甘寧の公式ブログ。
↓甘寧公式画像

おう! 俺は甘寧。字は興覇(こうは)ってんだ。
孫呉の切り込み隊長にして、敵が恐れをなす「鈴の甘寧」とは、俺のことよ!
今日は、長江で水賊として暴れてた俺がどういう経緯で呉に仕えることになったか、
そいつを話してやるぜ。
俺はもともと巴(は)っていう内陸の土地の出身だ。
そんな山の中になんで水賊がいるのかって? まあ慌てずに話を聞きな。
そもそも、お前らは海賊は知ってても「水賊」ってのは知らねえんじゃねぇか?
水賊の「水」ってのは、川のことだ。
俺の国には淮水(わいすい)、漢水(かんすい)ってでけえ川がいくつもある。
どれも長さや幅が半端じゃなくて、対岸なんて見えやしねえ。
流れは穏やかなもんだし、見た目はほとんど「海」よ。
だから、海に海賊がいるように、川には俺のような水賊がいるってわけだ。
水賊にとって特別なものが2つある。「河」と「江」だ。
「河」ってのは北にある「黄河(こうが)」を指す。
その名のとおり水が黄色くて馬鹿でかい河だ。
んで、「江」ってのは南にある長江(ちょうこう)だ。黄河よりはるかに川幅が広くて長い。
四川の山奥から流れてくるが、源流がどこにあるのかわからねえくらいだ。
下流の一部は、「揚子江(ようすこう)」と呼ばれることもあるぜ。
……ってなわけで、俺の故郷・巴にもその長江が流れていた。
そこで俺は信頼できる仲間を集めて、江を暴れ回ってたんだ。
ただの水賊じゃねえ、その名も「錦帆賊(きんぱんぞく)」ってな。
乱れた世にこそ義侠を貫くって、粋がってたもんよ。
「鈴の甘寧」って呼ばれ出したのも、この頃だったっけ……。
俺のつける鈴の音を聞いただけで、みんな震え上がったもんだぜ!
けどよ、暴れてるだけじゃなんにも変わらねえって気づいたんだ。
世の中を立て直すには、やっぱりでかいとこにつく必要があるってな。
だから俺はまず学問ってやつをかじり、その後、仲間を連れて江を下ることにした。
で、流れ着いたのが長江中流の荊州だ。
その地を治めてたのは劉表(りゅうひょう)っていう、品のいいおっさんだった。
荊州はその頃、乱世にしては珍しく平和で、劉表の治世を称えるやつも多かった。
けどよ、自分のとこが平和なら、他はどうでもいいって考え方は気に入らねえ。
それに劉表からはちっとも覇気が感じられなかったしな。
やつの所を早々に去って、さらに下った江夏(こうか)ってとこに行った。
太守の黄祖(こうそ)は劉表の部下だが、やつに比べりゃ少しは骨があったからな。
その頃、江の下流には急速に勢力を拡大していた孫家がいた。
君主は、突然死んじまった孫策の跡を継いだ孫権だ。
孫権の親父は、昔、黄祖との戦いで命を落としてたから、相当恨んでたんだろうな。
大軍を率いて、黄祖に喧嘩を吹っかけてきたんだ。
俺は黄祖軍に属して戦い、孫権軍の凌操(りょうそう)って武将を討ってやった。
けど、黄祖の野郎は、それだけの功績を上げた俺を、元水賊ってだけで信用しやしねえ。
すると蘇飛(そひ)ってやつが、俺に助言してくれたんだ。
このまま黄祖についてても得になることはねえ。
日の出の勢いの孫家に仕えた方が、お前の能力を発揮できるはずだってな!
確かにこうなったらもう、長江をさらに下るしかねえってんで、俺たちは蘇飛の勧めに従った。
俺の生き様は川の流れと一緒で、窮屈な上流から雄大な下流へと向かってるみてえだな。
そうやって行き着いた先が呉よ。
孫権を筆頭に、周瑜・周泰・呂蒙のおっさん……どいつもこいつもやる気満々だぜ。
そんなやつらが、かつては敵だった俺を温かく迎え入れてくれたんだ。
ただ一人、凌統ってやつを除いてな……。
凌統は以前、俺が討ち取った凌操の子だ。
すかした野郎だが、父親を殺された恨みを忘れられねえらしい。
こればかりは仕方がねえ……。とりあえず放っておくしかなかった
さて、新参者が認められるには、手柄を上げるのが一番手っ取り早いよな?
そこで俺は赤壁の戦いで暴れまくってやり、濡須口(じゅしゅこう)の戦いでは精鋭100人を率いて夜襲をかけ、
魏軍を大混乱に陥れてやった!
味方の目印に白い羽根飾りをつけさせたおかげで、損害もなしだ。痛快だったぜ!
俺のこの活躍を聞いて、凌統も張り切って出陣したんだが、やつは焦ってたみたいで、魏の将に討たれそうになったんだ。
その時に俺が弓矢で救ってやって、やつとも晴れて和解となった。
ここまで長い道のりだったが、江を下る旅も終わりそうだ。
呉には頼れる仲間も多いし、勢いもある。
それにさすがの長江も、これ以上下ったら海に出ちまうしな!
俺はこの呉で仲間たちと新しい国を作っていくぜ!
これからもどんどん暴れてやるからな! んじゃ、あばよ!
