「いざ起て戦人よ」の作曲家と訳詩者のこと | パパ・パパゲーノ

「いざ起て戦人よ」の作曲家と訳詩者のこと

 「いざ起て戦人よ」という合唱曲は、主に男声合唱で歌われて来た曲です。混声で歌われることもあります。どんな由来があるか調べてみました。

 まず、どの楽譜にも、藤井泰一郎という名前が、「作詩」者として出ています。漢字をまじえて表記すると、日本で歌われる歌詞はこうなります。

 

1 いざ起て戦人〔いくさびと〕よ 御旗〔みはた〕に続け
  雄々しく進みて 遅〔おく〕るな徒〔あだ〕に
 
  歌いて進めよ 歌声合わせて
  潮のごとくに
  正義の御神は 我等の守り

 

2 忘〔わす〕るな功〔いさお〕し 我等の父祖の
  続けよ同胞〔はらから〕 守れこの地を
  
  歌いて進めよ……(リフレイン)

 

 字面からは、堂々たる軍歌にも感じられ、私も聞くたびに進軍の歌だろうかと思っていました。
 ところが、作曲者として「グラナハム」という名前が出てきます。日本で作曲されたものではない、ということが分かります。
 いろいろ調べてみたら、作曲家の名前は、「ジェイムズ・マクグラナハン」(James McGranahan)だということが判明しました。1840年6月4日、ペンシルヴァニア州アダムズヒル近郊の農家の生まれ、先祖はスコットランド=アイルランド系ということのようです。
 マクグラナハンは、福音音楽の分野に男声コーラスを導入したパイオニアなのだそうです。1880年ごろ、『ゴスペル男声合唱(Gospel Male Choir)1・2』という楽譜を出版しました。驚くことに1880年ごろ刊行されたこのゴスペル集が、2015年にも新刊で出版されているようです。
 マクグラナハンは、1907年7月9日、オハイオ州キンズマンで67年のの生涯を閉じました。

 作詩の藤井泰一郎という人は、西南学院グリークラブの初期のメンバーで、のちに同大学で英文学を講じていた方でした。1906(明治39)年生まれ~1959(昭和34)年没。
 西南学院グリークラブOB会のホームページに「西南学院グリークラブと『いざ起て、戦人よ』」と題する記事が見つかりました。http://seinanglee-oba.sakura.ne.jp/…/top…/topics20100417.htm


 1954年卒業の内海敬三という方が2010年にお書きになったものということです。
 《「いくさびと」の英語の歌「Rise, Ye Children of Salvation」は戦前から関西学院や同志社、西南学院の各グリークラブによって歌われていたが、太平洋戦争も間近になり、英語は敵性語であるとして排斥されるようになり歌えなくなった。》(内海氏)
 1937(昭和13)年ごろ、藤井氏が日本語に訳し、その後はもっぱら日本語で歌われるようになったらしい。戦時中も歌われ続けていたことが、内海氏の文章によって分かります。なお、1943(昭和18)年の定期演奏会で演奏したグノー「兵士の合唱」の伴奏ピアニストは、当時(旧制)中学生の福永陽一郎氏だったそうです。
 
 さて、英語版の歌詞と和訳とを記します。訳文は、いろんな訳を参考にして私が試訳してみたものです。タイトルは、The Song of the Soldier だったり、歌い出しの “Rise, ye Children of Salvation” だったりします。この表記で YouTube で検索すると原詩つきの合唱を聞くことができます。

 

The Song of the Soldier

1                                                     

Rise, ye children of salvation, 

All who cleave to Christ the Head,

Wake, arise! O mighty nation,

Ere the foe on Zion tread

(refrain)                                                

Pour it forth our mighty anthem,

Like the thunders of the sea   

Thro’the blood of Christ our ransom,

More than conquerors are we 

 

起ちあがれ 汝ら救世主の子らよ 
頭〔かしら〕なるキリストに忠実なすべての者よ
目覚めよ 立ち上がれ! おお力強き民よ
敵の足音がシオンに踏み込む前に

(リフレイン)
我らが力強き賛美歌を歌え 
海の雷鳴のごとくに 
我らがあがない主キリストの血によって
我らは勝利者以上のものになった

 

2                                                     

Saints and heroes long before us,

Firmly on this ground have stood;

See their banners waving o'er us,

Conquerors thro’Jesus' blood

 (refrain)  


我らのはるか以前の聖者や英雄が 
しっかりとこの大地に立っている 
見よ 我らの上に揺れる彼らの旗を
我らイエスの血による勝利者よ 
 (リフレイン)

3                                                     

Deathless, we are all unfearing,

Life laid up with Christ in God;

In the morn of His appearing 

Floweth forth a glory flood

 (refrain)  

 
我らはみな不滅であり恐れを知らぬ 
いのちはキリストとともに神においてある 
あの方が現れる朝には 
神の栄光が洪水となって流れだす 
 (リフレイン)

4                         

Soon we all shall stand before Him,    

See and know our glorious Lord;

Soon in joy and light adore Him,

 Each receiving his reward

 (refrain)

 
まもなく我らすべてはあの方の前に立ち
栄光の主を見て知ることになろう 
まもなく喜びと光のうちにあの方を崇めるだろう
ひとりひとり償いを受けながら 
 (リフレイン)

 

 1910年に出版された原曲の楽譜の写真版もネットで見ることができます。そこには、「キリスト・イエスの良い兵卒として、わたしと苦しみを共にしてほしい」(新約聖書、テモテへの第二の手紙,ii: 3 )がエピグラフのように印刷されています。
 Soldier というのはキリストの兵士のことだったのですね。
 藤井氏の訳詞は、大意を汲み取って、当時の時世に逆らわないよう巧妙に作り替えているように見えます。日本人が歌う2番の歌詞と、英詩の2番が重なっているように感じられますね。(藤井氏の訳詞も4番まであるのかもしれませんが、調べがつきません。)
 内海氏もお書きのように、この訳詞があったればこそ、脈々と歌い続けられてきたのだと思います。

 内海氏の記事に、「いくさびと」の1番の歌詞は、17世紀ドイツでできた賛美歌の英訳であるということが書いてあります。作詞・ファルクナー、作曲・ネアンダー。ドイツ版の原曲の楽譜も載っています。YouTube でも聞くことができます。
 この1番の歌詞(訳詞)を元にして、マクグラナハンの盟友D・W・ウィットル(Daniel Webster Whittle: 1840-1901)が2番から4番の歌詞を作り、それをマクグラナハンが男声四部合唱に作曲したもののようです。(もしかしたら、1番の訳詞に先に曲を付け、あとから歌詞を作り直したということも考えられます。)

 

【この合唱曲が日本中で歌われるようになったのは、福永陽一郎・北村協一編『グリークラブ アルバム』(カワイ楽譜、1959年初版)によります。初版からこの曲が入っていたかどうかは今は不明です。参照した1974年版には、「藤井泰一郎 作詩 グラナハム作曲」とあります。】