思いが巡る。



私は何故だか、「ここだけ」という枠に入れません。

みんなのいいところと良くないところが

分かってしまうから。


それに、そのこだわりがあるために

お互いを拒否してしまうことがあることが

どうにも納得いなかい。



だって、私はどっちのいいところも欲しいとおもうのだもの。




それって、わがままなのでしょうか。




そして、今日、久しぶりに泣きました。

「佐々木夫婦の~」っていうドラマ見て。



りっちゃん先生が友人の助けを得ながらも

一人で育児をし、仕事をしている。


誤飲で病院へ行って

先生に叱られる。

「しっかりしてください。

?歳未満の子どもの死亡原因は誤飲によるものなんです。」


その後、りっちゃん先生はゴミ箱を蹴って泣きます。

「一生懸命やってるのに。

そんな子なんて、いなければいい。

私は子育てなんてむいてないの分かってる。

それなのにみんなは、産め。頑張れって言う。」


泣きました。

私も同じことを思ったことがあったから。

そんな子なんていなくていなければいいって言ったからって

本当に思っている人なんて、きっといないんじゃないだろうか。

だって、長い間おなかの中で一緒に過ごした仲なのだ。

よく知ってるから、言えちゃうこともある。


香川県で仕事をしている人は

実は、結構恵まれている人が多い。


なんだかんだ、文句を言われながらも

子どもの世話をしてくれる両親が傍にいる。

自分は頑張ってるんだと言うけれど、

その子どもの世話をしている

そのおばあちゃんのしんどそうな顔、知っているのだろうか?


私はその現実を見ていた。


なので、できたら親に頼らず

自立して生活したいと思うようになった。


そうして見つけた仕事と預け先―


そこで事故は起きた。

交通事故


その時も私は、見ず知らずのおばさんに怒られました。

でも、それは、私の責任でもあるので

ひたすら受け入れました。

監督者である側に対して、怒りの気持ちもありました。

でも、それも私の選択の責任であるから

必要以上のことは言いませんでした。


でも、わかって欲しい。

器用に生きられない人間がいること。


その頃の、そして、もっと前のことを思い出して

いっぱい泣いたのです。



だから、そう、すべてがそうなんです。


私は、それぞれが独りよがりにことを運ぶことが

納得できない。



みんなが寄り添えたらいいなと思うのです。



まちづくりをしている人をみていると

そう思うことが時々あります。


紹介している人や場所がすごく好きなのは

大変よく分かります。

その情熱があるからこそ

ここまで私たちを連れてきたことも分かります。


ただ、その情熱が一点に向かいすぎ

そこに来ている私たちが

置いていかれてしまっていると

感じることがあります。


情熱は人を動かします。


でも、その情熱が

まわりに来ている人にも

温かいぬくもりが伝わるものだと

本当なのかなと思うのです。



遠くの誰かを思うのと同じように

近くのあの人も大切にできたらいい。



やっぱりすごい。


何かやらなきゃと思ってしまう。

何をするべきかは、よく分からないけど。


ただ、やはり、流れは島へ―

高松に住む私は、高松を

島から高松、高松から島へという

お互いがお互いを認め合い、意識し合い、影響し合える関係でいたい。


どちらも素敵な人がいて、唯一なのだから。


同じ県なのだから、

もっと意識し合いたい。