告解 ⑥ - シーン 2
--------ソウル 2001年12月8日 土曜日 ジェジュン
観覧客はもうとっくに席についているようだ。
ホールはがらんとして、電話してる業界風の男性、機材を運ぶ局の関係者などの姿がちらほら見える。
それでも知った顔がいないかと、首を伸ばして見回す。
「ほら、さっさと帰れ!」
警備員が、俺の肩を押したので、ショルダーバッグが落ちた。
早く俺を目の前から消したいのだ。
惣菜の脂の匂いのする俺を。
安っぽいTシャツに、安っぽいピアス、自分で切った不揃いの髪型、重そうな紙袋を下げてる俺を。
みじめな気持ちで腰をかがめ、バッグを拾う。
少し開いた口から、鮮やかなみどり色が見えた。
俺は辛抱強く、また最初から、今度は違う側面から説明する。
「SMのスタッフの方でも、僕の顔をわからない方もいるんです。
ですから、もしチョン・ユノの出番がまだなら呼んでもらいたいんです。
客席にいるはずの練習生のキム・ジュンスでもいいです」
「だからな!さっきから言ってるように友達だからって入れないんだよ!
練習生っていうのは、さっき先生に引率されて全員席についてるし、
本番中は入れない!あきらめろ!」
「でも、俺も練習生なんです。楽屋は入れませんか?約束してるんです。」
「うまいこと言ってチケットもないのに入ろうとする奴がいるんだ!帰れ帰れ!」
大きな声で追い払われている間も、1人、また1人と、テレビ局の関係者らしき人がパスを見せながら警備員さんの横を通って建物に入って行き、または出ていく。
俺を常識のない私生ファンだと思っているに違いない。
なんてこった。
携帯を持たないから、連絡を取ることもできない。
番号も知らない。
まさか収録スタジオに入れないとは思わなかった。
音がもれている。
司会者が次に歌うアーティスト紹介してる。
「ジェジュン!」
警備員の後ろから湧いたようにキム・ジュンスが現れた。
ああ!ジュンス!
初対面の印象は“めんどくさそうな先輩”だったのに、今日は人なつっこい笑顔が最高に愛らしく見える。
「ジュンス、俺も練習生だって、警備員さんに説明してあげて!」
「え?なんで?」
くちびるをとがらせて、
「おじさん、早く入れてやってよ、ダナの出番が終わっちゃうじゃないか!先輩にシメられたらどうすんだよ!」
と、偉そうに首を縦に振りながら抗議した。
ダナ=先輩?
まあ、そうだけど、ダナさんにシメられるわけがない。
肝が冷えたが、この場合の態度としては効果的だったのかも知れない。
警備員は、反射的に横に退いて、俺を通してくれた。
「ありがとう、助かったよ、入れないかと思った」
「下手に出ると、上から来られる。上から行くと、下になる。そういうものじゃない?」
ハスキーな早口でまくし立てる。
「ユノヒョンに、見て来いって言われたのさ、ジェジュンが来てるかどうか。
そしたら玄関で揉めてる声が聞こえてさ」
そうなんだ。
ユノヒョンが、俺を探してくれたんだ。
すっかりひしゃげた風船のようになっていた俺の胸が、再び期待に膨らんだ。
「もう出番だよ!行こう」
「うん!」
通路をどこまでも奥へ進む。
「本番中だから裏から見よう」
え?舞台裏に行けるんだ!
ダナの曲が流れてる。
舞台の虹色の照明が分厚いカーテンから漏れている。
機材や大道具小道具を避けて慎重に進み、練習所のトレーナーや先輩アイドルたちに深々とお辞儀をしながらジュンスの後に続いて、割り込むようにカーテンとカーテンの間の小さなスペースに立った。
白と青と黄色のライトが舞台を眩しく照らし、音が耳にあふれビートが身体に響く。
光沢のある素材の衣装を着たダンサー達がダナさんを囲んで踊っている。
俺はチョン・ユノをすぐに見つけた。
向こうの端だ。
先輩たちに混じって、一人だけまだあどけない顔つきの少年が踊っている。
彼の性格そのままの、軌道のはっきりした特徴的なダンスだ。
曖昧なもの、澱んだものを排除した明快な動き。
先輩たちに負けていないどころか、チョン・ユノ、きみはすごい!
