。・施行数が少ない月があれば収入も少ない・税金を別にしてないと、税金支払いの月は支払が多い (うちは最初から税は別管理です)・修理、修繕で想定外の出費があった等々、予期せぬ事態が突然来ることもあります。その状態でも余裕の無い家族には、その家族に最善目線だけを貫き通せるか、通せないかが分岐点です。その最たるものが、家賃、返済でしょう。あんしん館がレンタルなのは、葬儀という仕事が余りに予測困難な業種の為、借入をすべきでないとの判断から使用する限り賃料を支払うリスクを選択したからです。僕の場合、この部分が腹を括っているところです。元々葬儀の仕事が好きなわけでなく、したいわけでなく、葬儀支援が僕の性格に適合していただけの事です。だから葬儀で沢山儲ける必要はないのです。その代り、支援の枠をでる料金や内容なら葬儀の仕事をしている意味も価値もないのです。最終的な料金設定額は、僕でなく利用者の感覚って事になりますが、全く余裕のカケラも無い家族なら、断固として6.9万円直葬を勧めるし、家族毎の持つ条件に最善と思えるパックや、時には内容を崩し、その場で設定をする事さえあります(但し貴方だけ特別はありません)もっと言うと支援でない普通の葬儀社なら、僕にとって意味は無いのですから存続する価値はないのです。だから、いつでも、どんな時でも家族目線を貫けるよう対策がとってあり、その代表が無借金経営、施設はレンタルってことです。一言で言えば『いつでも廃業できる身軽さを備えている』ってことですが、同時に精神的な負担も軽減しています。一般の人から見て葬儀社は信用できない存在のようです。葬儀社=うさんくさい人達ってところでしょう。多分、誰に聞いても「その通り」って言われるでしょう。その感覚でうちの料金設定を見た人達は「絶対に嘘だ」と断言するほどです。 絶対と言われるほど信用してないのに、本当だと分ると一気に信者のようになるのが人の感覚のようです。あんしんサポートの会員さんに、信者のような人が多いのは、この流れもあるようです。今階下を映す画面に、初老の女性と千明が写っています。先日葬儀をした家族の親戚ですが、葬儀期間の中で話した時「料金表を見て、絶対嘘だって言ってたのよ。でも本当だって分かって驚いちゃったわよ」って言ってた人ですが、自分の兄妹の入会に来られたようです。つい先日、嘘だと断言した人が、今は兄妹の入会に来て近所にも気になっている人がいるらしいそうです。すると我々は、より強く家族目線を貫こうとする。その結果として会員数が増え続けるって事なのかも・・・って事はですよ。家族目線って発言してて、利用家族、親戚、知人などが『なーんだぁ、くち先だけで嘘じゃん』って思われたら、入会どころか、悪評判がたつ事だってあり得るわけです。しかし、こんな事は全て結果として分かる事であり当初から予測していた事ではありません。自分の初志、意義を貫けないなら、している意味は無く、廃業したほうが良いと腹を括っている事が、現在までは功を奏してきたように思います。もっとも今は会員数が増え、僕の一存だけで廃業できるとは思えませんが、ひとつの事を貫き通すとは、決して安易にくちにしてできる事ではないと思う。僕が10年間ブレないのは、偶然がいくつも重なったり、何度も新聞、テレビで取り上げられ、利用者の声援とか期待感とか、安堵感とか、聞かされ続け、引くに引けなくなった・・・ってのが本当のところじゃないかなぁ。ただ、いつでも廃業できる状態を保っているのは確かで、腹を括っている事が、より強くなれていると思う。だから、誰に対しても強気でいられるのかもしれない。だから、同業他社の事が気に成らないのかもしれない。そして、気になるのは会員さんが納得、満足する葬儀を施行し続けられる先手を、打ち続ける事と、いつまでも続けられる方法論への模索だけです。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 22 Sep
    • 1592. 俺は間違いなく、ツキのある奴

