昨日の記事、

 

なんとなく書いてしまったけど

 

ここ最近、ふと思い出す幼少期の記憶と

 

自分の読解力と

 

いまなら 解るその意味でのせめぎあいとゆーか、、、

 

なんでしょ

 

 

悶々と考えてたりします。

 

 

 

昨年末から、母が入院してて(怪我で)

 

顔をのぞかせた時に 「今になって思い出すんよね~7」って

なにげなく話した母の記憶の断片から

 

私の幼少期の記憶にフラッシュバックした感じ

 

 

私、しっかりしてるようで、(そう見られる)

世情に疎いんだなってのは

自分でも認識あって(たどり着くまで色々ありましたw)

 

 

とくに幼い頃は 人の言葉を鵜呑みにしてたかも

 

 

いまだに、父が言うんだけど

「幼稚園の参観で 体操終わって みんな着替えて出てきたのに

うちの子(私ねw)おらんなぁ~???って思ったら、

一人、教室でまだ着替えた」・・・らしい。

 

しかも、焦るでもなくw

 

 

いやー、そこは記憶にないわw

 

 

私自身、どちらかといえば人の動きを見て

自分の行動を決める節があったんで・・・

(多分、そう悟るまでの姿なんやろねw)

 

 

 

 

なので、昨日の記事での

うちはビンボーだと思ってきたっての

 

ちょっと語弊があるかも。

 

 

ごくごく普通の家庭で育ってきましたw

 

 

「うち、お金ないんだ・・・」

ってのは、

 

「お金ないけ買えんよ!!」

って言葉を鵜呑みにした私の率直な受け止めによるものかとw

 

 

 

ダメだって言われたもの

すべて、不必要だったり 中途半端な考えだったものだった気がする

 

やりたい!!(習い事とか)って言ったこと

それなりにやらせてもらえてた。

 

 

エレクトーン・・・技術は培えなかったけど

音感が身についたのかも

 

公文・・・宿題やっていかないこと多かったけど

基礎的なことが身についたかも

 

習字・・・これだけは

いまだにやりたい分野でもあって

自信をもらったのもこのおかげかも

 

 

他にも、町内の子供会絡みの

「キックベースボール」とかね

 

姉と私が主力メンバーの時代は

父が監督だったし

 

子供会の会長もしてた記憶がある・・・

 

 

それが、すべて 私たち(子供)の為だったんだろうなと思ったら

お金より

手間暇 愛情 かけられて育ったって感じだなぁ。

 

 

 

 

 

記憶の断片・・・

今度、母の記憶と擦り合わせてみたいと思った。