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壁打ち

昔よく、樟太郎くんの二十代最後のお芝居を観られる日が楽しみと手紙に書いていて、そういう話をしていた頃の私は全通とかそれに近い通い方をしていた狂人(くるいんちゅ)だったため、二十代最後の日も三十代最初の日も当然自分は劇場にいるだろうし、そこには10枚以上の重たい手紙を認めていき、ハイブランドのプレゼント贈るに違いないと当時は思っていた。

……が、いざその日を迎えてみたらまずチケ発をしくじってチケットがない。どうにか入手しようとある程度藻掻いたもののもちょっと自分のなかの許容範囲を超えており、諦めた。そもそも仕事が超絶忙しいタイミングでもある。そして三十代はじめの日と、その翌日の千秋楽は仕事が絶対に休めない日程だったのでスケジュールが出た時点で行くのを諦めた。(弊社は9月決算です)

狂人だった頃の私からはとても考えられない未来になっているだろうが、別に降りたとか冷めたとかほかに推しがいるとかじゃなく(ニンゲンじゃない推しはいるけど別にスケジュール被ってはいないので)、樟太郎くんの人生イコール私の人生ではない、という超絶当たり前のことをここにきてやっと、線引きできているからなんだろうと思う。

狂人時代ならそもそもチケ発をしくじっていないだろうし、休めない日程ならじゃあ仕事を辞めたらいい、という社会不適合者だったので、いまはだいぶ人間社会にギリギリ馴染めている人類に成長できたのだと思う。

 

まあチケットが売れることは良いことだし、クリエという席数の少ない劇場で、誕生日前夜、もしくは翌日に絶対に推しの芝居を観たい!!と強い願いを持っているファンが観られて当然だと思っている。すっかり現場数が減った今も現場至上主義者である感覚は一切変わっていないので、頑張っている人が頑張っただけ推しと会えて当然だとは思う。し、同時に自分以外の人間に対しては歴や現場数や座席の近さで応援している人への思いを可視化できるとも思っていない。人には人の乳酸菌なので、それぞれの距離感や金銭感覚でオタクをして当然である。

 

ただ自分自身に対しては過去の自分と相対的な関係を築くため(©セトウツミ)、どちゃくそに頑張っていた頃に比べたら今は本当にゆる~~~~い口だけ達者でただ歴だけひっついている老害に近いと思っている。私の認知が歪んでいたら絶対に教えてください。

何の話やねん。私の人生観(=オタク感覚)がここ数年で変わったのは樟太郎くんが役者人生をしっかり邁進しているからです。着実に、堅実に、劇場の大きさとかじゃなくて彼がやりたいと思っていること、挑戦したいと思っていること、商業の息がかかっているんだろうなと思うことや大人の事情が垣間見えるものも含めて、「有澤樟太郎」という役者がこの先も活動し続けるべく、軌跡で示してくれている。昨年の移籍も特に大きな出来事だったし、過去の私が望んでいた未来の一部に少し差し掛かっている感覚はある。

私自身に何かが起こり、頻繁に劇場に行けなくなったとしても、生涯芝居を続けてくれていたらきっとあなたのお芝居を観る機会はどこかにある。映像に進出してくれていたら、テレビや映画であなたに会える。そういう世界になっていたらいいな、と、誕生日とかデビュー日のたびに伝えていた夢が、ちょっとずつ叶ってきている。一応いまも五体満足な状態ではあるから、まだしばらくの間は劇場にも行けると思うけど。

 

こちら側の問題より、純粋に樟太郎くんがこのままどんどん人気作に出るようになったら、今後映像で大ヒットしたら、チケットを取ることが困難になったり、好きなタイミング好きな数だけ観られるチャンスがなかなかなくなるという展開も待っているかもしれない。ただそういうのもきっと、息の長い役者で居続けてくれるなら、その長い役者人生のなかの「ある期間」といつかは振り返れるんじゃないかなあ、なんて思っている。

10年前の誕生日はまだファンになる前の名前しか知らないときで、ハイステの稽古場で祝われているのをほかのキャストさんのSNSで見かけて、今日お誕生日なんだ、おめでとうと思った。その1年後にはアイアの客席で誕生日を迎える樟太郎くんを見届けていた。なんやかんやで毎年誕生日をお祝い出来ているってすごいことだ。

 

有澤樟太郎さんへ

人生の、大切な大切な二十代というかけがえのない取り返しのつかない時間を、すべて役者に捧げてくれてありがとうございました。

樟太郎くんの人生を消費している自負は重々あり、ときどき申し訳なさや消えたくなるときもあるけれど、でも樟太郎くんのお芝居と出会う前の自分にはもう戻れないので、三十代の樟太郎くんのことも観続けていきたいです。

10年間をありがとうございました。そして明日からも、よろしくお願いします。

その日オタクは思い出した

アイアで覚えた感情を

生きた人間が目の前で与えてくれる高揚感を

 

というわけで生の公演はすでに星を渡ってしまった進撃の巨人-The Musical-(以下進撃ミュ)に思いを馳せるブログを書こうと思います。

私は普段有澤樟太郎さんという俳優さんを応援しており、彼を知ったきっかけも2.5次元作品でした(ハイパープロジェクション演劇ハイキュー!!という作品です)。

その辺にいる漫画やアニメも適度に嗜むワカハイオタクです。フットワークは軽い方です。

 

今回進撃ミュに足を運んだきっかけは、そもそも2017年の初演を観に行く予定でした。チケットも取っていました。コミックスも読んでいましたし、当時アルミン役だった阪本奨悟くんの舞台復帰作であったのがわりと大きな理由だった記憶です。

今回はそこに加えて原作を最終話まで読了していたこと。と言ってもいわゆる「自ジャンル」ではなく途中までは追っていたけれど頓挫し、コミックスの一挙無料配信があった際に再び最新まで追いつき、せっかくなのでと最終話まで読み終わった、くらいの超絶ライトな読者層です。推しキャラはリヴァイ兵長です。

そしてキャストに岡宮来夢さんと松田凌さんが居たこと。微々たる応援しかできていませんが、お二人とも以前から好きな俳優さんです。「くるちゃん主演やし凌くんのリヴァイもうリヴァイだし(ない日本語)、進撃観に行こうかな~」と言っていたところ、同じく来夢くんが好きな友人がじゃあ連番しようよと誘ってくれて、1/7の大阪初日マチネを二人で観に行くことになりました。でも本当に軽い気持ちで申し込んでいたので、互いに別の予定ができたら潔く進撃は諦めるか~などと話していました。

別の予定できなくて本当に良かった、運命の分岐点。

 

というわけでやってきました運命の1/7。お日柄も良…くはなかった、微妙に雨降ってた。

オリ劇ペダステぶりだわ~などとフワフワした会話をしながら劇場に到着し、とりあえず推しのブロマ買お~とエレンとリヴァイを1セットずつ購入、いざ着席。無欲センサーが働いたのか、1階3列のほぼセンター。ここでまず気づき。ミュージカル作品だと比較的開場中も作品にまつわる音楽が流れていることが多いのですが、進撃ミュは「環境音」でした。風の音や鳥のさえずり、進撃の巨人の世界観に沿った静かで落ち着いた音…なんですが遠くで響く「足音」。いきなり不穏。

10分おきに流れるお姉さんの会場アナウンス。注意事項を淡々と説明し、それでは開演まで今しばらくお待ちください…で〆るあの当たり前のアナウンス。開演直前、5分前アナウンスの最後が轟音の足音で搔き消された瞬間、会場中がひりつきました。お、お姉さん…!あ、これはいわゆる始まる前から世界観をつくっていくタイプの舞台だ、と直感しましたし、一瞬でこれから始まるミュージカルへの期待感と同時に、恐怖心が芽生えたんじゃないでしょうか。私もそうです。緊張。

 

 いざ開幕。終演後にMARISAさんがブログに綴られていた、「気持ち悪い動きオーディション」を勝ち抜いたとにかく気持ち悪い動きの巨人たちの登場。何度観てもシンプルに気持ち悪かったです。からのコンテンポラリーダンス。一糸乱れぬ動きに感動。ああなるほど、こういうニュアンスで進んでいくのかな…なんて思ったのも束の間、背後にプロジェクションマッピングが映し出された、と思って顔を上げたらそこに兵長。え、兵長?飛んでるけど?

演劇的手法で戦闘を表現していくのかと思ったコンマ1秒先でそれを思い切り覆す、いや覆すもなにも目の前に立体起動で空飛んでるひとがいたら思考が停止するんですよ。この間たったの1分ちょっと(配信で確認)。進撃ミュ、最初の数分で「このミュージカルはこういう感じで突き進んでいくのでついて来いよ」と脳に直接叩き込んできました。いきなりアクセルベタ踏みです。

この先のシーン全部こんな感じで感想綴りたいところなんですけど、私のポンコツ語彙なんかより実際に映像見てもらう方が早いので、ギリギリも良いところですが明日までのディレイ配信をご購入いただくか、今後きっと熱い要望にお応えして再配信があるだろうアーカイブを見てください、もしくは円盤買ってください、よろしくお願いいたします。

 

初日終演後、座席で呆然としながらも隣の友人と「すごい、すごい」しか言えなくなりました。「これは、2.5次元の突破口」「これが評価されなかったら2.5次元というジャンルはおしまいだ」とまで口走った記憶があります。

 ここから先はミュのネタバレだけでなく原作のネタバレも多少挟んでいくので、いずれかのネタバレを踏みたくない方はブラウザを落としてください。

 

 

 進撃ミュの素晴らしいところは何より、原作愛です。ライト層の私ですらそれが分かるのだから、進撃の巨人という作品をずっと愛してきて、完結後もずっと大好きで今も忘れられないでいるファンの方にとって、こんなに良い形で舞台化されることはないだろうと思いました。

 役者さんたちの役作りの完成度は一目瞭然だったと思います。あの世界で彼らがどう生きるのか、どんな表情でどんな所作で、同期に向けてどんな態度を取るのか…。お芝居はもちろん、「ダンス」という誰も見たことがないはずの動きすらも、そのキャラクターらしさを散りばめていて、目が離せない。

私は個人的に舞台化にあたって「声」を特化することに重きを置いていなくて、というのも声優さんご本人が演じない限り、全く同じ声を表現することは実際不可能だからです。似せることは出来ると思いますが、声真似をしたらそのキャラクターになれるかと言ったらそうではありません。でも声質が違っていてもとことん追求して、研究することで、その人物により近づけるんじゃないかと思っています。それが「俳優」という職業ですし、人にあらずと書く所以なのかなあと。

