夏になると思い出すのが夜のお散歩。

父がよく夜になると、酔い覚ましのためなのかよく私たちを連れて夜の散歩に出掛けていました。
もちろん、夏ならではのものです。

夏の夜は星が綺麗で、まだ私が幼い頃は蛍もたくさんいたんですよ。
特に家のまわりにはたんぼが多くて、ちょっと大きくなった稲穂にたくさんの蛍が群がっていて
綺麗でした。

町内の公園の脇に川があったんですが、そこがホントすごくて。。。
蛍w

電飾のようにたくさん群がってて綺麗なんです。
蛍の光が点滅しててホント電飾みたい。

今では蛍もめっきり見なくなってしまい、寂しい限りです。
それだけ、水が汚くなったのかな。。。
あと、川のそこがセメント。。。これも蛍の幼虫が育ちませんよね。。。泣

昔普通にあったものがなくなるってことがなんか、寂しい。。。今日このごろw
小学生の頃、私の記録に焼き付いて離れない先生が二人います。
その一人がK先生。
男性教諭です。

一番覚えているのが『離任式』
この先生のお別れの言葉は、すごく切なかった。
別れが悲しくて、涙目になっていたのは学年でも私一人だったかも知れません。
友人から「何で涙目になってるの?」とからかわれた気もします。

『みなさんの中には、僕に叱られたり・殴られたりという思い出しかない人もいるかと思います。申し訳ありませんでした。』

K先生の最後の言葉はこの言葉のみ。深々と頭を下げて、この言葉だけで壇上を降りて行った先生。

泣きそうになっていたのか、やっと出て来た言葉がそれだったんです。最後なのに、この言葉ってなに?って思いました。
実際、厳しい先生で今では体罰だと言われるような怒り方もしていました。でも、他にもいろいろな思い出があって、自分自身の中には楽しかった思い出ばかりが頭をよぎったんです。
しかし、現実では父兄や上司、生徒からいろいろな苦情が上がっていたようです。このことは数年後、母から聞かされました。この離任も本来ならば早すぎるもので、苦情を解決する術として、いわば辞めさせられたのです。

私の母校の小学校は当時、新校舎と旧校舎があって1・2・6年が新校舎、3・4・5年が旧校舎で教室が別れていました。
K先生が離任されたのが5年生の終わり。
離任式が終わると6年生になる私たちの学年は、自分の道具を持って新校舎へ移動を行います。
K先生が私の担任だったのは3・4年生の時、5年生の時は副担任で2組の担任でした。
親校舎に移動の時、階段を上りながらK先生に

『6年生か~、大きくなったな~w 親校舎には新しい暖房があるぞ~。おんぼろストーブの修理しなくていいね?』

っていいながら、頭を2回ポンッポンッってされました。
おんぼろストーブの修理はまた別の機会に記事にしたいと思いますが、それもK先生とのいい思い出です。

頭をポンッポンッされた時、もっと一緒にいたいな~って思いました。
好きだった先生の一人だったので、別れが悲しくて。。。
いつになく悲しそうな顔をしていた先生を見て、涙ぐんだものです。

でも、友人たちは違いました。
先生のいる前では言ってなかったけど、実際反感を抱いている友人の方が多くて、
いなくなってよかった~とか言ってる子もいました。
嫌いだとか言う子も。
反面、私はすんごく好きでしたけども。。。

怒る時はホント、恐くて。。。
でも弱点があって、突いたりするとくすぐったがったり。
料理クラブで作ったお菓子を食べきれなくて持って帰ってくると、ものすごい勢いで追っかけて来たり、ホント必死に追っかけてきます。

「俺にも喰わせろ~!走る人
って。。。笑

私は体育館、必死に逃げ回りました。楽しくて。。。w

夏の家庭訪問の時は、道が分からんからと冷房の壊れた車に乗っけられて(これも思い出、あとで記事にしますw)、弟も含めて3人で家にたどり着いた時は死にそうになっていたりw
思い出せばいい思い出もいっぱいありました。

今、思えば『初恋』に近かったのかもと思います。

別れが印象に残っている性でしょうかね。
K先生との思い出。
テーマとして綴って行きたいと思います。