第二十一回ウエーブ産経主催の「こころつたえ」で、
橘重十九北野天満宮宮司様のご講演
「天神さまと日本人の感性」を伺ってきました。
日本民族は旧石器時代から縄文時代の文化的遺伝子を引き継いできた民族ですが、
その日本という国土は、偶然にも氷河期をうまくきりぬけ
自然あふれる水と森の国を形成してしてきました。
そして、ムラ(村)・ハラ(原)・ヤマ(山)は対立しながらも共存関係を形成し、
神話を誕生させました。
そこに住む日本人は自然界すべてに霊性を認め
霊が動くところに神が宿る「惟神(かむながら)の道」に生きてきたのです。
自然界すべてのものに霊性が宿ると信じ(八百万の神)、
畏敬と感謝そして恐怖の念
すなわち畏(かしこき)の心をもって接してきました。
祝詞の冒頭部分
「掛けまくも畏き……恐(かしこ)み恐みも白(もう)す……」に現れています。
その日本人は、敬神崇祖の精神
人命も自然界の一部であり、その霊魂も神代から連続している(先祖から引き継いでいる)という考え方を今日まで受け継いできているのです。
菅原道真公(管公)は、優れた学者であり詩人・政治家・教育者でありました。
藤原氏を外戚としない宇多天皇の重用され、
続く醍醐天皇の時代に右大臣に任じられます。
その間に日本一の塾・菅家廊下を開いたり、文章博士になったり、
阿衡の紛議を収拾したり、遣唐使を廃止したりと政治的にも活躍しますが、
『日本三代実録』・『菅家文草』・『類聚国史』を編纂するなど文化の面でもその能力をいかんなく発揮しました。
しかしその活躍をねたんだ左大臣藤原時平の讒言によって、
大宰権帥に左遷されます。
けれども管公は、配所で無実を訴えますが人を恨まず
ひたすら天皇への敬意を表し、終始「至誠」の心を実践されながらも
失意のうちに薨去なされます。
管公亡き後、京の都では怨霊によって時平が急逝し、
宮中に落雷事件が起き、まもなく醍醐天皇が崩御なされます。
また天然痘の大流行、旱魃、疫病の大流行、台風、大地震と天変地異が相次いで起こります。
人々は管公の怨霊のためだと恐れ、
平安京の(大極殿)の乾(いぬい)の方角=天神地祇・雷公を祀る天に通ずる神の地に、「北野天満大自在天神」=神霊として祀られるようになります。
天神さまは、
文道の大祖(学問・芸術を始めた人)・風土本主(自然界の主人)と崇められ
管公精神は高度な文化を生み出す精神的支柱として信仰されていきます。
天神信仰は
「怨霊・御霊の信仰」と「理想的文化人への敬慕」の両面から展開されていきます。即ち(教育」と「美的感受性」に大きく関与してきたのです。
日本の道徳や倫理は世界一で高尚な国家であり、
江戸期の識字率や算数の能力は断トツのトップで高等な学問が育って
科学や技術が栄え産業が繁盛してきましたが、
この十五年でそのすべてが消滅してしまいました。
昭和二十年八月十五日の大東亜戦争終結と共にやってきたGHQが
今まで培われてきた日本の歴史・伝統や文化を否定し
国家と地域社会を解体してしまいました。
すばらしい日本人の感性は最高の世界資産であるのですが、
まず自虐史観を払拭し、ありがたい、もったいないの心を取り戻すこと、
自然にひざまずく精神を思い返すためにも家庭での教育が大切になってきます
世界にはたくさんの国がありますが、憲法に家庭が明記されていないのは
日本だけです。
個人主義の戦後教育を見直し、家庭・地域社会、国家の在り方を真剣に考えるときにきているのではないでしょうか。
非常にわかりやすくご講演くださり、
すばらしい日本人の感性を取り戻すことが、
世界平和に貢献することにつながるのだと改めて認識させていただきました。