超絶至近距離で25年間片思いしている雅治さん(福山雅治)に会えて卒倒するかと思ったのは、つい先日、一昨日の出来事。
もうすでに会いたくてたまらない。
会いたくて震える。
本当に震えたら、ついに来るところまで来たかと言われそうだけど、震える勢いで会いたい。
25年の片思いではないけれど、近年、是非是非是非是非…お会いしてみたい!と熱望してる方がいる。閲覧数も極小、始めて間もないブログに書いたところで叶うとも思っていないけど、書くのはタダなので書かせて頂きます。
アルテイシアさんにお会いしたい!!
このよく分からない社会?世の中?の勝手極まりない余計なお世話に耳を傾けなくてよいのだ!自分の幸せは自分で決めるのだ!というご意見に心の底から共感する。うん!と一万回頷いても足らないくらい共感する。
このリンク先には、若さだけが全てじゃないということが主に書かれているけど、結婚とか子供の有無とか、やたら話題のテーマも含めて自分らしく決めていいと言ってくれる。
夫婦とはこういうものだとか、オンナとはこうあるべきだをスッパリぶった切ってくれる痛快さ、言いたいことをこんなにもハッキリ言ってくれるなんて…!と、救われたと思う。
別に私のために言ってくれたわけではないことなんて百も承知だけど、ずっともどかしかった。
日本で産まれて日本で育って、外国人に英語で話しかけられたら全速力で逃げたいという純ジャパニーズの両親の元で育ったのに、みんな一緒のジャパニーズ精神が物心ついた頃から受け入れられなかった。
幼稚園の頃、お嫁さんになりたいなんて1ミリも思わなかった。お誕生日に将来の夢で女の子はだいたいお嫁さんと書いていたことを正気か?と思っていた5歳児だった。
ちなみに、両親はとても仲が良いし、今の私から見てもこういう夫婦ならなりたいと思う。親の不仲が原因とかではなく、完全に個人の価値観として、子供の頃から自分の自由は自分で決めたいという人間だったのだ、私は。
そして、両親は、私の自分のことは自分で決めたい精神も子供の頃からずっと尊重してくれている。それはとても有り難い。
でも、大きくなって気づいたのは、声高にその価値観を叫ぶことは、日本というちっぽけな島国では非常に生きづらいという事実で、処世術として黙ってることを覚えた。
だけど、人生100年時代のいま、今までの固定観念は徹底的にこの先の10年くらいで崩されると思う。だって10年前にこんなスマホを使う未来を当たり前なんて思ってなかったはず。それがこの10年でコレですよ、この先なんて、いつドラえもんがサクッと登場するかわからない。
昨日信じてた、誰かに頼った幸せの方程式は、明日には崩れてるかもしれない。
いつまでも長いものに巻かれてても不幸になるだけだ。
言いたいことも言えないこんな世の中じゃ!
時には起こせよムーブメント。
ってみんな歌ってたよ、90年代。
そして、散々流行ったLet it go
そろそろ解放されてもいい頃だ。