      62才の今になって、つくづく思う。『俺って結局はツキてる奴みたいだ』霊的な話しをする気はないが、子供の頃からいつも複数の誰かに守られているように感じてきた。『母親の存在を5才で初めて知った』だけど、祖母が母親みたいだったし、幼稚園の遠足とかは全て叔母さんが付き添ってくれてたから、不自由もないし普通に家族の中で育った感じです。 そこから倒産までの10年間が、家族で生活した期間です。『15才で稼業が倒産した』生活は激変したけど、多感期の15才だったから普通の人の感覚になるのが、間に合ったような気がしてならない。やんちゃも、その流れで止めたような気がする。あの倒産が無かったら、間違いなくバカ息子として育った。成人してからの倒産だったら自分を変えられたかどうか、、僕の人生にとっては、必要悪だったと本音で思っている。『倒産で家族は離散』祖父母と一緒に住んだ事で、自立心が養われたと思う。家族だけでなく広い視野の必要性と、家族内の感覚が必ず正しい訳でない事、人は執着を捨てれば楽に生きられるというのを学んだのもこの時です。また人の温もりや優しさを学んだのも、この頃だと思う。『高校生はキャバレーでバイト』自分の身体を動かして稼ぐ事、肉体労働で得られる収入を学べたし、自分の持ち味も知ることができた。また大人の世界をも教えられた時期でもあります。 さらに日本は健康な心身さえあれば、我がまま言わなきゃ食える国だと分りました。この他にも書き出せば、いくらでも書けるほど色々ある。その時は決して良い事でないとしても、その時があっての今がある・・・みたいな事はとにかく多い。よくピンチはチャンスと言うが、これに近いものだと思う。もっと端的に言えば、僕は食うに困った事はない。仕事を始めて若い頃は、自分の能力を理解してない、何て思った時期もあったけど、だから本当の実力を身に付ける必要があると分ったんだと思う。そんな考え方をするようになってからは、逆に能力以上の評価をされてきた実感がある。仕事では上下関係なく、いつも誰かが補佐してくれてきた。今も千明から勧められた葬儀の仕事なのに、千明が補佐をしてくれているのが現実です。人生の中で一人ぽっちと思った事もない。生死をさまよう大病も無いし、手術をしたこともない。血糖値358、ガンマGTP380でも、病院など行かない奴が倒れる前に適切な対処ができて今がある。そして今、62才は小父さん? お爺さん?になった今でも、他人から必要とされ、生き甲斐のある仕事につき、日々を本音に近い部分で過ごし、尚且つ食えている。我ながら、ある種の驚きさえある。この先は分りませんが、過去の流れを振り返って思うのは、『先に恵まれた人生』という気がする。どちらかと言えば、いい事より、良くない事が先に起るが、それは近未来、或いは将来への布石だったと思えるのです。この為に、あれがあったのかぁ・・・って感じです。 そこで姓名判断とか生年月日の占いって同姓同名の人とか、生年月日が同じ人は同じ運命? って事は絶対にないから試しに手相を乗せてみました。 手相が良いか、悪いかは全く分かりませんけど・・・だはっ息抜き、お遊び感覚はこれだけ・・真面目に書きます。世間には、自分が一番の苦労人みたいに話す人いるでしょ。でも、良く聞くと『そうかな?』って思う人のほうが多い。で、その人の顔をみると、申し訳ないけど幸薄そうな顔をしてたり、苦労してきましたって言わんばかりの顔してる。苦労自慢? 病院で話してる老人も病気自慢?してる。僕には分からない感覚・・・苦労したと話して、何か良い事があるのだろうか・・・自分の配偶者の悪口を言うと、発散できるのだろうか・・・配偶者の悪口を聞くといつも思う。『その人と一緒になるって決めたの自分でしょ?』『自分に人を見る目が無いって自慢したいの?』僕は今まで苦労したでしょ?って言われた事が一度もない。「坊ちゃんで苦労なんてした事ないって顔に書いてあるよ」とはよく言われたし、確かに苦労はしてもいない。苦労したような顔で無いのは親に感謝です。ところが親戚の叔父さん、叔母さんから言われてたのは、「お前は苦労をしたからね」でも、自分の中では『苦労してないけど』でした。正直に言うと僕には、何が苦労なのかよく分からない。食うに困っているとしたらお金の問題でしょ。 それなら働ける心身の健康があれば、働けば良いだけの事でしょ。その環境に生まれ育った人なら、当たり前のことでしょ。裕福な家に生まれたら、贅沢と言われる事も普通だと思う。貧しい家庭に生まれ育てば、貧しいのか普通だと思う。心身の健康に恵まれなかった人が、苦労を口にするのなら確かに・・・って思うけど、それ以外は良く理解できない。苦労ってのは、人に対して使う言葉であって、自分で使うべき言葉ではないように思うんだけど・・・どう思っても自分の勝手だけど、そんな思いが自分を暗くしていたり、前向きな発想の妨げをしてるのだから、結局自分で自分の首を絞めてる事に成らないかな・・・でね、ツキの有る無しってのは、結果の問題でなく、考え方の違いでしか無いんじゃないの?って思うわけです。で、その根底になるのが『今の自分』だと思う。今の自分が幸せと思えるなら、過去は全て肥しや糧だったって思えるんじゃないかな。つーことはですよ。過去も、未来も、そして現在も、いつでも今の自分を幸せと思える心が一番大事なんだと思う。昔からよく人に言われた言葉があります。「どんな時でも前向きな人ですよね」自分では普通だから分かりませんが、もしかしたらこれがツキを呼ぶ秘訣かも・・・ってゆーかさぁ、書きながら思ったんだけど、もしかして俺ってお気楽な奴? お馬鹿? 例えその通りだとしても全く構わないし、それで良いって思う。一度の人生、辛く生きるより、楽しんだほうがお利口さん。傷は小さくても、大きくても、嘆くより糧にしたほうが楽、それを決めるのは他人じゃない、己の心の持ち方次第・・・にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 21 Sep