 進撃ミュにおいて、役者さんたちにとってのアドバンテージは「原作が完結している」ことだったと考えています。連載中、放映中の作品では、よほどイレギュラーなことがない限り(原作者から先の展開を教えてもらう等)、今ある情報だけで役作りをするしかないのが普通だと思います。でも進撃ミュの場合、今作より先の未来を全員が知っている状態で自分の役を組み立てられますし、脚本や楽曲に散りばめられた「伏線」も、意味を分かった上で台詞を言い、歌うことができる。きっとそういう部分でも、観客に伝えられる表現が多かったんじゃないかと思います。もちろん原作を読んでいて先を知っている客も、視野が広がりますから役者さんたちが伝えようとしていることがスムーズに受け取れる。進撃の巨人を愛している者同士だからこそ、舞台上と客席とで円滑なお芝居のキャッチボールが出来ていたのではないでしょうか。

漫画やアニメ原作を舞台化するにあたってまさに「壁」になるのは、ストーリーの組み立て方と、登場人物の選出だと思います。原作通り時系列に全部そのまま表現できるのなら話は早いと思うのですが、実際に生きている人間で、セットを組んで、音楽を流してそのシーンを表現するには、あまりにも情報が多すぎるし時間が掛かりすぎる。そこでどこを切り取り、どこを切り捨てるのかが重要になってくると思うのですが、進撃ミュはその選出がすごく上手かったと思うんです。ネットミームなどで有名な場面も、取り入れるものとカットするものがあったりして、それは前後のシーンとの繋がりや、その台詞を言わなくても伝わると判断したのかなと素人目なりに感じました。

104期の出会いのシーンはあえて華美なダンスや歌を盛り込まず、会話だけで繋いでくれたのも彼らの関係性やまだ十代前半という幼さの残る年であることを観客に伝えてくれたし、少しの会話からもどんなキャラクターたちなのかが浮かび上がってすごく好きな場面でした。こういう穏やかで微笑ましい「当たり前」の日常の積み重なりが、後々の展開に効いてきますし…。

 そしてやっぱり音楽とダンス。ここは帝劇か!?と驚いたグラミュかじっている界隈からの、これはヒプステか!?と驚いた2.5界隈たち。私は有名なグランドミュージカルを生で観たことがあまりないので有識者の皆さんほどこれのオマージュっぽい、ということは言えなかったのですが、民衆や兵士たちが大声を上げるように歌う場面は歌の上手さはもちろんですが、舞台上からの圧に怯みましたし、一方でヒップホップを前面に出したダンスシーンは個人的にゴリゴリに踊るグループが好きだった経験もあるのでとんでもないことを舞台上の端々でやってのけていることに目が足りない目が足りない!!一人ずつソロで踊って!!となりましたし、とにかく各分野のトップクラスのキャストが揃いも揃って殴り合いをしている!!という印象でした。

エルヴィン役の大野さんの歌の圧はもう私なんぞが語るまでもなくエルヴィン推しの方がたくさん愛を叫んでくださるのでとにかく歌がうまかった(ポンコツ語彙)

友人に言われてそ、それだ!!!!と一番思ったのは、「なんで今までこれを一緒にやらなかったんだろう」でした。そう、別にレ・ミゼラブルみたいなこととジャパンアクションエンタープライズみたいなこととジパングオペラみたいなことを全部一緒にやったって、良いんだ!!でした。2.5次元の強みってこれだと思いました。カテゴリやジャンルにとらわれなくたっていい、「進撃の巨人」でやりたいことを全部詰め込んでも違和感がなかったらそれでいい!というか演者と客がどっちも楽しめたらなんでもいいな!?と正直に感じました。でも「アトラクション」では決して片付かない。なぜなら進撃ミュは、ちゃんと「ミュージカル」だったから。歌と、ダンスで物語が進んでいく。歌が台詞になっている。そして役者さんたちひとりひとりのお芝居が本当に素晴らしかった。

 先述の民衆や兵士の歌がたくさん挟まるのも、プリンシパルじゃない演者さんがソロを歌うのも、「進撃の巨人」でした。今作のエレンの最後の台詞、世界を変えるのは俺じゃない、俺たちだ!その言葉が全てじゃないでしょうか。進撃の巨人の主人公はエレン・イェーガーだけれど、でもあの世界にはもちろん一人一人の人生があり、ドラマがあり、コマの外側で、画角から外れたところで誰かが生きて、死んで、愛して、愛されている。そういう「誰か」がそこかしこに居るんだと目と耳と心に蓄積された上で辿り着く先が、エルヴィン団長の演説であり、リヴァイ兵長の「人類すべてに罪がある」という台詞なのです。ちなみにここもとてつもなく思い切った改変ですけど、原作ファンの方々が比較的「英断」と評価されていたので、脚本の畑さんの判断は間違いじゃなかったな…と思います。

 つまりこの脚本と、演出のロジックが素晴らしいんです。メインキャラだけが好きな人やひとりの俳優だけが好きな人からすればなんでメイン(俳優)が出てこない曲ばっかり…となるかもしれませんが、でもその「メインキャラクター」が放つ台詞と歌の重みは、意味は、これまでの道のりがないと決して繋がらない。進撃の巨人という作品としてもですが、何より舞台はひとりでは完成できないというシンプルで当たり前の事象が、演劇が好きな人間としてもすごく胸に響くんです。

 稀に見かけた感想で「ミカサの歌が少ない」という意見がありました。確かにヒロインの歌唱がソロ1曲、と言葉にすると物足りなさを感じるかもしれません。でも私はあの演出が大好きです。登場してからソロ曲「ツナグ」を歌うまでのミカサは、ほとんど感情的になることもなく、両親が殺されたときも、イェーガー家に迎えられたときも、エレンが死んだと聞かされたときさえも落ち着いていた強い女の子だったのが、エレンのためになんとしても生きる、と決意した瞬間に歌うのがあの「ツナグ」です。歌の合間に挟まるミカサの台詞に毎回爆泣きしました。あの曲にエレンと共に生きた時間と、エレンを失ってもなおエレンのために生きると決めたミカサの感情が、愛が、全部詰まっているから、あの曲までミカサが歌わない理由はちゃんとあると私は思っています。書きながらまた泣けてきた。

 

 さて話を少し戻して、1/7初日マチネを観劇して気が狂った私はとにかくもう一回…いや何回も観たいと奮起し、東京公演の後半に行くことを決めました。と言ってもスケジュールを固めるのが遅かったのでチケットが既に完売していたりもしたのですが、ワカハイオタクも8年生なものでどうにかチケットをかき集め、思い出の詰まった日本青年館ホールへ。よう、4年ぶりだな…(PPVV以来)。

 今回計5回観劇できたのですが、

①    1階3列センター ②2階上手後方 ③1階センブロ前方下手 ④1階センブロ中列ほぼドセン ⑤1階後方下手 という最高にバランスの良い観劇となりました。

リヴァイ推しなので下手Love…ではあったんですけど、センターや上手でないと見られない景色も表情もありますから色々観られて楽しかったです。

進撃ミュ、座席位置により舞台上から受け取るものが全く違うので、これは私が大好きだった演劇ハイキュー!!と同じく、複数回観てもらうことを前提にしている作品だなと思いました。もしくは現地一回と、配信で複数など。前方列では巨人の大きさをダイレクトに感じて恐怖心が倍増しますし、演者さんのお芝居やダンスやアクションの臨場感を味わえますが、代わりにプロジェクションマッピングと融合した立体機動装置のすごさは残念ながら分からないのです。前方から見上げる形だと、兵長やミカサが空飛んでる…ということしか分からない。笑 なので東京で中列~後方で観たときに松田凌氏がとんんんんでもないことをしているとやっと把握して、改めてエッ…兵長存在…?とIQが2になりました。

あのですねプロジェクションマッピングとタイミングを合わせることの難しさは、人一倍知っています。なぜなら私は演劇ハイキュー!!のオタクだからです。映し出されているプロジェクションマッピングそのものは、演者さんご自身は客席側を向いているのと映像の投影が広すぎて全く見えないのです。つまり音楽や台詞のカウントだけで全ての動きを映像と合わせているんです。普通に地面に立ってやるだけでもとてつもなく大変な作業なので、ワイヤーに 釣られながら映像にピッタリ合わせる、というのは変態レベルでとんでもないことなんです。しかもおふたりさん(松田さんの配信番組)を見たらゲネプロまでは本番と同じ機構で稽古が出来なくてゲネで覚醒したと仰ってたんですよ何を言ってるか分からない。松田凌パイセン、またも伝説を作るの巻。凌くんももちろんすごいし、ワイヤーアクションをサポートしているスタッフさんたちも本当にすごい。とんでもない技術と役者さんの努力で完成された作品ですよ…。

 ここまで比較的、作品の組み立て方とか技術面での進撃ミュ褒め褒め話をしてきましたが、感情論でも話をしようと思います。

近年の私は推しの出演作を中心に観劇することに偏っていて、ちょっと興味あるな…でも推しの現場被ってるから行けないな、推しのチケ発あるから我慢かな、と言った感じで、昔ほど多岐にわたって観劇をする回数が目に見えて減っていました。コロナの影響も正直あります。チケット代はどんどん高くなっていくし、でもそれはエンタメを愛する人間だから承知の上ではあります。ただ取捨選択は以前より厳しくなった。

進撃ミュも、チケ代を知らずに友人と代金を精算した時に「13,000円もするんだ、結構取るね」と正直な感想が出ました。まあ観劇後に「高いとか言ってごめん!!むしろ安い!!ペイどころじゃないお釣り来る!!」とネルケプランニングに向かって土下座しましたが。ペイどころじゃないんだもん。そう、この「ペイ」という感覚がどうしても先に来る。仮に面白かったとしても「まあ一回観たらいいかな」「増やしはしないかな」という、演劇というジャンルに置いて一番望まれないお客さんでしかなかったんです、近頃の私は。

リピーターがいないと成り立たない興行であることを知ってはいるけど、でも優先順位がどうしても前に出る。ただその優先すべき理由が「面白いものを観たい」でなくなっていたのも事実で。優先したはずの観劇後に、自分が観た素晴らしい舞台とは関係ない部分で推しに対して落ち込んだり苛立ったりすることが増えて、そもそも私が劇場で得ていたものはなんだったのかと壁にぶち当たっていたタイミングで出会えたのが進撃の巨人-The Musical-でした。推しと出会った作品を思い出さずにはいられなかった。

次に何が起こるか分からないドキドキした気持ちと、目の前に広がるとてつもない世界観と、見たことのない表現と、でもテクノロジーだけではなくて役者さんが渾身のお芝居で魅せてくれる物語と、キャラクターたち。冒頭にオマージュしたフレーズは本心で、あの日渋谷の掘っ立て小屋みたいな劇場で観た光景が全部だった。舞台って面白い、人間がつくるものってすごいと思わせてくれたあの衝撃が、また目の前にあった。観劇って面白い!2.5次元って面白い!簡単に言えば初心に返りました。これからも推しのこと好きでいたいからこそ、目的をはき違えてはいけないと目が覚めたし、推しのどういうところが好きだったのかもちゃんと思い出した。進撃ミュが素晴らしかったからこそ、進撃ミュの俳優の誰かに降りるとかじゃなくて、推しのことをこれからも細く長く好きでいるためにどう向き合うかを考える良い機会になりました。ありがとう進撃ミュ。進撃ミュからしたら心底「知らんがな」案件だけど、私の推しは松田凌さんの後輩だし中西くんの先輩だからまあ赦してほしい(何の話????)

