Run away
坂木 創(さかき そう)
これが俺の名だ。
とある高校に通う、ただの高校生。
突然だが、あなたには夢があるだろうか。
あるならば、それに向かって進めているだろうか。
話は変わるが、俺は中学時代、陸上競技で活躍した。
種目は短距離。
100m、200mを主に練習していた。
そして、中学時代は100mに出場し、県大会では2位をいただいた。
全国大会の出場標準記録は切ったが、その後、不慮の事故で出場を逃した。
その事故は俺の走力だけでなく、夢をも砕いた。
そして、俺は車椅子に座ることを余儀なくされた。
その日から、完治した今も、スパイクは履いていない。
冬の冷え込む時期。
いつも通り登校すると、運動部がクソ寒い中走り回っていた。彼らを横目に校舎へ向かうと、後ろから聞き慣れた声。
「なぁ、見学だけでもどうだ?」
創 「帰ってください」
「明日も練習あるから、是非来てくれよな!」
俺はシカトをかまして立ち去る。
彼は、この高校の陸上部のキャプテンらしい。
詳しくは知らないが、ほぼ毎日俺にああやって声をかけてくる。
俺の過去を知ってか知らずか、よくわからないが、体力テストのときに、少し有名になった日、あの日からだ。
彼の呼びかけが始まったのは。
ほんと、3年だからもう引退だっつのに、熱心なこった。
面倒な授業を終え、帰り支度をしていると、運動部はサクサクと準備を済ませ、教室を後にした。
のんびり校舎を出ると、なぜか人だかりがあった。
高跳びのピットがあるあたりだ。
少し近くまで行ってみると、なんと2m20cmに設定されていた。
まぁ、こんな馬鹿げた高さに挑戦する野郎がいるなら、面白いもの見たさで野次馬くらい集まるわな。
背を向けた、まさにその時。
歓声があがった
振り向くと、マットの上で誇らしげにガッツポーズをする男の姿。
嘘だろ…
この冬の寒い中で、あんな高さ跳んだってのかよ
よく見るとその男は、毎日俺に声をかけるあの男だ。
大橋 大弥。
思い出した、大橋は中学時代に高跳びで全国制覇した男だ。
その時のインタビューでいったことが印象に残っている。
でも、なぜそんなスーパーホープがこんな高校にいるのだろうか。
驚愕の中、家へ帰る。
家に帰り、彼について少し調べてみた。
大橋 大弥(おおはし だいや)
陸上競技の走り高跳びで注目を集める高校生。
記録:中学時代 ベスト 1m95
高校 ベスト 2m20
概要:中学時代に陸上を始め、高い身長を活かし、3年で念願の全国出場、制覇を果たした。
高校へ進学したのちも競技を続けているが、大会参加率はかなり低く、現在は遠くに目標を見据えた動きだとおもわれる。
まさか本当に奴だったか。
自分の部屋に置き去りのスパイクに目をやる。
翌日、大橋への興味も失せぬまま登校した。
いつものように声をかけてくると思っていた。
だが、その日は違った。
逆に気になった俺は……まんまと罠に引っかかったのだった。
少しだけ、と足を運ぶと
陸上部の活動場所を覗いた瞬間に、後ろから大橋にヘッドロックをかけられた。
大弥「よーし、捕まえた」
創 「なんのつもりですか」
大弥「なんのつもりも何もないだろう」
創 「…は?」
大弥「練習に来たんだろう?」
創 「あ…え?」
そのまま子供のように抱え上げられた俺は、なす術なく…ただ大男に運ばれるだけだった。
大弥「ハゲコーチ、やっと連れて来たぜ」
「おう、作戦は成功したか」
大弥「もちろん」
…ん?…よくわからないが、ハゲたおじさんに向かって、今コーチ(ハゲコーチ)と呼んだ… 状況が理解できない。
創 「…こ、この人誰ですか?」
大弥「あぁ、陸上部のコーチのハゲや…」