    • 1591. 新たな葬儀を創ろうと思ったわけ・・

      葬儀の仕事を始めてから暫くは、自分達で葬儀施行できず、県内の地域毎に施行依頼した葬儀社があった。今思えば、施行をお願いした葬儀社にも恵まれていた。担当者、湯かん、葬具等は、どの地域の葬儀社も内容ではトップクラスの葬儀社と出会えたんだと思う。全てに於いて葬儀のレベルは高かったと今でも思える。料金は、うちの設定だから依頼した葬儀社より安い。でも丸投げはせず、我々が受けた葬儀の責任は持つべきと、打合せ、集金などは全て我々自身が行っていました。だからかなぁ・・・当時の僕は葬儀業界の常識も、概念もない全くの素人です。家族とは同じ素人同士だからか話しが合いました。不思議と初めから笑いのある穏やかな雰囲気になりました。葬儀期間は、葬儀社の人が来る時は勿論、可能な限り自宅とか、庭とか、車中で待機していた事もあって葬儀期間の家族の流れが全て分かるようになりました。家族は親戚、隣保、知人が来ると、来客が帰るまでずっと接待をし続けます。 人が入れ替わりに入ってくる。家族は弔問者の為に雑用したり、動き回って過ごす。弔問客が帰ると、ようやく自分達の食事をしたり、身体を休められる。 これが自宅だけでなく、葬儀場まで続く、、親戚に挨拶し、会葬者に挨拶し、清めの席で酒を注ぎ乍ら最後の最後まで接待するのが家族の葬儀?気がつけば遺骨になっていたと感じる家族は多いだろう。家族が亡くなった故人と、ゆっくり別れをする時間は夜中以外はないんじゃないかなと思えるほどでした。親戚、葬儀社、宗教者にも気を使うのが家族の葬儀?何の為の葬儀なのか・・・ 誰の為の葬儀なのか・・・葬儀期間の数日、ずっと家族の近くで過ごしてきた時期があったから分かった事だろうと思う。 当時から、この部分には納得していない。ならばと、今の葬儀から宗教者を外したらとよく考えたが、どうにも締まりのない葬儀にしかならない。そこで湯かんをメインにした葬儀を創り出した。最初は『家族で送るお葬式』と命名しました。中々評判も良く、今も利用する家族はいますから、現在は『湯かん葬』と名前を変更して続けています。 しかし我々の行っている湯かんとは、仏式葬儀の中にあるひとつの儀式です。 仏式葬儀では、唯一家族が手を出せる場であるのは間違いありません。実際に行った家族は、『湯かん納棺1時間~1時間30分』『お別れの儀30分』約2時間掛かけて、お別れをする事でいい葬儀だったと思ってくれるようですが、あくまで仏式なのですから、他宗教の人、無宗教の人からみたら釈然としなくて当然です。新たな葬儀を創り出す条件は、宗教色の無い故人と親交のあった人達だけで、身も心も普段着のままで偲び、送れて、集った人達の温かさがあり『良き思い出』となる10名程の葬儀であり・・・送る会でもあります。葬儀の創作については、結構長い期間考えてきました。ようやく、その内容も決まり、この秋に理事さん達に実演してみるつもりです。 あとは、その反応次第です。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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  • 19 Sep
    • 1590. 波瀾万丈の人生は面白い

      自分では感じて無かったが、他人に言わせると僕の人生は、波瀾万丈と思われるようです。辞書で調べると『極めて変化の激しい人生』のようです。僕自身は他の人生を知りませんから、特別な感じはしない。5才まで祖父母に育てられ、母親は5才で知り、家族との生活は15才倒産まで、その後も色々ありましたが、その程度なら結構多くの人がいるでしょう。だから特別な事では無いと今も思っています。それより、自由のある日本で生まれ育ったのが大きい。自由があれば、何処の国でも良いのですが・・・僕の家族は15才の時に崩壊しましたが、見方を変えれば自由気ままになったとも言えます。僕が育った家は商売をしており、金銭的な余裕も有ったと思いますが、縛り付けも結構ありました。