 

自分語りはこの辺にして…そういうわけで2015年の私と同じくして、進撃ミュで運命の出会いを果たしてしまったファンの方が数え切れないほど居るんだろうなあと思っています。私の場合は落っこちた俳優=好きなキャラではなかったのですが(私が好きなのは及川徹くんなんですけど推しは違う役でした)、ノーマークだったジャン役の福澤侑くんにすごい勢いで転がり落ちている方が大勢いてほくそ笑んでいます。公演期間、〇〇(キャラ名)役で検索してはニヤニヤする日々でした。あと実際劇場で前の席の方がたぶん原作ファンかな~…と思っていたら視界の隅で「あ、今落ちたな…」となる瞬間があったりして、そういう場面に出会えると他人事ながら本当に嬉しかったんですよね。自分や友人が全く同じ経験をしているから、追体験じゃないんですけど、いまからもっと楽しい時間が待ってるんだよと先輩ヅラしたくなる。好きなキャラを演じてるから好きなのか、それともそれ以上にその俳優さんのことが好きなのかを見極める時間が始まるけど、どちらでも楽しいに変わりはないんですよね。前者だとしたら新作のたびに大好きな推しの新しい瞬間に出会えるのだし、後者ならもっと知らない景色を観させてもらえるし、なんにせよハッピー!松田凌さんのファンになった皆さん、トゥーランドットを見てください(隙あらばトゥーランドットゴリ推しオタク)

 

 というわけでもはや何が書きたかったのかよく分からんブログになっちゃったんですけど、進撃ミュ最高!舞台って最高!って感情でいま大変心が晴れやかです。

さて私がこれからやることは決まっています。

・次回作へ向けての貯金(基本)

・原作を全巻揃える(恩義)

・悔いなき選択も読む(大野さんと凌くんやる気満々じゃないですか…)(インスタコラボ)

・推しのこともちゃんと応援するけど、推しを理由に観劇の機会を我慢しない

 

 まさに悔いなき選択。

次回は最初からちゃんとチケ発に臨んで、千穐楽も現地に行きたいな~と思ってます。

推しの現場と被ったとしてもうまいことやる!笑

進撃ミュに心臓を捧げよ~~!!!!!

 

スペシャルサンクス(みんなとの会話の内容をかなり引用しました)

ふくやまさん/あまりりすさん/しおぺ

演劇の毛利さん

朗読劇「夜間飛行」「星の王子さま」を観劇して。

 

1/27(水)シアター・ドラマシティ

ドラマシティでの観劇は約2年ぶりだった。

(前回は2019年3月の舞台「どろろ」)

THE・劇場!というフォルムと装飾と何とも言えない客電の暗さが、

舞台を観に来た、という感覚を思い出させてくれて嬉しかった。

劇場らしい劇場での観劇は昨年秋のメルパルクぶり。やっぱり座りやすいふかふかしたクッションのついた椅子がいいな。

 

毛利さんが新たな企画を始めるとのことで、是非観ようと思いチケットを購入した。

朗読劇の組み合わせはどのペアも魅力的だったけれど、自分のスケジュールと、

あと日頃とても仲良くしてもらっている友人が佐藤流司さんを応援しているのもあって、

27日の2公演に決めた。

 

私は読書は好きな方なのだけれど、洋書はさっぱり読まない人生を送ってきたのでサン=テグジュペリに触れるのは実は今回が初めてだった。夜間飛行も星の王子さまもタイトルとなんとなくの概要は知っていても、結末などは知らないまま朗読劇で物語を知ることになった。

 

「夜間飛行」良知真次さん・佐藤流司さんペア

流司さんはつい数日前まで壽で観ていたわけですが、良知さんはもう本当に久しぶりに拝見した俳優さんでした。ナルステは拝見したことがなかったので私にとっては新鮮なペアなのですが、観劇されているほとんどのお客さんにとっては縁のあるお二人の、いつもとは違う形のお芝居だったので別の意味で新鮮だったのかな、と。

低めの声でも全く違うタイプなので、同じ初老男性を演じても支配人の良知さんは荘厳な雰囲気、流司さんは気弱な男性だったり、仕事へのプライドを持った職人肌の声もすごく魅力的でした。

 

物語冒頭は、仕事を糧とする往年の男性たちの理想と現実というお話なのかな…と感じていたのですが、ファビアンという操縦士が暴風雨の中飛び立ち、光を探して雲の上まで上昇する場面で、一瞬で毛利さんが今、このときにこの作品を選んだ意図を感じられて号泣してしまった。

光もなく真っ暗闇の中、仲間からの通信も途絶えてただ光だけを探して彷徨う若い操縦士。そこに絶望しかないと分かっていながら抜けた雲の先に見た美しい空。絶望的だと分かっていながらも、淡々と通信を待ち続け、更に次のフライトに向け指揮を取る支配人。

あくまで既存の物語を朗読しているだけなのに、全く違う物語をそこに感じたし、思い出したのは昨年の暗く長く、途方もない絶望の時間と、その中でも必死にもがき続けた演劇界の人々の姿だった。

ファビアンのように、必ずしも成功するわけではない。誰かは、何かは犠牲になった。そのために悲しむ人も大勢いた。でもその犠牲を重ねて「夜間飛行」はいつしか当たり前のものになったし、恐ろしいものではなくなった。

今この状況を恐れて怯んでいるだけでは何も変わらない、と、物語を通して訴えているように私は思えた。実際に、この状況下での上演は簡単なものではなかったし、今作も、つい先日有明まで足を運んでいた公演も、時間の変更であったり、数多くの制限や、徹底された対策に満ちた空間だった。

27日当日の劇場は満席ではなかった。空席は確かにあったけれど、でも今、お芝居が観たい、推しに会いたいという気持ちを持ったお客さんで溢れていた。ファビアンは叶えられなかった夜間飛行のその先にあるものが、この客席だと私は思った。

リヴィエールが心中の不安や悲哀を必死に押し殺しながら冷徹な支配人であり続けるみたいに、多くの制作スタッフさん、役者さんたちも表には決して出さない不安と悲哀を押し殺しながら、私たちに演劇を、エンタメを与えて下さっているんだと思うと胸がいっぱいになった。終演後、規制退場のアナウンスを聞きながら私は舞台が好きだ!!という気持ちでいっぱいだった。

 

 

 

「星の王子さま」佐藤流司さん・鈴木勝吾さんペア

社中さんの準劇団員でおなじみの勝吾さん。笑

勝吾さんはモマぶりでした。何気にこのお二人は初共演なんですよね。「ぼく」と「王子さま」の掛け合い、「王子さま」と様々な星の住人との掛け合い、どちらも軽快なテンポが心地よく、流石のキャリアを感じました。声の親和性もすごくよかったです。

勝吾さんが「王子さま」以外の役全てを演じられていたのが凄すぎました…特に好きだったのはずっと足し算していた実業家と、王子さまの「ぼくだけの花」。

 王子さまの無垢で、純真な感覚、忙しなく生きる大人たちが忘れてしまった大切な何かを、1時間ゆっくりと時間をかけて教えてもらえたような、そんな空間でした。

へんてこな大人ばかりの星を巡った話を聞いている間は、メルヘンチックで、温かな気持ちで心地よく聞いていたのが、キツネと薔薇の話のところで唐突に推しのことしか考えられなくなりました。多分、あの場に居た人のほとんどが、自分の応援している俳優さんのことを思い浮かべたんじゃないでしょうか。もしくは一番大切に思っている人間のこと。

原作を読んでいないので台詞うろ覚えですが、

「そこに咲く5000本の薔薇は、通りすがった人にとっては全部同じだし何の意味も持たない。でもぼくにとって、ぼくのうちに咲くあの花は、世界で一輪しかないぼくだけの花なんだ」

と王子さまが星に残してきてしまったわがままで気まぐれな花のことを語ったとき、涙が止まらなくなりました。

一緒に観に行った友人たちと終演後に合流したとき、全員涙が止まらなくて同じことを話したのできっと、少数派の感覚ではなかったと思うのですが、

昨年の辛くて悲しい時間、物理的に会いに行くことのできなかった時間を経て、やっぱり自分にとって有澤さんは何にも代えがたい存在だと改めて感じたし、それまでも常、言い続けていた世界で一番の俳優さん、というのも決してリップサービスでも言葉のあやでもなく、私の世界にとって確かなものだと言えると思いました。

日本だけでも役者さんは星の数ほど居て、まず「一番」と思える俳優さんと出会えること自体がご縁だと思うし、他の人間にとってはたくさんいる役者の有象無象でしかなくても、自分にとってたった一人の一番応援したいひとだ。王子さまが王子さまだけの薔薇の話を泣きそうな顔で語るのを聞いて、物語を飛び越えて推しのことばかり思い出して号泣する時間になってしまいました。

私や、友人にとってそのお話は推しを思い浮かべることになったけれど、でもきっとこの状況下で、離れて暮らす家族や友人、恋人のことを今まで以上に大切な存在だと感じている人は沢山いると思います。王子さまが薔薇との時間を、存在を、離れて初めて大切なんだと気づけたみたいに、今回の朗読を聞いて今一度自分自身を顧みることが出来たら、その次の瞬間から心構えが変わると思いました。

私はもう、とにかく推しが好きだなあって気持ちになりました。笑

お芝居が観たくなったし、王子さまが薔薇をどんな子か、と語ったみたいに、自分にとってどんな存在で、どんなふうに目に映って、どういうところが好きで、これまでの時間を過ごしてきたかとか…そういうのを一気に思い浮かべて、目の前で繰り広げられる素敵な朗読と、自分の感情とがグチャグチャになってマスクから涙が滴り落ちるくらい泣きました。

 毛利さんの真意や本当の意図は分かりません。

でもこのタイミングでこの題材を選んで、与えてくれてたことは、演劇を愛する者として、俳優を応援する身として、沢山考えさせて頂けた機会になりました。

やっぱり劇場で観るお芝居が好きです。

今回のお話はkindleでダウンロードすればいつだって読むことは出来ます。

でも俳優が、劇場で、演出をつけられて、そして客席にはお客さんが居る、拍手が起こる。この流れがあって初めて、ひとつの形となるものだと改めて思いました。

 

 この新たなプロジェクトに、有澤さんにも携わってほしいと改めて思いました!絶対に観たい!お願いします!待ってます!こんな世界観を有澤さんのお芝居でも観てみたい。アンケート書こう!!締めが結局推しの話。


初めて推しのお芝居を生で見たのは5年前の今日でした。
その日以来、11/14当日にお仕事があるのは5年ぶりです。
ただの個人的なアニバーサリーでしかないけど、
それでも今日という日に劇場に立つ姿を観られることがとても嬉しいです。

ハイステのブログ参照なんですけどきっかけはこれ、っていうタイミングがありすぎて特定も出来ないので、
なので初めてお芝居を観た2015年11月14日を節目にしています。
私の人生においてとても大切な始まりの日なのでこの日が良いのだ!

