現実を考察してみた 1.  「順社会率」 | あのざっと日記

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シリーズ化する気はあんまりないんですが。
あのざっとです。

この話は私が勝手に書いているだけ、とはいえせっかくなんですから気軽に読んで行ってください。


「順社会率」

第一章

世の中には、順社会人・反社会人とで構成されている、と仮定してみる。
ここでいう言葉の意味は、いわゆる「反社会的」とは少し異なる。
ある規則があったとき、それに従うのが前者、従わないのが後者である。
世の中全体でみたとき、ほとんどの人はある面で順社会人、ある面では反社会人でしょう。
こういっている私もそうです。
「私だけは違う」といった人でも、身近なことを考えてみればひとつぐらいは思い当たるのではないでしょうか。たとえそれが小さいことでも。

第二章

世の中という大きすぎるスパンでは考えにくいので、もっと狭めてみよう。
「学校」とか、「会社」とか、何らかの「団体」とかいうふうに。
指導者とされる者がいる、あるいは何かの規則がある環境下で、ある程度の人数が集まってくると、第一章で述べたどちらの社会人も存在してくるだろう。
ならば、その順社会人と反社会人の存在割合をみてみると面白そうだ。
ここでは、「順社会人」の割合を「順社会率」とでもおこう。
たとえば、100人のうち80人がきっちりと従っているのなら順社会率は 80 である。
あなたの身の回りの集まりの順社会率はいくつだろうか。

第三章

ここでちょっと本題から外れよう。これは順社会人に対しての話だ。
学生ならよく言われるでしょう。「(他人を)注意しろ」と。
でもそんなことできるのか。
つまりは反社会人に対して、改善するように注意すること。だいたいはそういったことである。
例を挙げると、授業中に寝ている人に「起きろ」といえ、といったところ。
そんなことしたって、嫌われるのは目に見えているというか、そうなるのは確実である。
でも状況によってはそうでない場合もあるだろう。
これには第二章の「順社会率」がかかわってくる。
みなさんはもうお察しだろう。
50より大きければ改善方向に向かうが、
50未満ならほとんどの人は注意するといったことを行動に移さない。

第四章

なぜいつの間にか順社会率が下がっているのだろう。
もともとは100だったはずなのに。
理由は簡単、反社会人が増えていくから。
しかし50より大きければまだ救いようがある。
やばいことに早いこと気づけば、救済の余地はいくらでもあるのだ。

問題は50未満になってしまった時だ。
順社会率はどんどん下降していく。
本当にありえない速度で0に近づいていく。そしていずれは0になる。
これを挽回しようと思えば、ものすごい取り組みが必要だ。
このことは現にみなさんお分かりであろう。

第五章

しかもやっかいなのが、順社会率の50を境界線に「ピタッ」と変わってしまうことだ。
それまでは全体として順方向であったのが、ある日突然逆方向になってしまうのだ。
気付かずに放置していると起こる現象である。
これには実体験もあるが、ここで書くのは控えておこう。

でもこんなことにならず、またその下降に気づいて対処できたらどうだろう。
一気に0になるのと反対に、一気に100になっていくはずだ。
最初始めるのが力がいるとしても、後は継続すれば自然に上昇していく。
これがはっきりと表れていた例もある。たがここでは書けない。

しかしながら放っておくと下がっていくのが自然なので、やはり上げてそのあと放置しておけば、下がっていってしまう可能性もある。3~4年とかの単位で。

第六章

「注意したいけど注意できない」という人は少なくないだろう。
いや、少ないかもしれないが少しはいるはずだ。
これはごく自然なことであり、下手すると変なもの扱いされるのも当然だ。
ここで見極めるのが、順社会率。
これが50未満なら解決は難しい。誰か思いつく人がいたらこれは素晴らしい。
50以上なら解決の余地がある。ポジティブに行こう。

でも、最も重要なのは、
常に90程度を保とうとすること。
その規則の内容にもよるだろうけど、絶対に50を下回らないようにしなければならない。
順社会率を求めるのもそんなに難しいわけじゃない。
今後の為にも、是非頑張ってください。


おわり。