チャーリー・マフィン | パパ・パパゲーノ

チャーリー・マフィン

 イギリス・スパイ小説の大家ブライアン・フリーマントルの名前が日本の読者に広く知られたのは、1979年4月に新潮文庫から出た『消されかけた男』からでしょう。イギリス情報局秘密情報部(SIS)の下部組織「情報局保安部:通称MI5」に所属するエージェント、チャーリー・マフィンが主人公。ちなみに、007(ジェームズ・ボンド)は、MI6(軍情報部)の所属。チャーリーが活躍する、「……の(した)男」という邦訳シリーズが続々刊行されて、夢中になって読んだものでした。


 『別れを告げに来た男』『再び消されかけた男』などが2年ほどの間に出ました。このスパイは、いたって風采のあがらない、たしかバツイチの中年男で、たいていは一人で行動する。イギリス・スパイ組織の官僚主義に辟易して、いつ辞めてやろうか、始終考えているような男。


 小説の舞台は、主に、旧ソ連、東ドイツなど共産圏です。チャーリーは、ロシア語をロシア人なみに話せるという設定。ソ連の女スパイと恋に落ちたりもします。東ドイツの女性とも関係ができたことがあったように覚えています。ベルリンの壁を越えようとして、その女性が殺されてしまうなどということもありました。


 東西冷戦が終わって、スパイは失業したのかと思っていたら――じじつ、スパイ小説は一時下火になりました――、どっこいそうではなくて、プーチンのロシアに潜入して情報活動を繰り広げるスパイたちはたくさんいるようです。もちろん、ロシアから世界中に派遣されているスパイも多い。


 前作『城壁に手をかけた男』(新潮文庫:2004年)で、チャーリー・マフィンを復活させた(チャーリーは30年後も同じ仕事をしています)フリーマントルの最近作は『片腕をなくした男』というものです。3作シリーズになるらしい。


 モスクワのイギリス大使館の庭で男の死体が発見される。顔が識別できないほど破壊されていて、指紋は酸で溶かされている。そして、片腕が失われている。大使館は、イギリス領土なので、捜査に派遣されたのがチャーリーというわけ。ロシアの民警や、KGBの後継組織ロシア連邦保安局の凄腕のスパイたちを向こうにまわして、命がけの神経戦が続きます。このあたり、73歳になったフリーマントルの筆さばきは見事という他ありません。


 前作で、モスクワに残さざるを得なかった妻、ロシア連邦捜査局の職員ナターリヤと、ふたりのあいだにできた娘、8歳になったサーシャに、ロシア側に気づかれずに会うのも大変です。尾行をまくシーンが何度も出てきました。


 サスペンスを最大限もりあげ、残りのページがわずかしか残っていないのに大丈夫かしら、と思わせておいて、複雑な筋が一つに収斂する幕切れを用意してありました。


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