今年の収穫(本)
今年は、仕事も忙しかったけれど面白い本もたくさん読みました。例によって判型別に紹介しますが、どなたかが読んで見ようとお思いになったとき、本を探す参考までにその大きさを示す以外の目的はありません。
【四六判】
・川上未映子『きみは赤ちゃん』(文藝春秋、1300円):35歳の初産の記録。妊娠初期からウェブで実況中継したものに手を入れてまとめたもののようです。作家の文章というものか、臨場感が圧倒的です。同業のご主人阿部和重(文中では「あべちゃん」)さんとの心理的葛藤も臆せず書いてあります。
・養老孟司『身体巡礼[ドイツ・オーストリア・チェコ編]』(新潮社、1500円:ヨーロッパ各地(各国とは言いにくい)の埋葬の仕方を訪ね歩く、養老先生ならではと思わせる旅行記。ハプスブルク家では、死者の心臓だけ銀製の容器に入れて埋葬し、内臓とそれ以外の遺体も二つに分け、つまり三か所に分けて埋葬するのだそうです。チェコのセドレツ納骨堂には4万体の人骨の装飾が施されている。リアルなカラー口絵もついています。
・佐々木健一『論文ゼミナール』(東大出版会、2300円):長年、卒業論文の指導にあたってきた佐々木教授が、満を持して書き上げた、論文作成参考書。原理編・実践編の二部構成。よい先生が心をこめて後生に伝ようとする気迫が心地よい。
・猪瀬直樹『さようならと言ってなかった』(マガジンハウス、1300円):都知事としてオリンピック誘致に東奔西走するさなか、愛妻ゆり子さんの脳腫瘍を告げられ、手術後ほどなく(さようならを言う前に)亡くなるまでのことを書いたもの。小学校教師のゆり子さんに支えられながら、作家として成功し、都知事になった猪瀬さんの自伝としても読める。
・三澤洋史『オペラ座のお仕事』(早川書房、1600円):来日する指揮者・オペラ歌手たちが、その完成度の高さを賞賛する新国立劇場合唱団の指揮者三澤氏が、オペラがどういう人たちによって作られるかを語ったもの。自己主張の強いマエストロたちと渡り合って一歩も引かぬ論戦の場面が面白い。高崎の大工の息子が、世界的な指導者になった理由も、少年の頃からのたくさんのエピソードを読むと納得できます。
・中島義道『東大助手物語』(新潮社、1300円):『ウィーン愛憎』など、数多くの著書をあらわし、長く電気通信大学教授を勤めた哲学者が、およそ30年前、東大の助手に採用されて、辛酸をきわめる「いじめ」に会ったというおハナシ。仮名・実名が入り混じって、関係者以外には想像がつかない人間関係が描かれている。
【新書判】
・野間秀樹『韓国語をいかに学ぶか』(平凡社、980円):「日本語話者のために」という副題のついた韓国語入門。組織だっていて、親切で、情熱的で、よい教師の美質を全部備えた著者です。前著『ハングルの誕生』(平凡社、980円)
も読んでしまった。両書とも、懇切な索引が付いているのが好ましい。
・黒井文太郎『イスラム国の正体』(KKベストセラーズ、830円):いきなり出てきた「過激な」政治団体はどういうものなのか、新聞やテレビではよく分かりません。シリア人と結婚したという著者が、政治的な肩入れを押さえて叙述しているので、そういうことだったのか、という事情が胸に落ちます。
・冨山和彦『なぜローカル経済から日本は甦るのか:GとLの経済成長戦略』(PHP、780円):グローバル(G)とローカル(L)をくっきり分けて成長戦略を立てるべきだという主張。低迷する地方経済をどうするか、冷徹な処方箋が提示されています。アタマのスピードにタイピングのスピードが追いついていないような文体に慣れるまで、我慢して読む必要があります。
【文庫判】
・佐々涼子『エンジェル フライト:国際霊柩送還士』(集英社、560円):2012年に単行本が刊行され開高健ノンフィクション賞を受賞したものの文庫化。海外で死んだ日本人の遺体を成田や羽田で引き取り、エンバーミング(損傷した部位の修復)を施して遺族に送り届ける仕事のルポ。日本で死んだ外国人の遺体送還もする。『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている』(早川書房、2014年、四六判、1620円)も、東日本大震災で壊滅状態に陥った日本製紙石巻工場の「彼ら」の獅子奮迅を描いて感銘深いものでした。
・後藤正治『清冽:詩人茨木のり子の肖像』(中央公論、740円):2006年2月17日、79歳で亡くなった詩人の生涯を淡々と叙してある。彼女の人生は決して平坦とばかりは言えなかったようであるが。「清冽の流れに根をひたす わたしは岸辺の一本の芹 わたしの貧しく小さな詩篇も いつか誰かの哀しみを少しは濯(あら)うこともあるだろうか」(「古歌」)
・マイ・シューヴァル、ペール・ヴァールー『笑う警官』(角川、819円):なつかしい「殺人捜査官マルティン・ベック」シリーズのスウェーデン語直訳版。1970年代にシリーズが10巻で出たのをむさぼるように読んだものでした。なかでも『笑う警官』は読みごたえ十分の傑作。とは言え、再読したら、ほとんど覚えているところがなかった。
*佐々涼子『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている』の版元は集英社ではなく、早川書房でした。訂正します。