なんだか気づいたらこんな激重ポエマーキモオタクと化してしまってどうして…(電話猫)
はじめはサブリミナルオタクとして生きるつもりだったんです。おまわりさん本当です。色々予定を狂わされてます。
全部振り返ると長くなるから一年ごとにさくっと表そう!


2015年
あくまでハイステのオタクであって俳優を追っかける予定は微塵もなかったはずだったが…!?(プロローグ)

2016年
再演と懲悪でフルスロットル→6月から秋にかけて爆病みのめんどくさオタク発動
なんやかんやでファン続けられるか迷ったのはこのときだけかも。
厳島神社公演で全部吹っ切れました。

2017年
現状で一番気が狂っていた年。
初めてのお芝居が山ほど観られた!
個人的にも初めてのことが多かった。
全通とか、お祝いのお花とか、直接会話できたとか…
たまアリサプライズで心が死んだみんな〜!アリーナッッ!?(コーレス)
初めて雑誌のチェキが当たった(自慢です)

2018年
私生活が大変だったけど、樟太郎くんのお芝居と言葉に沢山救われた年。
イベントとかイレギュラーな現場が多かった印象。 
これまでで一番キツかった現場はこの年にあった路上です(※渋ラジ)
ずっとお話ししたかった同担さんとあるご縁で知り合えて嬉しかった!

2019年
トゥーランドットで世界を変えられてスタートする最高の一年。
未だに昨日まで通ってたんか?というテンションでトゥーランドットの話をするオタクこと私!
念願の初主演を見届けられてよかったです。
秋は色々あったけど(毎年病んでるからもう季節病では?)
終わりよければ全てよしなのだ!
文字数限界まで感想添えて応募したチェキが当たった(自慢です)

2020年
推しの芝居を劇場で観ないと生きていけないな〜って再確認した(重…)
島ネコとアンテナくんのチェキが当たった(自慢です)

チェキのくだりはネタなので叩かないでください

5年間変わらない勢いで応援してるのが自分でもびっくりします。
でもそれだけ夢中にさせてくれる俳優さんなんだと思っています。
お芝居がすごく好きです。
私には知識や経験や技術はないので、ただただ一観客として彼のお芝居を観ることが好きで、目が離せなくて、その充足感というのはもう他の何物にも代え難い存在になっています。
お芝居だけでも好きだけど、いろんな媒体で見聞きする人となりや、
ときどきイベントなどで短い時間だけど直接お話しして、ひとりの俳優さんとしても尊敬の気持ちや親しみを抱いています。

人生をひっくり返されたので、飽きる自分が今のところは想像できないです。でも何が起こるかわからないから、私は私自身のことを信用していません。だからずっと応援してますとか一生好きですとか、遠い未来について確約することはしません。
それは昨今の感染症の問題ではなくて、極論明日私は死ぬかもしれないし、家庭や仕事の都合で足を運べなくなるかもしれないし、今のところ可能性はほぼ0に近いとは言え人間なので、ある日突然冷めたり嫌ったりするかもしれない。今のところ嫌う理由全く思いつかないのでそれはなさそうですが。
絶対なんてないんだよなあって常に頭の片隅で考えながら応援している不甲斐ないファンです。

でもずっと先も…というか死ぬまで、樟太郎くんには俳優で在り続けてほしいなあって思う自分がいます。身勝手だな〜!矛盾してる感情だけど、樟太郎くんが板の上に立ち続ける限りは客席に居たい願望だけはあります。もちろんテレビやスクリーンの向こう側の存在にもなってもらいたい!どんどん売れて大きくなって、私がどうなっていようが俳優として輝いていてさえくれたら、また必ずお芝居を観れるわけですから。

俳優(タレントとか歌手とかステージに立つ人全般)とファンって永遠に平行線だと思っています。違う世界に居る人だからこそずっと観ていられるし、一生手が届かないくらいで丁度良いんです。だからより一層、心の拠り所になるのかなって思います。偶像崇拝みたいなものです。
なのでこれからも線引きしたこちら側からのんびり観続けてます。

6年目もよろしくお願いします。


ハイキュー!!との出会いは8年近く前で、古い付き合いの友人2名からとにかく読め、とゴリ推されたのがきっかけだった。
私スポーツ漫画読まないから、と何度か断ったのに、それでも根気強く薦めてくれた。今思えば押し切ってくれて本当にありがたい。数年後にものすごい出会いが待っているので。
友人宅で1巻をまず読んだ。面白かった。バレーボールのルールをうっすらしか理解していない私でもすごく分かりやすかった。絵がとてもかわいい。
1巻を読んだ私「影山くんかわいい。影山くんがすき」
友人「お前は絶対及川さんだよ」
続けて2巻を読む。
2巻を読んだ私「及川くん……………………………」
私の嗜好を理解しきった友人「ほら……」

帰宅した私はそのとき出ていた3巻まで全部買った。本誌に追いついてジャンプを久しぶりに買うようになった。そこから毎週ハイキュー!!を楽しみに暮らした。翌年アニメ化が決まった。原作からファンの作品がアニメ化するのは人生で初めての経験だった。すごく嬉しかったし楽しかった。
そのころから冗談で「いつかハイキュー!!もミュージカルになるかも」と言うようになった。

2015年3月、ついにその時が来た。
ちょっとアレな話なので詳細は伏せるけど、一足先にその情報がSNS上に流れてきた。私は怒りとか呆れなんて抱く余裕は全くなく、
”ついに来てしまった”という感情で心臓がバクバクした。
数週間後に、本当に情報解禁された。どうしよう、と物凄く焦った。
きっと大半の人は「3次元のキャラが理想と違ったらどうしよう」という不安を抱くんだと思うけど、私は真逆だった。
「もしも私の理想通りの舞台だったらどうしよう」だった。
こんなに大好きな作品、キャラクターが3次元になってしまったら洒落にならないと思っていた。まあその予想は見事に的中するんですけども。

2015年11月14日、今は亡き渋谷のアイアシアターに私は初めて踏み入れた。よもやその掘っ立て小屋に何度も行くことになるとはまだ知らない。
なんかもうすごい世界が広がっていてまさに原作の表現を拝借するならガツーーーーーン。としか言いようがなかった。
先日、田村心くんがブログで触れていた通りなのだけど、
日向と影山が烏野高校の体育館で再会し、
「なんで居る!?」と日向が指を差した瞬間、
ストリングスの音とともに光が円を描いて
クラップが鳴り出して盆が回ったあのとき、
紛れもなく私の新しい人生が始まったし、青春が動き出した。
人間が人間を演じる、劇場という空間で世界をつくることの素晴らしさや輝きを、あのとき初めて体感したのだと思う。

それまでも舞台やミュージカルは観たことがあった。でもなんとなく出演者が目当てだったり、2.5次元の場合は原作ファンだったり、そういう理由で観に行ってなんとなく楽しんで、ときどきつまんなかったなって思って、のめり込むことは本当に一度もなかった。
ハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」(以下ハイステ)は、私の人生を変えてしまった。私はこれと出会うべくして出会った、とあの日思った。目に入ってくるもの全部が衝撃的で、脳に直接流れ込んでくるような怒涛の情報量に狼狽した。休憩になっても何も言葉に出来なかった。当日の衝撃は鮮明に覚えているけど自分自身のことは全然思い出せない。とにかくすごかった、すごいものを知ってしまった、という記憶で埋め尽くされている。
私はもうハイステを知らなかった自分に戻れないと思った。今でも記憶失ってもう一度初演の初日をまっさらな気持ちで観たい、ってよく思う。何度観てもあの衝撃を超える日はきっと来ないと思う。

ハイパープロジェクションと謳っておきながら、原作ファンが大好きな、大切なシーンのほとんどはプロジェクションマッピングを使わずに古典的な演劇らしい演出や、何なら役者と役者の純粋な芝居に任せる展開に一番驚いた気がする。もちろん漫画のワンシーンがそのまま飛び出てきたようなプロジェクションマッピングでの演出はすごく斬新で面白かった。でもそれを投影される動画に頼るのではなく演者たちが舞台上を駆けずり回って、タイミングを合わせて、初めて1つの場面、コマが完成する途方もない作業の連続だった。純粋にものすごいことをしていると思った。
それでもキャラクターたちがぶつかり合ったり、葛藤したり、涙したり、笑顔になる数々の名シーンではやっぱり舞台装置ではなく役者ひとりひとりの芝居を前面に出してくれた。
私はハイキュー!!をバレーボール漫画というよりは「部活」の漫画だと思っているので、試合シーンを盛り上げるだけで終わらずに人間ドラマも大事にしてくれたハイステのことがすごく好きだ。
もちろん全部何でもかんでも認めたり良かったと思っていないし、こうしてほしかったなんでこれ削ったの?どうしてこのキャラクターいないの?とか要望を出したらきりがないけれど、でもそういう客と制作とで齟齬があることも含めてハイステってこうだなあ、なんて思ったりする。
実はわりと客の意見とか指摘を反映してくれたこともこれまで少なくないので、まあお互いハイキュー!!が好きだから「そっちはそういう解釈なのねオッケーオッケー」って感じです。

ここからは推しとの出会いの話になっちゃうんですが
ハイステという作品の虜になったというのに、本当に何故か、未だに自分でもわからないし当時周囲からも何度も「なんで国見ちゃん!?」って聞かれたけど、何故かノーマークだった国見英の役者に落っこちた。私は原作では及川徹のオタクだし、ポジションはセッターが好きなので、本当になんでだろう???
開幕前の稽古の段階から気になっていた(と思う)し、観劇のたびになんか気付いたら目で追っていたし、カテコの挨拶に当たったときは心の底から嬉しかった。演技じゃない声ってこんなふうなんだ。関西弁だ。こんな堂々と喋れる子なんだすごいな。雅成くんと打ち合わせしたのかな。かわいいな。カテコ見れてよかった本当に嬉しい。その数日後にツイッターが開設された。本当に嬉しかった!しかも更新がマメ。期間限定なんてもったいない。って思ってたら2020年現在、未だにツイッター無くならないし期間限定じゃなくなりましたって宣言も特にされた覚えがないんだけどもしかしてまだその期間中なんですか?(!?)

