今日、久しぶりの友人と飯を一緒にした。友人とはクラブで働いていた時から12年来の友人。このブログのテーマでもある「記憶」について話をした。人は年を老いごとにその人の存在となるものは何か。それは「経験」と「友人」と「制作物」しかない。自分一人で生きる上で活きてくるものは「経験」。その「経験」は何を元に活かされるかと言えば、「記憶」に他ならない。「記憶」がなくなれば、「経験」もなくなる。「記憶」は自分の脳の中にしかないもの。だからその脳から消えてしまう、「忘却」してしまえば、何も残らないし、今の自分に活かすことはなくなってしまう。だから、自分の脳以外のところに「今」の瞬間思っていること、感じていることを残しておくことは、これからの自分にとっての「経験」として活かせることになる。では、それ以外で自分の存在となるものは何か。それは「友人」に他ならない。自分が「記憶」をなくして、自分が自分を分からなくなってしまっても、自分を証明してくれるから。なぜなら、それは自分の脳ではないから。人の脳の中に自分がいる。それは、自分がいることを証明してくれる。だから、一番の孤独というのは、自分のことを誰も分かってくれない、自分のことを誰も知らないということこそが、本当の「孤独」というものなのだと思う。最後は、「物」として自分を残すということ。自分の感覚を「物」として残すということは、自分がいまこの世に生きてきたことの証になるだろう。そして、それこそが人に感動を与えることで、人の脳の中に「自分」という存在の場所を見つけることができる。そして、一番最愛の人の中に自分がいることこそが、自分を証明することとしては、一番幸せなことなんだろうと思う。だから、自分の子供は、何よりも自分を証明している存在として、愛する事になるんだろう。