プロジェクト・アノンのブログ

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 うつくしい家

                                                                               

                                                   片結雅須




    

   一  プロローグ  〜 カミヲ、ナガス〜 


   


   行くな!   美樹子。おれたちはまだ、まってなきゃならないんだよ!

   

   もういいのよ、おにいちゃん。もう、ほんとに。だからもう、追ってこないで。


   

   そんな、やりとりをどれくらい、重ねてきたことでしょうか。実際にはどこにも、行っていないし、そもそも行くべき場所なんてなかったあたしたちなのです。でも、かれは、行ってしまった。あたしのお兄ちゃんだった、ひと。あたしを、かばって、死んでしまった。死ぬよりもつらいんだあ!  と、叫びながらあたしをどこまでも追いかけてくれながら結局は、あたしから、遠ざかってしまった。それはおにいちゃんらしい勘違いでした。だって本当はあたしのほうが遠ざかっていったの、ですから、だからいまとなっては少しだけ可笑しいくらい、なのです。くすっとくるくらいに。だってそうじゃないのかしら、まだお兄ちゃんにとってあたしは流されつづける、妹なのですもの。そうしてもう追いかける必要のないおにいちゃんが未だに、あたしを、追いかける。ゆらゆら、ゆらゆら、と、あたしはながされるがままに、ながされてゆく。・・・いいえ。勘違いなさらないで。だってわたしはまだ、まだ、流されていたいのですもの。わたしたちを生きてあるこの世界から、引き離した、あの川のながれのなかで。そうしておにいちゃんの、声、まるで首絞められた雄鶏みたいな、声を、ちゃぷちゃぷと音立ててわたしを揺らすさざなみのなかで、聴きたいのですもの。そうして。


   おにいちゃんから、わたしを、引き離した、この川を。

   ずっと、ずっと、ずうっと。

   

   怨んで、いたいのですもの。



                                    



   どこから語り始めたらいいのかしら、だってあたしには、時間はまるでお祭りの夜に拾った溶けたりんご飴みたいな、もの、はじまり

もおわりも初めから無いようなものなのです。

   でもそれでは今を生きてるみなさんに申しわけが、ないし、それにいまだにあたしを追いかけているお兄ちゃんにとっても、気が済まない話になるかなあ、と。

   すこし迷ってる、あたしですけど。・・・まずはあたしが産まれた、昭和という時から、はじめてみましょうか。


   あたしが産まれた、昭和は、ひとことで言えば三日間だけの時間でした。なぜって、あたしがこの世に生きていられたのがそれだけ、だったから。

   思い出すのも、へんなんですけど、おとうさん、ていうのかしら、おかあさん?   という、あの人、あたしをこの世に送り出してくれようとして、すごく辛そうだった。でもそのときのあたしにはちっとも、わからなかった、だってもう、あたしはあの、やわらかいあたしから半分近く、出ていたんです。だからちっとも苦しくなんてなかったし、かといって、たのしくもなくて、なんだかとても中途半端な場所から、さめざめと泣くおかあさんとそれをくわえたタバコごと噛み潰そうとしている、おとうさん、そんな風景をまるで他人事のように上から見ていたのを覚えています。

   その後のことはほんとうに、なあんにもおぼえていなくて、気がついたらこうしてぼうっと見えない、かたちで、あなたがたの前に、います。とってもいい、気分なんです、まるであのおかあちゃんの胸に抱っこだされているみたいに。だってこうして、姿カタチもない、どこにいるのかさえわからない、そんなあたしなんかのお話に、耳を傾けてくれるのですから、満足してないなんてかんじたらそれこそバチがあたるってことだって思うのです。

   だというのに、おにいちゃんは・・・ううん、もうそんな、おしゃべりは、やめにしましょう、なんどでも、そう、これから先ほんとに、これだけは聴いて欲しい、ことが、いまかいまかとあたしの中で渦巻いているのですもの。もったいないって、そんなの無駄なんだって、そう思ってあたしはお口のなかに素敵なビー玉でも飲み込んで、黙りますね。……昭和のつづきは、どこだったかしら?   三日間しか生きられなかった、あたしの、昭和。でもあたしの外側ではまだ、続いている。

  ……しばらく、 あたしのおじいちゃん?   て、人に。

   お話を、聞いてみますね。……だってこの人だったら、あたしが生まれてこれなかった、昭和と、そこに生きてたおにいちゃんたちのことを、よおく知ってくれてるんです。



                                    


   わがままなんだなあ、いや、くそ生意気なんだよ、あいつは。……おじいちゃんは、よくそんな風に言います。あたしのおとうさんのことを。


「大体が、だ、田舎の五男坊のくせしやがって俺の前でタバコを吸いやがる。昔の俺だったら張り倒されてるとこだ、だから困るんだ田舎者は、礼儀ってもんがちいっともそなわっとらん。」