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おう! 俺は甘寧。字は興覇(こうは)ってんだ。
孫呉の切り込み隊長にして、敵が恐れをなす「鈴の甘寧」とは、俺のことよ!
今日は、長江で水賊として暴れてた俺がどういう経緯で呉に仕えることになったか、
そいつを話してやるぜ。
俺はもともと巴(は)っていう内陸の土地の出身だ。
そんな山の中になんで水賊がいるのかって? まあ慌てずに話を聞きな。
そもそも、お前らは海賊は知ってても「水賊」ってのは知らねえんじゃねぇか?
水賊の「水」ってのは、川のことだ。
俺の国には淮水(わいすい)、漢水(かんすい)ってでけえ川がいくつもある。
どれも長さや幅が半端じゃなくて、対岸なんて見えやしねえ。
流れは穏やかなもんだし、見た目はほとんど「海」よ。
だから、海に海賊がいるように、川には俺のような水賊がいるってわけだ。
水賊にとって特別なものが2つある。「河」と「江」だ。
「河」ってのは北にある「黄河(こうが)」を指す。
その名のとおり水が黄色くて馬鹿でかい河だ。
んで、「江」ってのは南にある長江(ちょうこう)だ。黄河よりはるかに川幅が広くて長い。
四川の山奥から流れてくるが、源流がどこにあるのかわからねえくらいだ。
下流の一部は、「揚子江(ようすこう)」と呼ばれることもあるぜ。
……ってなわけで、俺の故郷・巴にもその長江が流れていた。
そこで俺は信頼できる仲間を集めて、江を暴れ回ってたんだ。
ただの水賊じゃねえ、その名も「錦帆賊(きんぱんぞく)」ってな。
乱れた世にこそ義侠を貫くって、粋がってたもんよ。
「鈴の甘寧」って呼ばれ出したのも、この頃だったっけ……。
俺のつける鈴の音を聞いただけで、みんな震え上がったもんだぜ!
けどよ、暴れてるだけじゃなんにも変わらねえって気づいたんだ。
世の中を立て直すには、やっぱりでかいとこにつく必要があるってな。
だから俺はまず学問ってやつをかじり、その後、仲間を連れて江を下ることにした。
で、流れ着いたのが長江中流の荊州だ。
その地を治めてたのは劉表(りゅうひょう)っていう、品のいいおっさんだった。
荊州はその頃、乱世にしては珍しく平和で、劉表の治世を称えるやつも多かった。
けどよ、自分のとこが平和なら、他はどうでもいいって考え方は気に入らねえ。
それに劉表からはちっとも覇気が感じられなかったしな。
やつの所を早々に去って、さらに下った江夏(こうか)ってとこに行った。
太守の黄祖(こうそ)は劉表の部下だが、やつに比べりゃ少しは骨があったからな。
その頃、江の下流には急速に勢力を拡大していた孫家がいた。
君主は、突然死んじまった孫策の跡を継いだ孫権だ。
孫権の親父は、昔、黄祖との戦いで命を落としてたから、相当恨んでたんだろうな。
大軍を率いて、黄祖に喧嘩を吹っかけてきたんだ。
俺は黄祖軍に属して戦い、孫権軍の凌操(りょうそう)って武将を討ってやった。
けど、黄祖の野郎は、それだけの功績を上げた俺を、元水賊ってだけで信用しやしねえ。
すると蘇飛(そひ)ってやつが、俺に助言してくれたんだ。
このまま黄祖についてても得になることはねえ。
日の出の勢いの孫家に仕えた方が、お前の能力を発揮できるはずだってな!
確かにこうなったらもう、長江をさらに下るしかねえってんで、俺たちは蘇飛の勧めに従った。
俺の生き様は川の流れと一緒で、窮屈な上流から雄大な下流へと向かってるみてえだな。
そうやって行き着いた先が呉よ。
孫権を筆頭に、周瑜・周泰・呂蒙のおっさん……どいつもこいつもやる気満々だぜ。
そんなやつらが、かつては敵だった俺を温かく迎え入れてくれたんだ。
ただ一人、凌統ってやつを除いてな……。
凌統は以前、俺が討ち取った凌操の子だ。
すかした野郎だが、父親を殺された恨みを忘れられねえらしい。
こればかりは仕方がねえ……。とりあえず放っておくしかなかった
さて、新参者が認められるには、手柄を上げるのが一番手っ取り早いよな?
そこで俺は赤壁の戦いで暴れまくってやり、濡須口(じゅしゅこう)の戦いでは精鋭100人を率いて夜襲をかけ、
魏軍を大混乱に陥れてやった!
味方の目印に白い羽根飾りをつけさせたおかげで、損害もなしだ。痛快だったぜ!
俺のこの活躍を聞いて、凌統も張り切って出陣したんだが、やつは焦ってたみたいで、魏の将に討たれそうになったんだ。
その時に俺が弓矢で救ってやって、やつとも晴れて和解となった。
ここまで長い道のりだったが、江を下る旅も終わりそうだ。
呉には頼れる仲間も多いし、勢いもある。
それにさすがの長江も、これ以上下ったら海に出ちまうしな!
俺はこの呉で仲間たちと新しい国を作っていくぜ!
これからもどんどん暴れてやるからな! んじゃ、あばよ!