久しぶりの投稿
いきなりの訃報ですいません
とはいえ、亡くなったのは昨年
享年79歳でした
病気のデパートとでもいうのか
脳梗塞、がん、心臓も悪かった
70歳過ぎても会社を経営
後継者に会社を譲ってから
痴呆がではじめました
同居していた母は
父をホームへ入れてしまった
確かに病気もあり、
骨粗しょう症で両足を骨折
車いす生活になってしまった
仕方がないのかもしれない
跡取りの弟がいたので
私は何も言わなかった
ホームへ入って2年
痴呆が進んだようで
母の父への対応は
腹立たしいものでした
私が面会にいっても
しっかり話ができているのに
母は
「ボケてるから話にならない」
とけげんそうに言っていた
5年前に見つかった大腸がん
心臓が悪くて手術ができないとかで
(詳しくは教えてもらえず)
治療はほぼしないまま肝臓への転移
今度は病院へ入ることになった
コロナ真っ只中面会ができない
携帯で話ができたのだけど
ボケた父が迷惑電話をかけるからと
携帯電話を変えてしまった
父は操作が分からず
ただただ携帯をいじっては
ため息をつく映像が残っていた
私は連絡の手段を絶たれた
その後何回か危険な状態が続き
私と弟は家が好きだった父を
最後ぐらいは家でと考え
医師に病状を聞きに行った
母も来る予定だったが現れなかった
話を聞くといろいろの装置が付いていて
家に帰えすのは難しいとのことだった
医者
「これはお母さんにもいってるけどなぁ」
いえいえ全く聞いておりません(-_-;)
その後個室での面会がゆるされた
弟と私は父と面会をした
やせ細った体
体にいくつも管がつながっている
でも父は笑顔で嬉しそうだった
父はしっかりと話ができた
家と土地の評価と確定申告の資料を
私に持ってくるように頼んだ
父は自分の最後を悟ったのだろう
そして父は言った
「家と土地は跡継ぎの弟に
残ったお金は母、兄、私の三人で分けるように
私には申し訳ないと一言」
「母と兄の面倒はみなくていい
十分なくらいにお金を渡してきた
あいつらにはなにもやらなくていい」
令和5年1月30日の午後のことだった
その後、何度か危険な状態に
最後に会ったのは
亡くなる3日前
とても苦しそうだった
でも私と弟には笑顔だった
それが辛くて涙が流れた
母と兄を見た途端顔が変わった
「帰れ!」というので
みんな素直に帰った
3日後父は一人で逝った
病院が悪いのか
母の対応が悪いのか
私が着いた時には息はなかった