   いつも、こんな感じです。……でもそうかしら。あたしにはおじいちゃんのほうが、傲慢で、恥ずかしいひとだったって思えます。今朝巳、て、おとうちゃんの名前ですが、巳年の朝に産まれてきたからそう名付けられたのだとか、そんなおとうちゃんだけど、こんどは自分が、朝になって、あたしをこの世に送りだしてくれて、ながくは叶わなかったけどおかあちゃんのお胸に抱っこさせてくれた。

   その、おとうちゃんに、どうしておじいちゃんは腹が立つのかしら。あたしにはちっとも、理解できない。もしかして、生きていくってことってどんどん忘れていくってことなのかも、しれない。大切なこともそうでないこともみいんな、一緒くたにして。だとするのなら、あたし、さっさとこの世にさよならしたのは案外、当たり、だったのかもしれません。

   ……話を、戻しますね。おじいちゃんってひとはとにかく、短気なんです。


「おい!   何で酒が、切れてんだあ!」   

   

   びくっとその場そのものが、震えるような気配に、おばあちゃんがそそくさとお台所に入ります。お酒屋さんで入れてもらう一升とっくりなら、あるんです、でもお金がない。それどころかあたりは鼻先の気配すらわからないくらい、真っ暗闇。深夜なんです。

「安子ぅぉお!   おおい、今朝巳!」

   おじいちゃんが呂律のまわらない口調で 、奥の間に寝ているおかあちゃんとおとうちゃんを、怒鳴りつけます、慣れたものです、安子おかあちゃんは、のそのそと、でもカラダ全体から怒りを滲ませておじいちゃんの前に、這うように出て来て、

「酒なんて、無え!」

   吐きつけるように言うと、おばあちゃんのいるお台所に入ります。だから、……あ、また言ってますよ、戸ば、蹴っ飛ばしてさあ、叩き起こせばいいべさ、ええ?

「やんだっちゃ!」

   おらそんなこともう、したぐねえ、だいたい明日あたすたち、朝はやいんだぞ?   なんであんな、酔っ払いの穀潰しに酒なんて飲ますひづよう、あんだ?

  ……いつのまにか、今朝巳おとうちゃんも起きてしまったみたいで、背中だけこっちに向けて薄暗いなかタバコを、手探りしてます。しゅっ、と、暗がりに音がして火がぼうっとあたりを照らしました。神治おじいちゃんはまだ呑み足らなく

ぶつぶつおとうちゃんの悪口を言ってます。あ、そうでした、神治おじいちゃんは、神を治めるって書く名のひと、なんです。それこそ酷くからかわれたらしいんです、名前負けだべ、んな格好ばかしいい名前さつげたからゃ、ろくでもねえオトコになっちまんたんだべあ、て。

   それは……まだいまは置いておきますけど、とにかくおじいちゃんって人はそれはもう、だらしのない、生活するチカラのからきし無いひとだったようなのです。だからおかあちゃんもおとうちゃんもそれこそあたしを、そしてあたしのおにいちゃんを作る暇が、なかったくらい、朝から晩まで働き続けたって言います。特におとうちゃん、今朝巳おとうちゃんは、悲惨でした、だってそうでなくとも、田舎の五男坊から婿養子に来て肩身が狭いなか、こんなおじいちゃんみたいな、呑兵衛のぐうたらさんに、アゴで使われてちっとも感謝されることもなく、それどころか、やれ、稼ぎが悪いだ、やれ生意気な奴だ、なんて顔合わせるたんびに言われるのですもの。

   ……がんばったね、おとうちゃん。あたしはだから、おもうんです。傍目にはとっても割りに合わない役回りを、押しつけられてしまったあたしの、おとうちゃんです、でもそのおとうちゃんの、がんばりがあったからこそ、あたしはともかくおにいちゃんも、がんばれたんだって、そう、思うんです、あたしがまだ生きてあったあの、昭和の時代、たった3日の時代でしたけど、たしかに肌の温もりを、かんじられた、あの頃に、おにいちゃんはとにかくガムシャラに生きてた、そうしてあたしをなんとしてでも生かそうとしてくれた。

   

   そしてあたし は、いまだに、流され続けているのです。どこに、行くのか、なぜ流されたのか、ちいっとも、わからないままに。……あ、おにいちゃんがまた、叫んでる。


   もう、来ないで。おにいちゃん、お願いだからもう、あたしを追わないで。でないと、あたし。


   あたし、……カミサマに、なっちゃう。



                                                 

           (次葉「アニのアラガイ」へ、つづく)