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あのころ三田会

2009年文学部卒です。
クラッチバッグが流行ったあのころ、三田と日吉にひっそり通っていました。
自分の卒業年三田会のHPが無かったため、そちらが開設される何かのきっかけになればと思い、書き始めました。
どうぞよろしくお願いいたします。

著名な方のご講演ということで、金原ひとみ氏、行ってまいりました。

三田文学に新たな賞が設けられ、その選考委員になられた、その記念講演とのことです。

 

金原ひとみ氏は、「蛇にピアス」は読んでおりませんで、「ハイドラ」と「アンソーシャルディスタンス」を拝読しました。

前者はかなり大昔に読んだのであまり覚えておりませんが、後者はタイトル通り、比較的最近の本なので面白かったことを覚えています。

 

講演の内容について、詳しくは三田文学に掲載される?とのことで気になったら買っておこうかなと思います。

雰囲気としては、対談後ご両者、かなりお互いに緊張しているのかなと思い、滑らかじゃないな、と。

感性と表現力、それに勢いでトップを走る作家と、文学を学問としてとらえて、最高学府東大で文学を教える方ということで、お互い迂闊に何か言えないなみたいな、ふわっと緊張感がありました。

 

とはいえ、金原氏のものの見え方など、普通トーンの話し方ながら狂気を感じられるところもありました。

狂気をコントロールして、それを読み手が不快に思わないように、ページを捲るのをやめないようにリズミカルに小説に打ち込んでいくという感じなのかな。

確かに「アンソーシャルディスタンス」はそのようなものだったかも。あまり本を読まない私も一気に読めましたからね。

 

で、実はその文庫本を、うっすらサインもらえるんじゃね?と思いながら持ち込んだのですが、無理でした。

 

それ以外で嬉しかったこともありまして。

受付に行った際に、私の名前の横に”塾員”と書いてありまして嬉しく。

また冒頭、佐藤文学部長よりご挨拶をいただきましたが、私在学中に民族考古学の授業を受講したことがあり、民考贔屓の自分としては懐かしく、こちらも嬉しい思いでした。

アメブロをうろうろしていると、慶應通信のお話を書かれていることが多いことに気づきました。

通信課程の存在については知っていましたが、具体的な内容は分かっていなかったもので、受講されている方々のブログ等拝読してみました。

 

そこで抱いた感想というか、とにかくシビアで難しそう。

通学過程の記憶だと、なんとなく出席して、出席シートを出して、レポートを書けばなんか単位は来てしまう…。基本的には真面目でしたので、THE試験対策のようなことはしたことはありませんでした。

それに比べると、通信課程はレポートとテストで決まり、かなりの完成度が要求されていて、スムーズに卒業するのは難しいというようでした。

 

自分の精神力だと、働きながらというのは難しそうだな…と感じました。

ただ、できればもう一度教わってみたい先生、また当時結局受講しなかったけど興味はあった授業などはあり、その先生方はまだいらっしゃるそうなので、教わることができたらうれしいだろうなとは思います。

 

固有名詞はあまりはばかられますが、民族考古学のジオアーケオロジー(言葉覚えてる!)等の授業!当時も楽しかったし、今も面白かったらなんかうれしいです。

民考専攻ではなかったですが、今でも「民考にしてもよかったなあ」と、ふと。

今度著名な方の講演を聴講しに、三田に行きたいと思っています。

 

そういえば在学中も、いくつか著名な方の講演会があったり、通期の授業もありました。

同世代の俳優さんが在学していて、目撃したこともありました。

そう考えると、やはり豪華だったなと思います。

 

有名人授業や講演会等に関しては、ミーハーなので、有名人シリーズはできる限り参加しておりました。

が、このボノは…。就職活動の面接かなんかで行けなかった…。

しかも確かそこは落ちたし…。今考えたらそりゃボノだろと思うところですが。

ここに映っている方々よりはU2を聴いている自信があるのに…。

(浪人しているとき、boy,october,warをMDに入れてよく聴いておりました。濃い…。)

 

ボノもいいですがこの動画、自分が求めてやまない、旧南校舎がちらっと映っているのです。

 

旧南館が好きでした。

私が入学した時ですら、めっちゃ古い独特の建物だなあと思っていたのですが、というお話はまた別の機会に。

自治体単位でもあったりするということを今日知りました。

 

と思って、自分の住んでいる自治体+三田会で検索したところ、ヒットせず。

 

この方、若いころは会組織に対し苦手意識をお持ちだったものの、

年を経て状況等が変わり、入会するに至ったとのことでした。

 

私はずっと、どちらかというと逆のことを考えておりました。

ブランド力が凄そうだから、”選ばれし者感”欲しいからという理由で、

勧誘的なものを待っていたのですが、いっこうに訪れず。

 

慶應義塾大学を受験したいと親に最初に言ったとき、親からは

「”君君、慶應ならこっちおいで”って感じの組織だからなんか好かん」と言われたのですが、

私はずっと「君君、慶應ならこっちおいで」と言われるのを、未だに待っています。

 

でも、やっぱり就職、転職の際に大学名が光ってくれていたのかもしれない、とは思います。

画像がうまく貼れないため、小出しになります。

 

この場所、学生時代から好きな場所でした。

なんだかあれみたいなんですよね。メトロン星人。

 

で、この間ポクチンを思い出してから、失われた麺類をば。

 
大学に入って家系というものを知り、三田進級後に近隣で見つけた家系でした。
大学からは少々遠いので、学生で混雑ということもなく、よく行っておりました。
友人も何度か誘って、みんな結構気に入ってくれていました。
 
社会人になってからも、年に一回くらい?は行っていたかと思いますが、いつの間にか閉店。

ここも思い出の場所でしたのでちょっと残念です。

 

あと、このお店に関しては、”行けなかった”思い出もあります。

友人の結婚式の二次会のためにわざわざ西日本から三田に来てくれた友人が、会の後このお店に行きたがりまして。

が、別の友人からあえなく却下され、三次会は麻布ラーメンになるという悲しいことがありました。

行かせてあげたかったな。