検診に出掛け、そのまま緊急入院になってから記録として日記のようなものを書いていました。
こうちゃんの状態が安定してきたころからは何日かおきになってしまったりしたけど…
でも病院から貰った「わたしの面会日誌」は毎日書いていました。
半年に及ぶ入院だったので勿論一冊では足りず、自分で続編を作り記録していました。
記録は主治医からの病状説明や看護師さんに言われたことや酸素濃度やこうちゃんこんなふうだった、とかそんな内容です。
最初の頃は何を書けばいいのか分からず、本当にちょっとの内容だけですが…
H24.1.31 23週0日に至るまで~
わたしは7歳のころから腎臓病を患っています。
現在の病名は 慢性腎不全 です。
社会人になってからも2~3カ月に一度市内の総合病院で診察をしてもらい、血圧の薬などの服用をしていました。
31歳で結婚しましたが、薬を服用しているので妊娠はしずらく正直、妊娠しない、と思っていました。
H23.9月下旬、今までに体験したことのない眠気に襲われていました。
仕事もままならず
最近おかしいなぁ~、体調悪いのかなぁ?
と思っていました。
どうせ、妊娠してないだろうけど、念の為検査してみるか?
と自宅で検査してみると
はっきりと‼くっきりと‼赤の縦線‼
「うそ!うそ!うそ!」
そんなことあるわけないじゃん…
そんなことあるのか…
わたし、元気に産んであげられるの??
心配の気持ちが先走りました。
薬の副作用、産んであげるだけの体力、妊娠による病状の悪化…など
でも不思議なもので、妊娠していることが分かると気持ちは一気に
「おかあさん」 になってました。
きっと、大丈夫。
わたしをおかあさんに選んでくれた子なんだから、きっと元気に産まれてきれくるはず。
と思いました。
そして 絶対、男の子だ!
とも思いました。
何故だか 絶対に男の子だ!と ほぼ確信していました。
その日の夜、ダンナに報告しました。
「はぁ?!産みきれるの?その身体で」
が最初の一言でした。
「そんなの産んでみなきゃわかんないじゃん‼」
「とりあえず、産婦人科に行ってくるのと、今度の内科の診察で相談してくる」
わたしの病気を理解して結婚してくれたダンナ。
彼は子どもはいなくてもいいんじゃない?と言っていました。
無理して産むことないよ、と。
妊娠・出産がどれ程大変なことか
その時のわたしはまだそんなに深く考えていませんでした。
それから、産婦人科に行き
「まだ胎芽っていう状態で米粒ぐらいの大きさだけどね、妊娠してるね」
そして
「腎臓が悪いみたいだけど…どこで産むのかも主治医の先生と相談してきてね」
心拍がまだ取れないからまた一週間後に来てとの説明でした。
わたしは 膨らんでもいないお腹をいつも撫でてました。
