わがふるき日のうた
12月10日演奏会が終わりました。1ステージだけの出番でしたが、歌い終わって一種の達成感がありました。
三好達治の詩から7編を選んで、多田武彦さんが男声四部合唱に作曲した『わがふるき日のうた』という組曲です。
三好達治は『測量船』という詩集で脚光を浴びた人のようですが、7編の詩のうち4編がこれから採られたものです。Ⅰの「甃(いし)のうへ」という作品は、高校1年のときの国語の教科書劈頭にあったもので、なつかしかった。
甃(いし)のうへ
あはれ花びらながれ
をみなごに花びらながれ
をみなごしめやかに語らひあゆみ
うららかの跫音(あしおと)空にながれ
をりふしに瞳をあげて
翳(かげ)りなきみ寺の春をすぎゆくなり
み寺の甍(いらか)みどりにうるほひ
廂々(ひさしひさし)に
風鐸(ふうたく)のすがたしづかなれば
ひとりなる
わが身の影をあゆまする甃(いし)のうへ
京都あたりの古寺の桜が終わるころの光景を叙したものでしょうが、「をみなご」が出てくるわりには、寂寥感のただよう詩ですね。高校1年のときどんなふうに教わったか記憶から飛んでいますが、抒情歌のような解釈を聞いたような気がします。女の先生でしたが、朗読なさるときに、思い入れたっぷりに読んでいたのは、その声音とともにはっきり覚えています。
Ⅴの「郷愁」という詩も『測量船』から採られたもの。この中の次の一節はかなり有名になったものです。
――海よ、僕らの使ふ文字では、お前の中に母がゐる。そして母よ、仏蘭西人の言葉では、あなたの中に海がある。
判じ物みたいな詩句ですが、「海」という漢字のつくりの部分に母という字が見える(活字ではテンテンになっていませんが)ということと、フランス語の母にあたる単語 MERE(初めの E にアクセント記号がつく)のアタマの部分が、海 MER と重なる(どちらも発音はメール)ということを言っている。初めて読んだときは、しゃれた文句だと思ったものですが、今読むと「オヤジ・ギャグ」としか感じられませんね。堀口大学だったか、別の偉い詩人がこの一句を激賞したのですね。
多田武彦という作曲家は、日本の詩人の作品に材をとってたくさんの合唱曲を作りました。この『わがふるき日のうた』は、彼の作品のなかでは演奏される機会が多くない曲のようですが、味わい深い佳作だと思います。
指揮者の三澤洋史先生は、高齢者の多い(若い現役の大学生も入っていましたが)合唱団をたくみに導いて、気持ちのいい演奏に仕立ててくださいました。感謝のほかありません。