あのころ三田会

あのころ三田会

2009年文学部卒です。
クラッチバッグが流行ったあのころ、三田と日吉にひっそり通っていました。
自分の卒業年三田会のHPが無かったため、そちらが開設される何かのきっかけになればと思い、書き始めました。
どうぞよろしくお願いいたします。

結局、今までの人生で一番の”勝負事”といえば進学受験なんだろうなという、寂しい人生です。で、高校受験か大学受験かというのですが、今日は大学受験を思い出したいです。

 

1月ですのでセンター試験。今は呼び名が変わっているらしいですが、昔はセンター試験。自分は現役、浪人と二度受験しております。

 

完全私文型でしたので、英語、国語、社会の3教科受験でした。

現役の時は、振り返ってみればマーチにも届かない学力でしたのであまり面白くもなく。1年間受験勉強に充てた後の、いよいよ受験シーズンのスタートでした。センターは、確か英語でリスニングが無かった最後の年?

 

で、めっちゃ雪降ったのはすごく覚えています。しかもなんか人里離れたどっかの大学かなんかが会場で、親に車で送り迎えしてもらいました。直線距離は大したことないのですが、公共機関で行こうとすると、電車を何本か乗り換えて、最後は本数少ないバスで山道をめっちゃ時間かけていくみたいな不便極まる場所でしたので、本当にありがたく思います。

しかも二日間どっちも降ったような…。そもそも二日間行ったんだっけ。

 

この時の結果は覚えていて、確か英語が190点くらい、社会が90点くらいと、結構調子いいんですが、国語が確か140点くらい。そう、いたましいくらいに国語ができないのです。ちなみに英国は200点満点、社会は100点満点です。

 

文学部志望のくせに別に本を読む習慣もなく、しかも理由は忘れちゃったんですが漢文までやっていたので、現代文だけにみっちりという作戦も立てられず。というか現代文をみっちりやったとて6,7割しか取れず。ってか国語の勉強ってどうやるんだよという。勉強の仕方がわからないから、結局英語と社会ばっかりやっていたんだろうなと思います。

本当に、国語は「今日たまたま体調悪くて」とかイレギュラー事情がなくても、普通に安定してできなかった。

 

けれどもセンター利用は結構拾えたんだよな。確か。

立教文法政法は受かった。すごく覚えている理由は法学部より偏差値的には低かったであろう法政文に落ちたから。おそらく文学部は国語の配点が高めに設定されていたのでしょう。

とはいえ、立教文に受かったのでなんとなく二浪は無いということになり、その後の一般入試にリラックスして臨めるようになったんだとは思います。

 

な感じで、一般入試の時期になったらまたそのころの思い出でも書こうかなと思います。

文章に色入れられたりするの楽しい。

あけました。

 

なんとなく日吉のことを思い出していて、いつか記したポクポクポクチンの景色が懐かしくなりました。そこで別の場所でやってたりしないかなと思ったところ、店主さんが別の場所でお店をやられているという。で、今年の目標の一つとしてぜひ伺いたいと思うに至りました。下の動画の通り、すする氏も訪問されているとのこと。

 

すする氏動画を拝見すると以前のポクチンのようなモヤシ山盛りラーメンではなくて、ずいぶん食べやすそうなビジュアルでした。アフター麺の米は、二十歳の頃でもちょっと難しそうで、今は尚更食べられないでしょう。

 

ちなみにポクチンの継承店?というのは下記のツイッターで知りました。

 

今年も、あのころを少し思い出せるような何かがあればうれしいなと思いながら、少しづつ記していきたいなと思います。

なんとなく、年の瀬に山食カレーを食べたいと思っていて、昨日が土曜日年内最終でしたので喫食いたしました。土曜日に伺うと、学生がメインながらも、自分も含めそれよりも年長の方も多く落ち着いた雰囲気となっております。お値段は現在420円でして、昔よりは高いですが、それでもまだ頑張ってくれているみたいです。

 

ちなみに学食カレーランキングなる記事が下記の通り。

青学カレーが有名なのはなんとなく聞いたことがあったのですが、ソフィアカレーがトップなのは全く印象がありませんでした。

上智の学食に関しては、実は昨年お邪魔しております。某試験の会場であり、試験終了後にしばらく休憩させていただいておりました。日曜日なので飲食の提供はありませんでしたが、座席等は開放されていて、現役の学生の方々もダラダラしていて、懐かしい雰囲気でした。

 

そういえば、街中で大学ロゴ入り服を着ている率は上智さんが一番な気がします、という余談。

先日、金原ひとみ氏の講演会に伺い、お話しとても面白く聴かせていただきました。そんな講演を聴きながら、昔も有名人からこういう話を聴く機会があって良かったなあとしみじみ思っておりました。
そして三田で聞いた講演会で一番凄くて、今でも覚えているのはこれかな、と。

 

これは本当に生で聴けて良かった。

もう15年以上経ってしまって、事細かに覚えているかというと勿論そうではないのだけれど。でも普通に話が面白かったし、上記記事にあるように、笑いの絶えないというのは本当だったなと思います。

 

具体的に覚えているのは、勘三郎さんが、「僕は顔がとんでもなくでかいが、唐沢君は顔が小っちゃくてねえ。マッチ棒くらいの大きさだもんねえ」というと唐沢氏が頭をマッチ箱にこすりつけるモーションをやたらとやっていたこと。

勘三郎さんは仕事に行き詰まると、ハワイの別荘?に行って海に夕日が落ちる様子をただ眺めてリラックスするということ。

MCの長岡アナウンサーが、「唐沢さん、本当にかっこよくて…。惚れてしまいます」唐沢さん「そうか…。辛い恋になるぞ…」など。

 

これの映像記録残っていないかなあ。見たら大号泣してしまうかもしれないけれど。

 

ちなみにこの時期は大学生でいられる時間が残り少なくなり、まあいろいろとさみしい思いをしていることが多かった時期でした。夜が早くなったちょうど今の時期の三田は、寂寥でございます。

東門を出て、横断歩道を渡り、東京タワー側に進んでいくと紫禁城がありました。

唐突に怪しい建物があり、そして写真の通り、唐突に消滅してしまいました。

学生時代よく行っていたかというと、その存在感に比して全くそんなこともなく、そして故宮はずっとそこにあると思っていたのに。

 
もう無くなってしまったから、言っていいかわからないですが、在学中は後輩がこちらでフル嘔吐したとか。料理がNGだったというわけでなくて単に飲みすぎなわけですけれど。
あと卒業後に友人と二人で飲食した際、中国の方同士と思うのですが、店主?と店員が大喧嘩を始めまして。おそらくご夫婦だったのかもしれませんが、女性の方が大号泣しながら店を飛び出していくという事件もありました。
 
肝心の味は、別に悪くなかったとは思います…。大学生がギャーギャーできるくらいには、良いお店だったと思います。

 

という、以上、三田の東の失われた飯小噺でした。