「ハゲ山じゃない! 陰山だ!」
冬風が吹いた。
とても洗練されたボケとツッコミだったような気がした。
陰山「それより、そやつは今でも動けるんじゃろうな?」
創 「…え?」
大弥「じゃなけりゃ、連れてこねぇよ」
陰山「うむ、まぁ、お前が言うなら大丈夫なんだろうが」
創 「は?え?なんのお話をしてらっしゃるんですか?」
陰山「何って、お前の話じゃろうが小童」
創 「え?」
陰山「まさか、大橋から聞いとらんのか?!」
創 「悪いですが、なんの話かサッパリ」
大橋「あぁ、面倒くせえから強制連行してきた」
耳クソをほじりながら答える。
陰山「ふざけるなぁ!! あれほど個人の意見を尊重しろと言っただろうがぁぁ!」
背中から取り出したストップウォッチの紐の先の硬いところを叩きつける。
なんて地味な攻撃だ。
顔色一つ変えずに耳クソをほじる大橋。
とりあえず、話は見えてきた…気がする。 多分。
どうやら、俺は一年生の真田とかいう子に変わってリレーに入れられるらしい。
陰山さんとやらのお陰で、今日のところは、返してもらえた。
正直、また陸上を始めるつもりはない。
はぁ、今更ながら、なんて高校に来たんだろうか。
教室へ行くと、陸上部の一部のクラスメイトが俺の噂をしているのが聞こえた。
その内容を聞いて一番驚いたのは、おそらく俺本人だろう。
俺がこの高校のリレーメンバーに入るというのだ。
彼等に詳細を聞こうとすると、まさかの言葉をあびせられた。
「聞いてたのかよ」
「才能あるやつは、スカウトされてすぐリレーか、ほんとに羨ましい限りだよ」
「お前の代りで抜けた真田を思うと、胸が痛いよな」
怒りが込み上げた。
こんなに腹が立ったのは久々だ、
大橋の野郎、広めやがったか。
その日の帰り。
大橋をとっ捕まえて事情を聞き
出した。
大弥「あ?、だって入ったらお前のリレー入りは確実だしよ、別に先に言おうが、言わまいが変わりないだろ」
創 「入ってないでしょうが!」
大弥「細かいこと気にすんなや」
創 「あんたなぁ…」
大弥「なんだよ、そんな怖い顔して」
創 「俺みたいな部員でもない奴が、急にリレーに入ったらどうなるか、あんたほどの人間ならわかるだろ?」
目の前の大男は、黙って俺を見ている。
しばらくしてから口を開いた。
大弥「お前はどうなると思ってるんだ」
創 「どうなるって、あんた本当に何…」
大弥「わかってないのは、お前の方みたいだな」
意味がわからない。
本当に腹が立つ。
大橋は続けた。
大弥「わかってないってよりは、成ってないな」
創 「意味がわからないんですが」
大弥「なら、頭冷やせ」
創 「はっ、な!?」
なぜか大橋のウィンドブレーカーから水鉄砲が現れ、躊躇いなく俺の顔を撃ち抜いた。
創 「冷た…」
大弥「くねーよな?」
創 「冷た」
大弥「くねぇよなぁ!?」
創 「…はぁ、もういいです」
大弥「・・・・」
背を向けてその場をあとにしようと思ったが、大橋が俺の背中を睨んでいるような気がしたので、一瞬固まってしまった。
なんというか、威圧感。
そうだ、あいつのような、強者が放つ威圧感。
だが、気にせずその場から消えた。
とにかく、無茶苦茶なやつだ。
大橋の後ろから近寄ってくるメガネの男がいた。
「いいのか?今日は練習に呼びたかったんだろ?」
大弥「いいんだ、お前は練習に戻れ」
「はいよ、キャプテン」
翌日。
また、あの大男は声をかけてこなかった。
まぁ、このごろ奴とはいろいろあったからな。
下駄箱まで行くと、以外に大橋は腕組みして俺を待っていた。
創 「なんですか」
大弥「頭は冷えたか?」
創 「頭っていうより、顔が」
