アオイノオト vol.5
□■大学卒業■□
前、卒業してから、大学にいってさみしかったときの詩
書くってなんかの日記に書いた気がするので。。
その前に当時の状況を説明します(●)´`・)
大学を卒業した春。
学校の門を通って
キャンパスまでの坂をのぼると
毎年見慣れた桜が満開だった。
風に吹かれてひらひらと舞い散る桜の花びらは
光が反射してきらきらとてもまぶしかった。
アオイは、研究生として大学に残る手続きをするために大学にいった。
新入生が入ってなんだかざわざわした構内。
そのときのアオイにはとても似つかわしくない場所のような気がして
急ぎ足で研究室に向かった。
先生とこれからのことについて相談があったから個研にはやく行きたかった。
アオイの唯一のやすらげる居場所に助けを求めた。
教授はその年はカウンセリングルームの室長をするってことで
講義はもたないことになるって言って、どうしようか。。
と、いろいろ相談しました。
アオイは4月に入ってから小学校の学童保育で毎日バイトをしていました。
月~金は授業がおわる2時くらいからはじまるので
午前中の講義には出れるのです。
アオイは大学のとき、めっちゃ実習してました。
○育児支援グループ
(ゼミの教授がやってたやつで、院生さんが運営していました。
就学前の幼児のお母さんたちの語り合いの場をつくるのが目的なので、
母子分離をして、学部生は主にお母さんたちがディスカッションしてるあいだに子どもたちの相手をする感じです)
○幼児グル―プ
(心理学科の発達心理学の教授がやってたやつ。
プレイルームで、お母さんたちは先生と丸くなって話してる。
そのあいだ、子どもの相手をする。他の大学の院生さんも参加したりしてて、
一応学校からバイト代がでてました。
上の育児支援とちがうのは、部屋を別々にしたりと母子分離をしないことかな)
○メンタルフレンド
(東京都の児童相談所の活動。主に不登校とか学校不適応の子と、
友だち以上先生未満みたいな、おねえさんって感じの立場で
なかなか親や学校の先生、友だちに言えないことを言える相手みたいになるのが目的の活動でした。
アオイは不登校の中学生2人と活動したり、イベントでキャンプに行ったりしました。)
○小学校の教育ボランティア
(これがいちばん楽しかったし、じぶんに響いた。響きすぎてヤバいことになった。
特別支援教室の発達障害児の相手や、通常学級だけど、教室で座って授業受けれない子を個別に相手しました。
キレる子や学習障害、ADHD、アスぺでも、特別学級に入れるかふつうのクラスに入れるかは親の一存なので。
先生たちだけでは授業の進行だけでせいいっぱいで相手にできないのです。
学級崩壊が多い学校でした。)
○中学校の相談員
(これは市から委託されたちゃんとした相談員で、バイト代がでました。
学校の中にある相談室で、不登校だけどたまに学校に来れるんだけど、教室には行けない感じの
相談室登校の生徒を先生たちのかわりに相手する。)
いわゆるモンペと呼ばれるご両親がいたり、教育現場の現状がものすごくわかりました。
アオイはスクールカウンセラー志望だったのですが、実習をとおしてより学校臨床をやりたいって思いました。
臨床心理士といっても教育現場だけでなく、福祉や医療、企業カウンセラー、などいろいろ仕事があるのですが、
アオイがやりたいのは、やっぱり学校とかの教育現場で、より子どもに近い立場で働くカウンセラーになる!
って思いました。
でも。。。
だんだん夢に近づくにつれて、じぶんは自傷とか摂食とかあるし、そんな資格あるのか?!
って悩むようになりました。
結局、ある日、事例検討会のときにあることがきっかけで、フラバを起こして、
それからアオイは心が決壊してしまいました。
学部生のときからやってた実習は、学童しながらでも続けられるのがあったので、
小学校のボラと幼児グループはやっていました。
子どもと関わってる間はほんとにアオイにとって勉強にもなるけど、救いの時間でした。
話は戻って、個研で教授と相談して、はっきりどうなるか話が決まらないまま
院生の授業がはじまる時間になってしまいました。
いま思うと、そりゃ、M1(修士1年)最初の講義だから早く行かなきゃだよね
って余裕もって考えられるけど、
そのときは、そそくさと個研をあとにする先生の後姿がさみしかった。
新M1のみんなと会って、「ひさしぶりー」って話せてうれしかったけど、
「じゃあ授業だから行かなきゃ」ってそそくさと行ってしまう後姿がさみしかった。
アオイは、
あんなに安全で、安心していられるゼミってゆうアオイの心の居場所が塗り替えられていくのがこわくてさみしくてどうしようもなくなった。。
そのときは、元カレMも就活がラストスパートで忙しくて、ほんとに不安定だった。
それから、研究生の手続きとかいろいろ学務課に用事があって大学にいくことになるけど、
さみしかった。
もうアオイの居場所はどこにも感じられなかったから。
みんなに会いたかった。
あのときに戻りたかった。
学童の仕事以外のときは、朝、1日分の薬をODしてでかけてた。
家帰ってから、薬局で買ってきた薬でODしてた。
でも処方されたくすりとはちがうからダルくなるだけで寝逃げすることもできなくて、
とってもつらかった記憶がある。
リスカとODの毎日。
そりゃ、そばにいたら誰だって、やってられなくなるよね。。
あのとき冷静でいられなかったじぶんがかなしい。。