性格柄というか、気がつけばたくさんの人に会うようになった。
最近はある程度意識的に同年代、特に少し年下の人と会わせて
もらっている。
その理由はその人の未来に興味があるからってのがある。
今非常に活発な人はどうなるのか。大器晩成の気配は本当に
気配で終わるか否か。


先日それに関してうかがった中で腑に落ちた回答。

「プレーヤーはこれ以上増えない」

現在非常に活発に動いていると思われるものはこれから何年経っても
同じように活発である。
今直感的に’おもしろくない’人が今後おもしろくなることはない。

若い。まだ年月が経った時に何が起こるかはわからない。
だからこそ、もっともっと人と会いたい。


もちろん自分のいっそうの精進が大前提。
夏ですね。

日本で言う「ベンチャーキャピタル」にventure capital
としての未来はない。そもそも期待をしてはいけない。
日本という土壌で、日本人が日本人に対してビジネスを
起こすのならばベンチャーキャピタルも日本的であることは
自然な通りであろう。
決して、今の日本のVCがよいと言っているのではないが
日本的な企業創造の手法があるというのは間違いないように感じる。

自分が将来したいことはポールグレアムのようなテクノロジストや
若者が正当な評価で世に問われるための土壌を作ること。
そして世界をよくするような仕組みを、世に問うこと。広めること。

一社、一緒に未来を作る会社が決まりました。
これを支援というのか投資というのか参画というのかわかりません。
ただ、僕がしたいのはサラリーマンVCではなく、一緒に未来を描くこと。


これからも精進あるのみです。
ウェブの世界というのはホットなキーワードがあって。
自分の中ではここ数ヶ月で10個くらいかなと感じる。
それをいくつか組み合わせて、さらに既存のものに
くっつける。
革新的な技術なんていうものはウェブの世界において
そんなにごろごろ落ちているものではない。そもそも
規格は共同で提唱しているのだし。

そんな中で最近感じるのは即時性、とくに1秒2秒の
タイミングでのシンクロニシティーに可能性を感じる。

なぜみんなでテレビを見ると楽しいのか、そんなことに
ヒントが埋まっている。なんてことがあるのかもしれないですね。
尊敬する仕事の基準の一つに
「発想から最終商品を作るまで一人の手でできる」
というのがある。
その軸で見てみると、ITサービスだったり料理人だったり
美容師が非常にしっくりくる。

最近すっかりはまってしまったHERZの製品も自らの手で
デザインや製作をする点ではまさに尊敬にする職人の仕事だ。
「こんなものがほしい」というリクエストに応えてくれるお店という
のは非常に気持ちがいい。
それくらい気持ちのいいことを世に発信していきたいと再確認
さりげなく再開してみる。

起業したいとか、団体を作りたいとか、そういったものを
している人を見ていると「世に問う」という言葉がしっくり
くる気がする。

自分が将来何をしたいかというと、世の中にとってよい
ことをして、それを広い世に問いたいのだと思う。
それを一番手軽な方法でできるよ感じるのが、ネットを
使ったITサービスな気がする。

この夏に一つくらいサービスをしかけてみたい。
(現在三つくらい製作中)
いまさらではあるが、Web2.0という現象はなんだったのか考えてみる。
その言葉の意味は「ない」と思うのはあくまでもそれがマーケティング用語的に発展
してきたものだから。
現在使われているこの言葉はもはや元々オライリーの言った言葉とは異なるものに成長している。

それを前提として、Web2.0とは何だったかを考えると
技術家による技術復権または技術復興運動に見えてくる。

サービスというものが市場からではなく、技術(技術者市場)から提唱されたからこそ
ここまでプログラマは狂喜し、そのファンであるギークがはやし立てたのではないか。

結局Web2.0という言葉は「経済活動」というエンジンがいかに継続性のキーとなっているかを
証明するための運動を表す言葉になる気がしてならない。


ただ、膨大な技術のための技術の中から一握りのものが「サービス」となり、
市場の洗礼を受け、晴れて社会に組み込まれるようになる。
この洗礼があと2007年2008年なのではないか。
おそらくそれは表層的にはWeb2.0バブル崩壊という言葉とともにやってくる。
まなざしははるか遠く、高くを見て。
地面を一歩一歩踏みしめながら歩く。

文章にしてみれば簡単なことではあるけれど
実践するのはなんとも難しいことです。

今何がしたいか、今何をすべきか。
将来何がしたいか。
わりとクリアーになってきた夢を歩くための方法を
日々模索しております。
セカンドライフ、第二の人生ではない。
仮想世界ではない。

次に現れる世界の概念はアナザーワールド。
既存の自然法則を超えた厳然として存在するもうひとつの世界に
突如扉ができたような、そうちょうどマトリックスの世界のように
あたりまえに存在し、当たり前でないルールが展開する。

そんな世界の足音が聞こえてきた時にそれはIT革命という
名前で呼ばれていたものが及ぼしたものをあっさり超えてしまう
予感を感じる。


冗長ではあるが、今感じる未来の足音。
いい会社にしたい。

あまりにもシンプルな、それでいて率直な願望。
ファーストリテイリングの柳井会長のお話がどうしても聞きたくて
学生に混ざって就職セミナーに行ってきた。

感じたことは、不惑。惑わず。
多くの困難と苦悩の中で培われたゆるぎないビジョン、それが
身体骨肉として彼の思想・彼自身となっている。

佐俣アンリ23歳、不惑にはまだまだ遠いけれど
もっともっと多く悩んで多く成長していきたい。


ここ三年間ほどでウェブの世界で起こったことはCGMの発生、ではない。
無限に広がる情報をそれとなく意味づけして区分けして整理する技術が
発達したに過ぎない。
それがあってこそのCGMの発生だったわけで決して民衆が突然声を上げたくなった
わけではない。
声を上げやすくなって、声を出すのが楽しい世の中が整備されただけ。

提供されたサービスはmixi、はてな、YOUTUBE、WIKI、blogなどが象徴的。
コアの技術は検索、タギング、マインニング(ここはこれからかも)があったように感じる。

では、今後はどうなるの?
という話だけれど、これはおいおい話します。