以前飼っていた犬のことを思い出していた。
黄色い犬だった。
ブルドッグに似ていたがブルドッグではない。
耳が立っているところをみると、フレンチ・ブルドッグだったのではないかとも思われるが、もっと大ぶりで肉の締まった、剽悍な感じのする犬だった。
散歩に連れて行ったとき、歩道の上で私の横をかさこそと足音を立てて走る犬の黄色い短毛に覆われた背中、撫でてやったときの感触と匂い、黒く縁取られた口の中で唾液に濡れて光る牙を、私はありありと思い出した。
なつかしく、いとほしかった。
しかし待てよ。あの犬、それからどうしたんだっけ?
ワンルームマンションの、今は自転車を置きっぱなしにしている埃っぽい外廊下の隅っこに犬小屋があって、夜遅く私が帰ってくると、犬はいつも犬小屋の中に黒々とうずくまって、上目遣いに目を光らせて私のことを見ていたのだが、考えてみるとその犬小屋はいつの間にかなくなっている。
犬小屋が消えていることを、日頃私は不思議とも思わなかった。犬小屋のかわりに置かれた自転車だって、もうだいぶ埃をかぶっている。
ここ四、五年を振り返ってみても、犬の世話をしてやった記憶がない。
犬に毎日餌やったか? やってないだろ。
犬小屋の掃除したか? してないだろ。
毎朝散歩に連れてったか? 連れてってないだろ。
自問自答してようやく思い出した。私は一度として犬なんか飼ったことはないのだ。
それなのに、何であんなに懐かしかったのか。あの犬、いったいどこから出てきたんだ?