波立つ海に沈みゆく月 ~旧統一教会さよならブログ~ -25ページ目

波立つ海に沈みゆく月 ~旧統一教会さよならブログ~

統一教会は、だいぶ前から衰退している。二世の未来は全体として明るくない。
これに最後に責任を持つのは、本人と社会だと思ふ。(しばらくブログの本説明文をいじります)

棄教から4年である。

 

棄教からこのくらい年月が過ぎると、自分は現役時代の延長線上にはいないし、もはや日常にも大きな変化はないように思える。

 

それでも、ひとまず現役時代のことを思い出してみたい。

 

私の場合、為に生きるという”信仰の理想”は、心の情的な原動力を欲するものだった。

 

今の現役さんが、世界の為に犠牲になって何が悪い、献金をして何が悪い、純潔は素晴らしいなどと主張するのも、そうした心の純粋な原動力を”信仰の理想”として求めてのことだと思う。

 

そして、その生き方には”信仰の理想”という縛りがあった。その人生の縛りの中で、ある程度の幸せを確保できた人もいた。

 

私は、そんな幸せを確立できなかった。”信仰の理想”は生活の呪縛となり、人生の悪循環を打開できず、自らの首を絞めた。

 

だから、その人生の縛りを自ら解こうとしたのが、私の棄教体験だったのである。

 

 

ニヤリ ニヤリ ニヤリ

 

 

さて、私は、今年2023年は勝負の年だと考えている。

 

その意味が何かは必ずしも定かではないが、それは棄教後の人生を軌道に乗せる年と言い換えることができるかもしれない。

 

私は、かつて”信仰の理想”という人生の縛りの中で懸命に生きようとしたが、それは偏狭で視野の狭いものであった。

 

その縛りを解いた広い世界で、新しく学ぶべきこと、好むべきこと、楽しむべきことは星の数ほどある。

 

しかし、過去の生き方に慣れ親しんできた自分は、そうしたことに不慣れで、時に苦痛でさえあった。

 

そうした自分の身に付けてきた生活習慣をどのように変えていくか、それが昨年から取り組んできた課題だった。

 

その成果が、ようやく実を結びつつある。

 

生活がどんなに大変であっても、それを悪化させないためには望ましい生活習慣が大切である。

 

生活に活力をもたらすためには、明確な目標小さな日々の挑戦が大切である。

 

そして、その延長線上で、今年の終わりには充実した気持ちで一年を終えたい。

 

これが、棄教から4年経った今の現在地である。

 

 

照れ 照れ 照れ

 

 

棄教後の人生。それは『棄教!!劇的ビフォーアフター』。では、ピアノ演奏『匠』を聴きながら、さようなら。

 

 

 

 

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