大弥「ま、リレーに入るのが決まっても、気分が変わらないような渇いた心には、いい水分補給だったんじゃないか」
創 「昨日の水鉄砲から、その言動、ケンカ売ってるとしか思えないんですが」
大弥「先にケンカ売ったのは、お前の方さ」
創 「よくわからないんですけど、ケンカなら買いましょうか?」
大弥「だから、売ったのは、お前だっつうの」
創 「いい加減にしろ!」
思わず殴りかかったが、渾身の右ストレートはスウェーでかわされ、カウンターが俺のみぞおちを射抜いた。
創 「がっ…っ」
大弥「お前が俺にケンカ売ってるっての、なんの事か教えてやろうか」
まだ息ができなかったので頷いた。
大弥「真田が、お前が入るために抜けたにも関わらず、そのお前が、そんな態度だからだ」
創 「は、入るとか、ひ、一言も言ってないんですが」
昨日帰り際に感じた、あの威圧感を感じた。
大弥「それがダメだっつってんだ」
今度は脳天にげんこつが落ちて来た。
創 「ってぇ、つまり俺がリレーに参加しないのが気に入らないんですか?」
大弥「んー」
創 「そうなんですか?答えてくださいよ」
大弥「さっきお前が俺に向かって言った言葉をそのままお前に返してやるよ」
創 「なんです」
大弥「あんたくらいの人間ならわかるだろ」
創 「……」
大弥「以前からスカウトされてんのに、やってやろうって気にならねぇんなら、お前はもう、一生陸上とは関われない」
創 「…そ、その手には乗らないからな そう言って挑発して入れてやろうって気だろ、だ、騙されないからな」
大弥「ふん 勝手にしろ もう俺もハゲ山もお前を必要としねぇよ」
「一生陸上とは関われない」
そう言われたとき、俺はなぜかショックを受けた。
薄々気づいていたんだ。
陸上から離れられないことくらい。
だけど───
忘れられるわけもない。
翌日、やはり大橋は来なかった。
代わりにメガネの男が立っていた。
秀平「やぁ、俺は陸上部の副キャプテンの早水 秀平(はやみ しゅうへい)」
創 「キャプテンのお次は副キャプテンですか、忙しいですね」
秀平「あ、いや、勘違いしないでくれ スカウトではない」
創 「ってか、僕に用ですか?」
秀平「あぁ、まぁな」
今度は何なんだ。
秀平「大弥から大体の話は聞いている、単刀直入に言わせてもらうとだな」
急に雰囲気が冷たくなった。
その細身の男は、手馴れた手つきでクイっとメガネをあげ、こう言った。
秀平「お前、好きなことから逃げるなよ」
体が動かなくなるような衝撃が胸を貫いた。
もう、なにもかもわけがわからない。
創 「うるせぇ!!」
秀平「ビックリした」
創 「やらないって言ってんだろ!!」
秀平「じゃあ、なんで自主練なんてしてんだよ」
彼はため息混じりに言った。
創「何で知って…」
秀平「何でもなにも、お前が走ってる道は、俺のロードワークのコースとカブってるだからな」
笑いながら口にしたその事実には驚いた。
秀平「よく見かけるから、大弥に言ったら」
創 「ふん、別に陸上のために走ってるわけじゃないんです」
秀平「まぁ、さっきも言ったとおり、スカウトや勧誘で来たわけではないから」
創 「…。」
なんなんだろうか。
彼らの心理的作戦にハマっているのか。
…そのほうが、まだマシだ。
なぜいまさら。
校舎のざわめきとは対象的に、戸惑い…というよりは、ためらいに近い感情が、胸をざわついていた。
翌日
俺は何を思ったか、スパイクを持って、朝練に顔を出した。
秀平「お、、」
大弥「来たか…」
キャプテン、副キャプテンと目を合わせ、大声で叫んだ。
創 「お願いします!」
大弥「ふっ、よし、ついてこい!」
俺の新たな陸上人生が始まった。