かっこいい!
---- 一時は愛がなくても生きていけるって 簡単だって思いながら生きてた
今になって分かったあなたの愛は yeah 戻って来て あたしのために ----
ダナの透き通った声。
ふ、なんだ、自分勝手な女の歌か。
チョン・ユノの動きを夢中で目で追いながら、音楽で身の内を満たしながら、俺の中から黒い気持ちがするっと出てきた。
---- Forever 永遠になるコトだけ望んできたの あたしのあなたを愛してる ----
「永遠」なんて簡単に言う女を信じちゃだめだ。
恋に浮かれて出まかせ言ってるだけだ。
---- Ah! Ah! Yo! Yo! ----
ユノヒョンのラップが始まった。
伸ばし始めのサラサラな髪を揺らしてセンターに出ていく姿を後ろから目で追う。
後姿の首が細くて、まだ子供の体型だ。
でも完璧なスタイルだ。
客席から大きな嬌声が上がる。
チョン・ユノ、そうか、もうファンがついてるんだ!
すごい!
胸の内がざわざわする。
---- I be callig raphin' on another poetry
that I be givin' all the lovin' that you really need
おまえだけに向けた俺だけの心を全部持っていけ
Cuz my love for you
I know my love for you will never die
I wanna love you baby
give it another better chance to make it real
coz I feel that I wanna be sympathetic
いつまでもおまえだけを愛してる
時間の果てまで永遠に俺と一緒に居てくれ
take it back cuz it's you ----
チョン・ユノはプロだ。
ダンスもラップも、プロのレベルだった。
ヒョンが後ろにはけてポージングする。
ダナが静かに歌い始め、ダンサーのフォーメーションが変わる一瞬、ユノヒョンが俺のほうに顔を向けた。
俺を認知したと思った。
そして、こころなしかユノヒョンの振りが大きくなって、さらにキレのあるダンスになった気がした。
いや・・・思っただけ、そんな気がしただけだ。
曲の終わりが近づき、紙ふぶきが降ってきた。
足元に落ちたものに目をやると、花びらの形の薄いピンク色の薄紙だった。
青い照明に、白いライトが木漏れ日のように降り注ぎ、ステージがかすむほどの大量の花びらが舞い、夢の中のような光景だった。
花吹雪の中で、ライトに当たって、チョン・ユノが踊っている。
ほかのダンサーよりも1回転多くターンして、静止した。
音が消え、歓声、拍手。
たたずむチョン・ユノが、首を傾けて上を見ていた。
ああ、天から降る花びらに心を奪われている。
俺の目には、チョン・ユノしか見えていなかった。
スポットが消える。
ダナさんとダンサーさんたちが小走りで戻って来た。
ユノヒョンも遅れて走ってカーテンをくぐって来る。
わあっと舞台裏が動き、肩をたたきあい、肩を抱き、ハグ、笑顔、ねぎらい、賞賛。
ユノヒョンの視線をとらえようと目を離さなかったが、ダンサーさんたちとにぎやかに楽屋のほうへ行ってしまった。
カーテンの陰の闇。
楽屋へ向かう通路の明るさ。
「ジェジュン、今なら客席に入れそうだよ、行こう」
ジュンスに促され歩き出すが、さっきここへ入って来た時とは、俺の中で、あきらかに何かが変わってしまった。
まだ夢の中を歩いているように、ふらふらとジュンスに付いて客席に入る。
練習生らしき若い男女が20人ほど固まって座っている前のほうに2つ空席があった。
ひとつは俺の席だった。
「お!キム・ジェジュン、やっと来たか」
ダンスのトレーナーに声をかけられた。
「先生、こんにちは」
「もっと練習に出て来いよ」
「はい、すみません。がんばります」
自分のために取って置いてもらった席に座って、体温が上がり、がんばりたい、と思った。
働いて、働いて、練習所の月謝を払い、家賃を払って、食べて、寝る。
その合間にどれだけ練習を入れていけるか、本当に本当に考えよう。
流されそうになっちゃだめだ。
俺はプロの歌手になるんだ。
⑥-3へつづく
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