今までの人生(語るような特別なものではないけど)で、自分を諦めたいと思ったことは幾度となくある。その瞬間を、今思い出せるくらいに明確にある。

それでも、諦めるまでに振り切ることができずに全てを積み重ねて今日まで私として生きてきた。世界中の多くの人が成し遂げていることだけれど、誰にとっても簡単なことではない。

生きてきた時間、そこで感じたことの全てが、私という人間の大部分を作り上げ、保っているだろう。

 

諦めたかったけれど、諦め切れず、その勇気もなく、そんな自分が必死で手に入れた今日。

それが全てだと思う。大切な家族、友人がいて、それを大切だと思える自分がいることが、とても幸せだ。こんな自分を作ったのはこれまで生きてきた時間そのものだ。

もちろん、家族や友人、環境は大前提として。

 

だから過去を恨んだりしがみついたりしない。そもそも私の人生において恨むべき対象はないから、私は本当に幸せ者なのだ。

けれど幸せ者な自分を作り上げたのは自分でもあるということを、忘れてはならないと思う。

 

他人を羨んだり自分を卑下したりすることは自分が生きてきた人生を否定することと同義だ。

それでは頑張っている自分が救われないし、あまりにも虚しいだろう。

羨んださきのものにも、人知れない積み重ねがあるのだし。

 

私は、自分を諦めたいと立ち止まって苦しむのではなく、私が私として生きる為に向き合っていくことにした。