最近友人と話してて思い出したんですけど、初めてブロマイド買ったのは宮城公演です。もういい加減推しだろ認めろよと周囲から刺されてた気がするんですが、確か宮城楽の開演前に原作の推しのブロマを買い足して、入場しようと思ったとき、友達に「ねえごめん!やっぱり国見ちゃんも買ってくる!」ってUターンして開演直前で空き空きになった物販に走って、ブロマイドを買いました。(私がやりました)
終演後みんなで牛タンを食べに行った店で、ついにブロマイドを買ったと告白して机の上に出して、爆笑された記憶。
これがそのときの写真



この流れだと私が11/14をスタート日にするのを歴盛りって言う人も居るかもしれないので不快に思われたら恐縮ですが、純粋な出会いで言うと2015年7月だし、SNSもブログもなかったから推しの情報得るためにリスト作った日ってなるともう思い出せないし、カテコが見れて嬉しいな、がきっかけなら東京公演中だし、ブロマイド買った日ならこの宮城楽だと思うし、何を持ってスタートにするか特に決まりもないし自分でも全く分からないので初めてお芝居観た日にしてます、すみません。でも人生変わった日なのでこの日がいいんです私。

初演は本当にチケットを取るのに苦労したので、再演が解禁された瞬間から私は次は絶対に勝つ!!と心に決めて、実際に再演は後悔なく観劇できたので良い思い出です。キャスト変更というものにいきなりぶち当たるハイステのオタクたち。最初に再演のキャス変を乗り越えたから、その先のことも色々受け入れられたのかなあなんて思ってます。いずれ自分の推しも役を降りるかもしれない、という心構えが出来た。

初演のときは生まれたての赤ちゃん俳優だった子たちが、再演の初日にはまるで別人になっていて驚きました。というかまずいきなり冒頭から演出が変わっていて推しがいきなり現れたので椅子から転げ落ちそうになった。
ハイステって巨人が大量に居るので忘れがちなんですけど推しもものすごく大きいので(あたりまえ体操)、上手の奥からありえんスタイルの良い黒子が現れていきなり!?!??って心で叫んだ。
もう再演のときの劇場はどちらもないんだなあって思うと寂しいですね。いや嘘です別にアイアという掘っ立て小屋に未練はないんですけど、でもブラバは大好きな劇場だったので今も寂しいです。すごく見やすかったしアクセスも良かったので…。ブラバは鈴虫伝説の劇場でもありますからね。あのカテコを見たときにウソ!?私の推し…天然?(広告)ってなりました。

ウォーリーさんのツイートに身内皆でざわついています。
私も明日、ゴミ捨て場の決戦の初日を迎える前に気持ちが落ち着かなくて、改めてハイステとの出会いと、同時に推しとも出会えた5年くらい前のことを思い返してみました。
だって色々なきっかけや出会いや思い出を数え切れないほど与えてくれた作品が、一段落なのかそれとも本当に一度終わってしまうのか、ただオタクたちで深読みしすぎているだけなのか、真偽なぞ分かるはずもないんですけど、
寂しいなあと思ったので…せめて私の中の記憶くらいは世の中に残しておこうと思いました。
ゴ決初日楽しみです。

 

5周年振り返りブログ後編。

今更なんですけど私が観た舞台作品だけ振り返っております。映像作品や乱舞祭とかイベントは割愛です。まあ2部ライブとか乱舞祭などに関してはIQが3くらいの感想しか述べられないので……

 

トゥーランドット~廃墟に眠る少年の夢~

演劇で私の世界が変わりました。初日の衝撃たるや。

別項でブログも書いたんですけど、本当に世界が変わってしまった。私が今まで観てきたもの、伝えてきたものは何だったんだ?と愕然としました。それくらい演劇ってすごい。役者ってすごい。余りのことに初日、友達と劇場を出てから「どうしよう…」しか言えなくなりました。3週間ひたすら演劇とは何かについて考えたし私という客の存在意義まで考えた。今のところ、応援してきた中で一番思い入れがあるのがこのトゥーランドットです。あんなに役者としての推しのことを考え続けた作品はないです。例え舞台上に推しの姿がなくとも、放たれる台詞や熱量に推しのことを思い浮かべない時間はありませんでした。ローランという難しい役と、稽古場から千秋楽までずっと向き合い、戦い続けた姿が本当にかっこよくて大好きでした。

ローランについて感想を伝えたいのに、ローランを理解しきれないから言葉に表せられない。私も毎日戦っていました。こんなに板の上で必死に生きているのに、ちゃんと受け止められない客に価値はあるのか?とかそんなことばっかり考えていました。トゥーランドットから手紙の書き方もガラッと変わったと思います。そして社中さんの大ファンになりました。また絶対に出てほしい。好評だった作品は何度も再演されているから、いつかトゥーランドットも再演される日が来たなら、私は「謎の男」を演じる推しが観たいです。

 

どろろ

私にも母性あったんだな……と初めて思った作品です。

直近がトゥーランドットだったのもあって、これまで以上に推しのことを板の上の神様という概念で観ることが基本となってた中、たほちゃんはあまりにも可愛くて守りたさ爆発したのでこれが…母性か…となりました。めちゃくちゃ語弊しかないのでちゃんと書きます。アニメが進むより先に舞台が開幕したので、視覚的情報がない状態で役作りをされていて、むしろ後日、アニメの展開を追うことで舞台の多宝丸は樟太郎くん個人が考えた一面や両親への感情があったのだと時差で実感することになりました。公演期間も対両親、対百鬼丸へのベクトルに惹かれていましたが、東京のアフタートークの中で一部の演出は樟太郎くんが考えたことをそのまま採用されたとも聞き、演じる人間について演出家さん以上に考えるにまで到達しているんだ…とめちゃくちゃ感動しました。拡樹さんとの殺陣がどんどんスピードアップして公演時間が短縮されたのは伝説です。

 

SLANG

念願の初主演舞台でした。別項でブログ書いたのでそっち参照で…。

今振り返っても、初めての主演がSLANGで良かったと心の底から思います。

個人的に推しに感じている魅力のひとつが二面性で、まさしくバクと紡のように相対するお芝居がすごく似合う方だと思っていたのでSLANGは自分の願望が具現化されたみたいで初日は息をするのも忘れるくらいの衝撃でした。ハピエンなのかバッドエンドなのか、はたまたメリバなのかもわからない終わり方もすごく好きだし、胸に引っかかりを残すような芝居もとても好きだし、高橋さんは「ファンの人こういうの観たかったでしょ?」という内容を全部盛りにしてくれました。本当に感謝。ゴズじゃないぼくでーーーす!!!を後半戦に突然やってのけたときに劇場で死ぬかと思いました。

 

今、僕は六本木の交差点に立つ

二度目の既婚者の役!!恋をして結婚して父親になる…というステップを観ることのできる作品でした。推しの左手薬指に指輪が光ってると大変テンションが上がりました。

まあそこを飛び越えて最終的にホームレス姿まで観られるとはちょっと想定してなかったですね。最終日が台風直撃でびっくりするほど人が居なかった衝撃と新幹線も止まっちゃって帰るのがとにかく大変だった印象が強くて…(推しの話をしろ!)(察して~!)

 

ヘブンズ・レコード

懲悪バスターズ以来の地元兵庫への凱旋、題材は阪神淡路大震災、更に誕生日期間に公演…というエモーショナルてんこ盛りだったヘブレコ。2019年を振り返った際にもちょっと書いたのですが、題材が題材故に初めて不安を抱いて劇場に行きました。もちろん芝居に不安があるのではなくて、内容の重さに耐えられないのではないかという方で。でも本当に観てよかった。快活で優しくてちょっとお調子者のタケル、でも彼も震災を経験したひとりで、演じていた本人も1995年に兵庫で生まれた青年という様々な縁がリンクして、何とも言えない感情で三日間ひたすら泣きました。誕生日当日にヘブレコという作品で板の上に立つ、と決めてくれたことが本当に嬉しかったです。23歳最後も24歳最初も劇場で迎えられるというのは役者としてもファンとしてもすごく幸せなことだったし、兵庫で生まれ育った人間として、役者という立場だけでなく何か出来ることがあれば、と言葉でもお芝居でも伝えてくれた推しを見て、改めて応援して来て良かったと心から思うのでした。終幕後のブログがとても好きで何度も読み返してます。今これ書きながらまた読んでた。

 

逃げるは恥だが役に立つ

あの逃げ恥ですよ!?SLANG公演期間に情報解禁があったのでただでさえテンションがバク上がりです。あの逃げ恥ですよ!?(二回目)ハイスペックイケメン役、というパワーワードではありましたが、実際に幕が上がってみると数年間応援していて初めて男性としてときめく、という展開が待っていました。ムズキュン、胸キュンという自分には縁がないだろうと思い込んでいた感覚が普通にあったので、なかなかレアな体験でした。一応弁解しますが役者本人のことは1ミリも恋愛対象ではありません(言い方)。でも風見くんはめちゃくちゃかっこよかったしキャーーーーーー!!!!!!って脳内で普通に叫んだし本当にかっこよかった。当方はお察し通り推しより年上なのですが、これ推しより年上のオタク全員キャーーーーーー!!!!!ってなるだろ!!とヒューリックホールのロビーで友人らとキャッキャした良い思い出です。帰りのビールが美味かった。もちろんカレーも食べました。

すごい個人的な思い出なんですけどこのときの祝い花が今までで一番気に入ってます。二日間一生花の前に居た

 

*****

 

舞台作品となるともう逃げ恥が最後なのか…とちょっと寂しい気持ちにもなりつつ。

振り返るのに結構な時間がかかってしまうくらいには本当に沢山の作品に出演されてきたんだなあ、と感慨深い気持ちです。また早く劇場でお芝居が観たいです。

 

デビュー5周年おめでとうございます。

 

デビュー5周年おめでとうございます。

5年という節目だしインスタに何か投稿でもしようかなと思い立ったのは良いのですが

チケットの半券を撮れども撮れども終わらず、コラージュするには小さすぎるでしょこれ、と思ったのでブログに載せることにしました。貧乏性なので。

でもつまりそれだけ沢山の作品に出演し、沢山の人生を板の上で生きてきた証でもあります。

私は幸いデビュー作以外全てのお芝居を観るご縁があったので、ふわっと振り返ろうと思いましたがふわっとの量じゃなかったのでとりあえず前編です。

 

ハイパープロジェクション演劇ハイキュー!!

