車椅子押して廊下を滑り行くてのひらに落つ失せ物の鍵
死んだ母の遺品を整理していて、ひとつだけ見つからなかったのが収納棚かロッカーの鍵だったのだが、母が死んで一年以上も過ぎたある日、叔母が鍵の在処を知っているというのだ。
私は叔母に言われるままに、叔母の車椅子を押して、母が入院していた田舎の安ホテルのような病院の薄暗い廊下をひたすらたどって行った。
長い廊下の突き当りを右に折れると、袋のようになっている空間があり、そこに不用となった机や椅子が積み上げられている。埃をかぶった什器の堆積の向こうに汚れた窓があり、その向こうは赤く錆びたレールが並行して走る操車場である。
叔母は車椅子から上体を乗り出すようにして左手を伸ばし、事務机の抽斗を開け、鎖のついた鍵を取り出して私の掌の上に落とした。
私はこのことを順を追って姉に話して聞かせたのだが、姉は鍵を発見したのはどこかの大学の教授だと誤解して、感に堪えたようにその教授の聡明さを称賛するのだ。
そうではない、鍵を見つけたのは母の姉である叔母なのだ。母の姉である叔母が、死んだ妹の失せ物を見つけ出したのだ。私は一言一言に力を込めて姉に訴えた。それを聞いて姉は声もなく泣いた。
