谷沢永一 | パパ・パパゲーノ

谷沢永一

 たまたま読んだ一冊がおもしろいと、同じ著者の書いた他の本を手に入るかぎり集めて読むようにしてきました。本好きなら皆そうしているでしょうが。


 とっかかりになる一冊は、別の本を買うために入った本屋で、捜しているのは見つからずとりあえず面白そうだと感じられる本だったり、信頼する読み手の書評(とか紹介)で気になった本だったり、友だちが教えてくれる本だったり、いろいろです。


 一人の作家の本をすべて読め、と言ったのは小林秀雄です。若い頃、小林秀雄の本を読んでも、いっこうに面白いと思わなかったのに、ドストエフスキーを全部読め、という文章に脅されて、それでも、『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』まではなんとか読みましたが、『白痴』にいたって挫折しました。今でも、ドストエフスキーと聞くと、読破できなかったことに少し心が痛みます。


 当の小林秀雄全集(新潮社)は、購入すらしなかった。小林が亡くなったときに、谷沢永一先生が、「小林秀雄には私も難儀した」と始まる追悼文をお書きになったのを読んで、胸のつかえがとれた気がしたものでした。


 林達夫著作集の第1巻は「芸術へのチチェローネ」と題されています。「チチェローネ」はイタリア語で「案内人・ガイド」のことのようです。ご自身が万能のチチェローネでもあった、林達夫(1896-1984)の文章も好んで読みました。『歴史の暮方』『共産主義的人間』(いま中公クラシックスというものに一冊になっているようです)などが印象に残っています。おそらく筑摩叢書で出たころ、サワダさんが教えてくださったのではなかったか。


 谷沢永一『本は私にすべてのことを教えてくれた』(PHP)は、読書を通してご自身の人生を振り返った自叙伝と言うべき秀作ですが、谷沢先生こそ、『紙つぶて』(文春文庫、PHP文庫)シリーズなどで、惜しみなくその蓄積を分け与えてくださった、「日本一のチチェローネ」と呼ぶべき方でした。3月8日にお亡くなりになりました。享年八十一。私の小さな書棚の2段ほどに先生の本が並んでいます。