何かを「やりたい!!」と思った時
その情熱が
熱量が自分の中にあるうちに
とにかくなんでもいいから
ひとつのアクションを取ること。
それを積み重ねていくこと。
時間が経ち
「ただ、それがやりたいからやる」という思いが
薄れていくと
人は「それをやるための」理由を探し始める。
その理由はきっと
結果であったり
成果であったり
わかりやすい形だったりする。
その結果を求めるあまり
途端に
せっかちに、なるのだ。
「早く」
「はやく」
「ハヤク」
「急いで」
「いそいで」
「イソイデ」
そして
そこにたどり着くための
一番の最短の道
近道を探し始める。
テクニックだとか
やり方だとか
効果のあるもの
てっとり早いもの
だけどその「近道」は
みんなが通りたがっているから
もう、ぎゅうぎゅうで
道は人で溢れていて
なかなか進めなくて
おまけに
そこを通ったところで
手に入るアイテムは
「もうみんなが持っているもの」しかない
そしてその
「もうみんなが持っているもの」を
お互いに見せ合ったり
投げ合ったりして
戦っても
勝負はなかなか、つかないし
今まで「近道」ばかりを選んできているから
ちゃんとした道を歩ける基礎体力がついてなくて
道を歩こうにも
すぐ、疲れてしゃがみこんでしまう
そしてますます
「近道」を探したがるのだ。
外側に。
外側に近道なんてない。
正解なんてない。
あるのはただ
あなたの中にだけ。
あなたの「道」は
そこにしかない。
それが人にとって「近道」に見えても
あなたにとっては「近道」ではなく「正規のルート」なのだ。
私はどこまでも
どこにいっても
「道無き道を歩むもの」でありたい。
そう思うのだ。
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おはようございます。
ここ数ヶ月の間
自分というものを
ただひたすら
実験対象として
研究し続ける日々でした。
もっともっともっと
「自分」という存在を
俯瞰して
自分のどの意識が
どんな風に紐づいているのか
影響しているのか
それを全て観察し続ける。
あんなにも夢中になっていた
外に向けて「何を得ていく」作業は
綺麗さっぱり、私の中からなくなって
いらない学びを欲する気持ちが消えました。
私たちは
幸せになることを「目指す」のではなく
すでに今、私たちは幸せであり
その幸せの邪魔をしている「もの」を
ただ
やめていくこと
手放すこと
全て排除していくこと
やることはそれだけ。
幸せになるために
何かを得ていく作業はもう、いらない
すでに幸せだとしたら
いらないものは、何?
必要でないものは、何?
ただ、なんとなく
惰性で続けていること
やめたらなくなる気がして怖くて手放せないもの
「この人と繋がっていれば得する」と思っている打算的な人間関係
そういうの、本当に必要?
人を知る者は智、自ら知る者は明なり
自分を見ること以上に
大切なことは、ない。
あなたにとっての一番の近道は
あなたの中にしかない。
今晩19時より年祭最後のライブ配信です。
良き日を。