姉が高校生で、彼らしき相手が出来たと分かった翌日には、相手の素性は全て調査されているのを知り驚きました。考えてみると『○○の息子』という言葉が、つきまとっていたように感じます。勿論、金銭的な余裕のある家庭で何不自由なく過ごすのも幸せのひとつでしょうが、家族全員が集まるのは一週間に1度あればいいほうで、個々バラバラが普通の家族です。15才の倒産以降、お金も無いし、住む場所も狭い借家になったし、世間の目が気になる時期もあり、親戚も決していい対応で無くなったりもして、嫌な事も沢山あったけど完全な自由になったのもこの時だったと思う。これをどう見るか・・・でしょうかね。『自分の将来に於いて先の事は一切何も無くなる』A. 自分の将来は何ひとつ無く、お先真っ暗B. 決められた道が無ければ、自分の好きに歩めるA.とB. の状況は全く同じ、考え方、見方の違いだけです。どちらの感覚で捉えるかで大きな違いが出るように思う。根が馬鹿なのでしょうか、立ち直りは早かったですね。母、姉、妹の会話を聞いていると、自分の立ち直りというか開き直りが早かったのは、すぐに分かりました。家族の中で僕だけ、祖父母との生活を選択した事で、否応なく親離れしたし、自立の早道を選択したようです。22才で結婚したのも、その辺りがあるのかもです。途中、家族の存在が足かせと感じた時期もあったり、倒産してなければ、行きたい大学にも行けたろうし、なりたい職業にも就けたかも・・何て思った時期だってありました。したい仕事って何だと思います。いくつかありましたが、性格も含め最終的には救急医療の現場医師でした。どう考えても、楽な仕事じゃないですね。今よりもっと大変な仕事なのは間違いありません。もし、成っていたら今と同じ、老いや体力との狭間だね。と色々ありましたが、足かせと感じた家族に支えられたり、坊ちゃんでなく、社会に出たから得られた経験も大きい。決して褒められたり、立派な半生ではありませんが、その中でもいくつかのターニングポイントがあります。実際はもっとあるのでしょうが、自覚できる分岐点は・・・15才の稼業が倒産した時、22才の結婚した時、35才の起業した時、52才の父親逝去の一報が届いた時、57才あんしん館の設置の時、これらの全ては最終的に自分で決断したものばかりです。それが、どんな人生であろうと、全て自分の責任です。例えば15才の稼業倒産、似たような経験をしている人は沢山いますが、親の責任をくちにする人達がいます。確かに倒産についての責任はその通りですが、子供である自分の人生については自分自身の責任だと思う。生まれた家が貧乏なら親が悪いの? 生まれた国が戦争してたら親が悪いの?生まれた時は裸、何も無いところから始まるのが人生だし何十年も生きてれば、それは全て自分の責任です。親がいてくれる幸せってあると思う・・・戦争の無い国に生まれた幸せもある・・・自由のある国に生まれた幸せもある・・・健全な心身に生まれた幸せだってある・・・自分と家族の自由に舵取りできる人生は素晴らしい。折角の人生、波瀾万丈なら尚更、人生を楽しめるじゃん。一度の人生、思いっきり謳歌して楽しむのが最大の目的と思えば、今を悔いて生きるより、楽しむほうがお利口さん。にほんブログ村誰もが終幕後の費用を心配することなく、自分の人生を精一杯楽しめる世の中にしたい創業者の思いを後世に伝え、当時何を考えていたか嘘のつけない自分日誌でもあります

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群馬県
自己紹介:
夏の終わりのある日、突然八王子裁判所から一通の手紙が届いた。 そこには38年前に生き別れた父親の死と...

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『突然の手紙 』
それは平成19年9月のある日 八王子裁判所から父の死を知らせる一通の手紙が届いたことから始まった。。38年前に家業倒産により生き別れた父親が亡くなり遺書があるので開封に同席を・・・ という内容でしたが 仕事の都合で休みが取れず妹に行って貰い後日 妹から話を聞くと 父親の遺言で一緒に住んでいた女性が遺骨はハワイの海に撒いてくれたのだと言う。。「へぇー散骨って本当にあるんだな。。ハワイの海かぁ 良いかもな」「ところで、その女性には子供が居るの?」 「ううん 居ないみたい」うむ、、父親は75才だったと思うから、、、70才を超えるお婆さんが一人になったって事か?!・・・

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