「母がくも膜下出血で倒れた日」を初めから読む下矢印

 

 

 

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「転院する前に1泊だけ自宅退院させたい」

 

父がそう言い出したのは、転院に向けての面談を済ませてから数日ほど経った頃だったと思う。いきなりの言葉に、私は「は?」と思わず語気を強めて言い返していた。

 

父はどうやら母の保険のことを気にしているようだった。入院費や手術費を払っているのは父なので、金銭面に関して私がとやかく言える立場ではないのはわかっている。

 

でも、自宅退院が難しいと判断されているから転院をするのに、何を言ってるんだと思ってしまった。

 

「無理でしょ。うち、エレベーターも何もないのに。お母さんをどうやって移動させるの」

「実は今日、リハビリしているところを見させてもらった。すごく元気そうだったから」

 

まったく話が通じない。

 

私たちが住んでいるマンションにはエレベーターがなく、住んでいるのは1階ではない。その2つの要素が揃っている時点で、たとえ1泊でも母には負担がかかるだろう。そのことを伝えても、「元気そうだったから」の一言で返されてしまう。

 

これまで父に感じていた違和感が、少しずつ胸の中で広がっていく。母が入院するまで、実は父とはそこまで深い話をしたことがなかった。生活スタイルも違うし、会話をする機会がほとんどなかったからだ。

 

それがこの1ヶ月間を一緒に過ごす中で、父に対して漠然とした違和感を感じるようになっていた。違和感というか、これは人間性?の違いなのだと思う。父は、自分が納得した意見しか受け入れず、自分に都合のいい面しか見ようとしないのだ。