セラピストの松本さんの消耗
「先生、お客様のことは大好きなんです。でも正直……疲れてしまって」
そう打ち明けてくれたのは、リラクゼーションサロンを営む松本さんだった。
開業して2年半。お客様への対応は丁寧で、クレームもほとんどない。「松本さんのサロンは居心地がいい」という口コミも少しずつ広がっている。でも松本さんは、施術のたびにどこか消耗していた。
「お客様が何を求めているか、常に先読みしていて。この言葉、不快じゃないかな、この提案、迷惑じゃないかな、って。気づいたら毎回ぐったりしていて」
話を聞きながら、私はある言葉をかけた。
「松本さん、今おっしゃったこと、『気を遣う』と『気にかける』の違いですね」
松本さんは首を傾けた。「同じじゃないんですか?」
「まったく別のことです」と私は答えた。
「気を遣う」と「気にかける」の、決定的な違い
気を遣うとは、相手の反応を恐れることだ。
「嫌われないか」「迷惑じゃないか」「失望させないか」。そういった不安から生まれる行動が、気を遣うことだ。主語は自分だ。自分が傷つかないために、自分が安全でいるために、相手の顔色を読み続ける。
一方、気にかけるとは、相手の幸せを願うことだ。
「この人は今日、どんな状態だろうか」「何が一番助けになるだろうか」「帰った後、少しでも楽になってくれるといい」。そういった想いから生まれる行動が、気にかけることだ。主語は相手だ。
同じように見えるが、動機がまったく違う。
気を遣うことは消耗する。なぜなら、常に「正解を外さないか」という緊張の中にいるからだ。でも気にかけることは疲れない。なぜなら、相手のことを想うエネルギーは、不安ではなく愛情から来るからだ。
松本さんが毎回ぐったりしていたのは、お客様への愛情が足りなかったからではない。「気を遣う」と「気にかける」を混同していたからだった。
恋愛で考えると、よく分かる
好きな人と一緒にいる場面を、二つ想像してほしい。
一つ目。「変なことを言ったら嫌われるかも」「この行動、引かれないかな」と常にびくびくしながら過ごすデート。言葉を選ぶたびに、相手の表情を確認する。笑ってくれるかどうかを心配しながら、何を話すかを計算し続ける。
二つ目。「この人、今日少し疲れているな」「好きな食べ物、頼んであげようか」「帰り道、寒そうだから上着を貸してあげよう」と、相手のことをただ想いながら過ごすデート。
どちらが楽しいか。どちらが相手に伝わるか。
答えは明白だ。
一つ目は「気を遣う」デートだ。自分を守るために相手を観察している。二つ目は「気にかける」デートだ。相手を幸せにするために相手を見ている。
同じ「相手を見ている」行動でも、動機が違うと、雰囲気も、伝わるものも、自分の消耗度も、まったく変わる。
「恐れ」から「愛」へ。動機を転換するだけでいい
松本さんに、こんな問いを投げかけた。
「施術中、何を考えていますか?」
松本さんは少し考えてから答えた。「この施術、気持ちいいと思ってもらえているかな。次も来てもらえるかな。この提案、断られないかな……そういうことが、ずっと頭にあります」
「それはすべて、自分への問いですね」と私は言った。「次に来てもらえるかどうかは、自分が傷つくかどうかの話です。気にかけることは、もう少し違う問いになります」
「どんな問いですか?」
「『この方は今日、何を抱えて来てくれたんだろう』『帰る時に、どんな気持ちになっていてほしいだろう』。主語がお客様になります」
松本さんが静かに頷いた。「……確かに違いますね。そっちの問いの方が、なんか温かい気がします」
動機を「恐れ」から「愛」に転換することは、行動を変えることではない。行動の出発点を変えることだ。同じ「丁寧な対応」でも、恐れから来るものと、愛から来るものでは、お客様に届く温度がまったく違う。
「気にかける」人が、なぜ選ばれ続けるのか
お客様は敏感だ。
目の前の人が「嫌われないために丁寧にしている」のか、「自分のことを本当に想ってくれているから丁寧にしている」のかを、言葉にはできなくても、肌で感じ取る。
気を遣われると、どこか居心地が悪い。「この人に気を使わせてしまっている」という罪悪感が生まれる。あるいは「なんか、この人は私のことより自分のことを考えているな」という違和感が残る。
でも気にかけてもらうと、安心する。「この人は私のことを見てくれている」という確信が生まれる。そしてその確信が、「またここに来たい」「この人に頼みたい」という気持ちを育てる。
長く選ばれ続ける人は、お客様に「気を遣う」人ではなく、お客様を「気にかける」人だ。
松本さんに起きた変化
私との話から1ヶ月後、松本さんから連絡が来た。
「先生、なんか変わりました。施術の後、疲れなくなってきて」
何か特別なことを変えたわけではなかった。ただ施術中の問いを変えた。「嫌われないか」ではなく、「この方は今日、何を感じているだろう」に。「次も来てもらえるか」ではなく、「今日帰った後、少しでも楽になってほしい」に。
「お客様への向き合い方が、なんか楽になった気がします。怖くなくなったというか。ただこの人のために今日を精一杯やろうって思えるようになって」
そしてこんな言葉が続いた。
「先月、常連のお客様が『松本さんのところに来ると、なぜか素直になれる』って言ってくれたんです。それが一番嬉しかったです」
恐れから愛へ。その動機の転換が、サロンの空気を変えた。
仕事への喜びを、取り戻す方法
「仕事が辛い」「お客様対応に疲れた」と感じているとき、多くの人は「もっと効率よくやる方法はないか」「もっと楽になるシステムはないか」を探す。
でも本当の問いは、もっとシンプルだ。
「今の私は、恐れから動いているか。それとも、愛から動いているか」
恐れから動くとき、仕事はどこまでも消耗する。なぜなら、不安は満たされることがないからだ。「嫌われないか」という不安は、どれだけ丁寧にしても消えない。
でも愛から動くとき、仕事は喜びになる。「この人に少しでも良くなってほしい」という想いは、疲れを与えるどころか、力をくれる。
動機を変えるだけで、同じ仕事がまったく違うものになる。
今日の問いかけ
あなたは今日、お客様に向き合うとき、どちらの動機で動いていただろうか。
「嫌われないか」「失望させないか」「また来てもらえるか」という問いが頭にあっただろうか。それとも「この人は今日、何を感じているか」「帰る時に、どんな気持ちになっていてほしいか」という問いを持てていただろうか。
どちらの問いを持っているかで、今日の仕事の質と、自分の消耗度が決まる。
気を遣うことをやめて、気にかけることを選ぶ。
その動機の転換だけで、仕事への喜びが確かに戻ってくる。