私と友人らの間で「初演」と呼称する舞台です。有澤樟太郎さんとの出会いはこの作品です。

第一印象は「同じ人間…………?」でした。スタイル異次元すぎた。この頃から声が好きでした。よく通る素敵な声。

正直なこと言うと明確にファンになった日というものはないのですが、初めてお芝居を観たのが2015.11.14なので私はこの日を出会いのスタートにしています。存在自体はこの年の夏から知ってはいましたが如何せん当時の彼にはSNSもブログも何一つなかったので…………

樟太郎くんが初めて役付きで出た作品で、その後のインタビューでもハイステでのディスカッションはその後のお仕事にも大きく影響を与えた、といったお話があり、その軌跡を垣間見れていたことはとても幸せです。

 

ハイパープロジェクション演劇ハイキュー!!”頂の景色”

私と友人らの間で「再演」と呼称する舞台です。再演と言ってもただの焼き直しではありませんでした。今は亡きブラバ初日、ランニング青年の黒子で出てきた姿に椅子から転げ落ちそうになり、「たまごかけごはんっ」で開始3分で瀕死になった良い思い出です。

青城キャストは3人キャス変があり、また一から作り上げたチームでもありました。

雅成くんが担当していた白子パート(伊達工声出しとか)を樟太郎くんが受け継いでるのがなんだか嬉しくて感動した記憶です。あとあれん岩ちゃんに怒鳴られてる国見ちゃんがあまりにも可哀想だった。笑 練習試合第3セットで盆が回るところのレシーブのポージングが美しくてとても好きでした。

 

懲悪バスターズ

初のオリジナルのストレート舞台。でもコンセプトが「2.5次元みたいなオリジナル作品」とのことなので、樟太郎くんのスタイルや雰囲気はすごく合ってたと思います。

ハイステが終幕して個人のお仕事を観に行ったのは樟太郎くんただ一人だけでした。最初のターニングポイントです。

登場して早々に「この子演技うまい」と衝撃を受けました。まず声が全然違った。こんな声出せるの?こんな顔出来るの?たてあいさ~ん!この子を絶対応援しようと決心したのは懲悪です。本当に観に行って良かった。そしてWBBにまた出てほしいと4年間ずっと思っています。稽古場で亮さんがおこづかい(500円)をくれた話がとても好きです。

 

ミュージカル刀剣乱舞~幕末天狼傳~

言わずと知れた刀ミュくんです。私が語るまでもないです。

思うようにチケット取れなくて終始病んでいた現場です(正直か?)

「歌ってる!!!!!!」とびっくりしました。あたりまえ体操。

私は役者の方から入ったのととうらぶの原作の推しではなかったので樟太郎くんの新しい役、という印象どまりだったのですが、反響が物凄かったのでハマり役なんだなあと思っていました。

蜂須賀とやりあう場面がとても好きでした。相手を思い遣るときの声とか表情がはっきり観られたのは刀ミュが初めてだったので、お芝居の振り幅を知られて嬉しかったです。

J事務所を通った身なので2部は最高すぎて最高だった。これはシャブだわ。

 

ミュージカル刀剣乱舞 厳島神社公演

今だから言うとこの時期本当に病み散らかしてたのでファンを続けられるか少し迷ってたのですが、この公演にご縁があったことで気持ちがぶれなくなりました。二度目のターニングポイントですね。一生忘れません。

今もいろんな音、振動、空気感、歌声、全部覚えてます。GWの一挙放送で久しぶりに映像を見たのですが、当日の感覚はうまく表せられないです。推しが物理的に神になる瞬間に立ち会った、という記憶。すごく寒かったので歌うたびに白い息が朱色の中に解けこんでいくんです。歌声が瀬戸内海の真暗な海と空に響き渡るんです。そういう光景を観ながら、私今日まで来られてよかった、ついてきたことは間違いじゃなかったって思いました。

どうでもいいのですが何故紙チケかというと申込時スマホのタップが効かない部分があって入場できなかったら嫌だな…落選しそうだけど紙で申し込むか…と思ったらなんと当選したのでした でも形に残ったから今となっては嬉しい

 

ハイパープロジェクション演劇ハイキュー!!勝者と敗者

私と友人らの間で勝敗と呼称する舞台です。樟太郎くんを応援してきた中で通っててしんどかった作品歴代一位です。今後塗り替えられないんじゃないかな…。

演劇を超越して毎公演が試合でした。全員本気で勝ちたいという気概で板の上…もといコートの上に立っている。私は原作では及川くんの狂信者でセッターのオタクなのですが、樟太郎くんファンとして勝敗に通うことで原作やアニメでは観られなかった景色を観ることが出来ました。国見英から観た試合のビジョン、影山という存在、及川徹というセッターの能力。何度繰り返し読んだかわからない原作で一番大好きなインターハイ青城戦を、また一から楽しむことが出来た。

第3セットはキャストスタッフみんな声揃えて「あれはガチ試合だった」と言われてますけどそらもうオタクも同じセリフですよ。3時間マチソワとか正気の沙汰じゃない。でも愉快な仲間たちと全国を駆け回ったのは本当に楽しかったです。何年経っても忘れないです。

あとまさかのコント担当。特に好きだったのはジャッジメント!!!と「オレンジのジャムじゃん」です。あとインスタントカメラで本当に撮影するやつ。笑いすぎて死ぬかと思った

 

厨病激発ボーイ

ほさか神による神舞台こと厨病。皆さんお願いですから円盤買って見てください。本当に面白いです。未だに続編やってくれないかなって思ってるくらい面白かったです。初日終演後、私もダッシュで並んだんですけどリピチケが秒で売れてました。

有澤樟太郎の新たな可能性浴びまくり舞台でした。すりガラス越しの登場未だに死ぬほど笑う。

セリフ量が尋常じゃないのに全部厨二病な内容なのでこの人こんなすごいことできるんだな…と驚きました。カッコイイ樟太郎くんしか知らない人本当に観たほうがいい。日替わりはレリゴーが好きでした。あと私の記憶が間違ってなければマイク無し地声で立った舞台はおそらく厨病だけかな?

あまりにお花が届きすぎてツイッターのサジェストに「有澤 花」と出てきた思い出。

 

陰陽師 藤、恋せば

初の朗読劇!!!声が魅力的とずっと言われていたので待望の朗読劇でした。しかもあの陰陽師。オタクは全員安倍晴明が好きに決まっている。実年齢より高めのお芝居はこのときが初めてかな(Kステは除く)。ガッツリ衣装を着てやる朗読劇を初めて観たので、本当に晴明様スタイルで現れたときは天を仰いだ。夢枕獏の描く妖怪はどこか妖艶だったり夜の色香があるお話が多いと思うのですが、そういう題材の作品はもちろん初めてだったので少しずつ大人の男性の役柄も演じられるようになってきたんだなあ…と感慨深い気持ちでした。

めちゃくちゃ余談ですが友人たちは笑いを堪えるのが大変な場面がありました。私は複雑な気持ちだった。

 

幽劇

大好き幽劇!!!!!!!!!!!

巷でなんて言われていようが私は幽劇が大大大好きです!!!!あの夏私が一番楽しく青年館通ってた自信あるくらい好き。

なんといっても初のヒール役ですよ。ヒール役だけじゃなくて真顔でギャグを連発したり二重人格だったり日替わりで万引きしたりこんな楽しいことありますか?あとオタクは赤メッシュが好き。

ショウが元のショウの人格と入れ替わるところのお芝居が大好きでした。すごかった。瞳の大きさが変わるんですよ、ヤバイ方のショウのときは三白眼だけど元の優しい弟のショウはいつもの本人のくりんとした瞳なんです…この人本当にすごい、ってめちゃくちゃ感動したし推しの日本刀も拳銃も見れる舞台、最高です。あとバッターボックスに立つ推しも見れます。至れり尽くせりでは!?

セカンドfamの友人と一緒に通えたのも最高に楽しかったです。この数カ月後にライブ誘ってもらってケンチさんのパフォーマンス見てひっくり返って「私はなんて贅沢をしていたんだ…こんなすごい人を青年館のようなキャパで見るなど…」と懺悔しました。LDH ASIA最高にかっこよかった…

 

SISTER

もう一度だけ生で観られるなら何?と聞かれたら即答でSISTERと言うくらいに好きです。唯一映像化していない出演作。三回目のターニングポイントです。私はとんでもない役者を応援していると自覚した二日間でした。たった2公演と思えない、1時間くらいしかないと思えないくらいの熱量がそこにありました。夢咲ねねさんとの姉弟はあまりに似合いすぎていたし、奔放な姉に少し振り回される優しい弟、を体現している空気感と見た目がとても素敵でした。会話劇だけど一人の男性の人生を観ることが出来るので、幼い芝居から中年男性まで演じ切ったのが本当に凄かった。ラストシーン未だに目に焼き付いてます。私はずっとこういうお芝居を待ってた、と心の底から嬉しかったです。セリフのない、息をのむ間がすごく好きだと思えたのもこの頃から。

 

夜曲

伝説の出演5分作品!笑

原案の戯曲を読んで出演シーンがかなり短いことは先に知っていたのでまだ良かったんですけど、何も知らずに観に行ったら「いつ出てくるんだ?!」って終始考えてしまいそう。でもんなこたどうでもいいんですよ、その5分に全てが詰まっていた!!!

バックボーンも余り説明されず、主人公の放火仲間、という情報しか与えられない中、たった5分でゴロウちゃんは陰を落としていくんです。稚拙な雰囲気とか恫喝のような声色とか、笑顔とか、全部が陰。真暗。明るい部分が見つからない人物。なんかもうその物言いとか表情があまりに悲しくて、たった5分なのに二日目は客席で物凄く泣いてしまった。シスターに続いて、こういう役がもっと観たいと思いました。

 

クジラの子らは砂上に歌う(再演)

私には同担のお友達が結構いるんですけど、皆嗜好がバラバラで満場一致でこれが好き!ってなることは余りないんですね。でもその中で唯一、全員が大好きな作品がクジ砂です。

全く観たことのない芝居と声でした。初日から本当にびっくりした。こんな声出せたの!?って、声優の仕事来ちゃうんじゃないかって友人と騒いだくらいには驚きました。

お芝居も殺陣も今まで全然観たことない雰囲気で、新しい姿を観られた嬉しさと同時に、私はまだ彼のこと何もわかってないんだと少し悔しい気持ちさえ抱きました。シュアンという悲しくて儚い男、アニメとも初演のまあさくんとも違う、樟太郎くんだけが作り上げたその人物像がとても好きでした。続編ずっと待ってます…

 

