いつの間にやら2016年もあと僅か。
皆さんはどんな一年だったでしょうか。
去年もこの時期に、西ウィッカの100pt達成が近づいて、領土戦が佳境を迎えていたような気がします。
他ウィッカの魔女が消滅の条件を満たしてしまうか否か、目が離せない状況ではありますが、先日のファウストのマギステリウムや使い魔の能力を駆使して、消滅回避の道を模索していただければと願っています。
さて、現在制作中のデビルコンプリートブック、ほぼ原稿は書き終えており、仕上げ&校正作業へという段階です。
予約開始は1月中旬開始、バレンタイン聖戦までには、お手元にお届けできるよう進めていきたいと思います。
表紙はaio先生描き下ろしの、美し過ぎるマリア・グァッゾ!
内容も充実のボリュームですので、お楽しみに!
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ホントはコンプリートブックに掲載したかったんですが、ページの都合上載せられなかったので、こちらに掲載します。
以前アナアリ内で公開していたインキュバスのサイドストーリーです。
〜遠くの記憶〜
この赤いハイヒールが履けなくなった時、オレは用済みになるらしい。
だから、オレは…。
◆
腐った皮膚の柔らかさに触れるたび、不快なはずなのに何も感じない。
オレの一番の仕事はこの老人を悦ばせること。
二番目の仕事は、その奥様を悦ばせることだった。
「農場」からこの屋敷に買い取られたのは、オレがまだガキだった頃。
その日にすぐ、オレの仕事は始まった。
奥様からやけに生地の薄いドレスを着るように命じられ、この赤いハイヒールを履くように命じられた。
その際、下着は身に着けないように。
素肌とドレスの生地が擦れて、妙に寒々しかったのを覚えている。
少女の格好になったオレをみて、奥様は満足そうな笑顔を口元に浮かべた。
屋敷の、暗くて長い廊下には分厚い絨毯が敷かれていて、その上を歩くと雪を踏むような、サクサクとした乾いた音が響く。
小さな赤いハイヒールは、歩くたびに痛かった。
やがて、真っ黒い両開きのドアの前で奥様は足を止めた。
オレも、その後ろで立ち止まる。
「ここがご主人様のお部屋。ここでお前は、二つ、しなければならないことがある」
そう言って奥様は、オレの耳元で、言い含めるように続けた。
「ひとつ。ご主人様の命令に逆らわないこと。もうひとつは、何をされても絶対に声を出さないこと」
オレは黙って首を縦に振る。
奥様の、潤んだ瞳がさらに濡れていくのを見つめながら。
扉の向こうにいたのは、ひとりの年老いた男と壁に架けられた何十枚もの少女の肖像画だった。
◆
腐りかけた皮膚が、オレの腹を撫でていく。
ゆっくりと、オレのいろんな感情を舐めとるように。
目を閉じてはならない。
老人の命令だ。
オレは、嬉しそうな老人の顔を見続ける。
けれどオレの目に映っていたのは、もっと別のものだっただろう。
夜は更ける。
ベトベトとした、鼻を吐く匂いを放つ唾液が、オレの首筋を濡らしていく。
オレは犬のような格好をしている。
老人の息と重みとが、肩を潰す。
首筋は背中へ。
背骨に沿うように、ゆっくりと下っていく。
夜は更けていく。
オレは何も感じない。
ただ、老人を悦ばせる反応をしてみせるだけだ。
オレの足は、もう赤いハイヒールを脱ぐことはできなくなった。
あまりにも長い間履きすぎて、すっかりそのかたちになってしまったのだろう。
まだ、朝はこない。
黒かったオレの髪は、いつの間にか真っ白になっていた。
◆
奥様が優しくなったのは、オレがこの屋敷に来て5年ほど経った頃。
だんだんと、老人の部屋よりも、奥様の寝室に呼ばれることのほうが多くなった。
オレの下で熱っぽく瞳を潤ませる奥様は、美しいけれど醜かった。
オレはあの老人のことを考えていた。
オレのことをいたぶりながら、結局のところどうしようもない惨めさに絡めとられて、そこから一歩も動けなくなったあの哀れな老人のことを。
実際のところ、オレは楽しんでいたのだろう。
オレという存在に溺れ、オレという快楽に沈み、オレという檻に捕らわれたあの醜い生き物の足掻く様を。
こいつらはオレを所有しているつもりなのだ。
なんという思い上がりだろう。
快楽を支配しているのは、このオレなのに。
奥様の声が、か細くオレを求めている。
オレは無言で、それに応える。
この女が悦んでいるのが分かる。
奥様、というのは蔑称だ。
この女がオレを求めれば求めるほど、オレはこの女を軽蔑していく。
思えばこのとき、オレはもう人間ではなかったのかもしれない。
◆
老人はもう、長くないようだった。
黒く小さく乾ききって、全身から死臭が匂い立つようだった。
もうこちらが見えているのか分からない、落ち窪んだ黒い穴ぼこの奥の小さな瞳で、オレの姿を見ようとしている。
薄い生地のドレス。
赤いハイヒール。
それが合図なのか、ただの震えなのか分からないほどの仕草で、老人はオレを顎で示す。
オレはゆっくりとスカートをたくし上げ、何も身に付けていないドレスの中を見せてやる。
老人は長い時間をかけて手を伸ばし、それに触れようとした。
しかし、その手は中空で止まり、そのまま床に力なく落ちていった。
その時の微かな空気の動きを、オレは露わになった肌で感じていたはずだ。
それは老人の、最後の愛撫だった。
オレは老人に唾を吐き、着ていたドレスを脱ぎ捨てた。
だが、赤いハイヒールは脱げなかった。
◆
結局のところーー、こいつらにとって、オレは都合が良かったのだろう。
オレの腹の下で、ケヒュッ、ケヒュッと酸欠のカエルみたいな音を出している奥様の眉間に、深く皺が刻まれていくのを眺めながら、たぶんオレは少しだけ笑った。
男妾にするなら、身寄りのない、死んでも誰も困らない少年だ。
言葉が喋れないのなら、尚のこと良い。
ねぇ奥様。
気持ち良いですか?
オレはね、全然ですよ。
何にも感じない。
オレをこんなふうにしたのは、あんたたちですよ。
だからね、オレは、誰かに終わらない快楽を与えることにしたんだよ。
もう嫌だと叫んでも、止めてくれと懇願されても、絶対に止めない。
でもね、死なないように、手加減はするよ。
ねぇ奥様。
首を絞められて、串刺しにされるのはどんな気分?
もっと悦んでよ。
ほら、そんなに暴れないでさ。
叩いても無駄だよ。
オレの腹、すごく堅いだろう?
毎晩鍛えてたんだ。
こんな日の為に。
少し熱くなってきたね。
聞こえるかい? 奥様。
この部屋に来る前に、屋敷に火をつけておいたからね。
良かったね。
誰にも、ここで何があったかは分からなくなるよ。
聞こえるかい?
扉、燃えてるよ。
もうすぐここは、火の海だね。
ねぇ奥様。
なんでオレのこと、売ろうとしたの?
ねぇ、奥様…。
ぐったりとした奥様は白目を剥いて、口からはだらしなく舌を出していた。
それでようやく、オレは本当の快楽を知ることができた。
もう動かないはずの奥様の口が、何事か呟いたような気がしたが、オレにとってはもう、それはどうでも良いことだった。
(了)