ミュージカル刀剣乱舞 結びの響、始まりの音

言わずと知れたむすはじです。

初日1幕終演直後の私「こんなことを50回も繰り返すなんて可哀想すぎる」

2幕終演直後の私「刀ミュサイコ~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!」

刀ミュって座長が誰かを明言しない作品ですけど、キャストさんのインタビューや発言の節々から確実にむすはじは和泉守兼定が座長だったと私は確信していて、それに相応しいお芝居だったと思っています。トモさんとだからこそ出来た関係性だったと思うし、ロングラン公演の中でどんどん進化していく姿がすごく眩しかった。メンタル爆撃すぎる内容ではあったけれど、兼定が何を見、何を思うかを必死に考える日々がとても苦しかったしとても楽しかった。いびつないし、の歌詞を結構早い段階で聞き取れたのが嬉しかったです。兼定と国広にとって「いし」は意志であり遺志。

ラストシーン、兼定の瞳から涙がぽろっとこぼれて頬を伝っていくのがあまりに美しすぎてやっぱり物だからこんなに綺麗なのかな、と思ったりもした。

2部は一生フォーユーください!!!!!って言ってた

 

七つの大罪 THE STAGE

有澤樟太郎大確変ことバン!!!役者人生で一番男性人気があったのは間違いなくバンだと思います。劇場で「バンかっこいい!」「そりゃランブロ人気だわ」という男性ファンの会話を何度聞いたか!ハチャメチャに誇らしかった!同性から評価してもらえることって何より嬉しいと思うんですよ。そこに至るまでお芝居やアクションはもちろんですが、ご本人は相当体作りに尽力されたと思うのでそこが本当に凄かったです。本格的に女子と絡む初めての役だったのでめちゃくちゃ嬉しかった!!!エレインちゃんとなんでチューしなかったんだよしろよ!!!!(七ステ唯一のクレーム)

真面目な話をすると七ステの夏は私生活が本当に大変なことになっていて(私が生活の中で何より最優先してた観劇を減らしました)、舞台観てていいのかなって思うこともあったんですけど観るたびにいっぱい元気もらって、頑張ろうと思えたとても大切な作品です。七ステほど、観劇後に楽しかったー!!って気持ちだけで劇場を後に出来る作品ってそんなにないと思うんですよ。只々楽しくて満たされて元気になる!だから続編ずっと待ってます…。

 

予告犯

私はずっと推しの芝居で観たかったもののひとつが「人を殺す」だったんですけど、遂に叶いました。なんつー願望抱いてるんだよって話ですが、人間の極限状態を推しの芝居で観たくないですか?私は超観たいです。

予告犯、朗読劇と思えないくらいアクティブすぎてタブレットを手に持ってる以外はほとんど普通の舞台に近かったです。ニコ生と連動してるのも新しくて楽しかった!ゲイツは若干あて書き、というお話だったので母親思いで仲間思い、優しさがにじみ出てるのは樟太郎くんだけのゲイツなんだろうなあと観てて思いました。秋葉原の逃走シーンが本当に好きで好きで、大楽だけ泣きながら芝居してたんですけどそれもすごく驚いて…カテコ挨拶の中でいつも以上に感情が入ったとお話しされてて、演出じゃなくて泣くのを私は初めて観たのでかなり驚きました。

 

後編に続く。


 私が少年社中さんと出会ったのはトゥーランドットで、その作中には「演劇とは何か?」を伝えるための、劇団シアターバードに扮したキャストによる「少年社中20周年メドレー」がある。ダイジェストで綴られたそのメドレーの作品をひとつも観劇したことがなかった私だが、何故だか最後の「モマ」の再現を見て涙が溢れた。

トゥーランドット姫の見た目をした生駒里奈さんのその熱演は、私の心を鷲掴みにした。きっと「名台詞」なんだろうという熱い台詞のあとの、松田凌さん演じるカラスと向かい合い発する「はじめまして」というフレーズにも、どうしようもなく惹き込まれた。
 ずっとその台詞が頭を離れなくて、DVDを買おうかと悩んでいた矢先、2020年に新たな「モマ」の上演が決まった。

それはもう、嬉々としてチケットを申し込んだ。友人たちにも声をかけて、東京、地元の愛知、大阪の3都市に行くことを決めた。皆、社中さんや毛利さんの作品に心魅かれた者たちばかりだ。随分先の予定だけれど、観劇する日を今か今かと楽しみにしていた。

 モマの火星探検記、原作は日本人なら誰もが知っている宇宙飛行士の毛利衛さんのファンタジー小説。そこに少年社中の毛利さんのオリジナルストーリーが加わった舞台作品、と私は認識している。
詳しいストーリーはURL参照。
http://www.shachu.com/moma2020/#story

以下、作品の重要なネタバレも含むので、未見の方や今後観劇する予定の方は、そっとページを閉じてください。何も情報を入れず、まっさらな頭で観てほしいので…私がそうしてよかった、と思うので。



 合計4回観劇したが、それでも正直足りない。時間とお財布に余裕があるのなら毎日観ても飽きないくらいに素敵な舞台だ。

劇場が宇宙になる。そこに行けば広大な宇宙もあるし、星空もあるし、ロケットが見える。遠い遠い空の向こうで人類の夢を背負って火星を目指す宇宙飛行士たちの輝きがある。日本からうんと離れたどこかの国で、夢を実現するために奮闘する少年少女たちの姿もある。

実際の板の上にあるのは、ぽつんと佇む鉄柱のようなセットと、演者たちしか居ない。だけどそこに確かに宇宙を観た。
 

 アフタートークで毛利さんが言った、「宇宙というものを表現するのに、一番適しているのは演劇だ」(要約です)という言葉が、全てを表していると思う。
劇中の台詞にもある、人間の想像することは実現可能であるという言葉、まさに演劇に通じるなあと私は思う。板の上は無限大だ。どんな物語だって作ることが出来るし、誰の人生でも生きることが出来る。
「モマ」は宇宙の話でもあるし、家族の話でもあるし、でもその節々に、演劇や役者のパワーや可能性も感じられる、そんな作品だった。

演劇に命懸けの、熱い役者だけが集約された凄まじい空間。役者を応援している人間ならそこに推しが居ても居なくても、何かを持ち帰ることが出来るし、どこか悔しさに似た感情すら抱くと思う。ここに立ってくれないかなあ、と。
 私の推し…有澤樟太郎くんもアフタートークで、「どうしてここに自分が出演していないんだ」「でも自分じゃここに立てられそうにない」(要約)という、相反する感想を最後に述べていた。その気持ちはとてもわかるのだ(いや後半部分は全く思わないが…実際に社中の作品に君は立っていたので…)。

きっと役者のファンが「ここに立つ姿が観たい」と願うのと一緒で、それを稼業とするひとたちも、この世界観に自分が立てたならと感じるのだろう。それほどに惹き込まれる「宇宙」が、劇場にあるのだ。
 東京初日を並んで観劇した友人と共にハッとした台詞のひとつが、「火星の音」だ。「聞いてくれる人がいなければ、音は音じゃない」。それは演劇や、ステージに立つひとたち、何か作品づくりをするひとたちにとって、同義だと感じた。
アフトの中で、鈴木勝吾くんがそれに触れてくれていて、「あの台詞、演劇にも言える。どんなに毎日上演したって、一人も観てくれるお客さんが居なければ、存在していないようなもの」「だからお客さんに感謝している」(要約)
そういったお話をしてくれたとき、演者さんもあの台詞はご自身を投影されるフレーズなんだなあと嬉しかった。客席に座ることで作品を生きたものに出来ているのなら、劇場に足を運ぶ意味もあるんだろうか、と噛み締めたりした。

 少年社中さんと同じく、生駒里奈さんという女優と出会ったのもトゥーランドットだった。

今回のモマを観る前に昨秋、逃げ恥の朗読劇も観劇したのだが(樟太郎くんと同じチームだったので)、作品により全く色の違うお芝居、姿を魅せてくれる素敵な女優さんだと思ったし、それほど多くの作品を観ていない私でさえも感じる彼女の魅力は、間違いなくあの圧倒的な吸引力だと確信した。毛利さんの受け売りですが。

あんなに小柄で、細くて、可愛らしいのに、恐ろしいほどに真ん中に立つ姿がしっくり来る。だけどその隣に立つひとや、センターを割る相手(今回で言うと矢崎さん)を邪魔しない、淑やかさもある。どこにそんなパワーを隠しているんだろうと思うくらいに、ユーリという少女の表現は全力で、とびきり明るくて、とびきり優しく、儚い、だけど力強い存在だった。
表題にはモマ、と名前があるけれど、間違いなくユーリという少女が居なければ成り立つことのない物語だ。

まさにすべてを「繋げてくれる」のはそこにいるだけで眩いくらいの存在感があってこそだと私は思う。
 こんなにキラキラ輝いているのに、大阪2/9マチネのカーテンコールで、彼女は「私もユーリのように夢を追えているだろうか」「でもお客さんの表情を見ると、その不安は払しょくされる」と、そんな気持ちを伝えてくれた。すごく驚いた。

こんなにも!真ん中に立つのがさも当たり前のような!強烈な存在感!を持ってしても、一秒たりとも向上心を欠かさないのだと。すごい、と純粋に感じたし、言い表せない感情で一度必死に塞き止めていた涙がまた一気に流れた。大号泣してしまった。

彼女が社中さんの作品で、センターに立つ理由を改めて実感した瞬間だった。(そして同時にどうしても推しの顔が浮かんだ。あれは絶対に同担の方なら樟太郎くんのこと思い出すと思います)
 

 モマ役の矢崎さん、安心感の塊というか、極自然にモマの世界に生きる青年がそこに居た。客席が違和感もなく物語にスッと入り込める環境は、間違いなく矢崎さんの演技力があってこそだ。コミカルな演劇と咄嗟のアドリブもセンスに溢れているし、次はどんなことをしてくれるのだろう、そんな期待感を抱く役者さんだと思った。
 私は役者さんの目のお芝居がとても好きで、今回社中さん先行で購入したチケットでとても良いお席に恵まれて、演者さんたちの表情を細かく楽しむことが出来た。
その中で特に印象的だったのはやはり矢崎さんで、こんな一瞬で同じ人物の全く違う表情が出来るなんて、と息を飲んだ。

まだ見ぬ娘へのメッセージを残すところのハッとする瞬間だったり、「待ってて」と恋人に告げる優しい笑顔、モマを思い泣くガーシュウィンの名を呼ぶとき、”答え”が見つかったとき。直前まで全く違う顔をしていても、その台詞、板の上の空気、細かなスイッチがあちこちにあるみたいな、そんな印象を抱いた。

まさに「なんて なんてなんて すごい役者なんだ」。あさステで16歳から役者をされていると伺ったから、積年の努力があってこそのお芝居なんだと思う。

 宇宙飛行士の青年モマと、どこかの国の少女ユーリ、二人の物語が交錯していくけれど、きっと誰かにとってはモマが自身のようであり、誰かにとってユーリが自身だろうし、私は誰かなあと考えたとき、たぶんモマだと思った。

いや、私はあんなに賢くもなければ行動力もない怠惰な人間だが、「地球がこんなに悲しみで満ちているのに、火星に行ってる場合なのか」そんな疑問にぶつかったり、「僕も父さんに会えますか」と問う姿に、スケールも環境も違えど何か、通じるものを感じ取った。
たぶんそれは壮大な宇宙じゃなくても、地球のあちこちで、世界中で起きていることなんだろうと思う。

自分が指標としているものは、果たして本当に正解なのか?

本当はもっと、目を向けなくてはいけないものがあるのでは?

自分がしていることの答えはなんだ?

もう会えない人に会いたいと願うことは、いけないことなのだろうか?
 

 きっと観劇して、「夢を追う素晴らしさ」「家族や仲間の大切さ」「人と人との繋がり」「宇宙はここにもある、全部繋がっている」

そういう温かい気持ちを抱く人がほとんどだろう中で、私が私個人と向き合ったのは「僕も父さんに会えますか」という台詞だった。
生きていても亡くなっていても、「会いたい」と思うひとが居る人間なら、突き刺さるんじゃないだろうか。私がそうだ。もう一度会いたい人がいる。

その人はモマのお父さんと違って多分生きているけど、でも今は会いに行くことが出来ないし、一生会うこともないだろうと漠然と考えていた。いや嘘だ、余り考えないようにしていた。だけどモマを見届けたとき、いつか会いに行こうと思えたし、それがもし葬式だったり墓前だったとしても、ちゃんと会いに行きたいと思った。

「繋がっている」んだから、たぶんそれでいいんだと思えた。幼いときから考えていたことの答えが、見つかった気がした。
 

 突然薄暗い話をするなというツッコミが飛んできても仕方ないが、随分昔から心の中に閉じ込めて考えないようにしていたことと、強制的に向き合わされた作品だった。でもそれは良い意味でだし、ハッシュタグで色々な方の感想を読んでいると、私と似たような気持ちを抱いているひとも少なからず居て、「やりたいって思ったことをやればいい」じゃないけれど、この考えも感情も、決して間違いや孤独なものではないんだろうと思うことが出来た。
 カーテンコールで井俣さんがSNSで感じたことを発信してほしいとお願いされるのは、勿論作り手のモチベーションのためや、興行としてのプロモーションの意味合いが大きいとは思うけれど、でもそれだけじゃない。観客同士でのコミュニケーションだったり、どこかの誰かの呟きを見て安堵する人間もここに確かに居る。
 モマの上演回数が50回を超えたと公式アカウントで見た。

100回を目指して欲しいと切に思う。何度でも観に行きたいし、きっとその都度、違う宇宙が観られるだろうし、私が劇場から持ち帰るのも違ったものになると思う。
 本当に観に行けて良かったし、きっかけを与えてくれたトゥーランドットという作品が益々好きになったし、全ての始まりは推しなので、推しに感謝といういつものオチ。
良いものを観た後に思うのは必ず、「早く推しの芝居が観たいなあ」なので、4月に思いを馳せながらモマの余韻に浸ります。


インスタじゃ長すぎたのでブログで今年を振り返る。省いてるのもある


トゥーランドット。
別項でもブログを書いたけれど、初日の衝撃は未だに忘れられないというか、演劇を愛し続ける限りは一生忘れないと思う。ガツーンだった、まさに。(ハイキューのオタク失礼)
私は何のためにここに座ってるんだ?とシンプルに自分に問いかけた。
泣きすぎて目が溶けるかと思った。感動と衝撃と、自分の不甲斐なさで泣いた。
私が今まで「観て」きたものは正解だったのか?言葉に残したものに意味や価値はあったのか?どこまで行っても私達は観客でしかないし、所詮趣味でしかないけれど、じゃあ一体、この板の上の熱量を受け止める意味はなんだ?
そういうことが頭の中駆け巡って何も言葉に表せなくなって、初日の夜は眠れなかった。深夜まで友人がLINEのメッセージで話を聞き続けてくれて、少し眠って、翌日のソワレまでに必死に手紙を書いた。
自分の観たものにも言葉にも全く自信がなくなったけれど、書き残さないと気が済まなかった。義務でもなんでもない、ただのファン活動の一環でしか無い手紙を書く、という行為で、このとてつもない"演劇"と向き合おうと決めたのだ。

心から愛した役者が、全力で演劇についてを演じる、なんて、役者を追っかけては居るけれど早々目に出来るものじゃないと思う。
観に来てくれた友人たちは口を揃えて「これに推しが出ているお前が心底羨ましい」と言ってくれた。私の推しも出てほしい、とも言っていた。友人たちは私が声を掛ける前に、評判を聞いて自発的に来てくれた子ばかりだった。

あの3週間の時間は約一年が経った今でも鮮明に思い出せる。本当に目まぐるしい毎日だったけれど、充実していた。全員が全力で役者で、命がけで、そして私が応援している役者も毎日が挑戦だったと思う。たぶん26公演全部で模索してたんじゃなかろうか。至極難解な役を与えられて、いや与えられるというよりは、きみにはこれが演じられるという約束をされていた、ようにも思える。
これはよく友達と話す楽しい妄想なのだけれど、いつかトゥーランドットの再演が上演される日が来たら、また有澤樟太郎にオファーしてほしい。そしてそのときは、謎の男役がいい。できれば29歳の彼に演じてほしい。二十代全部を詰め込んだ最高の芝居で、カラフを生きてくれないだろうか、な〜んて。


SLANG。
初主演作がSLANGで本当に良かったと、この先もずっと思うんだろう。
個人的にとても嬉しかったのが、円盤のインタで岩永さんが舞台作品としてはSLANGが初めてだから、今後また舞台に出演するときはSLANGを準拠にするというようなことを仰っていたこと。
岩永さんのようなとても素敵な俳優さん…というか多岐に渡る活動をされている多彩すぎる方の舞台演劇のスタートの主演が、有澤樟太郎という俳優だと思うと…なんか…凄い事だなって。
観ている側も一生忘れられない時間だったけれど、同じ板の上に居た方にとっても記憶に残る作品になったんだと思うと、真ん中に立つ役者を応援している身としては感無量です。

0番に立つ姿というのはこう、言葉にならない何かがありました。
只でさえエモーショナルな気持ちで爆発しそうだったのに、SLANGという世界観に必要なのは有澤樟太郎だという絶対的な確信。理論的な説明なんて全く出来ないのだけれど、他の役者じゃダメだったとしか言いようがなかった。
ほかに代わりなんて居なくて、バク/紡は有澤樟太郎だから成し得たんだという…ほんと未だに言語化できないんですが。SLANGだけに。

円盤が届いて、キャスト各々から見た主演・有澤樟太郎像を聞いたりして、私の知らない部分ももちろんあるし、でもこれまで観てきたもの、感じ取ったこと、決して只の思い込みや妄想だけでなく客席でしっかり受け止められていた部分も多くあったのだろうか、なんて少しほっとしたりもしました。
あとあの座組、フィーリングでお芝居してる部分が多すぎてびっくりした。意図して演じてるんだろうなと思っていたことが、共演者に言われて初めて気づいただとか、あと櫂さんのカーディガンのことを樟太郎くんもさゆりちゃんも全く知らないまま閉幕してたこととか。何なんだあなたたちは天才なのか(天才だよ…)


ヘブンズ・レコード。
今年の9/28が土曜日だと気づいたとき、きっと何かしらのイベントなどの催しだろうと勝手に思っていた。彼は人気だからだ。
だけど役者 有澤樟太郎が選んでくれたのは、故郷での朗読劇だった。題材は阪神淡路大震災。彼がまだ母親のお腹の中に居た頃に起きた、未曾有の大災害。
情報解禁されて概要を知っただけで泣いてしまった。私の応援している役者はやっぱり"役者"だったと、ただそれだけで嬉しすぎたのだ。誕生日という大切な日は、きっと様々な選択肢があったはずだ。それでも迷いなくこの朗読劇への出演を決めてくれたことは、何よりもファンサービスだと思った。

私は人の死にまつわる話が苦手だ。天災は特に、辛い。
何の罪もないひとが亡くなることを享受できなくて、ニュース番組などもすぐにチャンネルを変えてしまう。だから朗読劇の内容は正直不安だった。
樟太郎くんの芝居は観たい。観ない選択肢はない。だけどきちんと受け止められるだろうかと、そういう不安を抱えて初めて劇場に足を運んだ。
観てよかったと初日の終演後に心から思えた。ハンカチがびしょびしょになるくらい泣いたし辛くて悲しい気持ちも確かにあるのだけれど、23歳最後の芝居と、24歳最初の芝居をこれに決めてくれた俳優を、心から尊敬した。
役者として、兵庫という街に生まれた人間として、出来ることを探している、そういう姿を観た気がした。前向きになれます、だから色々な人に観てほしいと事前のインタビューでも語っていた意味を客席で理解した。
アフタートークで岡本さんが言った、「行政が動かなくなってからが、自分たちの出番」という言葉が忘れられない。作中の「生きることもままならない人にこそ音楽が必要」というフレーズもずっと頭から離れない。
被災したひとたちはもちろん、たぶん、エンタメというものに心の拠り所や救いや、生きる楽しみを見出しているひとたち全員に注がれる言葉だと思ったし、だから私は今、ここに座っているんだと思った。
こんなにも心を動かす作品に出演してくれたことは今振り返っても本当に嬉しい。またいつか、兵庫に彼の芝居を観に行きたい。


逃げるは恥だが役に立つ。
約4年応援していて初めて、男性としてときめいた!!!!!
(簡潔な感想)


歌合 乱舞狂乱。
_____、(ネタバレ配慮)
ダンスがめちゃくちゃ好き、もう大好き最高。
そして歌詞がほんと、役者応援してるオタクにとってめちゃくちゃ刺さるので歌唱メンバーに入ってて最高に嬉しかった。
ソロパート最高すぎて、そこに選抜されたのがつまりはそれだけ歌唱力を認められているという意味だと思っているので、
初日に観たときから衝撃だったけどWSSが解禁されたいま、重ねた努力はWSS以外のところでも発揮されているんじゃ、と嬉しさを噛み締めてます。


以下は妄言と反省

インスタにも書いたけど来年の標語は
泣かない/キレない/病まない です!がんばりましょう!
楽しくマイペースにオタク!だったはずがペースを自分の意思とは関係なく乱されてしまった際に病み散らかしてしまったのが今年一番の反省点です。
次点はなかなか来年の仕事が解禁されなかったときに飲みすぎて潰れたことです。自分の酒量くらい守りましょう。潰れた上に号泣して友人宅のイヌに心配されるのも来年はやめましょう。(やさしいイヌ)

芝居観たら大体元気になるので、来年もいっぱいお芝居が観たいです。
WSS楽しみです。